2015年7月24日金曜日

第22号




  • 8月の更新第23号8月7日第248月21日




  • 平成二十七年 俳句帖毎金00:00更新予定) 》読む

    (7/31更新)夏興帖、第四


    下坂速穂・岬光世・依光正樹
    依光陽子・早瀬恵子・夏木 久

    (7/24更新)夏興帖、第三
    …林雅樹・堀本 吟・小林かんな・小野裕三
    (7/17更新)夏興帖、第二
    …仲寒蟬・花尻万博・木村オサム・望月士郎・佐藤りえ
    (7/10更新)夏興帖、第一
    …曾根 毅・杉山久子・福永法弘・池田澄子・ふけとしこ・陽 美保子・内村恭子



    【好評連載】


    「評論・批評・時評とは何か? 
    続番外  澤田和弥の過去と未来
    …筑紫磐井 》読む 

    ・今までの掲載
    (筑紫×堀下書簡)
    (筑紫×福田書簡)
    番外1
    番外2
    【特別連載】
    ■  追悼句篇 その4
      -寺岡良信 詩人と俳句-
     …堀本吟  》読む



      ブログではない紙媒体誌俳句新空間を読む(当面、月~日00:00更新)… 》読む
        およそ日刊「俳句空間」 (おおよそ月~日00:00更新) 》読む
          …(主な執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱 … 
          (7月の執筆者: 竹岡一郎、依光陽子、大塚凱…and more  )

           大井恒行の日々彼是(俳句にまつわる日々のこと頻繁更新中)  》読む 



          【鑑賞・時評・エッセイ】 
           俳句とサブカルチャー>獄門島と天空の城ラピュタ-横溝正史と宮崎駿とわたしたちがいっしょに叫んだ、「バルス!!」- 
           …柳本々々  》読む

          高原耕治の問いかた
          外山一機 》読む    (最終回)
          •  俳句時評を終えるにあたって ―附・時評一覧 …外山一機 》読む  

           短歌評 歌と句の間に
          … 依光陽子 》読む

          ■(エッセイ)鈴木商店
          …筑紫磐井  》読む  

          ■ 最近の雑誌から
          … 堀下翔   》読む

          リンク de 詩客 短歌時評   》読む
          ・リンク de 詩客 俳句時評   》読む
          ・リンク de 詩客 自由詩時評   》読む 





              【アーカイブコーナー】

              赤い新撰御中虫と西村麒麟

              》読む


              週刊俳句『新撰21』『超新撰21』『俳コレ』総括座談会を再読する
               
              》読む




                  あとがき  読む

                  ●俳句の林間学校 「第7回 こもろ・日盛俳句祭」
                  》小諸市のサイト


                  攝津幸彦祈念賞募集 詳細
                  締切2015年10月末日!

                  豈57号刊行!
                  豈57号のご購入は邑書林まで

                  薄紫にて俳句新空間No.3…!
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                      筑紫磐井著!-戦後俳句の探求
                      <辞の詩学と詞の詩学>
                      川名大が子供騙しの詐術と激怒した真実・真正の戦後俳句史! 

                      特集:「突撃する<ナニコレ俳句>の旗手」
                      執筆:岸本尚毅、奥坂まや、筑紫磐井、大井恒行、坊城俊樹、宮崎斗士


                      特集:筑紫磐井著-戦後俳句の探求-<辞の詩学と詞の詩学>」を読んで」
                      執筆:関悦史、田中亜美、井上康明、仁平勝、高柳克弘

                      筑紫磐井連載「俳壇観測」執筆








                      第22号 あとがき

                      (8月1日更新)

                      北川美美記

                      暑中お見舞い申し上げます。

                      厳しい暑さが続いております。 

                      先週の7月24日の更新で詩客以来時評を担当してくださった外山一機さんが最後の掲出となりました。2011年「詩客」創刊時、高山れおな氏編集での時評が 松本てふこ、山田耕司、外山一機、湊圭史各氏で開始。それ以降のおつきあいでした。 「詩客」から「-blog俳句空間-戦後俳句を読む」として俳句ブログのスタートを切ったときも外山さんは、継続執筆を承諾してくださり、月一回、欠稿は皆無だったと記憶しています。 多忙な日常を過ごしつつ、明け方に原稿到着することも多々。 若さと熱意を感じる毎回の入稿でした。長い間のご執筆ありがとうございました。

                      外山さんの執筆から上野千鶴子『黄金郷』を購入してみたりと、毎度、時評を通して未知の分野に眼を見開くことができました。いやよく勉強されている。最終回にあわせ外山さん自身が作成の執筆一覧がすでに高アクセスです。 アーカイブ整理に手が回らずでしたが、執筆者自身がまとめてくださるという、頼りない編集で申し訳ないとも思いつつ、ブログが転変にもかかわらず「書きつつ見る」という行為を続けていただいた外山さんにこの場でお礼申し上げます。

                      筑紫氏の執筆では、未見の澤田和弥氏を「新撰21」の編集側から追善し、澤田さんがいなくなったことにより句が記憶されるという事実、その大人の視点が逆に悲しみが増幅しました。未見の故人を客観するということはどういうことなのか、故人と私たちが共有できるものは、残された故人の俳句しかありません。 

                      7月31日、8月1日・2日、恒例の「小諸日盛俳句祭」が開催です! どかんしょやー! すでに第一日目を終え、本日の登壇者は、未来図主宰、鍵和田秞子 先生です。  

                      筑紫磐井氏、北川も参加致します。 もしご参加の読者の方がいらっしゃればお声掛けいただければと存じます。今週末も更に暑そうです。 耐えられる体力か自分を含め心配です。 梅干しとドライフルーツを持ちました。  では、すでに次週が更新ですね、またのご愛読をよろしくお願い申し上げます。




                      ※冊子『俳句新空間』は早くも第4号を準備中です。 

                      【アーカイブ】 小津夜景作品集  THEATRUM MUNDI

                      「THEATRUM MUNDI」
                      (blog俳句空間全作品+α/PDF作成:小津夜景)

                      • 2013/11/15~2014/09/26に毎週掲載された40作品を小津夜景さんご本人がひとつにまとめたものです。



                      • 2016/07/20 追記  作者御本人からの希望でPDFのリンクを外しました。 40作品はラベル:小津夜景で 閲覧可能です。

                      【アーカイブ】 週刊俳句『新撰21』『超新撰21』『俳コレ』総括座談会を再読する


                      週刊俳句『新撰21』『超新撰21』『俳コレ』総括座談会を再読する

                      参加:筑紫磐井、高山れおな、対馬康子、上田信治、西原天気(乱入・西村我泥吾)
                      日時:平成24年1月18日
                      場所:帝国ホテル鷽替の間


                      • 総括座談会(1)2012-02-19  
                      3冊誕生の経緯「誰が言いだして、資金はどう支払われたのか」 …》読む

                      • 総括座談会(2)2012-02-26 
                      特徴的人選「ぎらぎらとしていたのは誰か」 …》読む

                      • 総括座談会(3)2012-02-26 
                      企画の特徴「年齢制限・自撰他撰・公募など」 …》読む


                      俳句樹 回想の『新撰21』―いかにしてアンソロジーは生まれるか を再読する
                      ・・・筑紫磐井 2011年1月18日  》読む

                      【アーカイブ】赤い新撰・御中虫と西村麒麟


                      赤い新撰御中虫と西村麒麟


                      「詩客」において大好評を博した、御中虫及び西村麒麟の赤い新撰シリーズ(新撰コレクション、御中虫コレクション)は今もって「詩客」では有数のカウントを誇っている。ただ残念なことに通読するための適切な目次がないので、ここで整理してみることとした。暑い真夏の夜を読んで過ごしてほしい。

                      ●アーカイブ 御中虫 新撰コレクション(「詩客」2012.3.9~5.11より)

                      第1回赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」~春うらゝお日柄もよくむかつくぜ~
                      http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-03-09-6453.html

                      第2回赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」~恋愛感情なんてアハハンむかつくぜ~
                      http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-03-16-6852.html

                      第3回赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」~生き物を愛でゝゐるあなたがたはそれらが食物だといふことを忘れてゐますね~
                      http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-03-23-7062.html

                      第4回赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」~俳句病棟~
                      http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-03-30-7398.html

                      第5回赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」~かぐや虫~
                      http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-04-06-7649.html

                      第6回赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」~或る俳人の憂鬱~
                      http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-04-13-7910.html

                      第7回赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」~真実俳句審議会~ 
                      http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-04-20-8015.html

                      第8回赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」~十俣遠呂知[とまたのをろち] (此様に如何様にも切れます) ~
                      http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-04-27-8350.html

                      第9回赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」~虫の細道虫栗毛~
                      http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-05-04-8466.html

                      第10回赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」~虫コレ~
                      http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-05-11-7807.html

                      赤い新撰(本編) の予告
                      http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-05-11-8591.html

                      ●アーカイブ 西村麒麟 御中虫コレクション(「詩客」2012.5.25~8.17より)

                      赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」①「ハロー、虫さん」/西村麒麟
                      http://shiika.sakura.ne.jp/sengohaiku/cho_sengohaiku/2012-05-25-8968.html

                      赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」②「元気かい?虫さん」/西村麒麟
                      http://shiika.sakura.ne.jp/sengohaiku/cho_sengohaiku/2012-06-01-9127.html

                      赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」③「素敵な説教をしてよ、虫さん」/西村麒麟
                      http://shiika.sakura.ne.jp/sengohaiku/cho_sengohaiku/2012-06-08-9225.html

                      赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」④「句集読んだよ虫さん」/西村麒麟
                      http://shiika.sakura.ne.jp/sengohaiku/cho_sengohaiku/2012-06-15-9243.html

                      赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」⑤「虹が見えるかい?虫さん」/西村麒麟
                      http://shiika.sakura.ne.jp/sengohaiku/cho_sengohaiku/2012-06-22-9252.html

                      赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」⑥「おめでとう!虫さん」/西村麒麟
                      http://shiika.sakura.ne.jp/sengohaiku/cho_sengohaiku/2012-06-29-9519.html

                      赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」⑦「歌ってよ、虫さん」/西村麒麟
                      http://shiika.sakura.ne.jp/sengohaiku/cho_sengohaiku/2012-07-06-9609.html

                      赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」⑧「復活かい?虫さん」/西村麒麟
                      http://shiika.sakura.ne.jp/sengohaiku/cho_sengohaiku/2012-07-13-9665.html

                      赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」⑨「ランラララン♪虫さん」/西村麒麟
                      http://shiika.sakura.ne.jp/sengohaiku/cho_sengohaiku/2012-07-21-9813.html

                      赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」⑩「愛してるぜ、虫さん!」/西村麒麟
                      http://shiika.sakura.ne.jp/sengohaiku/cho_sengohaiku/2012-08-10-10023.html

                      赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」の真相/筑紫磐井
                      http://shiika.sakura.ne.jp/sengohaiku/cho_sengohaiku/2012-08-17-10195.html

                       俳句時評を終えるにあたって ―附・時評一覧  /外山一機



                       二〇一一年から四年余りにわたって続けていた当サイトでの俳句時評の連載を、今号をもって終了させていただくことになりました。「スピカ」の連載(「百叢一句」)も終わり、マイナビの「ことばのかたち」の連載(「たか女綺譚」)もあと数ヶ月で終わりますので、これでウェブ上での活動はしばらくなくなるはずです。

                       僕の書く俳句時評をどのくらいの方が読んでくださっていたのかわかりませんので、ひとり相撲の感が否めませんが、最後に、四年余り(全五一回)のこの連載を振り返ってみたいと思います。この一文も僕のわがままによるものです。というのも、連載を終えるにあたり、これまで自分が何を書いてきたのかを自分なりに振り返ろうとした際、発表するサイトが途中で「詩客」→「戦後俳句を読む」→「BLOG俳句新空間」・「詩客」と変化していったため、僕自身でさえすべてにアクセスするのが意外に厄介であることに気づいたからです。そこで、仮にあまり読み手がいないとしても、せめてアクセスのしやすさだけでも保証したうえでこの連載を終えようと思いました。この文章の末尾には、僕の全時評のタイトル、アドレス、各時評関連語を列挙してあります。興味を持たれた方は参考になさってください。また、僕は二〇一二年から『鬣TATEGAMI』でも俳句時評を書いていました。こちらのタイトルと関連語も併記しました(なお『鬣TATEGAMI』の俳句時評は今後も続ける予定です)。これらはもともと僕自身のための備忘録として作成したものですが、この一覧を眺めると二〇一一年以降の僕が何を考えていたのかがおおよそ掴めるような気がします。ご自分の二〇一一年以降と対照させつつ読んでいただくのも一興かと思います。

