2015年8月21日金曜日

第24号

締切2015年10月末日!


  • 9月の更新第25号9月4日第269月18日




  • 平成二十七年 俳句帖毎金00:00更新予定) 》読む

    (8/27更新)夏興帖、第七
    羽村 美和子・関悦史・瀬越悠矢・前北かおる
    小沢麻結・仲田陽子・月野ぽぽな・近恵

    こもろ・日盛俳句祭編 追補
    …飯田冬眞

    (8/21更新)夏興帖・第六こもろ・日盛俳句祭編
    筑紫磐井・長嶺千晶・中西夕紀・仲寒蟬・青木百舌鳥・北川美美
    (8/8更新)夏興帖、第五
    関根誠子・小林苑を・網野月を・堀田季何・浅沼璞・水岩瞳
    (7/31更新)夏興帖、第四
    下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・早瀬恵子・夏木 久
    (7/24更新)夏興帖、第三
    …林雅樹・堀本 吟・小林かんな・小野裕三
    (7/17更新)夏興帖、第二
    …仲寒蟬・花尻万博・木村オサム・望月士郎・佐藤りえ
    (7/10更新)夏興帖、第一
    …曾根 毅・杉山久子・福永法弘・池田澄子・ふけとしこ・陽 美保子・内村恭子

    【好評連載】


    「評論・批評・時評とは何か? 
    その10 …筑紫磐井   》読む
    ・今までの掲載
    (筑紫×堀下書簡)


      ブログではない紙媒体誌俳句新空間を読む… 》読む
        およそ日刊「俳句空間」  》読む
          …(主な執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱 … 
          (8月の執筆者: 依光陽子、佐藤りえ…and more  )
           大井恒行の日々彼是(俳句にまつわる日々のこと)  》読む 



          【第七回 こもろ日盛俳句祭特集】


          シンポジウム・レポート「字余り・字足らず」   
          … 仲栄司 》読む 
            
          小諸の思い出2015  
          北川美美  》読む 

          【鑑賞・時評・エッセイ】 
          ■ 朝日俳壇鑑賞 ~登頂回望~ (七十六・七十七・七十八・七十九)
          網野月を  》読む 

           【短詩時評】川柳を〈読む〉こと、〈読む〉ことを〈読む〉こと、〈読まない〉で〈読む〉こと  
          -高野文子・小林秀雄・安福望-
          …柳本々々  》読む 

           短歌評 歌と句の間に
          … 依光陽子 》読む

          ■ 松尾あつゆき『原爆句抄』に関して
          … 堀下翔   》読む

          リンク de 詩客 短歌時評   》読む
          ・リンク de 詩客 俳句時評   》読む
          ・リンク de 詩客 自由詩時評   》読む 





              【アーカイブコーナー】

              赤い新撰御中虫と西村麒麟

              》読む


              週刊俳句『新撰21』『超新撰21』『俳コレ』総括座談会を再読する
               
              》読む




                  あとがき  読む

                  ●俳句の林間学校 「第7回 こもろ・日盛俳句祭」
                   終了いたしました。 》小諸市のサイト  


                  攝津幸彦記念賞募集 詳細
                  締切2015年10月末日!

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                      筑紫磐井著!-戦後俳句の探求
                      <辞の詩学と詞の詩学>
                      川名大が子供騙しの詐術と激怒した真実・真正の戦後俳句史! 

                      特集:「突撃する<ナニコレ俳句>の旗手」
                      執筆:岸本尚毅、奥坂まや、筑紫磐井、大井恒行、坊城俊樹、宮崎斗士


                      特集:筑紫磐井著-戦後俳句の探求-<辞の詩学と詞の詩学>」を読んで」
                      執筆:関悦史、田中亜美、井上康明、仁平勝、高柳克弘

                      筑紫磐井連載「俳壇観測」執筆





                      【短詩時評第一話】 川柳を〈読む〉こと、〈読む〉ことを〈読む〉こと、〈読まない〉で〈読む〉こと-高野文子・小林秀雄・安福望- /柳本々々



                      川柳の読み方がよく分からないという声を、特に他ジャンルの方から耳にする。俳句なら多くの場合「季語」があるので季語を手掛かりに読んでいくことが可能だが、川柳はどこから読んでゆけばいいのか分からない。取りつく島がないのだ。 

