2016年10月28日金曜日

第53号

平成28年熊本地震の影響により被災された皆さまに、お見舞い申し上げます。
被災地の一日も早い復興を、お祈り申し上げます。
*****
●更新スケジュール(11月11日/11月25日


平成二十八年 俳句帖毎金00:00更新予定) 
》読む


(11/4更新)合併夏・秋興帖 第九 堀本 吟



(10/28更新)第八 ふけとしこ・山本敏倖・林雅樹・望月士郎
(10/21更新) 第七 岡田一実・中村猛虎・佐藤りえ・前北かおる
(10/14更新) 第六 飯田冬眞・仲 寒蟬・渡辺美保・早瀬恵子
(10/7更新) 第五下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子
(9/30更新) 第四木村オサム・青木百舌鳥・関根誠子・小野裕三
(9/23更新) 第三石童庵・仙田洋子・小林かんな・神谷波
(9/16更新)第二杉山久子・浅沼璞・田代夏緒・曾根毅
(9/9更新) 第一網野月を・小林苑を・池田澄子・夏木久

【抜粋】 

<「俳句四季」11月号>

姨捨俳句大賞の杉山久子の受賞
 ――他に例を見ない選考方法

…… 筑紫磐井 》読む

※参照 【記録】私的な記録「久保純夫と杉山久子
――「理解されてたまるか 筑紫磐井  》読む

※参照 第1回姨捨俳句大賞発足 読む


「俳誌要覧2016」「俳句四季」 の抜粋記事  》見てみる




    <抜粋「WEP俳句通信」>

    94号(10月刊)
    特集<草田男の現在・現在の草田男>
    中村草田男の現代性・社会性 その2   

    …筑紫磐井 》読む

    前号掲載
    三橋敏雄「眞神」考⑦
    絶滅のかの狼を連れ歩くには
    北川美美  》読む



    「WEP俳句通信」 抜粋記事 》見てみる



    • 【エッセイ】  「オルガン」第6号座談会の部分的な感想  筑紫磐井 》読む
    • 【書簡】 評論、批評、時評とは何か?/字余論/芸術から俳句へ   》こちらから





    およそ日刊俳句空間  》読む
      …(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々 … 
      • 11月の執筆者 (柳本々々 ) 

        俳句空間」を読む  》読む   
        ・・・(主な執筆者) 小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子
         好評‼大井恒行の日々彼是  》読む 


        【鑑賞・時評・エッセイ】
        【短詩時評 name28.5】
        名前の演習-タイトルから考える短歌と文化-
        … 柳本々々  》読む 
        前号掲載 
        【短詩時評 name28.0】
        前の練習~蛇、ながすぎる~
        … 柳本々々    》読む





          【アーカイブコーナー】
          • 西村麒麟第一句集『鶉』を読む  》読む



              あとがき   》読む


              【PR】

              -豈創刊35周年記念-  第3回攝津幸彦記念賞
              攝津幸彦賞(関悦史選)  生駒大祐「甍」
              筑紫磐井奨励賞   生駒大祐「甍」
              大井恒行奨励賞  夏木久「呟き(Twitter)クロニクル」
              ※受賞作品及び佳作は、「豈」第59号に、作品及び選評を含め発表予定


              冊子「俳句新空間」第6号 2016.09 発行‼


              俳誌要覧2016「豈」




              特集:「金子兜太という表現者」
              執筆:安西篤、池田澄子、岸本直毅、田中亜美、筑紫磐井
              、対馬康子、冨田拓也、西池冬扇、坊城俊樹、柳生正名、
              連載:三橋敏雄 「眞神」考 北川美美


              特集:「突撃する<ナニコレ俳句>の旗手」
              執筆:岸本尚毅、奥坂まや、筑紫磐井、大井恒行、坊城俊樹、宮崎斗士
                


              特集:筑紫磐井著-戦後俳句の探求-<辞の詩学と詞の詩学>」を読んで」
              執筆:関悦史、田中亜美、井上康明、仁平勝、高柳克弘

              筑紫磐井著!-戦後俳句の探求
              <辞の詩学と詞の詩学>

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              【抜粋】「俳句通信WEP」94号(10月刊) 中村草田男の現代性・社会性  その2 / 筑紫磐井


              その1 》読む

              「第二芸術」への対応

              桑原武夫の第二芸術論に対する対応は大きく二つあったと思う。山本健吉「挨拶と滑稽」に代表される俳句の固有性に逃げ込もうとする伝統的な考え方と、第二芸術論をある程度肯定し(そう表明したかどうかは別とし)、俳句は文学であり、従って現代を詠むべきであるとした考え方である。まさにその後の社会性俳句は後者の路線であるが、実は草田男も現代的・社会的であるという意味で第二芸術論の影響を深く――強くではない、もっと沈潜して自己の内部から生まれてくるという意味で「深く」である――受けたのである。草田男にとって俳句が芸術でないなどということはあり得なかったからである(これに対し、第二芸術論迂回派の山本健吉や石田波郷は俳句さえ残れば芸術である必要はなかった)。その意味で、社会性俳句作家たちと草田男は、その初期にあって蜜月を保ち得たのである。

              それでは、草田男の社会性は、社会性俳句作家たちの社会性にどう影響を与えていたのだろうか。それぞれの論評を簡単に紹介しよう。


              ①沢木欣一「草田男の場合」

              表題どおり、俳句における社会性・近代性の論証について草田男の句集『銀河依然』および跋文を上げる。特にその中で草田男の社会性俳句がかつての難解性を解消させていることを指摘している。

              ②能村登四郎「俳句の非社会性」

              社会性の問題をまず『銀河依然』跋文を長々と引いてはじめ、具体的な作品を、草田男、加藤楸邨、中島斌雄、石田波郷、秋元不死男の作品を上げ丁寧に解説する。この特集の中で草田男に最も忠実に従っていると言えるかも知れない。

              ③原子公平「狭い視野の中から」

               社会性俳句の議論の見取り図を示した上で、草田男の作品と『銀河依然』跋文を肯定しつつ、草田男そして楸邨を論じ、香西照雄と金子兜太の論争を紹介する。

              ⑤細谷源二「俳句の社会性の吟味」

              社会性の必要性を指摘しつつ、社会相を詠んだ無名の俳句と草田男の俳句を比較しながら、社会主義リアリズムも草田男の社会的批判的憤懣も成功し得ず、俳句の骨格のままに社会性を活かして行く豊富と認識が必要であると述べる。

              社会性俳句は「俳句」昭和二八年十一月「「俳句と社会性」の吟味」の後、大きな関心も持たれず過ぎてしまった。これが再評価されるのは金沢から発行されている沢木欣一が編集をする同人誌「風」のアンケート(昭和二九年十一月)であるというのが通説になっている。「風」に属する戦後派の二四人の同人の回答がその後社会性俳句論争を主導していったとされるのである。特に沢木欣一の「社会性のある俳句とは社会主義的イデオロギーを持った俳句」、金子兜太「社会性は作者の態度の問題」という回答が余りにも有名であり、その後、社会性俳句は戦後派作家たちの論争として展開して行く。だから、草田男の出番は次第に少なくなって行く。

              しかし、忘れてならないのは同じ時期に「俳句」昭和二九年十一月が行った特集「揺れる日本」で戦後俳句二千句を項目別に分けて紹介した特集であった。「風」の論争が一部の論争に終っていたのに対し、「揺れる日本」はあらゆる世代、あらゆる傾向をまとめた選集なっている。玉石混淆から批判もされたが、現代から見るとこれに匹敵するデータベースは存在しない、ファクトに基づいた歴史研究の重視の中で極めて重要な資料となっている。そしてこのデータ集の中で、草田男の有名無名の作品が掲載されているのである。