                       なかにはひどい文章もありますが、それにしても、とくに最初の一年半(二〇一一~一二年前半)は、今思えば何を書くべきなのか踏ん切りがつかないままぐずぐずしていたような感じです。しかしそのなかでも「逃鼠の弁」(詩客・2011年9月16日)、「何の「値打ち」もない ―神野紗希句集『光まみれの蜂』」(詩客・2012年9月14日)は、山口優夢さんや神野紗希さんをはじめ同世代の書き手に対する自分の思いについて、書きたいように書いた文章でした。そしてこの辺りにその後の僕の時評の基本的なスタンスが垣間見えるようです(後者については、僕は讃辞のつもりで書いたのですが、だいぶ誤解されました。でも、僕はああいう書きかた以外にあの句集の達成したことを語る言葉を持ちません)。

                       僕は、文章のなかに「僕」という言葉を多用しています。僕の俳句時評が読むに堪えないものである要因のひとつはここにあろうと思います。しかし、僕はこの俳句時評を誰よりも僕自身のために書いていました。僕は―高柳重信の「「書き」つつ「見る」行為」ではありませんが―何かを書くということはそういうことだと思っています。誰も読まなくたって書くということは、誰も読まないうちに書くということ、さらにいえば、誰も読まないものを書く、あるいは誰も読みたくないものを書く、ということでもあります。だから僕の時評は自慰的なものであり、しかしそのような書きかたを変えないことで僕はようやく、その時その時の事象を通じて、その彼方にある「俳句」について考えられるような気がしました。

                      また僕は「僕たち」(「僕ら」)という語を主語にする文を多用しています。読まれる方にとってはここも違和感のあるところだと思います。いったい「僕たち」とは誰なのか。そこには「僕」の考えを安易に一般化しようとする姿勢や、むやみに正当化しようとする姿勢、あるいは自ら述べたことの責任を回避しようとする狡猾さがありはしないか。しかし、「僕」が極私的な自己認識とそうした自己認識を徹底したところで育んだ矜持や羞恥の謂である以上、僕にとって「僕たち」とは、僕がついに出会うことのない幻の共同体を指す言葉でした。僕が「僕たち」というとき、それは誰を指してもいません。強いていえば、僕が「僕たち」という言葉を発したとき、それはいつも、誰かに繋がろうとするささやかな祈りを伴うものであったように思います。そのような祈りを伴わずに書けるほど僕は強くなかったということです。

                      そういう書きかたですから、当然話題も偏っています。この時評でとりあげたのは、どのような意味であれ、僕にとって重要なことがらばかりでした。逆にいえば、どれほど話題になっていようとも、僕にとって重要でないことは一切とりあげないように努めました。また、僕の時評には江里昭彦、川名大、安井浩司、高柳重信、関悦史といった特定の固有名詞がしばしば出てきます。こうした偏向に僕の限界がありますが、一方ではこうした執着を隠さずにおくことが僕なりの正義の示しかたでもありました。「眞鍋呉夫の「戦後」」(詩客・2012年8月17日)、「演奏はもう始まっている」(詩客・2012年10月12日)、「決着と憧憬と ―宗田安正『最後の一句』」(詩客・2012年12月7日)、「僕たちの断罪 ―大沼正明句集『異執』」(BLOG俳句新空間・2013年5月31日)、「川名大の殉じかた」(BLOG俳句新空間・2014年6月27日)、「極私的な「読み」の意志 ―堀切実の「高柳重信」論から考える―」(BLOG俳句新空間・2015年6月26日)といった文章はその典型であろうと思います。思えば、これらを書いているときが最も嬉しかったような気がします。

                      それから、本連載において僕が驚いたことといえば「残ること、書きつづけること ―萩澤克子句集『母系の眉』」(BLOG俳句新空間・2013年9月27日)をきっかけに『歯車』で宮崎大地の未刊句集『木の子』が公開されたことでした。『木の子』については「物真似師の矜持 ―宮崎大地について」(BLOG俳句新空間・2014年9月26日)に書きましたが、あこがれの作家の作品とこういうかたちで再会するとは思いもよらないことでした。

                      最後になりましたが、「BLOG俳句新空間」「詩客」の(過去の、あるいは現在の)運営スタッフの皆様、ありがとうございました。ここは僕のような者の文章でも定期的に載せてくださる大切な場所でした。


                      【時評一覧】

                      1、「俳句の流通と享受について」(詩客・2011年5月13日)  》読む
                      関連語:東日本大震災、高柳克弘、富田木歩、藪野唯至

                      2、「「俳句史」の困難」(詩客・2011年6月10日) 》読む
                      …関連語:川名大、彌榮浩樹

                      3、「その時、何を書かなかったか」(詩客・2011年7月8日) 》読む
                      …関連語:中村汀女、三田完

                      4、「執着のベクトル―移民の俳句について―」(詩客・2011年8月19日) 》読む
                      …関連語:ブラジル移民、津野丘陽、「つぐみ」、大城立裕

                      5、「逃鼠の弁」(詩客・2011年9月16日) 》読む
                      …関連語:東日本大震災、山口優夢

                      6、「揺らぎ、傷む。」(詩客・2011年10月14日) 》読む
                      関連語:今泉恂之介、千野帽子

                      7、「僕らは懐疑の先に夢を見る」(詩客・2011年11月11日) 》読む
                      関連語:「スピカ」、神野紗希、鴇田智哉

                      8、「「上野ちづこ」のいない風景」(詩客・2011年12月9日) 》読む
                      関連語:上野ちづこ、鶴見俊輔、江里昭彦、「京大俳句」

                      9、「二〇一二年の路上から」(詩客・2012年1月6日) 》読む
                      関連語:関悦史、折笠美秋

                      10、「羞恥について」(詩客・2012年2月3日) 》読む
                      関連語:東日本大震災、長谷川櫂

                      11、「私的『新撰21』総括」(詩客・2012年3月2日) 》読む
                      関連語:『新撰21』、筑紫磐井、上田信治

                      12、「黛まどかの来し方」(詩客・2012年3月30日) 》読む
                      http://shiika.sakura.ne.jp/jihyo/jihyo_haiku/2012-03-30-7573.html
                      関連語:黛まどか、宇多喜代子、桂信子、松本恭子

                      13、「「白露」終刊について」(詩客・2012年4月27日) 》読む
                      関連語:「白露」、「雲母」、飯田龍太、筑紫磐井、川名大、「傘」、藤田哲史

                      14、「加藤郁乎に唾を吐け」(詩客・2012年5月25日) 》読む
                      関連語:加藤郁乎、安井浩司、押井守、西村麒麟

                      15、「『俳句』は「俳句」である」(詩客・2012年6月22日) 》読む
                      関連語:「俳句」、筑紫磐井、「俳句空間」

                      16、「『澁谷道俳句集成』―初期句集を中心に―」(詩客・2012年7月20日) 》読む
                      関連語:澁谷道、八木三日女

                      17、「眞鍋呉夫の「戦後」」(詩客・2012年8月17日) 》読む
                      関連語:眞鍋呉夫、水野真由美、花田俊典、紅野敏郎、「こをろ」、矢山哲治

                      18、「何の「値打ち」もない-神野紗希句集『光まみれの蜂』」(詩客・2012年9月14日) 》読む
                      …関連語:神野紗希、今泉康弘、山口優夢、谷雄介、齋藤愼爾、三橋鷹女

                      19、「演奏はもう始まっている」(詩客・2012年10月12日) 》読む
                      関連語:江里昭彦、中川智正、「ジャム・セッション」、齋藤愼爾

                      20、「ひとつの白痴的継承 ―宇多喜代子編著『ひとときの光芒 藤木清子全句集』」(詩客・2012年11月9日) 》読む
                      関連語:藤木清子、宇多喜代子、川名大

                      21、「決着と憧憬と ―宗田安正『最後の一句』」(詩客・2012年12月7日) 》読む
                      関連語:宗田安正、高柳重信、山口誓子、鈴木六林男、寺山修司、「雷帝」

                      22、「溺愛遊び」(詩客・2013年1月4日) 》読む
                      関連語:高山れおな、高柳重信

                      23、「福田基の本懐」(詩客・2013年2月13日) 》読む
                      関連語:福田基、林田紀音夫、宇多喜代子、福田若之

                      24、「石牟礼道子の俳句」(詩客・2013年3月28日) 》読む
                      関連語:石牟礼道子、東日本大震災、「俳句」、穴井太、「天籟通信」、水溜真由美、恒成巧、井上洋子

                      25、「テーマパークで夢を見る」(BLOG俳句新空間・2013年4月19日) 》読む
                      関連語:福田基、「豈」、恩田侑布子、桑原武夫、長谷川櫂

                      26、「僕たちの断罪-大沼正明句集『異執』」(BLOG俳句新空間・2013年5月31日) 》読む
                      関連語:大沼正明、夏石番矢、喜多唯志、鈴木秀治、宇田蓋牛、阿部完市、谷佳紀、森田緑郎、江里昭彦

                      27、「「高柳重信」を知らない僕たちの想像力について」(BLOG俳句新空間・2013年6月28日) 》読む
                      関連語:高柳重信、林桂、浜崎洋介、若林幹夫、宇多喜代子、佐々木友輔

                      28、「保見光成の「俳句」を信用する」(BLOG俳句新空間・2013年8月2日) 》読む
                      …関連語:保見光成、川名大、飯田蛇笏、飯田龍太、金子兜太、東日本大震災

                      29、「僕たちのもう怖くない「加藤郁乎」について」(BLOG俳句新空間・2013年8月30日) 》読む
                      関連語:加藤郁乎、中上健次、大井恒行、高柳重信、江里昭彦、夏石番矢、沢好摩、林桂、「豈」

                      30、「残ること、書きつづけること―萩澤克子句集『母系の眉』」(BLOG俳句新空間・2013年9月27日) 》読む
                      関連語:萩澤克子

                      31、「ささやかな読む行為 ―青木亮人『その眼、俳人につき』―」(BLOG俳句新空間・2013年10月25日) 》読む
                      関連語:青木亮人、椹木野衣、井上弘美、関悦史、三森幹雄、加藤郁乎

                      32、「マストを畳んだその後で―澤好摩句集『光源』―」(BLOG俳句新空間・2013年11月29日) 》読む
                      関連語:沢好摩、高柳重信、本島高弓

                      33、「禅寺洞から遠く離れて」(BLOG俳句新空間・2013年12月27日) 》読む
                      関連語:吉岡禅寺洞、岸本マチ子、田中陽、栗林浩、御中虫、藤田哲史

                      34、「俳句の「後ろめたさ」について」(BLOG俳句新空間・2014年1月31日) 》読む
                      関連語:「アナホリッシュ國文学」、江里昭彦、関悦史、照井翠、森達也

                      35、「形式の「記憶」を記憶すること ―三・一一以後の俳句にむけて―」(BLOG俳句新空間・2014年2月28日) 》読む
                      関連語:中野敏男、品田悦一、斎藤茂吉、臼井吉見、芳賀徹、樽見博、富安風生、高浜虚子、桑原武夫

                      36、「「村越化石」をめぐる困難について」(BLOG俳句新空間・2014年3月28日) 》読む
                      関連語:村越化石、亀井若菜、「クプラス」、石田波郷、杉浦強、大野林火

                      37、「「攝津幸彦」を共有しない」(BLOG俳句新空間・2014年5月2日) 》読む
                      関連語:高校生ラップ選手権、長谷川町蔵、大和田俊之、仁平勝、摂津幸彦

                      38、「川名大の殉じかた」(BLOG俳句新空間・2014年6月27日) 》読む
                      関連語:川名大、山口誓子、鷹羽狩行、寺山修司、安井浩司、大岡頌司

                      39、「吉村昭の放哉」(BLOG俳句新空間・2014年7月25日) 》読む
                      関連語:笹沢信、吉村昭、尾崎放哉、中村真一郎、橋本直、斎藤洋子

                      40、「帰ろう、それから、手を繋ごう。―佐藤文香の現在地について―」(BLOG俳句新空間・2014年8月29日) 》読む
                      関連語:佐藤文香、伊藤比呂美、富澤赤黄男

                      41、「物真似師の矜持―宮崎大地について」(BLOG俳句新空間・2014年9月26日) 》読む
                      関連語:宮崎大地、前田弘、高柳重信、西村麒麟、長岡裕一郎、林桂、神野紗希

                      42、「俳句じゃなくてすいません―渡辺とうふの土下座が問うたもの―」(BLOG俳句新空間・2014年10月31日) 》読む
                      関連語:佐塚真啓、森村泰昌、永畑智大、渡辺とうふ、蜷川千春、飯島耕一、「俳句の作り方 12音+季語?」