                        (小池正博「現代川柳を楽しむ」『川柳カード』9号・2015年7月)

                      ジャック 家出をしたあなたがマルセイユの街を泣きそうになりながら歩いていたときわたしがそのすぐ後を歩いていたのを知っていましたか? メーゾン・ラフィットの小径では菩提樹の陰から祈るような思いでおふたりのやりとりを聞いていました スイスで再会したときはわたしは何と声をかけて良いのやらわからなかった だってあなたは百ページも行方知れずでやっと姿を現わしたと思ったらわたしより三歳も年上になっていたんですもの いつもいっしょでした たいがいは夜 読んでいないときでさえ だけどまもなくお別れしなくてはなりません
                        (高野文子『黄色い本』講談社、2002年、p69-71)

                      川柳を〈読む〉ということは、どういうことか。

                      こう考えたときに、すぐに矛盾につきあたらざるをえないのが川柳を〈読む〉ということではないかと思うんですね。そもそも17音で言語表出されたものを、〈なぜ〉〈なんのために〉(17音以上の)多くの言葉を費やして解釈する必要があるのか。それはかえって17音に圧縮された言葉を〈殺す〉ことになるのではないか。

                      川柳を〈読む〉ということはつねにそういうジレンマを抱えていると思うんです。

                      高野文子さんに『黄色い本』という漫画があります。このなかに収められた「黄色い本」という中篇は最初から最後まで全篇通して「田家実地子」という女の子がロジェ・マルタン・デュ・ガールの『チボー家の人々』を読んでいる。その〈読む過程〉〈読書行為〉そのものを漫画化しているのがこの高野文子さんの「黄色い本」という中篇です。〈読む〉ことをめぐる漫画だということもできます。

                      さきほど川柳を〈読む〉ことのジレンマ、短いことばを長いことばに置換してしまうことの矛盾の話をしましたが、その〈読む〉というのはつまり〈解釈〉のことです。短いことばを長いことばに置換して・かみくだくこと。それが〈解釈〉です。

                      なぜ〈短詩〉と呼ばれる短い〈川柳〉をわざわざ長いことばでかみ砕き・解釈する必要があるのか。

                      川柳を〈読む〉ことはそういう葛藤とつねに向き合わざるをえないのですが、「黄色い本」の田家実地子にとっては〈読む〉ということは〈解釈〉することではなく、その物語をみずからの生活とシンクロさせつつ、ときにどこまで読んだか忘れる「ひでえ読書」もしつつ、それでも「読んでいないときでさえ」「いつもいっしょ」にいるというそういう〈読む〉ことでした。

                      つまり彼女にとっては〈読む〉ことは〈解釈〉することではなく、〈ともに生きる〉こと、たえず生活のなかでイメージのいきいきした亡霊として〈視覚化〉することだったのです(この漫画では『チボー家』に印刷された〈活字=印刷文字〉も漫画という大胆な構図=パースペクティヴのなかで視覚化され、いきいきとしています。それは〈読まれる〉ための文字ではなく、〈見られる〉ための文字です)。

                      考えてみたいのはこういうことです。〈読む〉という行為はつねに〈ことば〉が特権化されがちではあるけれど、〈読む〉というのは〈ことば〉で解釈するだけでもない。たとえばみずからことばに降りることなく、解釈もせず、イメージの領域にとどまるのも、また〈読む〉ことなのではないか、と。

                      またはこういう問題提起の仕方にしてみてもいいとおもいます。

                      なぜひとは何かを〈読ん〉だら、それについて何かを〈語り〉たがるのか。

                      なぜ、私は読んだらそれについて何かを言わなければならないと思うのか。私は何かを言うために読んでいるのか。なぜ、黙って、反芻するようにただひたすら読もうとしないのか。…書き手が書かなかったことを読み手が書いてはならない。…小林(秀雄)の「禁止」が読者に促す自問は、「読む」ことと「書く」こととの間に暗黙に前提されている信用制度を、いわば恐慌に追い込む。しかし、この信用崩壊、この恐慌、この失語こそ、「読む」ことを、「書く」ことへの従属というそれまでの立場から断ち切る出来事ではないだろうか。それこそ「読む」ことと「書く」こととの間にある不透明な空隙──文学はこの空隙にしか存在しない──を露呈するものではないだろうか。
                        