              【インフレ】

              高値の靴かにかく買へり祭笛 万緑 22・1 

              【終戦】

              戦争終わりただ雷鳴の日なりけり 『来し方行方』20 

              カーキ色の世は過ぎにけり夏の蝶 俳句研究 21・9 

              【朝鮮動乱―戦火】

              戦雲よそに妄執夏雲の句を作る 俳句研究 26・1 

              【平和】

              いくさよあるな麦生に金貨天降るとも 『銀河依然』 

              【冷戦―二つの世界】

              蝶々の横行コールド・ウォーアの中 『銀河依然』24 

              【原爆展――原爆図】

              毛糸編む気力なし「原爆展見た」とのみ 『銀河依然』 27 

              【浮浪児】

              浮浪児昼寝す「なんでもいいやい知らねえやい」『銀河依然』

              【雑炊】

              共に雑炊喰するキリスト生れよかし 『来し方行方』21 

              【パン】

              冬の仏像麺麭は一と日の生物にて 俳句 27・6 

              【飢餓】

              永き日の飢ゑさへも生いくさすな 『銀河依然』 

              【焦土】

              人も夏荒れたる都八雲立つ 俳句研究 21・9 

              【焼跡】

              焼跡に遺る三和土や手毬つく 『来し方行方』20 

              【焦都】

              荒都遠しここ秋雲の母郷たり 『来し方行方』 22 

              【戦後】

              ラグビーのせめぐ遠影ただ戦後 『来し方行方』22 

              あたりは案山子こけても泣かぬ戦後の子 俳句研究 26・1 


              作品の善悪については評価しない。まさにその時代にあって社会性俳句たりえていたかどうかを知ることができればいいと考えたからである。社会性俳句以上でも、社会性俳句以下でもないものをここには見ることができる。矢張り、草田男は社会性俳句の先頭を切っていたのである。だから草田男にとって俳句は「生活」であり「人生」「いのち」であり、「思想的」であり「社会的」であり「現代的」なのであった。草田男なかりせば、社会性俳句が勇気づけられることもなかったのである。


              ※詳しくは「俳句通信WEP」94号(10月刊)をお読み下さい。









              【抜粋】<「俳句四季」11月号> 姨捨俳句大賞の杉山久子の受賞 ――他に例を見ない選考方法/ 筑紫磐井


              (前略)

              俳句賞選考手続きはどうあるべきか

              確かに、各地で俳句大賞はいろいろあるが問題は二つあると思われる。一つは賞の性格を新人賞とするのか、世代を超えた本格的な俳句賞とするのかということ。もう一つは、賞の選考手続きをどのようにするのかということである。

              前者は、主催者が決めることであり、今回はどうやら新人を排除しないが本格的な俳句賞でありたいということになったようだ。悩ましいのは第二の点であり、各地で俳句大賞はいろいろあるが選考手続きは、選考委員が選んだ点数を順次並べ足切りをし、最後の数編を決戦投票で決めるというものが多い。結果的に世の中の俳句賞では、選考委員がこれぞと選んだユニークな作品は選考委員同士が足を引っ張り合い落され、平均的な作品が残ることが多いという。そうしたことが、「姨捨俳句大賞」の反省らしい。だから選考委員全員が今回の方式には納得した。

              ただここに至るまでには経緯があり、右に述べた結論となるまでに私も、最終選考の段階では自分の推薦句集は推さないこと、他の選考委員が選んだ候補から受賞候補を推したらどうかと提案した。自分のイチオシ句集を、他の二人に共感を得てもらい、自分抜きで受賞作品を決定してもらえるように力説すべきと考えたのである。変な方式であるが、毎年松山でやっている俳句甲子園をモデルに考えたものだ。ディベートで他を説得できないような選考では困ると考えたからである。残念ながらこの方式は却下されたがどこかでやって貰いたいものだ。

                   *     *

              受賞作品及び候補作品について一言も触れないのはさびしいので、若干極私的感想を述べたい。

              深き深き森を抜けきて黒ビール 
              白菫かたまり咲くをけふの糧
              杉山の受賞作だが、自ら自選句に選んでいない。しかし、審査段階の杉山への批判(杉山の作風は若い作家に模倣されやすいのではないか)を聞きながら、意味を超えたこうした句にこそ時代に先がけた、ナンセンスではない、「アンチ・センス」の深みがあるように感じた。決して摸倣のしようのない杉山独自の世界があるのである。

              ヤクルトレディ祖国を少し語る秋
              椿屋の落選作だが私だけでなく仲も共感したようである。ヤクルトレディとはヤクルトを配達するおばさんだろうが「ヤクルトレディ」という言い方に日本語特有の不遜さと違和感があると思う、作者もそれを感じたようだ。しかもヤクルトレディがアジア系の女性であるということに心を動かされる作者にさらに共感する。いずれ、建設現場、介護のヘルパーなど日本中にそうした外国人が溢れるであろう時代を、批判はしないがややさびしい思いで眺める思慮深さがある。新しい社会性が若い作家の中に兆している。


              ※詳しくは「俳句四季」10月号をお読み下さい。




              【短詩時評 name28.5】名前の演習-タイトルから考える短歌と文化-/柳本々々



              【2016年、長めのいい部屋】

              前回から長々と作品のタイトルとは何かをめぐってここまできましたが、それじゃあ近年の短歌界における歌集タイトルの変節はどうなっているのでしょうか。


              たとえばもっともそれが顕著にあらわれている事例として木下龍也さんと瀬戸夏子さんがあげられるんじゃないかと思うんです。


              木下龍也さんは『つむじ風、ここにあります』(二〇一三年)、『きみを嫌いな奴はクズだよ』(二〇一六年)を歌集として刊行しており、瀬戸夏子さんは『そのなかに心臓をつくって住みなさい』(二〇一二年)を刊行しています。どちらも先述したタイトルのように名詞化しない〈長い〉タイトルであり、〈口語体〉です(ちなみに瀬戸さんは最近『かわいい海とかわいくない海 end.』も刊行されました)。

              近代短歌の歌集においてはこれまでこんなに〈長い〉タイトルはなかったように思います。その意味においては、ニューウェーブの加藤治郎さんも穂村弘さんも近代短歌歌集タイトルの枠組みを汲み取っていたと言うことができます。

              石川啄木の歌集タイトルが『一握の砂』『悲しき玩具』だったように、加藤治郎さんの歌集タイトルは『サニー・サイド・アップ』(一九八八年)であり、穂村弘さんの歌集タイトルは『シンジケート』(一九九〇年)でした。

              タイトルの側面から通時的にいえば、そこには近代からの伝統的なタイトルの枠組みが共有されています。〈まみ〉という女性主体に託してフィクションとは何かを突き詰めた穂村弘さんの歌集『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』(二〇〇一年)でさえ、やはり名詞=体言に回収しうる近代歌集的な枠組みを引き継いだものです。その意味ではこの歌集は〈近代短歌歌集〉のセオリーを引き継いだものでもあると言えるかもしれません。

              でも『きみを嫌いな奴はクズだよ』の木下龍也さんや『そのなかに心臓をつくって住みなさい』の瀬戸夏子さんは違います。かれらの歌集タイトルにおいては、近代的な歌集タイトルの枠組みは明らかに切れています。タイトルは文=センテンスと化しており、述部も決定されています。読者はあらかじめその〈述部〉の価値観、「クズ」「住みなさい」を読者として〈受け入れる〉こととなります。あえて大きく言えば、ここに近代短歌的なタイトルの枠組みは切断され、現代短歌のタイトルの枠組みがはっきりと始まったように思うのです。

              このような歌集タイトルのベクトルは、二人が志向している作風と関係があるように思います。山田航さんは自身の編んだ〈現代短歌〉のアンソロジーにおいて、木下龍也さん・瀬戸夏子さんを次のように解説しています。

                だがその作風も、「個」よりも「場」を重視し、作者のオリジナリティとか「内面」なんてものをはなから信じない、ポストモダン的な態度としてごく自然なものだ。……
                ……「私は記号的な存在である」「いくらでも替わりのいる存在である」。そんな自己認識にまず立ってから歌を詠まなくてはいけない「私」の叫びが今、ポスト現代短歌を切り開こうとしている。
                