                      43、「『寺山修司俳句全集』を疑う」(BLOG俳句新空間・2014年11月28日) 》読む
                      関連語:今泉康弘、寺山修司、京武久美、加藤夏希

                      44、「「安井浩司」と僕の不毛な会話―『安井浩司俳句評林全集』―」(BLOG俳句新空間・2014年12月26日) 》読む
                      関連語:安井浩司、関悦史、折笠美秋、寺山修司、大岡頌司、小川双々子

                      45、「わいせつという矜持 ―「表現の不自由展」から考える―」(BLOG俳句新空間・2015年1月23日) 》読む
                      関連語:アライ=ヒロユキ、「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」、金子兜太、仁平勝、椹木野衣

                      46、「衒いなき「異端」―伊丹公子について―」(BLOG俳句新空間・2015年2月20日) 》読む
                      関連語:伊丹公子、高柳重信、伊丹三樹彦、大中青塔子、登村光美、伊藤章作、坪内稔典

                      47、「「復興」する日本で『小熊座』を読む」(BLOG俳句新空間・2015年3月20日) 》読む
                      関連語:「小熊座」、高野ムツオ、渡辺誠一郎、栗林浩、関根かな、さがあとり、塚本万亀子、浪山克彦

                      48、「気後れするほどの誠実さ ―竹岡一郎『ふるさとのはつこひ』―」(BLOG俳句新空間・2015年4月17日) 》読む
                      関連語:安倍晋三、芥川龍之介、安井浩司、摂津幸彦、竹岡一郎

                      49、「「未成年」の行方 ―『七曜』終刊について―」(BLOG俳句新空間・2015年5月29日) 》読む
                      関連語:橋本美代子、山口誓子、津田清子、黒田杏子、相原智恵子、渡辺喜夫、石野佳世子、三谷昭

                      50、「極私的な「読み」の意志 ―堀切実の「高柳重信」論から考える―」(BLOG俳句新空間・2015年6月26日) 》読む
                      関連語:堀切実、高柳重信、岩片仁次、高橋龍

                      51、高原耕治の問いかた(BLOG俳句新空間・2015年7月24日) 》読む
                      関連語:高原耕治、高柳重信、安井浩司


                      【追補・『鬣TATEGAMI』俳句時評(外山担当分)一覧】
                      http://tategaminokai.sakura.ne.jp/で第51号まで閲覧可能(2015年7月現在)

                      ・「プロデュースの時代」(『鬣TATEGAMI』・第42号・2012年2月20日)
                      …関連語:「手紙」、「スピカ」、「Haiku Drive」、山口優夢

                      ・「吉本隆明の死」(『鬣TATEGAMI』・第43号・2012年5月20日)
                      …関連語:吉本隆明、林桂、長谷川櫂、御中虫

                      ・「高野ムツオの現在」(『鬣TATEGAMI』・第44号・2012年8月20日)
                      …関連語:東日本大震災、片山由美子、高野ムツオ、関悦史、佐藤鬼房

                      ・「森田雄の俳句」(『鬣TATEGAMI』・第45号・2012年11月20日)
                       …関連語:森田雄、高原耕治、西川徹郎

                      ・「耐え難い軽薄 ―高山れおな『俳諧曾我』」(『鬣TATEGAMI』・第46号・2013年2月23日)
                       …関連語:高山れおな、福田若之、山田耕司、ボードリヤール、鈴木六林男

                      ・「「幸せな者」について」(『鬣TATEGAMI』・第47号・2013年5月20日)
                       …関連語:東日本大震災、佐藤敏郎、石川雄章、関悦史、「豈」、小林凛

                      ・「荷風の含羞と時空」(『鬣TATEGAMI』・第48号・2013年8月20日)
                       …関連語:永井荷風、加藤郁乎、池澤一郎、籾山梓月

                      ・「俳壇時評と俳句時評のあいだ」(『鬣TATEGAMI』・第49号・2013年11月20日)
                       …関連語:筑紫磐井、小川軽舟

                      ・「須藤徹追悼特集をめぐって」(『鬣TATEGAMI』・第50号・2014年2月20日)
                       …関連語:須藤徹、「ぶるうまりん」、安井浩司、摂津幸彦

                      ・「ひとつの不信感」(『鬣TATEGAMI』・第51号・2014年5月20日)
                       …関連語:芝不器男俳句新人賞、曾我毅、西村我尼吾、生駒大祐

                      ・「「楽しさ」を享受すること、その困難について」(『鬣TATEGAMI』・第52号・2014年8月20日)
                       …関連語:小松崎茂、古市憲寿、宮崎斗士、安西篤

                      ・「「私は」「あなた」を必要としている」(『鬣TATEGAMI』・第53号・2014年11月20日)
                       …関連語:佐藤文香、最果タヒ

                      ・「鴇田智哉の懐かしさ」(『鬣TATEGAMI』・第54号・2015年2月20日)
                       …関連語:鴇田智哉、安井浩司、依光陽子、関悦史、林田紀音夫

                      ・「立派な大人にはなれない」(『鬣TATEGAMI』・第55号・2015年5月20日)
                       …関連語:中山奈々、山口直彦、宇野常寛、柳本々々、鴇田智哉、石原ユキオ、近森高明、正木ゆう子

                      【俳句時評】 高原耕治の問いかた  /  外山一機  (最終回)



                      高原耕治が第二句集『四獣門』(書誌未定)を上梓した。『虚神』(沖積舎、一九九九)以来実に一六年ぶりの一冊である。

                      虹の臟腑を
                      つかみ
                      掴み出だせり
                      のつぺらぼうの爪

                       *

                      冷えゆく腦髓
                      天心に
                      独樂
                      唸りゐて

                       *

                      うつばり傳ひや
                      孤絶の
                      鬼の
                      垂れ来る動悸

                       *

                      うなぞこに
                      簪一本
                      びんらんの
                      霊なびかせて

                       *

                      死霊まじりの
                      なま雪
                      霏々と
                      降る なま富士

                      高原は一昨年、評論集『絶巓のアポリア』(沖積舎)も上梓しているが、富沢赤黄男の一字空白や高柳重信の多行形式についての見解を説くのみならず「私が無手勝流に編み出した《存在学》という概念やその適用が容易には他人に理解され難く、こうした事態をいささかなりとも解消するため」に刊行に踏み切った本書と『四獣門』とはあたかも陰と陽のごとく対をなすものであろう。たとえば掲出句にかぎらず『四獣門』には『虚神』に引き続き「のつぺらぼう」という語が散見されるが、『絶巓のアポリア』での高原の言葉を想起してこそ、それらの句の総量―ひいては高原耕治という俳人のスケールを思うことができるのである。

                      その多行形式の創出に当たり、「思考過程がそのまま詩作過程」であるとは、どういうことか。(略)換言するならば、それは、「逆説や反語の呪文」によって魂を不断に覚醒させようとする意志が、すさまじく、強固であればあるほど、それが、かえって、魂の恐るべき、取り返しのつかぬ不毛へと絶えず直結してゆかざるを得ない、その恐るべき〈呪縛〉の過程を、多行形式が創出される〈呪縛〉の過程として、これまた不断に、しかも多行形式に対する自覚せる客観のうちに認容しなければならぬことを意味している。その認容の一切を支え、また支配しながら、その認容作用自体のうちに発現してくるのが、あの絶対的空無性(「絶対的空無性」に傍点)、あの〈ノッペラボウ〉、あの《空白》や《虚性》なのである。 
                      (「《思考過程=詩作過程》における絶対的空無性」(「絶対的空無性」に傍点))

                      ところで『絶巓のアポリア』の上梓された二〇一三年といえば高柳重信の没後三〇年に当たる年であり、澤好摩を中心に高柳を偲ぶ会が催されたことがあった。僕がこれに参加したのは、今から思えばかなり悪趣味な好奇心によるものであった。高柳についてのコメントを求められた僕はたしか、高柳重信に実際に会ったことのある人間が全員いなくなった後でこそ新しい高柳重信論が生まれるはずだとか、高柳重信なんて忘れられてしまうんだとかというような、何ともしかたのない発言をしたのを覚えている。というのも、高柳の没年に生まれた僕にとって、この取り返しのつかない擦れ違いと不能感とが「高柳重信」に対峙する際のほとんど唯一のよすがであって、それを矜持とせずに「高柳重信」を思考することなど僕自身にとってあまり意味がないことだったからである。向かいの席に座っていた高原氏が僕の発言に何を思っていたのかその時はわからなかったが、後日届いた『未定』に次のようにあったのは、たぶん僕のことを指して言ったことなのだと思う。

                      ところで、つい先頃、高柳重信を語る会があり、それに出席したが、古くからの顔見知りの方々に久々にお会いし旧交をあたためているうちに、やはり歳月の経過に伴うさまざまな変化を痛感せざるを得なかった。しかし、それと同時に、討論の場での若い人々の言説の分かり難さとそれへの対応に苦慮せざるを得なかったことも事実である。そこに、種々の歪曲された齟齬や誤解や、討論にはあるまじきひねこびた(「ひねこびた」に傍点)態度がみられたことも否定できない。だが、高柳重信の俳句思想に対する見解の相違の内実が明瞭にされていないにも拘らず、その相違があること自体を世代間の違いや、高柳重信に実際に会ったことがあるかどうかといった経験の差異に起因させてしまう姿勢には、かなりの違和や封殺的誤魔化しの感を抱かざるを得なかった。なぜなら、編集子などは富沢赤黄男に実際に(「実際に」に傍点)会ったことは無いが、句集『天の狼』を開くたび、そこに富沢赤黄男が実際(「実際」に傍点)以上と思しき現実性を帯びて、必ず《居る》からである。 
                      (「編集後記」『未定』二〇一三・一一)

                      「富沢赤黄男に実際に会ったことは無いが、句集『天の狼』を開くたび、そこに富沢赤黄男が実際(「実際」に傍点)以上と思しき現実性を帯びて、必ず《居る》」という、高原の俳句への対しかたは、僕にはとても真似のできない見事なものであるし、僕もまたこのようにありたいと思う。しかしこのようにありたいと願うことと、すでにこのようであると語れることとの間には、決定的な差異がある。そして僕はどこまでも前者であり続けたいと思うのである。だがこのことをもって高原を批判するのはちがう。とりわけ、『四獣門』を読み、『絶巓のアポリア』を再読したいまとなっては、その思いはますます強くなるばかりである。

                      避けがたい死や病、老いや苦悩、そして孤絶や被災といった極限的な状況でこそ、真の芸術は闇のなかにいっそう映える大輪の花を開く。その意味では宗教に近い。が、宗教が何らかのかたちで共同性を必要とするのに対し、芸術にはそのような分かち合いが―神とのあいだでさえ―存在しえない。あくまで個の体験に発し、個の内にしか帰りようがないものだからだ。つまり、宗教に託されている「信仰」のような他者性さえ及ばぬほどの苦しみが人の生に訪れたとき、初めて扉が開かれるような性質のものなのだ。
                      (椹木野衣『アウトサイダー・アート入門』幻冬舎、二〇一五)

                      椹木野衣が「芸術」について語ったこの言葉は、高原の俳句のある部分を言い当てているように思う。すなわち、高原にとって多行形式で書き続けるということは、多行形式「で」書く、というような間接的ないいかたで表しうるような営みではなく、いわば多行形式を生き、多行形式を死ぬというような、もっと直接的で絶対的な営みであって、そのような高原にあってみれば、多行形式とは存在論(高原は「存在学」と称している)の謂ではなかったか。そしてこのような高原のありようは、たとえば林桂の高柳重信論にふれた次の箇所に端的にあらわれているように思われる。

                      ところで、林桂が言うところの「異化」という概念は多行形式生成の方法意識において特筆すべきものであり、また、多行形式における《改行》の意義にも優れて強力な有効打を放っている。《改行》の問題はこれで、一応、解決されたかにみえる。しかし、私見によれば、林桂の論理は多行形式の俳句技術と方法意識上のそれとして認めるにしても、この問題は更に奥が深く、それは、多行形式の発生、或いは生成において、この「異化」作用が多行形式という存在(「多行形式という存在」に傍点)、その存在上の密契(「存在上の密契」に傍点)としてなにゆえ生じさせられねばならなかったのか、その謂わば存在論的必然的根拠は何か、という、《改行》の意義に最も深く関わる問題意識の突起にのっぴきならず触れて来ざるを得ない。それは、多行形式という《存在》を掘鑿しつつ、その根底から、多行形式が成立するべき《存在学》上の最高概念を問い上げることを意味している。
                      (「多行形式の歴史と改行の《存在学》」)