                       
                      (山城むつみ「小林秀雄のクリティカル・ポイント」『文学のプログラム』講談社文芸文庫、2009年、p.25-6)

                      「なぜ、私は読んだらそれについて何かを言わなければならないと思うのか。私は何かを言うために読んでいるのか」という小林秀雄を通した山城むつみさんの〈問いかけ〉は、「黄色い本」のなかで田家実也子が『チボー家の人々』を読みながら(期せずして)発している問いかけと似通っているにもおもうのです。なぜわたしたちはなにかを読んだら、感想を、意見を、〈言葉〉で、述べようとするのか。その無意識の強制や強要としての〈読むことの制度〉そのものを問うことはできないのか。〈読む〉ことそのものを〈読む〉ようなかたちで。

                      さいきん発売された、短歌の一首一首に絵を添えていく〈歌/絵集〉という形態をとっている安福望さんの『食器と食パンとペン わたしの好きな短歌』(キノブックス、2015年)の「おわりに」のなかで安福さんがこんなふうに書かれています。

                      夜、なかなか眠れないときに、好きな短歌のことを考えます。目を閉じてくり返し考えているうちに、眠ってしまったり夢をみたりします。
                      短歌は夢に似ているような気が最近していて、しかもその夢は自分の夢ではなく、全く知らない他人の夢なので、見るものすべてが新鮮です。
                        
                       
                      (安福望「おわりに」『食器と食パンとペン わたしの好きな短歌』キノブックス、2015年、p.188)

                      この「目を閉じ」「眠ってしまったり夢をみたり」という安福さんの短歌にたいする姿勢は田家実地子と似ているようにも思います。つまりなにかを「言」うために短歌を読むわけではなく、むしろなにかを「言」うことをシャットダウンする方向で「目を閉じ」、「眠」り、「夢をみ」ること。なにかを「言」わないための、解釈をしないための領域に踏みとどまること。言語化できない〈夢〉の領域に。

                      ある意味で安福さんは〈解釈〉の領域に踏み込まないために絵を描いているといえるのではないかともおもうのです。〈解釈〉をせず「他人の夢」としての「見る」ことの「新鮮」さをたもちつづけるために。

                      〈読書感想文〉というジャンルがあるように、〈感想をかく〉というときひとは一般的にまず〈ことば〉から入ります。しかし、〈感想をかく=書く〉ではなくて、〈感想をかく=描く〉かたちからもひとは入ることができるはずです。まず、絵にしてみるのだということです。それはどんな絵でもいいし、図形的な抽象画でもいい。とにかく「何かを言わなければならないと思」っているじぶんを相対化すること。それがイメージの領域である〈絵〉の仕事ではないかとも、思うのです(もちろん、絵を描くというのはあくまでひとつの相対例です。それはめいめいで自分の〈読むこと〉を相対化できるなにかを見つければよいわけです。絵はあくまでひとつの例です)。

                      ウラジーミル・ナボコフは文学講義のなかで文学を絵にして理解することの大切さを訴えていました。カフカ『変身』の甲虫を描いてみること、甲虫とともに家族が暮らしたあの家の間取りを描いてみること。

                      小説を読む際に細部に細心の注意を払うことは、ナボコフの場合、何よりも図解してヴィジュアルに描き出せるということを意味した。小説の舞台となる土地の地理、住居の間取りから、動植物の形態にいたるまで、ナボコフの『文学講義』は図解にあふれている。カフカの小説を理解するためには、グレゴールがいったいどんな虫になったのか、またザムザ家では家具やドアがどのように配置されていたか、正確に理解する必要があるし、『ユリシーズ』ではダブリンの地図が頭に入っていなければならないし、トルストイの芸術を楽しむためには…『アンナ・カレーニナ』…に出てくるモスクワ─ペテルブルク間を走る十九世紀ロシアの列車の内部がどんなだったか、思い描けなければならない。そして、そのためにはなんと言っても図解が役に立つ、というのである。 
                        (沼野充義「解説──動物学の教授には象を呼べ!──大学教師としてのナボコフ」『ナボコフの文学講義 下』河出文庫、2013年、p.425)

                      もちろん、うまくいくかどうかはわかりません。でもかえってうまくいかない方がいい場合もあるのです。ことばをひとは使い慣れているために、〈解釈〉をするとき、ひとはみずからを、或いは他者を、〈うまく〉〈それとなく〉だましている場合もあるのです、たぶん。