               (山田航「木下龍也 どんなにあがいてもエキストラ」『桜前線開架宣言』左右社、二〇一五年)

                瀬戸は、近代以降の短歌が一貫してアイデンティティとしてきた「自我」を疑う。だから「連作」や「作者」、「〈私〉性」といった近代的概念を解体しようとする。   
              (山田航「瀬戸夏子 痴呆のように同姓同名」前掲)

              木下龍也さんの「ポストモダン的な態度」、瀬戸夏子さんの「近代的概念を解体」といった山田さんの解説を読んでわかるように、二人に共通するのは〈近代の大きな否定〉です。〈近代の大きな否定〉とは簡単に言えば、その〈作品〉の〈内面〉を掘り下げるような〈読み方〉を提示することを否定するということです。そうではなくて、言葉の言葉性をどれだけ外部とアクセスさせながら、〈私〉や〈自我〉に回収されない〈言葉のありかた〉を問い続けられるか。そこに比重が置かれているようにおもうんです。

              そしてだからこそ歌集に近代的な歌集タイトルをつけるようなことをしなかったんじゃないかと思うのです。近代的な読解によって世界観を〈誤読〉されることを〈そもそも〉拒んだ。近代的な読まれ方の拒絶として主述構造をもったセンテンスとしてのタイトルがあるのではないかと。


              【名詞の耐用期限はどれくらい長い?】

              じゃあなぜ二〇一〇年代に入ってこのような長いタイトルがジャンルをまたがって見られるようになったのでしょう。

              穂村弘さんは『短歌の友人』において二〇〇〇年代以後の短歌の状況を次のように指摘していました。

                二〇〇〇年代に入って、戦後の夢に根ざした言葉の耐用期限がいよいよ本格的に切れつつあるのを感じる。インターネットに代表されるメディアの変化とも関連して、修辞的な資産の放棄に近い印象の「棒立ちの歌」が量産される一方で、未来への期待と過去への郷愁をともに封じられた世代が「今」への違和感を煮詰めたところから立ち上げた作品が目につくようになった。   
              (穂村弘『短歌の友人』河出書房新社、二〇〇七年)

              穂村さんは「棒立ちの歌」が多くなっている状況にふれて「言葉の耐用期限」が切れたのではないかという指摘をしていますがそれは二〇一〇年代に入って「名詞の耐用期限切れ」にもっと突き詰められたかたちで変化してきているのではないかとも思うのです。この〈名詞の耐用期限切れ〉についてはたとえば〈歌人名〉から考えてみてもいいように思います。アメリカ文学者の波戸岡景太さんは『ラノベの中の現代日本』において次のような指摘をしています。

                一九七二年生まれの歌人である斉藤斎藤は、その筆名そのものに、すでに彼のアイデンティティの揺らぎをうかがわせている。これは、『ぼっちーズ』の入間人間(いるまひとま)や、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の渡航(わたりわたる)、そして、『俺の彼女と幼なじみが修羅場すぎる』の裕時悠示(ゆうじゆうじ)などの、ラノベ作家たちのネーミングセンスとも共通するものだろう。 
              (波戸岡景太『ラノベの中の現代日本』講談社、二〇一三年)

              「斉藤斎藤」という〈近代〉にはありえなかった反復され差異化される名前。それはもはや名詞が〈単一〉で価値観をもてなくなってしまったことの象徴でもあると思うのです。「斎藤(茂吉)」に代表される活用されえない近代の名詞体言が、「斉藤斎藤」と用言のように〈活用〉されてしまう〈名詞の風景〉。それが〈名詞の耐用期限切れ〉と通底しているのではないかと。

              たとえばそうした〈名詞の耐用期限切れ〉は木下龍也さんの歌集の短歌から具体的にみてとることもできます。木下さんの短歌において名詞が分離する歌が多くみられるのです。


                サラ・ジェシカ・パーカーさんが三叉路でサラとジェシカとパーカーになる  木下龍也

                二階堂ふみと四階堂ふみふみと六階堂ふみふみふみ  〃

                わたくしは零時の鐘で赤式部・青式部に分かれてしまうの  〃

                後藤氏が壁にGOTOと書いた日の翌朝ぼくが付け足すHEAVEN  〃


              どの歌も〈単一〉の名詞が不動の〈単一性〉を奪われ、名詞が用言のように活用される〈複数性〉としての名詞の風景を描いています。まるで「斉藤斎藤」さんの名前の〈風景〉のように。

              一見〈名詞〉を用いた言葉の遊戯性を描いた歌にもみえますが、これらの短歌を〈名詞の耐用期限切れ〉、名詞が体言として統括されてある力を失効したことのあらわれとみることもできるのではないでしょうか。名詞の効力を失った歌として。

              これは瀬戸夏子さんの短歌にも同時に言えることです。瀬戸夏子さんの短歌を評して山田航さんは「瀬戸の実験作はぼくだって完全には理解できていない」と述べられていましたが、瀬戸夏子さんの短歌の理解しがたさは〈名詞〉の把握しがたさにあるのではないかと思うんです。

                 動物園も病院もそっくりだったしくるくると人は臍からきれいに剥けます  瀬戸夏子

              たとえばこの短歌の解釈しがたさは、「動物園」も「病院」も「臍」もほとんどその名詞的内実を持っていない点にあります。

              これらを辞義的に、名詞の意味を忠実にたどりながらこの歌を解釈してもほとんどこの歌は解釈できません。むしろこの歌は名詞の耐用期限が切れ、まったく名詞が成り立たなくなってしまった歌として、そこから読むべきではないかとおもうんです。

              瀬戸夏子さんの歌集『そのなかに心臓をつくって住みなさい』は『そのなかに《意味》をつくって住みなさい』でもあるのです。名詞さえもそこでは意味を保証してくれない。みずからが無理矢理にでも意味の心臓をつくるしかない。でもそのことが《妥当》かどうかは自己言及的に吟味する必要がある。短歌を読むとはどういうことなのかを。そのように〈読み〉や〈意味の補充〉のシステムそのものを問いかけてくる歌でもある。

                 あだ名っていう おなじ人っていうレモンが怒ると 鍵の入った鞄  瀬戸夏子

                 観覧車の肉を切りわけゆうやけにきみは吊られた眉毛のかたほう  〃

                 微笑む次に微笑む電車すでに熱く、せめてリンスは食べる?  〃

              これらの歌においても名詞の内実を解釈することが歌の解釈には決してつながってはいきません。むしろ名詞の内実を放棄したところから、いやそもそも〈解釈〉とはなんであったかを問い返すことからこの歌との取り組みははじまるとおもうんです。

              瀬戸さんの歌集において興味深い連作があります。連作「The Anatomy of, of Denny's in Denny's」というのがあるんですが、瀬戸さん自身の短歌と早坂類さん、穂村弘さん、我妻俊樹さんなどの短歌を混ぜて配置しつつ、歌人名が誰かわからないように並べて連作をつくっているんです。これはそもそも瀬戸さんの短歌の世界においては、短歌における〈署名〉としての名詞が効力を持たなくなっていることのあらわれであるとも思います。〈作者名〉と〈短歌〉の意味性がセットでなくなっているのです。


              【センテンス化するタイトル、つまり長くなる】

              ここまで〈名詞〉の効力が失われたことについて述べてきました。それは〈名詞=体言〉の力の失効であり、センテンス化するタイトルとも通底していると。

              タイトルがセンテンス化するとは、そもそも〈解釈の欲望〉を閉じることです。ひとは名詞へさまざまな意味を盛り込み、解釈=センテンス=「AはB」であるをつくろうとするのだから、そもそもがタイトルがひとつの〈解釈〉である文は、そうした読み手の欲望を読み手自身へと送り返すものであると言えます。でもそれは現代の想像力をめぐる文脈と共振したありかたでもあるようにもおもいます。