                      ここで高原が提起しているのは、多行形式の意義にかかわる問題のみならず、なぜ多行形式なのかという、いわば多行形式の意志にかかわる問題である。高原の《存在学》とはこの問いに対峙するうえで要請されたものであったろう。そしてまた、ここで思い起こされるのは、安井浩司に次の言葉のあることである。

                      私にとって、かなり具体的に直達的に先輩と思われる戦後の俳人の殆んどすべての人たちが、俳句形式にたいする対向的在りようを、やはり生活という答えで受けとらざるをえない道を選んでいる。そういう俳句行為の持続の中に、俳句を書き続ければ書き継ぐほどに、俳句とは何かという命題は肥厚し、なぜ俳句なのかという命題はうすめられ、矮小化してゆく。形式へ殉ずるというきわめて詩の本質に捉えられた逆説が、遂には絶望としての正説に循環し、帰納してゆくのだ。これが定型詩の、とりわけ俳句の私共にむけられた悪意というものではなかったろうか。 

                      (安井浩司「海辺のアポリア」『海辺のアポリア』二〇〇九、邑書林)

                      安井もまた「なぜ俳句なのか」と問い得る稀有な存在の一人であるが、安井に『海辺のアポリア』があり、高原に『絶巓のアポリア』があるのは、蓋し偶然ではあるまい。とすれば、『未定』最新号で高原が安井について記していることもまた、当然のことであったろう。高原は安井の発言(「俳句の一行にはなんとも解き明かしがたい謎が、魅力があるんです。言葉を変えれば多行俳句はどこか浅いんだ。形式の仕組みの装置が早々と見えやすいんだ」)について次のようにいう。

                      田沼氏(田沼泰彦―外山注)は安井氏の発言を多行形式に対する「挑発」と把握しているが、安井氏の卓抜な高柳重信論を読む限り、私には、多行形式に対する歴然たる「否定」にみえた。氏の高柳重信論は、多行形式に対して軽々しく「挑発」するような態のものではないからである。「否定」は「否定」でよいのである。そう考えなければ、私は、俳句形式に対する安井浩司氏の誠実さを疑うであろう。「多行俳句はどこか浅い」「形式の仕組みの装置が早々と見えやすい」、そう厳格に判断したればこそ、安井氏は一行形式を採択し、氏の唱える《俳句の構造》の理念も、そこからしか出現しなかった筈である。
                      (「編集後記」『未定』二〇一五・七)

                      ここには「なぜ俳句なのか」と問う安井の本懐を見つめようとする高原の姿がある。そしてここに高原の俳句形式に対する誠実さも、その《存在学》の切実さもうかがわれよう。もっとも高原のいう《存在学》なるものは、高原自身がその評論集の巻末で述べているとおり、僕たちには理解しがたいものであるかもしれない。だがそれ以上に僕は、「多行形式という《存在》を掘鑿しつつ、その根底から、多行形式が成立するべき《存在学》上の最高概念を問い上げる」という高原の営為を自らのそれとして引き受けることの困難を思うのである。

                      黒い装丁の『絶巓のアポリア』、白い装丁の『四獣門』を並べ置くとき、それらは玄武と白虎のみならず、葬送の鯨幕を想起させる。いわば、高原はここに自ら成就せしめた生前葬のめでたさのなかで、彼岸から僕たちに問うているのではあるまいか。安井の言葉をかりるなら、それはすなわち「お前はどうするのか」という問いである。そしてこの問いから目をそらしているかぎり、僕たちは、たとえば大岡頌司や志摩聰が引き受けていた痛みを振り返るすべを持たないだろう。そしてまた、ここにいずれ安井浩司や高原耕治の名が加わらないともかぎらない。実際、僕たちはそうやってどれだけのことを忘れてきただろうか。

                      澤田和弥の過去と未来  /筑紫磐井

                      未見の人であったが気になっていたのは澤田和弥氏であった。『超新撰21』の時から候補にはあがっていたが、結果的に見送ってしまっていた人である。特にその後、句集『革命前夜』を上梓され、いい意味でもそうでない意味でも、『新撰21』の影響があった人ではないかと思っている。

                      『新撰21』等に入らなかったことについて西村麒麟氏から、『新撰21』がこれだけたくさんの新人(42人。小論執筆者まで入れれば80人。さらに『俳コレ』まで登場した)を発掘してしまうと、このシリーズに入らなかったことそれ自身が逆の差別をされてしまったような気になる、と企画者の一人に対する注文とも不満ともつかぬ発言をしたことがある。これは澤田氏にとっても同じ思いであったかもしれない。

                      逆に言えば、入らなかった御中虫、西村麒麟、最近の例でいえば堀下翔などは、すでに『新撰21』(例えば神野紗希、佐藤文香)を超越してしまった世代といえるのではないかと勝手に思っている。『新撰21』といえども企画者3人の独断と偏見に満ちた選考で上がった名前であるから、これら3人の枠組みの中でしつらえられている。御中虫、西村麒麟、堀下翔はこうした企画者に反発して自分たちの枠組みで自分たちの登場の場を確保したのだ。

                      以前、俳句甲子園に苦言を呈したのは、もちろん若い高校生たちが俳句に関心を持ってゆくのはありがたいが、彼らは、俳句甲子園企画者のルールに従い、枠組みの中で競っているのであって、自分たち独自のルールを作り上げたわけではない。以前の高校生は――つまり寺山修司などは、自分たちで同人雑誌を創刊し、全国の高校生を結集し、中村草田男などと交渉して俳句大会を開催していった。そうした活動と俳句甲子園とはずいぶん違うのだということである。もちろんどちらがいい悪いとは言わない、より多くの高校生俳人を結集させるには俳句甲子園方式はかなりいい手法かもしれないが、寺山流ではないのは間違いない。

                      『新撰21』から外れた動きを眺めるために、今回【アーカイブコーナー】で、御中虫、西村麒麟の活動を掲げてみた。これは明らかに「上から目線」を完全には排除できなかった(他の俳人たちに比べれば余程努力したつもりだったのだが、完全には排除出来ないのだ)『新撰21』に対する、反『新撰21』の活動であったと思っている。いや、ほどほどに妥協し、揶揄しながら自分たちの主張を断固として貫徹している。『新撰21』が存在しなくても自分たちの存在は明らかになっていると思っている人達であろう。

                      澤田は『新撰21』の影響を受けつつ、やはり独自の世界を模索し続けたようである。実に様々な媒体に挑戦している。私の関係するところでは、「豈」「俳句新空間」に登場しているし、その行く先は茫漠としていた。若い人らしい行方のなさだ。

                      澤田は自らも寺山修司への傾倒を語り、句集にもその痕跡を残したが、しかし作品として寺山の傾向が強かったとはあまり感じられなかった。むしろ早稲田大学を通して、寺山の系譜を確認し続けたといった方がよいかもしれない。彼のライフワークになると思われたのは(悲しいことにわずか4回で中断してしまったが)、遠藤若狭男の主宰する「若狭」に連載し続けた寺山修司研究(「俳句実験室 寺山修司」)だ。これが完成していたら、寺山と澤田の関係はもっと濃密に見えたかもしれない。

                      本人が存命している時の句集『革命前夜』と、亡くなってしまったあと読む句集『革命前夜』は少し趣が違っている。前者が今まで書かれた句集評の大半なのだが、後者を「俳句四季」10月号の座談会で取り上げ試みる予定であるが(齋藤愼爾、堀本祐樹、角谷昌子と座談)、妙に物悲しいものに思える(既に『革命前夜』は版元で売り切れ絶版となっている由)。有馬朗人氏の、「『革命前夜』をひっさげて俳句にそしてより広く詩歌文学に新風を引き起こしてくれることを心より期待し、かつ祈」るという、わずか2年前の序文がどうしようもない違和感を醸し出す。なぜなら今日のこの状況を誰も知らないからだ。私は当初、こんな句を選んだがそれは未来のある人の句としての鑑賞だ。

                      佐保姫は二軒隣の眼鏡の子
                      黄落や千変万化して故郷
                      冬の夜の玉座のごとき女医の椅子

                      実は死の予告のような句を選んでしまった。詳細は「俳句四季」10月号を見て頂きたい。だからここでは、『革命前夜』後の作品を掲げて締めくくりたい。澤田和弥の未来がどうあったか(亡くなっても作者としてはまだ未来があるのだ。後世の読者がどう評価するかは我々の思惑を越えているのだから)、考えてみたい。御冥福をお祈りする。

                      人間に涙のかたち日記買ふ   「若狭」より
                      菜の花のひかりは雨となりにけり
                      春夕焼文藝上の死は早し   「週刊俳句」角川俳句賞落選句より
                      復職はしますが春の夢ですが
                      女見る目なしさくらは咲けばよし


                      【特別連載】 追悼句篇 その4-寺岡良信 詩人と俳句 / 堀本吟



                      A 寺岡良信 追悼


                      青よりも淡い雨かも水無月葬    吟
                       
                      六甲山系梅雨の雲影葬すすむ   

                      石棺のミイラのため息野ばら散る  良信 
                      恐竜の骨を晒すや野ばら風           吟

                      波がきて人魚の檻をあらふ夏     良信  
                      海が好き 好きな人魚に檻被(き)せて    吟

                      泣女午睡に甘き凪がきて   良信
                      麗人は露台に佇つや時計草   吟 

                      命終に夏鶯のいずこより  良信   北の句会に出句(VOL・73号)

                      B 寺岡良信略歴


                      一九四九年 神戸市生。
                       高校教師を経て、退職。立命館大学大学院に再入学。
                      二〇〇六年、詩集『ヴォカリーズ』(まろうど社)
                      二〇〇九年 詩集『焚刑』(まろうど社)
                      二〇一一年 詩集『凱歌』(まろうど社)
                      二〇一五年 詩集『龜裂』(まろうど社)
                      二〇〇八年十二月ごろから、北の句会に参加。
                      二〇一五年六月二十七日永眠。




                      寺岡良信さんは、二〇〇八年十二月ごろから、私たちの北の句会に参加、癌が次々転移して手術もできず、抗がん剤が効かなくなり、ついに緩和病棟にはいるまで、二年間欠かさず投句、本業の詩を書く作業をやめなかった。福田知子、冨哲世、高谷和幸、大橋愛由等の属する詩誌「Melange」の編集長でもあ有り、経歴にあるように、詩の方が文學上の「本業」でもあったが、その俳句は、題材に独特なロマンチシズムがあることと、その奥に自分の死出の旅のための自己浄化のような意図があること、さらに、俳句の型を崩す傾向のある我々よりもキチンと定形を踏んでいることで注目をあつめ、わが「北の句会」でもしばしば話題になった。彼へ俳人として接した私の追悼文を同誌の「Melange」におくったので、ほとんど同時同文の掲載なるが、ここにも掲げておく。

                      寺岡良信さんを悼んで 

                       七月二十四日、宝塚市立病院に末期ガンで緩和病棟に入っている寺岡さんを見舞った。私と虻曳と息子の荘太と一家でいった。これがお逢いできる最後かもと思いつつごく普通の歓談、しかし、合間に「この夏保つかなあ」と言われるので、「大丈夫もう一度来るわよ」、と私は言った。二日後に逝去された。そのことがかえってやりきれない。

                      寺岡さんは四冊の詩集を持つが、俳句の定形への関心も強かった。

                      霧の村石を放らば父母散らん   金子兜太

                       酔っぱらうと、この句を朗誦した。「霧の村」と「父母」とは、私の受け留め方では極私性とミニマムな社会性の根幹にふれているはずだ、寺岡さんはいっしょに石を投げながら日々の時間の中のこもってくる複雑な思いを散らしたのだろう。詩や俳句の形で追求していたものがなにか、ということが、この句の偏愛ぶりからなんとなくうかがわれる。

                      彼には内面につよい規範精神があったように思う。その感情の正義に因って生きたのであろう。句がわかれば詩もわかるという濃厚な関連をもって、二つの詩形を、どちらも可能なかぎり端正に書きわけている。下の句は、彼の存在の美学を吐露したのだろう。


                      竜骨に揺られて浪の孤児となる   寺岡良信 

                       一方、寺岡さんは、諧謔が好きでときどきふっと面白いことを言ってまわりを笑わせたから、そこから俳句本来の奥行に触れその世界の自由闊達さにに憧れていたのだろうかとも思う。 ともあれ、端正な俳句と欠かさぬ投句によって、北の句会を支えてくださったことをありがたく思う。
                         
                                 


                      平成27年7月17日       堀本 吟(北の句会)    