                      だから、ことばの領域からそれたところで、なれない場所で、〈読む〉ということを実践してみる。或いは小林秀雄=山城むつみが述べたように実践すらしない場所に〈読む〉ことを〈あえて〉置いてみること。そこで〈読む〉ことをかんがえること。〈読まない〉で〈読ん〉でみること。

                      〈読む〉ということを〈語る〉という言語領域にとらわれないかたちで、もういちど〈読む〉ということを発明すること。たとえば〈絵〉を描くことのような、ことばで〈読む〉ことを相対化するような、じぶんにとっての〈読む〉ことを、田家実地子のように、小林秀雄のように、安福望のように見いだすこと。それが、〈読む〉ことに/〈読まない〉こととして/〈読む〉ために、向き合うということなのではないかともおもうのです。「革命」にはならないかもしれないけれども。「新しい活動的な」読むことのために。

                      服の下に着る物を作ります これからの新しい活動的な 革命とはやや離れますが気持ちは持ち続けます 
                        (高野文子『黄色い本』講談社、2002年、p.72)




                      もう一つ世界を増やす準備する  竹井紫乙
                        (『句集 ひよこ』編集工房円、2005年)

                      第24号 あとがき


                      ひとまず「こもろ日盛俳句祭」での第一日基調講演の鍵和田秞子先生のお写真を。





                      撮影:青木百舌鳥



                      【2015こもろ日盛俳句祭】 夏の思い出 / 北川美美



                      今年も夏の小諸へ行ってきた。 「こもろ日盛俳句祭」への三回目の参加である。
                      容赦ない痛い日射しが照り付け鍛錬句会に来た!という実感がこみ上げる。

                      ちなみに8月1日の気温を見ると長野市で最高温度35度/最低27度。東京の35度/27度。同じ気温であるのに日射しが痛い。標高が上がった分、太陽に近くなることが小諸の陽射しが痛烈に感じる要因なのだろうか。今回イベント開催第七回目を迎え、参加者が300人を超え記録を更新したそうだ。連日の猛暑の中、無事イベントを終えられたことにお慶びを申し上げたい。

                      小諸高浜虚子記念館 

                      参加した句会を中心に以下日記風に。


                      日盛俳句祭は午前中が吟行、午後が句会というようにスケジュールが組まれていて、吟行へのサポートが厚い。巡廻タクシーが手配され、いくつかのコースを選択することができるのだ。 投句は「嘱目句」「当季雑詠」も可。イベント告知時にすでに兼題が決まっている。ちなみに兼題は7月31日「百日紅」8月1日「鮎」、8月2日「夕立」。

                      虚子庵

                      懐古園 (撮影:青木百舌鳥)

                      みはらし交流館(撮影:青木百舌鳥)

                      山城館(撮影:青木百舌鳥)

                      8月1日。第二日目の句会場「應興寺」に到着。扇風機が3-4台ブンブン首を振ってフル回転。 スタッフの俳人として土肥あき子さん、中田尚子さんが座られていた。そして流れる汗を拭きつつ息を整えて会場を見渡すと昨年参加した同「應興寺」会場で同席させていただいた時と同じ参加者のお顔がみえる。デジャブな気分になったがデジャブではなく、このイベントの特徴として、参加者もスタッフの俳人の方々もリピート率が異常に高いのだ。同じ顔ぶれというのは「夏潮」所属の柳沢木兎(やなぎさわ・もくと)さん、柳沢晶子(やなぎさわ・あきこ)さんご夫妻と木兎さんの妹様の御厨早苗(みくりや・さなえ)さんの御三人である。 お写真で紹介できないのが残念だが、御厨さんの日盛会のTシャツにバンダナ、そして白い眼鏡が印象的で、この御三人にお会いすると昨年と同様、夏潮の湘南の風が小諸のこの寺に吹いている気がしてくる。サーフ&ハイランドという感じだ。


                      應興寺 社務所入口

                      土肥さんも日盛俳句祭での常連のスタッフである。信濃毎日新聞に連載をされていて、実際に読者の方々と同じ空間で句会が出来、お話しができることに収穫があるとおっしゃっていた。

                      夏帽子風にも会釈していたる 土肥あき子 
                      青胡桃一本吸って立ち上がる 中田尚子 
                      高原や一点となる白日傘 中田尚子 