              現代サブカルチャーを論じる評論家の宇野常寛さんは二〇一〇年代の想像力の変化を次のように指摘しています。

                現代におけるインターネットは拡張現実「的」なのだと思います。ここで言う拡張現実的なものとは現実と虚構の現在、現実の一部が虚構化することで拡張することです。それは言い換えれば日常と非日常の混在でもある。ソーシャルメディアの普及以降、バーチャルな空間に閉じた人間関係をインターネットに探すほうが難しい。インターネットは現実のコミュニケーションを「拡張」する方向にしか作用していない。…同じことが…物語的想像力のトレンドの推移にも言えると思うんですね。…つまり〈ここではない、どこか〉を仮構するのではなく〈いま、ここ〉を多重化する方向へと虚構に求める欲望が変化している。この変化は「仮想現実から拡張現実へ」の変化にも対応している。
                (宇野常寛『希望論』NHK出版、二〇一二年)

              現代は、〈ここではない、どこか〉を求める想像力ではなく、〈いま、ここ〉を多重化する想像力に推移していると言うのです。

              それは〈名詞=体言〉の力によって〈解釈〉をさまざまに〈ここではない、どこか〉へと拡散させることではなく、〈解釈〉そのものを再吟味させることによって〈いま、ここ〉という〈単一〉の場所に読者をとどまらせながらも、〈いま、ここ〉にとどまった読者を重ねていく作法とも通底しているのではないでしょうか。

              〈3・11〉以降、わたしたちはもはや〈ここではない、どこか〉などという場所がリアリティをもってありえないことを知っています。〈いま、ここ〉をひきうけて生き抜くことしかないことを。そのとき〈名詞〉へ解釈を呼び込むことではなく、文=センテンスで態度決定をし、そのなかに読者を重ねていくこと。それが歌集タイトルの変貌としてあらわれているのではないかと思うのです。


              【少し長い反省】

              もう終わるのですが、少しふりかえって反省してみたいと思います。二〇一〇年代までにも例外として〈名詞=体言〉に回収できない歌集タイトルはもちろんあります。たとえば岡井隆さんの『土地よ、痛みを負え』(1961年)や佐佐木幸綱さんの『直立せよ一行の詩』(1972年)、河野裕子さんの『森のやうに獣のやうに』(1972年)といった歌集です。そういったイレギュラーな歌集タイトルをどう考えるのかという問題があると思います。

              またもうひとつはジャンル間の相互浸透をどうとらえるかという問題もあります。たとえば現代俳句には、御中虫さんの『おまへの倫理崩すためなら何度(なんぼ)でも車椅子奪ふぜ』(2011年)や現代川柳には佐藤みさ子さんの『呼びにゆく』(2007年)という句集タイトルが存在するし、そもそも詩の領域にいたってはさまざまな詩集に〈ごくふつう〉に長いタイトルが見られます。たとえば、谷川俊太郎『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』(1975年)など。

              また見落としてはならないのは文学領域ではなく文化の領域、ジャパニーズ・ポップスの領域です。DREAMS COME TRUEの「決戦は金曜日」など歌のタイトルはほとんどが長く主述構造の文スタイルになっています。たとえば「水中、それは苦しい」というバンド名もあります。短歌において、もし作者名が、「水中、それは苦しい」だったり「柳本は苦しい」だったら、歌の意味作用にどのような影響を及ぼすのか。いろいろ考えさせられます。

              またJポップの一方で、中島みゆきさんや演歌のタイトルは名詞=体言のタイトルが多いですよね。どうしてでしょうか。

              こんなふうに〈名前〉から文化を考えてみると、いろいろな問題領域がまたがりながら、〈どっ〉と出てきます。

              ちなみにわたしは曾祖父の筆名からこの「々々」をもらったのですが、さいきん歌人の岡野大嗣さんから、この「々」っていうのは無音なんですよ、と教えていただきました。

              あ、そうだったのか、無音なのか、と思いました。だとしたら、わたしは柳本無音なのかもしれないな、と。

              長くなりそうなので、終わります。





              2016年10月14日金曜日

              第52号

              平成28年熊本地震の影響により被災された皆さまに、お見舞い申し上げます。
              被災地の一日も早い復興を、お祈り申し上げます。
              *****
              ●更新スケジュール(10月28日


              第1回姨捨俳句大賞
              杉山久子さんの「泉」に決定!

              【記録】私的な記録「久保純夫と杉山久子
              ――「理解されてたまるか 筑紫磐井  》読む
              ※参照 第1回姨捨俳句大賞発足 読む


              平成二十八年 俳句帖毎金00:00更新予定) 
              》読む

              (10/21更新)合併夏・秋興帖 第七 岡田一実・中村猛虎
              佐藤りえ・前北かおる

              (10/14更新) 第六 飯田冬眞・仲 寒蟬・渡辺美保・早瀬恵子
              (10/7更新) 第五下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子
              (9/30更新) 第四木村オサム・青木百舌鳥・関根誠子・小野裕三
              (9/23更新) 第三石童庵・仙田洋子・小林かんな・神谷波
              (9/16更新)第二杉山久子・浅沼璞・田代夏緒・曾根毅
              (9/9更新) 第一網野月を・小林苑を・池田澄子・夏木久

              【抜粋】 


              <「俳句四季」10月号>
              最近の名句集を探る46
                ―前北かおる 『虹の島』 
              … 齋藤愼爾・稲畑廣太郎・佐藤文香・(司会)筑紫磐井 》読む


              「俳誌要覧2016」「俳句四季」 の抜粋記事  》見てみる




                <抜粋「WEP俳句通信」>

                94号(10月刊)
                特集<草田男の現在・現在の草田男>
                中村草田男の現代性・社会性

                …筑紫磐井   》読む

                三橋敏雄「眞神」考⑦
                絶滅のかの狼を連れ歩くには

                北川美美  》読む



                「WEP俳句通信」 抜粋記事 》見てみる



                • 【エッセイ】  「オルガン」第6号座談会の部分的な感想  筑紫磐井 》読む
                • 【書簡】 評論、批評、時評とは何か?/字余論/芸術から俳句へ   》こちらから

                【エッセイ】
                2016こもろ・日盛俳句祭参加記 (後半) 
                …北川美美 》読む  
                 
                ※関連
                俳壇観測連載165/地名俳句と名勝
                  ―小諸から吉野へ飛んで俳句の基盤を自由に考える … 筑紫磐井  》読む


                およそ日刊俳句空間  》読む
                  …(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々 … 
                  • 10月の執筆者 (柳本々々 ) 
                   

                    俳句空間」を読む  》読む   
                    ・・・(主な執筆者) 小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子
                     好評‼大井恒行の日々彼是  》読む 


                    【鑑賞・時評・エッセイ】
                    【短詩時評 name28.0】
                    前の練習~蛇、ながすぎる~
                    … 柳本々々    》読む




                      【アーカイブコーナー】

                      • 西村麒麟第一句集『鶉』を読む  》読む



                          あとがき   》読む


                          【PR】







                          冊子「俳句新空間」第6号 2016.09 発行‼
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                          俳誌要覧2016「豈」




                          特集:「金子兜太という表現者」
                          執筆:安西篤、池田澄子、岸本直毅、田中亜美、筑紫磐井
                          、対馬康子、冨田拓也、西池冬扇、坊城俊樹、柳生正名、
                          連載:三橋敏雄 「眞神」考 北川美美


                          特集:「突撃する<ナニコレ俳句>の旗手」
                          執筆:岸本尚毅、奥坂まや、筑紫磐井、大井恒行、坊城俊樹、宮崎斗士
                            


                          特集:筑紫磐井著-戦後俳句の探求-<辞の詩学と詞の詩学>」を読んで」
                          執筆:関悦史、田中亜美、井上康明、仁平勝、高柳克弘