                      【俳句とサブカルチャー】獄門島と天空の城ラピュタ-横溝正史と宮崎駿とわたしたちがいっしょに叫んだ、「バルス!!」-  柳本々々



                      * 今回の文章は横溝正史『獄門島』の〈ネタバレ〉を含んでいます。

                      「気が……気が、気がちがっている!」 
                      耕助はゲタゲタととめどもなくわらい出した。腹をかかえてわらいころげた。泪があふれて頬をつたったが、それでも笑いやめなかった。 
                      「気が……キが、……そうだ、たしかにちがっている。ああ、おれはなんというバカだったろう」 
                      花子の殺された直後のこと、梅の古木のほとりに立って了然さんの呟いた言葉。
                      「気ちがいじゃがしかたがない」 
                      あの言葉の真の意味に、耕助はそのときはじめて気がついたのである。 

                        (横溝正史『横溝正史自選集2 獄門島』出版芸術社、2007年、p.238)

                      昭和六年私はそれまで勤めていた博文館退社を決意したとき、背水の陣をしくつもりで、なけなしの金を掻き集めて吉祥寺に家を建てた。そのとき友人相寄り相集まり、家具類を寄贈してくれたが、そのなかに二つ折りの枕屏風があった。全面に江戸時代の俳諧書をバラしたものが貼りつけてあり、そのうえに右に一枚、左に二枚俳句を書いた色紙が貼りつけてあった。私はそれを疎開先まで持っていって、枕もとの風よけに使っていたのだが、よし、これでいこう、この俳句のとおり殺人が起こることにしよう。
                      そこまで考えるとあとはわりとスラスラであった。 

                        (横溝正史「「獄門島」懐古Ⅱ(「真説金田一耕助・41」毎日新聞・日曜くらぶ、昭和52年6月19日)」、引用は同上から、p.297)

                      私、他にも沢山おまじないを教わったわ。ものさがしや病気をなおすのや絶対使っちゃいけない言葉だってあるの。…亡びのまじない。いいまじないに力を与えるには悪い言葉も知らなければいけないって…でも決して使うなって。おそわった時、こわくてねむれなかった… 

                        (宮崎駿『スタジオジブリ絵コンテ全集2 天空の城ラピュタ』徳間書店、2001年、p.442-3)

                      横溝正史『獄門島』(1947)のなかで、金田一耕助は俳句に出会うのですが、この「獄門島」の殺人事件では、〈俳句〉がとても重要な位置を占めています。というよりも、この殺人事件の犯罪者は、松尾芭蕉であり、宝井基角であり、俳句なのです。なぜなら、この事件では、俳句さえなければ、おそらくその〈殺人〉の意志は伝承されえなかっただろうと思われるからです。

                      かんたんにいうと、こうです。ある明確な殺意をもった人物がいる。でも、じぶんのからだはもう病にむしばまれていて、殺人が実行できない。しかし、殺意としての遺志は芭蕉と基角の俳句に託して色紙としてのこして逝くので、おまえたちわたしの望みをかなえてくれ、と。わすれるなよ、と。

                      そして獄門島では、つぎつぎと俳句に見立てられた殺人が起こるのです。俳句がまるで殺人の設計書でもあるかのように。

                      鶯の身をさかさまに初音かな  基角 
                      むざんやな冑(かぶと)の下のきりぎりす  芭蕉 
                      一つ家に遊女も寝たり萩と月  芭蕉

                      ここで少し考えてみたいのは、なぜ〈俳句〉で殺意を伝承する必要があるのかということです。たとえば、殺人の計画書や、メモ書き、あるいは短歌や詩でもいいじゃないかと。

                      まずこの殺意を残したひと(嘉右衛門)と継承したひとたち(和尚・村長・漢方医)の間で「運座」をしていたことが小説からはわかります。俳句の句会をしていた。殺意を俳句でのこしたひとと、そののこされた俳句から殺人を実行したひとたちで句会をやっていた。こうした俳句的共同体として結びついていたというのがひとつあるとおもうんです。俳句的言語で通い合うものがあったということです。

                      俳句的言語で犯罪者たちが〈殺意〉を継承すること。

                      これらみっつの俳句には、どこにも〈殺せ〉とは書かれていません。死体を逆さ吊りにしろとも、死体を鐘のなかに入れろとも、死体のうえに萩の花をまけ、とも書いていない。だからたとえばわたしがこの俳句を託されて、わしの殺意の志をわすれるな、といわれたら、〈読み込〉まなければなりません。いや、そのとき「嘉右衛門」が説明してくれた委細を(小説では殺人実行のための委細な説明のあとでこの色紙を渡されたとあるので)思い出さなければなりません。つまり、そうした事細かな殺人の説明書きが〈圧縮〉された装置がこの『獄門島』においては〈俳句〉になっているのです。

                      これはいわば、こういうことではないでしょうか。殺人としての遺志が俳句というメディアを介して伝えられたそのしゅんかんに、この犯罪者たちだけの〈俳句解釈共同体〉ができたのではないかと。この「獄門島」はそもそもがこの島の呪縛にとらえられてしまうような〈島〉をめぐる閉鎖された共同体なのですが、それとは別に〈俳句〉というメディアだけの〈俳句解釈共同体〉があった。しかもそれは殺人の遺志を残したものの、〈殺意〉の〈詠み込み/読み込み〉としてのこの島だけの、この犯罪者たちだけの〈解釈共同体〉だった。

                      それはある意味、海というメディアで切り離された封建的な因習の残る「島」として共同体から疎外されつつも、それでも「獄門・島」とそれをポジ/ネガティブにラベリングして共同体として生きるように、芭蕉や基角の俳句解釈共同体から疎外されながらも、犯罪者たちだけの〈殺意の俳句解釈共同体〉として生きるということです。疎外は、あたらしい共同体形成の契機にもなっている。そもそも「獄門島」とはその名のとおり、〈獄門〉という疎外を共同体生成のきっかけとして生き直す〈島〉なのではないかとおもうのです。

                      ただの殺人の説明書きではなく、〈俳句〉というメディアを系譜することで、〈わたし〉の殺人は、〈われ・われ〉の殺人になります。嘉右衛門の殺意とともに託されたみっつの俳句は、みっつの殺人を犯す和尚・村長・漢方医のそれぞれの〈わたし〉の殺人を〈わたし・たちの殺人〉という〈横の殺人〉に変え、そして時を越えて継承した嘉右衛門からの〈わしの殺人〉と和尚らの〈わたしの殺人〉をつなぐ〈わたし・たちの殺人〉としての〈縦の殺人〉にもなります。

                      ただの説明書きでは分断されてしまう殺人が〈俳句〉というメディアを通すことによって縦と横に〈共同体化された殺人〉になる。

                      そしてもうひとつ大事なのが俳句を媒介することによって、主体はいつも不在になることです。この『獄門島』では、「この島のちからがいつのまにかわたしにそうさせた」という〈呪われた島〉という超越的審級が〈受け身的言述〉によって強調されますが、まるでわたしがやったこと・かんがえたことなのにそれが〈島〉のせいになるかのように、殺人にあっても殺人の主体は、殺意を俳句に詠み込み・のこした嘉右衛門でも、殺意を記憶し読み出し・実行した和尚・村長・漢方医でもなく、〈殺意〉の指令としての審級は、つねに〈俳句〉になるのです。〈俳句〉がなければ、殺人は、なかったかもしれないのですから(そもそも〈俳句〉がなければこの『獄門島』も書かれ〈え〉なかったように)。

                      嘉右衛門がわたしに殺しをさせる、というかたちでも、わたしたちの連帯がわたしに殺しをさせる、でもなく、あくまで〈俳句〉がわたしに殺人をさせる。〈俳句〉がそこにあったから、〈俳句〉がわたしたちをみていたから、〈俳句〉は忘れられないメディアだから、わたしたちにたえず殺意を呼びかけ、殺人を使嗾(しそう)する。

                      ここでこうした短いことばと破滅というケースをめぐって、少し視点を変えてみたいと思います。『獄門島』においては〈俳句〉が「亡びのまじない」になっていましたが、そうしたきわめて短いフレーズが「亡びのまじない」として伝承されていた作品があります。宮崎駿『天空の城ラピュタ』(1986)です。
                       
                      「亡びのまじない」を「おばあさんに教わった」シータは、「いいまじないに力を与えるには悪い言葉も知らなければいけないって…でも決して使うなって」とパズーに話します。この亡びのまじない「バルス!!」はその後ツイッターというメディアを介してとても有名になり、さかんにつぶやかれるようになりました。

                      この「バルス!!」のひとことで、ムスカもラピュタもほろびるのですが、大事なことは、いざというときに、手間がかからない記憶の圧縮性と破壊性です。この「バルス!!」ということばが流行った理由には、ひとつめにその記憶のしやすさ、唱えやすさ、ふたつめに、その記憶のしやすさと引き替えの絶大なる破壊性という暴力のエコノミーがあったはずです。ここには『獄門島』にもみられたような、記憶のしやすさと圧縮された破壊力のインパクトがあります。そしてその「バルス!!」だけで連帯できる共同体生成力も。

                      かんたんに想起することができるほろびのまじない。極端に短いが、しかし超越的暴力性を秘めたもの。『獄門島』と『天空の城ラピュタ』における、破壊力の伝承。

                      どちらも破壊はあくまで〈ことば〉が行うものであり、みずからが主体的に行うものではないという構造があります。わたしがそれをほろぼすのは、《たまたま》わたしがそれを覚えていたからにすぎない。そしてそのことばには「破壊せよ」や「殺せ」という〈意味性〉が入っていないことも大事だとおもいます。なぜなら、もしそのような意味性がはいっていては、それはわたしが「破壊する」主体、「殺す」主体になってしまうからです。あくまでわたしは「バルス」の主体、「俳句」の主体でなければならないのです。殺人者、破壊者ではなくて。ことばを想起する、しかしそのことばの意味の主体からは疎外された、ただ想起するだけの受け身の主体でなければならない。

                      だからじつは、『獄門島』をあらためていまかんがえれば、俳句《が》メディアになって殺人をおかしていたというよりも、むしろ犯罪者たちじしんが俳句《の》メディアとなっていたのではないかとおもうのです。メディアになっていたのは俳句ではなく、犯罪者たちのほうだった。犯罪者たちだけが俳句と殺意を詠み込み・読み出すことができるメディアだった。シータだけが「バルス」を詠み込み・読み出すことができるメディアだった。そしてその島での、城での出来事を知った〈わたしたち〉も「バルス!!」と唱えながらその解釈共同体に参与することになった。記憶するメディアに、想起するメディアに、実行するメディアに、しかし主体から疎外されるメディアに。

                      『獄門島』/『天空の城ラピュタ』とは、その意味で、〈場所〉がタイトルにならざるをえないのだとおもいます。主体はあくまで〈わたしたち〉ではなく、わたしたちに、嘉右衛門に、和尚に、シータに、ムスカに働きかける「獄門島」や「ラピュタ」にあるからです。わたしたちはただ破壊の伝承をとおすメディアであるしかない。

                      だからわたしたちはただただ実直に「島」や「城」のメディアとなり、破壊者になれないことも殺人者になれないことも知りながら、こう呟くしかないのです。

                      「バルス!!」と。

                      落ちてきた君は重たし星月夜  佐々木貴子 

                         (佐々木貴子『ユリウス』現代俳句協会、2013年)

                      2015年7月10日金曜日

                      第21号


                    • 7月の更新第21号7月10日第227月24日




                    • 平成二十七年 俳句帖毎金00:00更新予定) 》読む

                      (7/17更新)夏興帖、第二
                      仲寒蟬・花尻万博・木村オサム・望月士郎・佐藤りえ

                      (7/10更新)夏興帖、第一
                      …曾根 毅・杉山久子・福永法弘・池田澄子・ふけとしこ・陽 美保子・内村恭子



                      【好評連載】


                      「評論・批評・時評とは何か?