                      夏燕庫裡の先の先を跳ぶ  柳沢木兎 
                      朝顔の軒深くまで咲き昇り 柳沢晶子

                      また、夏潮所属の福岡から到着された、田中香(たなか・かおり)さんも参加されていた。

                      鶺鴒のひたひた渡る清水かな 田中香

                      私が特選に選んだのは、

                      炎天や小諸の街の玉子色 荒井民子

                      地元スタッフとしてお世話をしてくだっていた荒井民子さんの句である。 どこか玉子色、なんとなく生成り色に近いレトロ感が炎天にさらされている小諸がイメージでき、好きな句であった。


                      小諸駅を背にして坂を見上げる


                      同じ会場に内堀たつこさんとおっしゃる地元・小諸市在住の方が参加されており、この方も昨年の「應興寺」会場でご一緒だった。家業の農業をお休みされて毎年この日盛祭に参加されているそうだ。すでに、内堀さんは、毎年この場でお会いになられる俳縁でのご友人がいらっしゃる様子で、再会を愉しみにしていらっしゃる様子が伝わって来た。

                      そういう出会いの場もあり、年に一度の再会が楽しいというイベントというのもいいなぁと思う。様々な境遇や世代、立場を超えて、何はともあれ小諸に集結、というところが、いい。縁あって虚子が小諸に疎開したとはいえ、虚子の力は、人が集う力となり磁場を創る。 そして句会という座に於いて参加者はあくまで平等なのである。

                      シンポジウム後の懇親会中、夕立が来て、小諸の街が洗われていく様子がベルウィンから見える。この日の夜は、地元の「どかんしょ祭」が開催され、夕立の後の街は大賑わい。会場として使われているベルウィンも仮装やら大きなハリボテ人形を担いだ地元の方々が出入りする。

                      二日目の懇親会に参加のスタッフの皆様
                      (撮影:青木百舌鳥)

                      この日の夜、虚子も通ったという居酒屋「揚羽屋」に流れる。他の居酒屋では夜盛句会の名の元、句会も行われているようだ。 「トマトが甘くておいしいわよー!」と中西夕紀さんにすすめられ、冷やしトマトをいただく。甘い。少し酸味のあるフルーツトマトのような甘さ。同時に筑紫さんお気に入りの鳥の唐揚げの大皿が運ばれて来る。どっさり盛られていたキャベツの千切りに手を伸ばし、もくもくとキャベツを食す。キャベツも甘い。野菜が濃厚でじわじわと甘い。高原に来たッ!という感慨が味覚からも実感できる。 

                      虚子庵

                      虚子記念館脇の個人庭園 (この日も暑い中、お手入れをされていた)

                      8月2日。イベント三日目。猛暑。午前中は、冷房の効いた虚子記念館にて筑紫氏と「俳句新空間」の入稿打ち合わせ。その後、炎天の虚子庵の裏手を一巡する。いや暑い。与良町という地域であるが、虚子の散歩道といわれるところで、細い坂道が県道まで抜けていて、遮る建物もなく浅間山が眺望できる。歩いていると、「俳人のための水田」(確か)と名付けられた区画があり、俳句を学ぶ方々に稲作を体験してもらう、という与良町の有志の方の計らいであるらしい。稲は水田の中でまっすぐに延び、勢いがついているように見えた。2か月後には収穫され新米としてふるまわれるのだろう。

                      水路が与良の路地を流れ、Y字路に馬頭観音がある。昔、馬がこの坂道を往来し、稲作に欠かせない動力だったことを想像する。その馬頭観音には毎年、ダリアが鮮やかに手向けられている。馬頭観音を守りつづける地域のコミュニティ力が感じられた。また自宅の駐車場で葡萄を口にして、その種が育ち、葡萄棚を作るまでになった御宅の葡萄が、今年はすでに袋掛けされていた。暑さの中で次の季節に向けて準備しているのだ。 その後、ベルウィンに戻った後、お昼は、蕎麦をいただく。炎天を歩いた後の喉を通り過ぎる蕎麦が心地よい。



                      三日目の兼題は「夕立」。ベルウィンの句会場にしぼられ、「えぼし句会」と名付けられた部屋になる。 スタッフの俳人の方々は、本井英さん、高柳克弘さん、奥坂まやさん、山西雅子さん。 そして、森泉理文さん、勝又楽水さん、内堀うさ子さん、飯田冬眞さん、篠崎央子さんのお顔が見える。