                          筑紫磐井著!-戦後俳句の探求
                          <辞の詩学と詞の詩学>

                          お求めは(株)ウエップ あるいはAmazonにて。

                          第52号 あとがき

                          (あとがき 2016年10月18日 14:40更新)

                          第52号をお届けします。


                          合併夏・秋興帖が第六まで来ましたよ。秋といえども夏に近いような暑さが続いている最近ですので、この夏・秋合併は妙に時候にハマっていますね。

                          俳句四季、WEP俳句通信の抜粋に加え、柳本さんの短詩時評ではタイトルについての考察です。

                          確かに最近のタイトルは何かにつけて長い。小説も詩歌も垣根がなくなってきているということでしょうかね。8月末から9月にかけて、谷崎潤一郎賞受賞の長嶋有さんと絲山秋子さんに二週に渡ってそれぞれ話を聞ける機会があり、二人のタイトル付についてちょうど考えていました。

                          「三の隣は五号室」(長嶋有)に比べ、「薄情」(絲山秋子)のタイトル付が妙に古風に感じていて、「末裔」あたりから、漢語調になっているのか? と思ったり…。

                          タイトル付はいつも悩みに悩みます。・・・ということで、どこも削れなくなり、かの狼の句をまるごとタイトルにして、最短になるように「には」をつけてみました。遅くなりましたが、今号を全て更新しました。


                          さて、世の中のニュース。

                          ノーベル文学賞がボブディランに決定とか。

                          ニュースで見ていると、本人は沈黙を守り、更に、ノーベル賞事務局が本人に連絡が取れないという記事も見ます(2016年10月15日付朝日新聞)。もしかして、ノーベル賞受賞辞退の可能性もあると、現在、世の中はじっと彼の動向を見守っているところですね。ネット検索してみると、かつて、ノーベル文学賞を辞退した人にジャン=ポール・サルトル(文学賞・フランス)、ボリス・パステルナーク(文学賞・旧ソ連)がいるようです。さてディランはどうなるのか。

                          放置していたCDから「ライク・ア・ローリングストーン」を聴いてみました。サビの部分の How does it feel, how does it feel? の息を吐くような語り口になんかグッときました。 How  というのがそういう息を作るんですね。今更ながらそれがディラン節たる所以なんだろうな…と。


                          How does it feel, how does it feel?
                          To be without a home
                          Like a complete unknown, like a rolling stone


                          ディラン節の変容をしばらく聴いてみようと思います。





                          ※画像をクリックすると音と映像が流れ出します。念のため…

                          【抜粋「WEP俳句通信」94号】 連載<三橋敏雄「眞神」考7>絶滅のかの狼を連れ歩くには / 北川美美

                          今回で130句収録の句集のだいたい半分のところまで来たことになる。敏雄句の鑑賞をして何の意味があるのか私自身未だにわからない。 しかしながら俳句表現史の中でこの狼の句そして三橋敏雄の創作した作品群がどのような位置に置かれるのか、その当りを模索することは意味のあることだと思える。


                          今回は、<絶滅のかの狼を連れ歩く>の一句を鑑賞する。



                          絶滅のかの狼を連れ歩くには~



                          (75) 絶滅のかの狼を連れ歩く 三橋敏雄


                          敏雄の有名句、また『眞神』を代表する作品として広く愛唱されている句である。しかし、掲句が一句の作品として如何に読まれてきたかとなると、いささか心もとない。書かれてこなかった稀有な有名句と言ってもよいだろう。


                          『三橋敏雄全句集』(立風書房)の解題において、高橋龍は、掲句を示し「真神を俳句形式になぞらえたものとする見解がやや定説化しつつある」と記す。(中略)更に高橋龍は以下のように続ける。

                          『眞神』の作品、構造する言葉自体は、幾つかの新たな観念を誕生させた。しかし、その観念の何たるかは産みの親の著者と言えども説明し難いものであろう。まして、脱皮し蝉の翅の瑞々しさをそのままに概念化の厄を除けながら解題者がそれを果たすのは至難のことで、いよいよ真神の護符の加護にたよるほかない。
                          『三橋敏雄全句集』昭和五+七年立風書房/解題・高龍龍

                          高橋龍の言う「観念」が、哲学に於けるイデアであれば、作者側の頭の中にある創造構想のことと解釈できる。この「観念」をキーワードとする解題の一文は、誰も『眞神』を言い尽くせない困難さ、同時にいかなる鑑賞・批評も誤読に過ぎない作品の崇高性を示唆し、この解題もまた永く『眞神』の定説と化していると言える。

                          作者の頭の中にある「観念」を具象として文章化することは確かに至難である。しかし、「新たな観念」が何を示そうとしたのか、どのような挑戦を試みたのか、その朧げな輪郭を解析してみる意味はあると思える。




                          (中略)

                          ▼何がそれまでと違うのか
                          一抹の希望も無い、断ち切られた状態を示す「絶滅」という言葉とともに過去に置き去りにされた「かの狼」を現時制に引き寄せ「連れ歩く」。時制の狂いを生じさせ、超現実の世界を俳句に登場させた掲句は、後に派として括られた前衛俳句の走りとなる作品に相当するだろう。


                          正岡子規が提唱した近代以降の「俳句」、虚子が唱えた「花鳥諷詠」、そして新興俳句のいずれとも作風が異なる句であることが言え、存在しないもの、実際には見えていないものを俳句上で表現している点に特異性がある。掲句以前の実際に見えていない景を描いた作品とどう違うのだろうか。

                          旅に病んで夢は枯野をかけめぐる 芭蕉
                          ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に  虚子 
                          眼帯の内なる眼にも曼珠沙華 三鬼 
                          頭の中で白い夏野となつてゐる 窓秋

                          現実を見て超現実となる虚子、超五感により見えていない方の眼に物を見せた三鬼、明らかに「頭の中」と表記した窓秋、ニュアンスは微妙に異なるが、どれも現実を超えていこうとする句である。構造において、「夢」を駆け巡らせた芭蕉の句に近いと思えるが、「絶滅のかの狼」の句は過去において生存が途絶えた(といわれる)生き物、実際には存在しないものを現在に引き寄せ連れ歩く―虚と実の同居している点にある。


                          (中略)


                          今まで見て来た『眞神』作品における明らかなる不在「なし」を句に取り入れたものがあった。

                          真綿ぐるみのほぞの緒や燃えてなし (39) 
                          草荒す眞神の祭絶えてなし (55)
                          不穏なまでに存在のない=不在がいずれの句にも鎮座する。敢えて「なし」と句に表した意図は、掲句「絶滅のかの狼を連れ歩く」を配置するためと思えるほどだ。さらに敏雄には、『眞神』以前の初期の以下の二句が〈存在しないもの〉として思い浮かぶ。

                          かもめ來よ天金の書をひらくたび 『青の中』『太古』 
                          共に泳ぐ幻の鱶僕のやうに 『まぼろしの鱶』
                          「かもめ」は目の前にいなく「来よ」という願望である。「幻の鱶」も同様、眼前の光景ではなく憧憬の対象である。目の前にないもの、存在しないものを無季で表現することが初学からの敏雄の新しさを求める「俳句」のひとつの理念だったことがわかる。では〈存在しないもの〉は詩歌にとって何を意味するのだろうか。

                          ▼朔太郎の『詩の原理』

                          現代詩の礎を築いた萩原朔太郎の言葉の中に敏雄のロマンチシズムの指標を思わせる箇所がある。

                          およそ詩的に感じられるすべてのものは、何等か珍しいもの、異常のもの、心の平地に浪なみを呼び起すところのものであって、現在のありふれた環境に無いもの、即ち「現在(ザイン)してないもの」である。(中略)
                          故に詩的精神の本質は、第一に先ず「非所有へのあこがれ」であり、或る主観上の意欲が掲げる、夢の探求であることが解るだろう。
                           『詩の原理』(新潮文庫)詩の本質・萩原朔太郎