                      ・今までの掲載
                      (筑紫×堀下書簡)
                      (筑紫×福田書簡)
                      番外1
                      番外2
                      【特別連載】
                      ■  追悼句篇 その3
                        -岩月通子の津田清子追悼句「晨」188号-
                       …堀本吟  》読む



                        ブログではない紙媒体誌俳句新空間を読む(当面、月~日00:00更新)… 》読む
                          およそ日刊「俳句空間」 (おおよそ月~日00:00更新) 》読む
                            …(主な執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱 … 
                            (7月の執筆者: 竹岡一郎、依光陽子、大塚凱…and more  )

                             大井恒行の日々彼是(俳句にまつわる日々のこと頻繁更新中)  》読む 



                            【鑑賞・時評・エッセイ】 


                            <朝日俳壇鑑賞>~登頂回望~ 七十二・七十三・七十四  
                            網野月を  》読む

                            <歌〈と〉挿絵を読む>新鋭短歌シリーズ〈の〉挿絵をめぐる 
                            ―鯨井可菜子/河上ののこ『タンジブル』〈と〉岡野大嗣/安福望『サイレンと犀』― 

                             …柳本々々  》読む

                            ■ 最近の雑誌から
                            … 堀下翔   》読む 

                            短歌評 歌と句の間に
                            … 依光陽子 》読む

                            ■(エッセイ)鈴木商店
                            …筑紫磐井  》読む  




                            リンク de 詩客 短歌時評   》読む
                            ・リンク de 詩客 俳句時評   》読む
                            ・リンク de 詩客 自由詩時評   》読む 





                                【アーカイブコーナー】

                                週刊俳句『新撰21』『超新撰21』『俳コレ』総括座談会を再読する

                                参加:筑紫磐井、高山れおな、対馬康子、上田信治、西原天気(乱入・西村我泥吾)
                                日時:平成24年1月18日
                                場所:帝国ホテル鷽替の間


                                • 総括座談会(1)2012-02-19  
                                3冊誕生の経緯「誰が言いだして、資金はどう支払われたのか」 …》読む

                                • 総括座談会(2)2012-02-26 
                                特徴的人選「ぎらぎらとしていたのは誰か」 …》読む

                                • 総括座談会(3)2012-02-26 
                                企画の特徴「年齢制限・自撰他撰・公募など」 …》読む


                                俳句樹 回想の『新撰21』―いかにしてアンソロジーは生まれるか を再読する
                                ・・・筑紫磐井 2011年1月18日  》読む


                                    あとがき  読む

                                    祝 仲寒蟬 芸術選奨新人賞受賞!
                                     祝辞 筑紫磐井 第14号あとがき ≫読む

                                    攝津幸彦祈念賞募集 詳細
                                    締切2015年10月末日!

                                    豈57号刊行!
                                    豈57号のご購入は邑書林まで

                                    薄紫にて俳句新空間No.3…!
                                    購入ご希望の方はこちら ≫読む

                                        筑紫磐井著!-戦後俳句の探求
                                        <辞の詩学と詞の詩学>
                                        川名大が子供騙しの詐術と激怒した真実・真正の戦後俳句史! 

                                        特集:「突撃する<ナニコレ俳句>の旗手」
                                        執筆:岸本尚毅、奥坂まや、筑紫磐井、大井恒行、坊城俊樹、宮崎斗士


                                        特集:筑紫磐井著-戦後俳句の探求-<辞の詩学と詞の詩学>」を読んで」
                                        執筆:関悦史、田中亜美、井上康明、仁平勝、高柳克弘

                                        筑紫磐井連載「俳壇観測」執筆





                                        第21号 あとがき

                                        ひとりあとがきが続いています。

                                        さて、夏興帖第一が開幕。 第一句集『花修(かしゅう)』上梓間もない曾根毅さん(http://ooikomon.blogspot.jp/2015/07/blog-post_4.html)筆頭に、NHK俳句第一週選者の池田澄子さんが久々の登場!  http://www.nhk.or.jp/tankahaiku/


                                        「ほぼ日・俳句新空間」の日替わり一句鑑賞では、大塚凱さんが登場。 大塚さんは同人誌『群青』副編集長の傍ら当ブログにご参加いただくことになりました。 どうぞよろしくお願いいたします。 ちなみに堀下さんも「群青」です。 

                                        筑紫相談役からは「エッセイ鈴木商店」が…。 おでんくんに「ちくわぶー」というのが登場していました。私はガングロ玉子ちゃんが好きでしたが。

                                        6月末に大井顧問が登壇の「現代俳句講座」(現代俳句協会主催)に行ってきました。其のレポートを少しだけ…。
                                        なんといっても高屋窓秋のナマ声公開に感動いたしました。

                                         「高屋です。あなたの苦手な高屋です…。」

                                        これは、病床の折笠美秋を励まそうと高柳重信の呼びかけによりいろいろな俳人のナマ声を撮り、録音メッセージとしてカセットテープを作成したもの(福田葉子さん所有)。俳人のナマ声というのはなかなかいいものですね。 高屋窓秋先生は貴公子のようなお方というイメージですので、皆様にお聞かせしたいほどの予想通りのダンディでオシャレな雰囲気のナマ声でした。

                                        また、その前日は、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー原作『ゴミ、都市そして死』(Der Müll, die Stadt und der Tod)上演のため世田谷パブリックシアターへ。 ファスビンダーというのもなかなか論争を巻き起こした夭逝のドイツの映画監督だったようです。 一部のマニアから映画・演劇とムーブメントになっているのは何か理由がありそうですが…。
                                        http://www.goethe.de/ins/jp/ja/lp/kul/mag/flm/6013539.html


                                        こちらの舞台では、ナマのジム・オルーク(ミュージシャン)に感激。映画音楽でしか存じませんが相当な年季が入ったミュージシャン風情に見えました。 いや実際の彼を見たことがあるのですがその時は青年だった…。今回の舞台ためのBGMを聴きながら少しずつ復習中です。  

                                        久々の都会での連日イベントスケジュールに眩暈がしています…。とまぁ、6月が終わって当然のように7月。すでに10日になりました。今月末は小諸日盛り祭が開幕です。 早っ!

                                        何事にも遅れぎみですが、頑張ります…。

                                        (北川美美記)


                                        ※7/12 依光陽子さんによる短歌評<歌と句の間に>(リンク先=詩客・短歌時評)を目次に入れました。 山田露結さんにつづく俳人からみる短歌評です。



                                         【特別連載】 追悼句篇 その3 -岩月通子の津田清子追悼句「晨」188号-  / 堀本吟


                                        一) 岩月通子さんとの再会

                                         今回の紹介作は、私が作った追悼句ではない。
                                         が、津田清子さんが「沙羅」(昭和四十六年年七月創刊)の初期に投句しておられたというその人の追悼句と合わせて若干のエピソードを記録しておく。

                                         二〇一五年四月十日はひどい吹き降り。桜が咲いていた。私は、大和西大寺の「らくじ苑」という老人ホームに津田清子さんを見舞った際、その部屋で、「攝津幸彦を偲ぶ会」(平成十八年東京)の会場で出会ったこの女性俳人とほぼ二十年目に再会した。まことに不思議な縁であり、津田さんを介してしかも奈良、大和西大寺老人ホームでこういうことがあろうとは思わなかった。どちらかが訪問時間が三十分ずれてしまっていたらその機会には恵まれなかっただろう、と後で話しあったことだった。また、そのとき椅子席にぽつんとすわっていられた岩月通子の名札の女性はお名前は知っていたが詳しい俳歴も知らない方だった。まして、その頃からテーマにしていた津田清子の最初の主宰誌「沙羅」に投句しておられたなど知らなかったのだから。今回、改めて親近感を抱いた。
                                         津田清子さんが平成二十七年五月五日に亡くなられた。「圭」終刊(平成十二年八月)から三年も経つと、こういうことの情報はやはりわかりにくい。四月の事があったので関東の岩月通子さんにお知らせしたかった。岩月さんはおどろき弔電を打ってこられた。
                                         彼女の弔電は葬儀で読み上げられた。

                                        女子の雄々しき一生菖蒲の日 (オミナゴノ オオシキヒトヨ ショウブノヒ)

                                         であった。イワツキミチコというくっきりした姓名がひびき渡り、その句は感慨深く覚えていたつもりがいつの間にか記憶の外になっていた。その後一度電話があり、彼女が、私との再会を機会に、攝津幸彦夫人である資子さんと久しぶりにお話したこと。いつかの西大寺での私の印象を取り込んで一句にしたので俳誌が出たら送る、というようなことだった。

                                        二) 岩月通子の「晨」188号掲載句

                                          この七月八日にレターパックで送られてきた掲載誌「晨」7月号と流麗な筆跡のお手紙、津田清子さんへのお持たせとおなじ「大樹寺松風」なるお菓子が一棹(「松風」の風味があり、カステラ狀に柔らかく食べやすい)。思いがけぬプレゼント。いろんなところに気配りの感じられるのである。ともかくその予告の俳句を拝見した。以下の十句である。

                                        堅香子の大群落に入りにけり    岩月通子 
                                        堅香子の群落わが名呼ばれけり 
                                        堅香子や旧初午の香積寺 
                                        山頂や巨石にぽつとすみれ草 
                                        川音の俄かに高し山桜 
                                          宇佐美魚目先生
                                        早蕨や師の笑ひ声受話器より 

                                          津田清子先生
                                        花の雨車椅子にて眠とうて  

                                          堀本吟さん
                                        即吟で声かけ花の西大寺 
                                          
                                          悼 津田清子先生
                                        女子の雄々しき一生菖蒲の日  

                                        人間に出会ふ醍醐味雪月花 
                                             (以上「晨」平成二十七年七月号掲載十句。本文では天地揃え)

                                         このうち、第七句目が津田先生のお部屋の様子、四月十日の夕方のことである。外は、桜が散らないかと気になるほどの吹き降りの激しいその日の荒れた気候は私もよく覚えている。私も目にしたが、食事のため車椅子に座って、しかしそれが気がすすまず、眠いとかしんどいとか、すこしだだをこねておられたのだろう。車椅子に座ることがもう苦痛でお嫌なのである。

                                         八句目が、咄嗟に呼びかけた私の話しかけの様子。五七五で「お元気ですか清子さん」という呼びかけだったが、軽くしかも遠慮がなくなり、失礼かなとは思うものの、ふっと相手の表情が和らぐので安心する。上五の季語はなんだっただろう、「花の雨」だったか、「雨ですね」か、「菜種梅雨」はあまりそぐわないので別の時だったか。どっちみちそのときのものだったし、津田さんは気分が良ければ遠慮なく書き直される。先達に対して、どなたをもちゃんと「先生」と呼ぶ岩月さんは私の暗号のようなこの「清子さん」に少々驚かれたらしい。「即吟で呼びかけ花の西大寺」個人的であ有り場所も固有のもの、しかも普遍性をよびだしている。そして「花の西大寺」の華やぎが嬉しい。

                                         その日には別用があったので、珍しく私はドレスアップしていて、亡母の形見の晴雨兼用のスプリングコートも羽織っていた。それで津田さんの前に立ったのだが、すると、「ああ、ちゃんと服を着ているの」とつぶやき、それからこうおっしゃった。「聞きたいことがあったら、この次のときにお話します、今日はちょっと気分が優れませんから、またにしましょう」。 

                                         つねづね、この方になにか戦後俳句のことを聞きにゆく時には、身だしなみも少し改める。あちらも地味ではあるが身なりをととのえて、ネックレスとかブローチにも気を使われる。おたがい少し緊張してちゃんとま向かうのが常だった。で、私に関しては、そういう関係だという固定観念があったのだろうか?こんな時に始めて気がついたことだ。

                                         それから、身をうごかして「ベッドに横になりたい」と言われた。その所作はやや子供っぽく亡母の晩年と同じだった。しかし、車椅子を降ろしてしまうと夕食の食堂に行けない。勝手なことはできないのですこしなだめてみたがすぐに職員の人が食堂にお運びした。帰り道、津田先生、ほんとにしんどかったのかもしれない、と気になってきた。

                                         この会話が最後のものとなった。旅の途中で急いでいる岩月さんとはお話の暇もなく、近くの西大寺駅の入り口までお送りした。

                                         七八句目のこの句は、「攝津幸彦」や「津田清子」という俳人を仲立ちにして偶然にであった私たちも含めて、特に人間の晩年への関わり方なかんづく心理のあちこちするゆらぎが鮮やかに浮かび上がる。

                                          第九句目が,岩月さんのその追悼句、ああそうだったとその日の回顧とともに蘇る。

                                         この句では、菖蒲の葉を飾って男子の健康な成長を願う端午の節句、それに因んでいる季題が読み込まれている。津田清子という作家のキャラクターの一つ、遺影もキリッとしてニュートラルな佇まいといおうか、少女時代もお転婆清子さんの一面があったのである。これには私も共感した。津田さんに対して感じることは皆同じなのだなあと、湿っぽい感傷のかたえで私はふっとほえみたくなった。

                                         三) 異空間ー堅香子大群落

                                         ここで、第一句目にもどる。

                                         一句目の堅香子(カタクリ)の花の大群落になんの衒いも作為もなく入ってゆく人の姿を彷彿する。愛知県豊田市足助(あすけ)にはカタクリの広い大きな群生地帯がある。「すみれ草」、「山桜」など他の植物とも有機的な関連で生育している、こういう「植物群落」の土地だが、人間も自分も同じく生きるものとして異空間、異郷に入り込むようなこの書き出しがいい。思いがけなくそこで、こんなところにいるはずのない知り合いの誰かと鉢合わせして、名前を呼ばれる、私の場合と同じである。そのことが書かれてある。単純化された風景の中で繰り広げられる経験が具体性をなくしてここに詰まっている。この句の成功は、岩月さんの「堅香子」という古語の使用。非現実のリアリティが出てくる。