                      銅の奥の流しや瓜冷やす  山西雅子 
                      ことごとく灼けて生者と墓石かな 奥坂まや 
                      百日紅この世に門の数多ある 高柳克弘

                      いずれもこの地で作られたことを思い印象に残った。

                      飯田冬眞さんの句に軒並み点が入る。特選句が二句。

                      隠密の裔と古城の瑠璃蜥蜴  飯田冬眞 
                      空蝉や生まれ変はるに良き樹なり  〃

                      いずれも懐古園での作と伺う。 瑠璃蜥蜴の不思議な色の輝きと古城の歴史が印象に残る。
                      地元の俳人の方々、そして小諸市観光課の方も句会参加され、観光名所の説明がところどころに入り熱意が伝わってくる。運営側、句会を回す俳人スタッフ、参加者が同じ空間を共有する句会というシステムが面白い。

                      最終日のフェアウエルパーティ。 イベント開催中、毎日句会後に懇親会が開かれ、協賛各社からの商品、そして裏方として協力の俳人の方々から短冊が提供される。昨日くじが当たらなかった森泉理文さん、島田牙城さんの里の皆さんにくじ運が回ってきていた。司会進行は連日大活躍の仲寒蟬氏であった。 来年は地元スタッフとして里の皆様がご協力くださると挨拶があった。面倒見のよい牙城さんの人柄から再び若い世代の参加があるのかもしれない。


                       三日目 フェアウエルパーティ


                      水引草


                      今年も熱波の中、こもろ・日盛俳句祭が終了した。 小諸から帰ってくると間もなく立秋となった。夏が過ぎ去ったという感慨に浸る。



                      評論・批評・時評とは何か?――堀下、筑紫そして・・・」その10 / 筑紫磐井

                      25.筑紫磐井から堀下翔へ(堀下翔←筑紫磐井)
                      the letter rom Bansei Tsukushi to Kakeru Horishita 


                      ●花尻万博「鬼」について

                      今回、堀下さんの前回の文章を受けるに当たって、『新撰21』『超新撰21』と『俳コレ』のどこで切るかなかなか難しいと思いました。世代的には連続しているけれど、やはり理念が違う選集となっているからです。これはつい最近出た『関西俳句なう』を並べるとますます難しさが浮かび上がります。前回堀下さんが「間に合わなかった世代」(時期的に間に合わなかった世代(堀下翔グループ)と入れなかった世代(西村麒麟グループ)になるわけですが)としてあげられた名前で『関西俳句なう』に掲げられた26名と重なるのは、黒岩徳将さん、山本たくやさんの二人のようで、堀下リストにあげられていなかった人が圧倒的に多いようです(堀下リストは大学生が多いですから当然かもしれませんが)。それにしても、『関西俳句なう』は『俳コレ』以上に、『新撰21』『超新撰21』と理念を異にしているようです。「東京がなんぼのもんじゃ」という愉快なコピーよりは、「船団」という結社を母体として生まれたという本質に基づいているということが大きいと思います(東京の「群青」はこう言うことを企画しそうにもないように思います。たぶん「関西がなんぼのもんじゃ」などとは思ってもいないからです)。そんなこともあり、堀下さんを受けて今回は『関西俳句なう』の若手たちを取り上げてみたいと思いました。ただ、ここにちょっとした不都合があって、今回掲載するのが適切でない事情があり、次回に回すことにして、その前に別の作品を紹介しようと思います。

                         *    *

                      「詩客」の新連載「俳句自由詩協同企画」で<俳人には書けない詩人の1行詩  俳人の定型意識を超越する句>と言う企画を始めました。俳人でも読める「詩」、詩人でも批評できる「俳句」であれば、ある程度共同企画としては意味のあるものになるのではないかと考えたからです(これは私が考えたのであって、代表の森川氏は必ずしもその考えに同調はしていないようです)。ちょうどその時、タイミング良く、第2回攝津幸彦記念賞を花尻万博氏が受賞したので、その第1回を依頼しました。花尻曰く「無茶ぶり」で依頼された、という事でしたが、よくその期待にこたえてくれました。ブログで読むのとは少し違って読めるだろうと思い、今回「俳句新空間」第4号にその作品を転載しました。ご覧下さい。BLOGの主役が若い世代であれば、雑誌の主役は年配の世代でしょう。従って年配者が今回初めて花尻作品を読むことになるので、若い世代以上に年配者にはショックではないかと思います。むしろ拒絶反応が先立つに違いありません。一連の作品評を詩人・俳人にしてもらったところ、詩人は俳人以上に否定的な評が目立ちました。当然予想できることです。「俳句新空間」第4号では作品を転載にあたり少しコメントを書きましたが、余り十分な意を尽くせなかったので、このBLOGで少し補足してみたいと思います。