                          朔太郎の説く「現在(ザイン)してないもの」が敏雄の詩的精神の指針として意識されていたと見ることが出来る。朔太郎の『詩の原理』は近代以降の詩学を学ぶバイブル的論考という見当がつくが、敏雄はこの一文に惹かれたのかもしれない。「かもめ来よ」「共に泳ぐ幻の鱶」「絶滅のかの狼」は、〈現在(ザイン)してないもの〉の象徴であり、敏雄のロマンチシズムをよく表す作品ではないか。

                          敏雄は「俳句とは何か」という問いに「近代詩精神は俳句形式に生かせるのか」という初期より問いを打ち立ててたことが考えられる。

                          (中略)

                          では多様化した新興俳句において西洋詩を意識するとはどのようなことだったのだろうか。爆発的なエネルギーを持った新興俳句は、短期間に複合的に増殖していったが、その中にポエジー派という括りを三谷昭が記している。

                          三谷昭はまず「新興俳句」の根源はモダニズムであると説き、その流れを三つに大別している。生活派・知性派・ポエジー派である。

                          生活派は更に二つに細分され、当時の生活感情から生まれた都会的風物(欧米から伝わった映画、ジャズ、ダンスなど)を描きながら青春の思いを述べようとする方向のもの、また社会主義リアリズムを基調としたものによる。

                          知性派の背景には、戦争へと傾く時代に、次第にリアルな表現は許されなくなった情勢が絡み知性的操作が必要になったことを説く。戦争という映像の中にヒューマニティを再現しようとした。白泉「戦争が廊下の奥に立つてゐた」、仁智栄坊「戦闘機薔薇のある野に逆立ちぬ」などに代表される、と続く。

                          肝心のポエジー派は、昭和初期の「詩と詩論」(雑誌名)に拠る詩人たちのポエジー運動を知っていたはずで、多かれ少なかれその影響を受けたのだろう。それを純粋に継承したと指摘できるのは、富沢赤黄男=高柳重信の系譜だけだと三谷昭は論じる。(出典:新興俳句『三谷昭俳句史論集』昭和五十四年/三谷昭俳句史論集刊行会)

                          新興俳句のポエジー派―赤黄男、重信に関して言えば、視覚的にもそれまでの俳句と明らかに異なったものを創り出した。例えば〈一字開け〉〈分ち書き〉が挙げられる。

                          草二本だけ生えてゐる 時間  赤黄男

                          船焼き捨てし
                          船長は

                          泳ぐかな  重信


                          敏雄についてはというと、西洋詩の目に見える影響ではなく、俳句定型を崩さなかったことにある。右の赤黄男、重信の視覚効果を意識した作品に微妙に俳句から離脱しようとする試みが感じられる。それを説く山本健吉の一説がある。

                          ある種の現代詩人たちが、俳諧に興味を抱く気持ちには、そこに現代詩の方向をうち開こうとする興味がひそんでいるようである。それに反して、ある種の現代俳人には、俳句を現代詩として純粋化しようとする意図が強く、そのためには古色蒼然としたあらゆる俳諧的なものを断ち切ろうとする願いがある。脱俳諧こそ、彼らのいちずな目標だった。それは子規の俳句革新以来、彼らの長い長い願望だった。見果てぬ夢だったといってもよかった。その-面が昨今ようやくひとびとに意識されだしたのだ。 

                          「俳」と「詩」と/山本健吉(昭和五十三年「俳句」初出『俳句とは何か』所収)

                          敏雄の目指したものは山本健吉の示す「脱俳諧」ではない。「俳諧」よりもまったく以前、太古の詩魂に、真の「新しさ」を求めたといってよいだろう。加えて三谷昭の分類するポエジー派とも言い難い印象を受ける。敏雄の模索する俳句の方向性は、近代以降の「俳句」がもつ捩じれの構造の中で多面的要素を含み、西洋詩の原理を近代以降の「俳句」に用いたことは、模索のひとつとみる方が正しいだろう。

                          ▼産土を詩にする

                          わが家になし絶滅の日本狼図 
                          (昭和三十五年『断崖』四月号)

                          掲句の「かの狼」が日本人の血を呼び起こす古来の産土、司祭的な動物である。狼が日本の詩歌においてどれだけの物語性や呪術性をもって登場してきたかと言えば、万葉の時代より狼は祀られていながら詩歌として登場することは乏しい動物だ。

                          そもそも日本の最も古い時代(上代)の文学では、動物はきわめて神秘的な存在であり、神に近いものだったのだ。『古事記』の蛇、八咫烏は〈神との回路〉であり、同時に〈人の心の鏡〉でもあった(『鳥獣虫の文学史』鈴木健一編・三弥井書店)。

                          中世になり日本人は、虫や鳥に季節の移ろい、もののあわれを見て来たが、狼はやはり天照大神、日本武尊と関連しそれ故に物語に登場する獣から外されているのではないだろうか。


                          (中略)

                          敏雄は、真神という神格化したニホンオオカミに気づくことにより、悠久の産土の狼を西洋詩の原理で俳句に登場させ無二の句を得たのである。先に記した山本健吉の「脱俳諧」は、西洋の文化、精神が入って来た近代、その影響下にある子規以降の「俳句」を示しているが、敏雄は、俳句、俳諧よりも遠い古来の日本人の精神を狼に見ているのではないだろうか。

                          敏雄の渇望、憧憬の対象「狼」「鱶」「かもめ」は、同時に読者もロマンを描くことのできる陸・海・空の生き物でもある。では何故われわれは、「狼」「鱶」「かもめ」にロマンを感じるのだろうか。



                          (中略)


                          ▼「かの狼」

                          「かの狼」―特定の狼であることが解る。明治時代に絶滅とされたニホンオオカミを「かの」と強調しているのか、あるいは、絶滅の狼=ニホンオオカミという定説の逆手をとり懐疑的な意味を含蓄するのか、確定は難しい。確かに共通の了解を示す効果がある反面、暗黙の不確実、不可解ともなる表記である。私はこの「かの」を掲句に置く意味が非常に大きいと考える。

                          実際の効果を見てみたい。

                             『麦藁帽子』 西条八十 
                          母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?
                          ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
                          谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。(略)

                          『人間の証明』(森村誠一/角川書店一九七六年)に登場した八十の詩の妙技は「あの」の復唱に暗鬱を漂わせた。映画『人間の証明』(一九七七年公開)の劇中「あの」の不可解さが発揮され、母子の関係が迷宮である予感を与えた。敏雄の「かの」においても、「かの狼」が暗黙の了解における何かの暗号、象徴である迷宮が潜んでいるように見える。高橋睦郎は、「三橋敏雄の修羅場」(『現代俳句全集四』立風書房)の中でこの「かの」について「やや曖昧ともとれる語法が気にならないではないが。」としている。

                          この「かの」が「狼」を記号として考えさせる役割を果たし句全体に謎を残す効果となっているのではないだろうか。


                          (後略)



                          ※詳しくは「WEP俳句通信94号」(10月15日発売号)をご覧ください。



                          (掲載外付録) 敏雄自身の掲句の経緯について書かれた一文を引用する。

                          私は動物好きで、早い時期から犬や猫をはじめいろいろと生き物を可愛がって飼っていた。だから、前記した護符(筆者注:御嶽神社の護符)の狼の図を見て飼えるものなら飼いたい、飼い馴らせると思い込んだが、日本狼はもう絶滅してどこにもいないと親に言われてがっかりした覚えがある。 
                           後年、現在の奈良県東吉野村鷺家口で明治三十八年(一九五〇)に捕獲された一頭の若い雄の狼が最後の日本狼となったという記録を物の本で読んだ。そこで関心は一挙に高まり同地を訪れたいと思うようになった。しかし、長い間、果たせない思いが積るうち、想像の世界にまぼろしの狼をとらえた。いつしか私は一頭の狼を連れて、かの地、深吉野の山中を歩いていた。(ちなみにこの句は、平成十一年十一月三日、文化の日に、前記吉野村が句碑として同地の名勝「七滝八壺」の処に建てて下さった) 