                                         もう一つ六句目にくる岩月さんが尊敬する宇佐美魚目先生の電話の声、これも遠いところからでてくるようで、早蕨の新鮮な緑と吹き上げる明るい声がうまくマッチしている。

                                        津田清子作にも電話の句がある。これはすこし怖い。

                                        ホントニ死ヌトキハデンワヲカケマセン 『七重』(平成三年三月・編集工房ノア)

                                         
                                        四) 雪月花

                                         私の心に止まったのは第十句目である。

                                         これは、らくじ苑での出会いにかかわる場面、それへのオマージュだろう。プライベートな劇にかかわっていない読者には、そこまでも読み取れない。だが、これらが秀句に仕上がったそのそこには私たちの「出会いの醍醐味」が言葉の凝縮をもたらしていると気がつくはずだ。

                                         さらに、ここの「雪月花」とは茫漠とした言い方だ。対象世界はもっと広がって、その場所に。にさまざまな花を包み込んだ自然が広がる。「雪月花」は季語ではないが、日本の伝統詩や芸術が作り上げた美意識にかかわってくる。その大きさが観念の幅広さを逆に生かしたのが最後の句である。有季句が並ぶ中では、俳句作品としてはおもいきった冒険を感じる。だが、岩月句に最後にうたわれる「人間と会う醍醐味雪月花」が、死者と共存しているかもしれないこの世という存在世界の機微を伝える、という意味でこの収め方はすごくいい。

                                         ちなみに、高屋窓秋は以下のごとく雪月花を詠じている。

                                        雪月花不思議の国に道通ず  
                                        雪月花山河滅びの秒の音 
                                            (以上抄出 高屋窓秋『花の悲歌』一九九三年五月弘栄堂書店)

                                         この期に及んで私にはもう聞きたいことはなかった。言われなかったことは、津田清子の言としてそれを言いたくないから黙っておられたのである。ただ、お顔を見たら安心する。晩年の母に会いに行くような気もちで接した。

                                         和田悟朗氏の逝去のほぼ二ヶ月あと。桜の季節から一ヶ月立たぬこどもの日端午の節句に、夜八時頃急に胸が苦しくなられ、周りの気づかぬうちに逝かれたそうである。


                                         これら、戦後一時代をくぐった人たちの句や発言が、岩月通子さんの連作(というべきだろう)の中に溶け込んで、すべてが交感し響きあう。この十句、追憶の俳句として見事な詩的な結晶を見せていただいた。このような創作現場の内部に入れ込んでいただいたことを感謝したい。 


                                        【俳句時評】 最近の雑誌から / 堀下翔



                                        さいきん読んだ雑誌の中から、面白かったものをいくつか。

                                        ダイヤモンドダスト朝刊全文音を消し  加川憲一   「海程」2015.6

                                        ダイヤモンドダストは水蒸気が昇華した氷の結晶のこと。だいたい見られるのは朝方で、朝日がこれにさして空中がきらきらする。氷点下10度程度になれば見られるので寒いところに住んでいればさほど珍しいものではない。この句もまた変わりのない日常の一景である。朝刊を取りに外へ出たところにダイヤモンドダストが発生している。

                                        本とは違って新聞は最初の頁から文字がびっしりと詰まっている。ぎゅうぎゅう詰めの文字はたしかに音にすれば喧しそうだ。その音が聞こえなくなるほどの寒さである、とこの句は言っている。見えている一頁目だけではなく「全文」が音を消しているのだからすさまじい。一日でいちばん身にこたえる朝の寒さである。

                                        ダイヤモンドダストは細氷や氷塵ともいうが、ここは9音の破調になっているからいい。ドアを開けて身に触れた寒さに驚いている感じが出ているから。

                                        噴煙の見ゆる街角卒業す 日原傳   「天為」2015.6

                                        高校の卒業と読みたい。卒業の感慨が「街角」に象徴されるのであれば、きっとこの人はこのあと街を離れる。

                                        主体が「噴煙の見ゆる街角」に気づいたのはこの時が初めてではなかろう。この街に生まれ育ったこのひとにとって、あるいはひとびとにとって、「噴煙の見ゆる街角」はある種のあいさつのようなフレーズだったのではないか。具体的にどこ、と言っているわけではない「街角」という言葉からは、そんなことが察せられる。繰り返し、手垢がつくまで「噴煙の見ゆる街角」と呼べばこそ、この街には愛着がある。

                                        流觴曲水あるはんぶらに水おおし  高橋比呂子  「LOTUS」2015.4

                                        水流に浮かべた盃が自分の前を過ぎるまでに詩を書く桃の節句の遊びを「流觴曲水」という。いまの歳時記では「曲水」ないしは「曲水の宴」で載っていることが多いがもとはこの名前だった。中国書道史の傑作、王羲之の「蘭亭序」(東晋)がこの流觴曲水の詩集序文であるように、もとは中国で行われ、のちに王朝時代の日本でも楽しまれた。

                                        掲句は中国でも日本でもなく「あるはんぶら」であるという。スペインのアルハンブラ宮殿のことであろう。9世紀以降のスペインの歴史とつねにどこかで接してきたのがこの宮殿だった。豪奢なつくりをしていて享楽感が強いかと思えば、城塞として機能していた側面もある。そこで流觴曲水が行われる。異国で展開される空虚な遊び(高貴な遊びはだいたいにおいて空虚だ)。言い難い場違いな感じがこの句の情感である。「あるはんぶら」とひらがなに展かれているのは、カタカナでなければせめて中国的な情緒に近づくか、ということだろうが、違和感は隠せない。

                                        一句の落としどころは「水おおし」である。流觴曲水の宴をしているのだから水の流れがあるのは当然である。それなのにここではことさらに「水」の存在が述べられ、さらに、それは「おお」いのだという。ばかばかしさすら感じないではない。水がおおければ宮殿ではいつまでも宴をつづけることができよう。やはり空虚だ。

                                        卒業やバック転にて門を出づ 森美代子  「澤」2015.6

                                        バック転ができる子はモテたと思う。運動神経がいい子はだいたいモテる。

                                        門を出た先には人も車も通る。いきなりバック転で飛び出していくのはあぶなっかしい。中学生か高校生か知らず、その程度の分別もない子の方がこの年代ではモテる。

                                        卒業式のあと、後輩、同輩、保護者たちが大勢いる前でそんなカッコつけちゃうやつ、好きだ。そんなことをしてカッコよくきまるやつはモテるに決まっている。バック転のうまいジャニーズJr.の誰かを思い浮べたい句である。

                                        伸びるだけのび啓蟄の象の鼻 岩淵喜代子  「ににん」2015.春

                                        啓蟄というのはどうもわらわらとしている。ほんとうは虫が出てくるだけの筈だが、啓蟄と言われるとほかのものも出てきたり、あるいは増えたり伸びたりする感じがある。それが春先の気分である。「啓蟄や」と切るのではなく後ろに持って行って「啓蟄の象の鼻」と直接修飾しているから、この句はなおさらその気分が強い。

                                        「伸ぶる」ではなく「伸びる」だから口語。2回目は「のび」と平仮名になっている。どちらからも、おおらかな気分が出ている。


                                        【歌〈と〉挿絵を読む】新鋭短歌シリーズ〈の〉挿絵をめぐる―鯨井可菜子/河上ののこ『タンジブル』〈と〉岡野大嗣/安福望『サイレンと犀』― / 柳本々々



                                        絵はなにごとも説明しない、ただ提示するだけなのである。こうした事態を言葉で説明するためには、もう一度、「類似が依拠している肯定的言説という基盤を巧みにかいくぐり、純粋な相似と肯定的ならざる言表とを、目印なきヴォリュームと平面なき空間の不安定さのうちで戯れさせる」という、フーコーのマグリット論の一節を引用するしかないだろう。この「戯れ」は、言葉では説明しにくいが、とても啓示的なものとして存在している。
                                          (木股知史「マンガ表現論-絵と言葉の相互矛盾-」『日本の文学 第7集』有精堂、1990年、p.140)

                                        書肆侃侃房から出版されている〈新鋭短歌シリーズ〉。

                                        ポップなやわらかい装幀が特徴的で、短歌の初心者でもふと手にとって入ってゆきやすいつくりのシリーズになっていると思うんですが、その〈とっつきやすさ〉のひとつに〈絵と短歌〉のちいさな・しかし・おおきなコラボレーションがひとつあるのではないかと思うんですね。

                                        新鋭短歌シリーズは挿絵が入ってる歌集が数冊あるのが特徴的ですが、しかし歌集のなかで挿絵を使っていなくても、装画としてそれぞれがめいめいのカラーをもつ絵を選んでいる。

                                        読者はその歌集の表紙の装画をみることによって、ある一定の安定した枠組みをもち、主題のゆるやかな予兆を感じ取り、そこからこの歌集のコンテンツへと入ってゆくことができる。それもまたこのシリーズのひとつの特徴だとおもうんです。

                                        今回は、この新鋭短歌シリーズで歌集のなかに挿絵を取り入れている(挿絵として違う語り手を取り入れている)歌集二冊にしぼって考えてみようと思います。

                                        鯨井可菜子さんは歌集のなかで語りながら河上ののこさんの絵とであい、岡野大嗣さんも歌集のなかで歌いながら安福望さんの絵とであう。

                                        挿絵と短歌はどのような関係になっているのか。それはお互いにどのような意味生成を働かせているのか。

                                        まずは鯨井可菜子さんの歌集『タンジブル』(2013年)です。この歌集の装画・挿絵を描いておられるのは、河上ののこさんです。

                                        そもそもこの歌集のタイトル「タンジブル」とは、触れることができる、実体感のある、触知できる、といった意味合いなのですが、まずこの歌集をひらくと第一章あたまにののこさんの挿絵が入ってくるので、読者はこの歌集に対する〈トーン〉に〈触知〉することができます。

                                        描かれたイラストでは、灯台がみえる砂浜で猫が電話を待っている。このイラストはこれから始まる鯨井さんの短歌にみられるような〈待つ〉ことの主題、〈試される〉ことの主題、〈なにかたしかなものにふれようとしてふれそこねている〉主題への接続を用意しています。

                                        十六夜の寸胴鍋にふかぶかとくらげを茹でて君が恋しい  鯨井可菜子 
                                        試されることの多くて冬の街 月よりうすいチョコレート噛む  〃 
                                        彗星の近づきし日に朝食の皿を残して消えた恋人  〃 
                                        6時、朝マック注文するときの店員さんのうでの毛 会いたい  〃 
                                        夕暮れにむすんでひらいてチョコレートもうかけられぬ番号がある  〃


                                        〈ふれたい〉〈たしかなものにしたい〉〈タンジブル〉なものにしたいという歌にみられる衝動がののこさんの挿絵をとおすことでやわらかくしかしたしかなかたちで提示されてゆくのが特徴だとおもいます。語り手はこの歌集において少しずつ歌を重ねながら「タンジブル(たしかなもの)」に近づいていくのですが、同時に、各章の頭に挿入されるののこさんの挿絵が〈タンジブル〉への〈イメージ〉の手助けとしても機能しているとおもうんです。

                                        この歌集の章立て=構成は鯨井さんの人生の節目とともに分節されているのですが、そこにののこさんの挿絵がふしめふしめに挿入されている。

                                        どんなに語り手がふれられないもの、手にできないもの、ふたしかなものを感じ取ってうたいつづけていても、節目節目において、たしかな〈絵=イメージ〉がやってくる。それはある意味で、語り手もまたあるたしかな〈イメージ〉を節目節目においていだきながらうたいつづけていたということなのではないかとおもうのです(裏返せばだからこそ〈節目〉というのはできるのです。あるイメージの把持をえて、つぎのイメージへと切断しつつ、連続していくから。絵=イメージとはこの意味で節目であり、切断であり、接続なのです)。

                                        この歌集におけるののこさんの挿絵=視覚イメージは、やわらかくありながらも、いつも〈たしかさ〉として機能しています。抽象画ではなく、具体的なイラストとして。語り手がその〈たしかさ〉へと前進するのを介添えするようにして。