                          「一回性の表現に感動を求めて」三橋敏雄

                          「新日本大歳時記・夏」講談社二〇〇〇年版



                          2016こもろ日盛俳句祭参加記 後半 / 北川美美



                          2016こもろ日盛俳句祭参加記 前半 》読む



                          (承前)
                          後半はシンポジウムのテーマ「俳句と地名」を元につれづれに雑感を交えて。


                          シンポジウム会場は、小諸市の新庁舎に伴い新設された多目的ホール(ステラホール)で行われた。客席が階段状に設置された234名収容のシンポジウム向きのホールだ。


                           司会:筑紫磐井
                          パネラー:藺草慶子、窪田英治、高田正子、行方克己




                          シンポジウムについては、筑紫氏の俳句四季<俳壇観測>に書かれている。


                          新会場レイアウトも手伝って、今回は、壇上と客席とのやりとりが頻繁に行われ、グルーヴ感のある進行だった。例年は暑さから午後の睡魔が襲い危ない時間帯なのだが、今回は聴き応えのあるやりとりが楽しめた。当初テーマ「俳句と地名」にあまりに食指が動かなかったが、こう盛り上がるのは意外だった。壇上に挙がった地名句に合わせ、実作者からの声が聴け会場を巻き込んだシンポジウムとなった。

                          地名句というのは、超有名句になる可能性もある、逆に地名を詠み込む句は相当なインパクトが無ければ愛唱される句にはならないだろう。


                          鎌倉を驚かしたる余寒あり 虚子


                          さながら歴史をも圧巻する寒さが伝わる。この句はやはり鎌倉が要である。


                          地名句はもともと和歌の歌枕を発端とし、詩歌の歴史に遡る。俳諧では、1680年に幽山編の『俳枕』が名所俳諧集である。幽山は芭蕉の師匠にあたるお方である。地名は、壮大なイメージが沸き起こる切欠をつくる。


                          現在は、国内は通行手形無しに自由に行き来出来、情報に至っては、地球の至る場所であっても遠い地の情報やニュース、映像を閲覧できる時代である。地名句は、即座に歴史や景色や人の往来が見えてくる。皆、地名好きなのである。


                          新興俳句以降の三鬼、白泉、敏雄には、地名を詠み込んだ句は非常に珍しい(新興俳句運動の中にも地名句は珍しいともいえるが)。しかし、あるにはある。それも有名句。

                          広島や卵食ふ時口ひらく 三鬼
                           
                          砂町の波郷死なすな冬紅葉 白泉 
                          武蔵野を傾け呑まむ夏の雨 敏雄

                          敏雄に関しては、独立一句を目指す指針が当初よりあり、「個人的事情や社会的背景への理解を、条件としなければ成り立ち難い句は除いた。」(『まぼろしの鱶』後記)記していることから、地名によりイメージが限定されることを好まなかったようだ。


                          攝津幸彦になると地名は、想像を掻き立てる飛躍の役割を果たし読者の中でイメージが膨らむ切欠となる。やはりインパクトは相当ある。

                          南浦和のダリヤを仮のあはれとす 幸彦

                          そういえば、司会であったためか筑紫氏の地名句が壇上に挙がらなかった。


                          来たことも見たこともなき宇都宮  磐井


                          宇都宮の歴史をみてみると、秀吉の関東および奥州の諸領主に対して行った戦後措置に<宇都宮仕置>があり、元はその歴史に絡む句かもしれないが、現在、地方都市である宇都宮を言うになんとも大胆な措辞に読者側の驚きがある。


                          地名句は社会性俳句にもなり得る。

                          足尾・水俣・福島に山滴れる  関悦史


                          各人各様、地名句は、相当な衝撃がある。


                          ともあれ、自分は、地名句に興味がないどころか、初学の頃より地名があることに気が付く。

                          パリロンドンソウルトーキョー吊忍 美美 
                          三田一丁目クスリ屋の角秋の暮  〃 
                          石神井の愛人宅は薔薇盛り  〃 
                          暴力映画観て高崎より先が霧   〃

                          自分の育った環境が群馬という「上毛かるた」を授業に取り入れたことが影響しているのかもしれないが、成年になってからは、90年に流行った Right Said Fred - I'm Too Sexy で世界の都市名が唄われていたことや、地名ではないが、かまやつひろしの曲にプレイスポットの店名が多く出て来たこと感心したことがある(攝津幸彦に三越の句があるのと同様である。)。


                          と以上、シンポジウムのテーマを発端に地名に纏わる雑感を交え綴ってみた。


                          筑紫氏の俳壇観測と重複するが、シンポジウムで取り上げられた、パネラー、客席の俳人各位からの地名句を挙げておこう。

                          藺草慶子
                          叡山やみるみる上がる盆の月
                          貴船口まで冬山の芳しく


                          窪田英治
                          木曽道の石みな仏夏深む
                          青胡桃千曲川(ちくま)十里は雨の中


                          高田正子
                          禅寺丸柿の原木の木守柿
                          狐火や王子二丁目の角曲り


                          行方克己
                          ふるさとは道の八街麦の秋
                          権之助坂の往き来に柳散る


                          本井英
                          小田急が湯元出てゆく秋の暮


                          中西夕紀
                          東京は地下も秋澄む人の声
                          新宿や重層の囲を蜘蛛たちも


                          島田牙城
                          浅間山いな初秋の妻の膝


                          仲寒蝉
                          熱帯魚サマルカンドを悠々と
                          二百十日山の裏にて東京都


                          伊藤伊那男
                          京の路地一つ魔界へ夕薄暑


                          長峰千晶
                          逞しき炎暑の雲を浅間山
                          冬ざるる人間くさきパリの壁


                          壇上のボードに書かれた句



                          **************


                          二日目のスケジュール終了後は、毎年参加の「都市」(中西夕紀主宰)の皆様とともに、小諸市内の与良の町で過ごす。虚子庵の近くである。

                          更にその後、夜盛句会を覗いてみたところ、夜盛句会が終了した直後だったようで、幹事でいらした青木百舌鳥さんが後片づけをされていた。大勢の皆様で夜まで句会という盛り上がりようである。百舌鳥さんに飯田冬眞、篠崎央子、宇井十間の三氏を加え、夜盛第二句会を行う。 皆さん俳句好きなんですね。


                          夜盛句会の様子(撮影:青木百舌鳥)


                          ***************



                          • 7月30日 記念募集句 仲寒蝉選


                          特選
                          大欅殻の数ほど蝉鳴かず 上村 敦子

                          入選
                          虚子そこに座りしごとく夏座敷 北原千枝

                          美しき汗などなきと負試合 佐藤月子

                          風鈴のたくさん鳴つてゐて静か 井越芳子

                          逆しまにロープに縋る蝉の殻 柳沢晶子

                          ちんまり沓脱石や庵涼し 本井 英

                          栗の毬まだ柔らかくまだ青く 御厨早苗

                          国境を食うてをりたるきららかな 松野秀雄

                          朝稽古弓ひく所作の目に涼し 中島富美子

                          六道転生此度は蟻地獄 石田経治

                          ***********:



                          • 最終日 7月30日 (土曜日)小諸最高温度32度  最低 24度



                          最終日午前中は、恒例である筑紫氏との冊子<俳句新空間>夏号の入稿打ち合わせ@小諸高浜虚子記念館。入館前に隣接する虚子の旧宅「虚子庵」を拝む。

                          「里」の内堀うさ子さんが、入室され挨拶を交わす。その後、筑紫氏と入った食事処の入り口にうさ子さんの句が大きく掲示されていた。


                          第17回虚子・こもろ全国俳句大会 長野県知事賞

                          幾つもの白息を吐き鯉を切る  内堀うさ子


                          小諸では虚子に纏わる俳句大会・イベントが行われているが、<虚子・こもろ全国俳句大会>は、募集と表彰を主にしているようで当該の日盛祭とはイベントの趣旨が異なる。小諸では夏でも鯉が食せる。昼食に鯉こくを頂き、汗をかく。その後も汗が引かず。