                                        この鯨井さんとののこさんの歌集における歌と絵の関係とは、語り手と挿絵が相互に補完しあって〈タンジブル〉が錬成されていくそのプロセスにあるのではないかとおもうのです。挿絵=イメージは、語り手と、読み手の前進を介添えしてくれる。わたしたちがこの歌集を読み終えたときに〈タンジブル〉なものが節目節目にあったことを実感させてくれる。そういう機能としても働いている、と。

                                        だからこそ、歌にとっては絵が、絵にとっては歌が、それぞれの〈タンジブル〉を補完しあう関係になっているのです。どちらに寄りすることもなく。歌〈の〉タンジブルと、絵〈の〉タンジブルを。

                                        それがこの鯨井可菜子さんの歌と河上ののこさんの歌と絵の〈タンジブル〉な相互関係だと思います。どちらかが欠けてもいけないし、どちらかがどちらにひきこまれてもいない。それがひとつの〈たしかさ〉をたえずおくりだしてくるのです。ほかならぬ歌として〈の〉、絵として〈の〉、こ〈の〉わたしが語る/描く〈たしかさ=タンジブル〉を。

                                        では次に岡野大嗣さんの歌集『サイレンと犀』(2014年)をみてみましょう。この歌集では、装画・挿絵を安福望さんが描いておられます。

                                        鯨井さんの歌集の挿絵の配置と比較して岡野さんの歌集における挿絵のありかたですぐに気が付くのは、この歌集が鯨井さんの歌集よりも積極的な挿絵の配置をしている点です。鯨井さんの歌集では章立てごとに挿絵が挿入されていましたが、岡野さんの歌集では、章立てごとに入る挿絵や、その章の内部の連の終わりにも挿絵が入ってきます。つまり、章の節目だけでなく、連の節目にも絵が挿入されてきます。

                                        で、ひとつこの岡野さんと安福さんの歌と絵の関係で大事だと思うのが、完全な照応関係にあるのではない、岡野さんの歌を逐語訳的に安福さんが絵にしているわけではない、絵は解釈なのではない、という両者のバランス関係のありかたなのではないかと思うんです。

                                        たとえばです。考えてみれば、この歌集のタイトルは『サイレンと犀』なわけです。もし、絵が歌の解釈や説明を試みようとするのであれば、たとえば装画や挿絵で非常にインパクトのある犀の絵をもってきてもおかしくないはずです。しかしページをひらけばそこにあらわれる安福さんの動物たちは、りすやうさぎ、おおかみ、くま、ひとです。いってみれば、この歌集には、〈犀〉はいないんです。こんなに絵があるのに。

                                        つまりこの歌集における歌と絵の関係においてはこんなふうなことがいえるのではないかと思うんです。

                                        この歌集においては、歌の空間と絵の空間のふたつの空間が近接しながらも決して同一化しないかたちで、お互いがお互いをかすかに照応しあうようなかたちで併存しているのだと。

                                        それはまさに『サイレンと犀』というタイトルの「と」にみられるような、〈と〉の関係のありかたです。もしこれが『サイレンの犀』だったならば、「歌の絵」のように、絵は歌に吸収されてしまうでしょう。それは「歌」を説明する「絵」。「歌の絵」になってしまうからです。

                                        〈の〉は、一方を一方が吸収し同一化してしまうのです。それが、〈の〉の力学です。「りんごのほっぺ」のような隠喩的関係といってもいいでしょう。

                                        ところが、〈と〉の力学はちがいます。それは、どこまでも平行線をたどりつつも、〈添い寝〉のように、同一化もせず、分離もしない換喩的関係なのです(「りんがとほっぺ」です)。

                                        ですから、この歌集における「歌」と「絵」の関係は、「歌〈の〉絵」の関係ではなく、「歌〈と〉絵」なのです。あくまでも。

                                        表紙をひらくとすぐに安福さんの絵がありますが、ここでは動物たちが整列をしています。この整列はおそらくひとつの〈と〉のありかたを象徴的に示しています。

                                        ひと〈と〉くま〈と〉おおかみ〈と〉うさぎ〈と〉りすが、べったり肩を寄せ合うことなく、ある距離をもって、しかしみなおなじ姿勢で、おなじ方角をむいて並んでいる。

                                        これが、この歌集のコンセプトである〈とととと関係〉だとおもいます。

                                        青空とブルーシートにはさまれてサンドイッチのたねだねぼくら  岡野大嗣

                                        先生と弁当食べる校庭のレジャーシートの海はまぶしい  〃

                                        青空〈と〉ブルーシートにはさまれた語り手は「ぼくら」を「サンドイッチのたねだね」と隠喩的関係にもちこもうとしています。まさに「サンドイッチ〈の〉たね」という〈の〉の力学です。〈と〉の力学が、〈の〉の力学へと変換されているのです。

                                        「先生と弁当食べる校庭のレジャーシート」の〈と〉も、「海」の隠喩として〈の〉の同一的力学へと転置されます。

                                        この『サイレンと犀』ではどこかで語り手が〈と〉を超えて〈の〉へとおもむこうとしているのが特徴的です。しかし語り手はこえられない〈と〉があることもわかっています。

                                        ハムレタスサンドは床に落ちパンとレタスとハムとパンに分かれた  岡野大嗣

                                        完全に止まったはずの地下鉄がちょっと動いてみんなよろける  〃

                                        〈の〉の力学でまとめあげられていたはずのものたちが、無数の〈と〉へとばらけていくしゅんかんを、語り手は描いています。〈知っている〉からです。

                                        「ハムレタスサンド」という隠喩は、いつかは「パンとレタスとハムとパン」へとばらばらになるし、地下鉄の〈乗客たち〉もイレギュラーな電車の動きによって「ひと〈と〉ひと〈と〉ひと〈と〉ひと」へとばらばらになります。

                                        わたしたちは、同一化された「ハムレタスサンド」のようなまとめあげた隠喩的世界で、おおざっぱに暮らしてはいるけれど、そしてそれは隠喩の快楽的なユートピアでもあるけれど、それがふとしたしゅんかんにばらばらになって換喩的な〈と・と・と空間〉になったときに、〈現実(リアル)〉があらわれる。

                                        だから、それを歌集は『サイレンと犀』というタイトル〈として〉、絵は整列する動物たち〈として〉、知っている。

                                        それがこの歌集の〈と〉の空間なのではないかとおもうのです。

                                        そしてだからこそ、それは、歌〈の〉絵ではなく、歌〈と〉絵なのです。

                                        〈と〉は、たった一音の、ささやかな、隣接された、すぐそこにあるまぢかな距離ではあるけれど、しかし一方であまりも〈と〉おい、あっ〈と〉うてきな、〈きょり〉である〈と〉いうこ〈と〉。

                                        その〈と〉のきょりかんのぜんぶを、ほっする〈と〉いうこ〈と〉。

                                        マーガレットとマーガレットに似た白い花をあるだけ全部ください  岡野大嗣

                                         【時壇】 登頂回望その七十二・七十三・七十四/ 網野 月を

                                        その七十二(朝日俳壇平成27年6月22日から)
                                                                
                                        ◆ふるさとの色に咲きけり花あやめ (長野市)縣展子

                                        大串章の選である。評には「第一句。「ふるさとの色に」が一句の眼目。あやめの花を見ながら故郷を思い出している。」と記されている。筆者は、作者がふるさとを訪ねたのではないかと想像した。座五の季題「花あやめ」が咲いて、慣れ親しんだ故郷の色合いに染まっているのを見て、ふるさとを訪ねた実感を得たのではないだろうか?花そのものの色合いもさることながら、背景になる山河の色合いが「花あやめ」の色合いを相対的に決定しているのであろう。


                                        ◆粛粛と越える国境蟻の列 (青森市)小山内豊彦

                                        大串章の選である。評には「第三句。粛粛と越えるのは「蟻」であれば問題はない。」と記されている。人の作ったものを自然はた易く超える。評にも掲句にも「蟻」が前提で、陸路の設定であり、自然界の凄みを詠じているのである。が、どうしても昨今の世界の情勢から本国と隣国の外交関係の構図を惹起してしまう。世界中にはままあることである。そうだとすれば「粛粛」は返って恐ろしい。

                                        ◆みとりつつ短き夜と思ひけり (横浜市)橋本青草

                                        大串章の選である。晴れの日、もしくはあまり重くない曇りの日であろう。「短夜」は雨の日には感じにくいものだ。看病しながらその夜は、徹夜になってしまったなあ!?ということである。上五の「みとりつつ」は実際の行動であり、座五の「思ひけり」は作者の心の動きである。その対比が未明の感情を詳細に描写している。

                                        ◆更衣わけのわからぬ鍵一つ (松原市)加藤あや

                                        大串章の選である。たぶん袖を通した夏着から鍵が出てきたのだろう。「わけのわからぬ」は、何処の鍵穴に合う鍵か判らないということだけではなくて、どうしてポケットに入れたままなのだろうという思いを加味している。梅雨明けくらいには思い出して欲しいものである。


                                        その七十三(朝日俳壇平成27年6月29日から)
                                                                 
                                        ◆朴咲いて朴の高さの戻りけり (京都市)村上一茶夫

                                        稲畑汀子の選である。評には「二句目。緑に紛れていた朴の木の高さを白い花が教えてくれた。」と記されている。花が咲いてその樹の存在と高さを再確認したということである。桜にしても同様で、桜樹の在りかを花咲く時期に人々は探し求めることになる。年に一回その花を愛でる心の在り方は、自然への敬意であり、極めれば人自らの自己愛へも通じるものである。上五の「・・て」の原因と結果を結び付ける働きの助詞と、座五の「・・けり」の感嘆は、一句の中で共存するのは難しいように感じる。

                                        ◆滴りの失ふ如く生む如く (青森市)小山内豊彦

                                        金子兜太の選である。一つの現象を二つの側面から語る表現方法のうち、その二つの側面が内容的に相反する部類の手法である。掲句は上五の季題「滴り」の形態と意味を「失ふ」と「生む」という相反する動詞で叙している。「滴り」を生じている岩の側から見てみれば水分を「失ふ」のであり、また「生」み出してもいるのである。「如く」の直喩表現は一定のリズムを作り出しながら、リフレインすることに拠って作句の狙いがはっきりし過ぎていて、型に嵌め込んだきらいがある。


                                        ◆大薔薇のまだ咲く力散る力 (神戸市)小嶋夏舟

                                        長谷川櫂の選である。前掲句の表現方法に一面で通じるところがある。中七から座五の「咲く力散る力」は植物における時間の経過を叙しているだけではなくて、生についての反対のベクトルを表現する言葉でもある。中七の「まだ咲く力」は上五の季題「大薔薇」と「の」で連繋している。この「の」を所有関係の働きをする助詞「の」であるとする読み方があるだろう。また、半切れの働きをする「の」としても読むことが出来る。半切れを意味するものとすれば、中七座五の主語は作者自身か、「薔薇」以外の何者かに求めることも出来る。披講の難しさがある。


                                        その七十四(朝日俳壇平成27年7月6日から)
                                                                 
                                        ◆少年は全身が夏そして風 (三郷市)岡崎正宏

                                        長谷川櫂の選である。少年と夏の取合せも少年と風の取合せも類想があるだろうが、少年と夏、風と三つものを取り合わせる仕方は現代俳句の若手作家のような作風である。筆者は全く作者と面識はないが、お若い方、もしくは溌剌たる精神の持ち主であろうと想像する。内容が優れているだけに内容に全体が傾斜していて、俳句的表現の旨味を活用しきれていないようにも感じる。

                                        ◆向日葵に太陽小さくなりにけり (岡山市)伴明子

                                        大串章の選である。評には「第二句。向日葵の大輪が輝き、薄雲の上に小さな日輪が光る。」と記されている。確かにひまわりは大きく視覚に捉えられるし、日輪は南中位置に近いほど小さく見えるものである。地上にいる作者にとっては遠近法そのものである。ただ、物理的な捉え方にとどまらずに作者にとっては存在感や関心がひまわりの方により重くより広いということである。俳句の表現としては、座五の「なりにけり」の溜めの効果が、絶対的存在の「太陽」と勝負している様な構図になっている。

                                        ◆明易や夢の不思議を反芻し (東京都)田治紫

                                        稲畑汀子の選である。まどろみの中で夢追う思考の繰返しを「反芻」と表現して効果大である。この比喩は秀抜であろう。筆者の師、山本紫黄はこの季題を「明易し」として叙述することに固執していた。「明易」は誤用・誤記であるとまで言っていた。師の指導だからと言う訳ではないのだが、上五の季題は「明易し」でも良かったのではないかと愚考する。むろん座五の「・・し」の叙法と抵触することになるわけで、作者は座五の叙法を優先したのだろう。掲句の場合上五「・・や」の切れの強さが強烈なだけに、より一層座五のおさめ方は難しい。