                          午後の句会。

                          そのうさ子さんと同室となり、スタッフ俳人として入室された筑紫氏と三人で同じ机に座りフシギな気分。クーラーが背後にあったので密かに私が<強>に操作したところ、筑紫氏とうさ子さんが冷え過ぎということに…。私だけが暑さを感じていたのは鯉こくのせいではなく、微妙な年頃のせいかと赤面する。


                          以下は、句会で出たいくつかの句。



                          (お名前が正しく表記されていない可能性があります。)

                          汗の手に半券を渡されてゐる 中嶋夕貴 
                          肩ひものよじれポンポンダリアかな 〃 
                          蟻地獄天に蠍の星燃ゆる 藤江みち
                          山百合や自由に鏡を打って良し 田中香 
                          うっすらと汗して虚子の散歩道 窪田英治 
                          無名戦士の碑山蟻に瞼無し 東公明 
                          城壁にはりついている蟻の列 伊藤伊那男 
                          虚子庵の砂と干からぶ実梅かな 内堀うさ子 
                          投げうっても投げうっても黄金虫 筑紫磐井
                          いろいろの戦後押し寄せ汗しとど 〃



                          三日目の句会、懇親会と終了すると、受付周辺は参加者がそれぞれ三々五々に散り出し慌ただしい。電車やバスの時間に急ぐのである。祭の後はいつも淋しい。


                          最後の懇親会にて。(撮影:青木百舌鳥)



                          こもろ日盛俳句祭が終わると、例年夏が終わった気になるが、猛暑はその後更に厳しくなる。





                          おまけ

                           通称 テニスコート通り(だと思う)

                          室生犀星旧家







                          【抜粋】「俳句通信WEP」94号(10月刊) 中村草田男の現代性・社会性(1) / 筑紫磐井



                          ▼はじめに

                          現代の若い世代の人々は、――と括ってしまってはいけないが、俳句に専念する中で、社会に無関心な傾向が生まれている。もちろん、関悦史、北大路翼、椿屋実梛、中山奈々のような何らかの意味で社会に対する態度を歴然とさせている作家もいる。しかし一方で、例えば雑誌「オルガン」に参加する若い作家は共通した志向があるように見えた。例えば震災俳句に対し、「オルガン」の五人のうち、二人はこれを受け入れがたいと言明し、一人は無関心だと述べ、二人は震災俳句に対して懐疑的である(不向きである、ないし震災俳句があるかのように思うことの否定)。個別の作品以前のところで否定的な態度がみられるのである。

                          若い人たちが、社会に関心がないからといって非難されるべきことではない。趣味は多種多様に発揮されるべきだからだ。しかし、社会がそうした若い人たちを置き去りにして過ぎて行くと考えるのは――これは間違いである。無関心であろうと、関心を持っていようと、あらゆる人々を社会は放置してくれはしないからである。若い人たちが、社会に無関心でいるというのは、そうした若い人たちを放置してくれない社会に対しても「無関心でいる」ということに他ならない。もしそれを宿命と呼ぶとすれば、宿命に対して無関心でいるということである。それはそれで、非暴力主義に近い毅然とした、立派な態度である。かなりつらいものがあるが、愚痴など言わずその態度を全うさせてほしい。

                          院政時代に比叡山にこもって修行をしていた宝地房証真は、その時代が源平の争乱時代であったことを知らなかったという。清盛のことも、頼朝のことも知らなかったのである。現代にあって総理を知らないどころの比ではない。そう、政権争いよりもっと大切なことが証真にはあったはずである。それはそれで尊敬するに足りる(じっさいそのとき証真の著した『天台真言二宗同異章』は今日に残る名著と評価されている)。しかし、そういう時代超越をするためには、時代だけでなく、家族も、仲間も、職場も、俳壇も超越してもらわないとバランスが取れないだろう。とりわけ若い作家たちが、仲間たちにだけ濃密な関心を維持するのはやや不満である。証真が立派なのは、世間も、家族も、天台宗内の名誉も超越して、良心にのみ従った点である。だから、世俗にまみれた我々は、やはり社会に無関心ではいられないのである。

                          こうした二極分化した時代にあって、中村草田男を考えることの現代的意義は、私は何よりも社会性を考えるということではないかという気がしている。草田男についてはもっとさまざまに考えることがあると人はいうが、そうしたどれよりも、現代にあっては、社会性を考えることが草田男を考えることになるのではないかと思う。現代で草田男を考えるということ、いいかえれば草田男の現代的意味、――若い作家たちの考えるべき意味とはそこにあるのではないかと思う。

                          (中略)


                          ▼社会性の周辺を振り返る

                           冒頭に若手世代と社会性の話を掲げたので、最後に同じく若い世代と俳句の話を取り上げてみよう。

                          社会性俳句は、機会詠であることが多い。まさに人が死んだり事件があったりしたことによって生まれた機会詠だ。機会詠として今もって記憶され残っている作品は昭和三六年一〇月に日本社会党の浅沼稲次郎委員長が刺殺された時の作品、

                          十代の愛国とは何銀杏散る 長野 松井冬彦

                          ではないか。刺殺犯は山口二矢(おとや)、当時一七歳(高校中退)で、我々のよく知る浅沼刺殺の衝撃的な写真では、犯人が学生服を着ている。だからこそ「十代の愛国とは何」の言葉がよく共感を持って伝えられたのではないか。

                          この作品は、朝日俳壇の中村草田男選に選ばれたものである(昭和三五年一一月四日)。草田男は新聞で「テーマそのものには恒常性があるが、ケースを通しての訴えであるだけに時間的に感銘がある程度薄まって行く可能性がある」と述べたが、草田男の予想に反して、どの機会詠よりもこの句は普遍性を保ち得たように思う。

                          それにしても「十代の愛国とは何」というフレーズは、当時の時代の憤る様な気持をよく表している言葉であると思われる、社会性俳句らしい言葉である。容易に類想が生まれそうではあるが、作者としては一回限りの思いをもっていたことは間違いない。そうした思いと表現の乖離、――むしろそこにこそ時代を語る文体があるのだ。

                              *      *

                          草田男に対峙できる戦後の動きとして、根源俳句を唱えた山口誓子を比較する。まことに、戦後俳句の発端は誓子と草田男であった。しかし、彼ら二人は発端であったが、すぐそのあとに克服されねばならなかった。草田男とその後続は社会性俳句・前衛俳句と呼ばれて熾烈な論争を行った。では誓子の根源俳句はどうであったのか。

                          社会性俳句が第二芸術によって発生したことは、他ジャンルと批評しあうときに社会性俳句は詩・短歌(特に短歌)と共同の批評用語を持つということであった。これら他ジャンルはむしろ積極的第二芸術論を受け入れており、その後の短歌などほとんど第一芸術となってしまっていたのである。社会性俳句の後に前衛俳句が生まれたのは、批評用語を共通していた短歌が、社会性短歌(とりあえずアララギリアリズム短歌を想定してほしい)から前衛短歌に容易に転換してきたことと同じ道筋である。だから岡井隆と金子兜太が共著で『短詩型文学論』を執筆する下地は当然あったのである。

                          これに対して誓子の根源俳句は、他ジャンルとの共同の批評用語を持たなかった。他ジャンルから見れば、すぐれた作品活動と理論であったかもしれないが、あくまで俳句の中に自己閉塞し、発展がなかった。社会性俳句に対して社会性短歌はあり得た(というよりはほとんどの短歌が社会性短歌であった)のだが、根源俳句に対して根源短歌など誰も作ろうとしなかった。根源俳句は、花鳥諷詠、存問・挨拶と同様の俳句の世界だけで成り立つ理論であったからだ。


                          ※詳しくは「俳句通信WEP」94号(10月刊)をお読み下さい。