                      ただ予想が狂ったのが、このBLOG掲載時には雑誌が出ている筈だったのですが、実は雑誌が1~2週間遅れてしまいそうなのです。従って、読者は解説を先に読んで、後からテクストを見ることになるかもしれません(冊子を読まないで、「詩客」を見ていただいても結構です)。小さいことを気にしなければ、8月中に、テクストと解説が出るので、編集顧問としてはいいのではないかと思っていますが、こんなところが、やや、「豈」的ないい加減さかもしれません。

                          *     *

                      テクストを見れば分かりますが、1連10句で5連からなっています。1連は、短律の9句と、前書きの付いた1句(これは正確に五七五となっている)で成り立ちます。各連は、ほとんどが4文字以上10文字以下の短律で成り立っています。ただその前書きが<街に鬼><旧都に鬼><虹に鬼><炭に鬼><花に鬼>という鬼尽くしの前書きです。共に短いので、前書きなのか作品なのかわかりません。とりあえず前書きとしておきましょう。作品が50句と示されているから、前書きを1句と数えてしまうと55句になってしまうからです。しかしいざとなったら、これは単なる計算間違いと言えばいいでしょう(笑)。

                      一連の中もややこしいです。ルビがあふれていますが、3種類に分類されます。

                      ①本当のルビ:間(あひ)・夜(よ)・市(いち)・舐(ねぶ)り・生米(きごめ)・洗魚(あらひ) 
                      ②アイロニカルなルビ:霊区(まち)・旧都(とうきょう)・寒霞(おに)・鬼(かみ)・室(ひと) 
                      ③ルビか否かわからないもの:虎落笛(こゑする)・沈黙(こゑする)・南北(こゑする)・水鳴り(こゑする)・神楽ふ(こゑする)


                      さて、ここで根本的な問題。前書きとは何でしょう。前書きが作品に対して自立し始めると、付属的な前書きではなく、独立した作品となります。作品となれば、前書きが作品をしのぐことだとてあるでしょう。作品を凌ぐ前書き、なかなかシュールです。このような企画は、すでに高山れおなの『俳諧曽我』で実験されています。

                      閑話休題。さて、この構成の中で本質的な問題が幾つかあるようです。まず、前書き。恐るべきは前書きが作品を凌駕することがあります。例えば前書きとは違いますが、書名にも似た事情があります。マルクスの「資本論」は表題だけでも立派な文学作品です、この表題が時代を作り出したのですから。少なくとも、月並みな「経済学批判」とは文学的な価値が違います(似た名称でも「純粋理性批判」はやや文学的な香りがあります。多分、題名のユニークさがあるからでしょう)。世の中には署名は立派だが、中身はない方がいい本もたくさんあるようです。

                      だから<街に鬼><旧都に鬼><虹に鬼><炭に鬼><花に鬼>の前書きも、作品と違う価値を持っているのです。

                      次に、「ルビ」とは何でしょう。単なる読み方を示しているだけなのでしょうか。間(あひ)・夜(よ)・市(いち)はそうでしょう。霊区(まち)・旧都(とうきょう)・寒霞(おに)は明らかに読み以上のものを示しています。虎落笛(こゑする)・沈黙(こゑする)・南北(こゑする)はルビであること自身を拒絶しているようです。「虎落笛(こゑする)」は虎落笛(もがりぶえ)、こゑするが並走する音となっているというべきではないでしょうか。

                      おまけに、各連には「街」「旧都」「虹」「炭」「花」が少しづつイメージとして先導しています。顕在化しているものもあれば潜在化しているものもあります。しかし無縁ではないようです。

                      こうした構造をいじくるためのテクストが、花尻万博の「鬼」だったのです。こんな作品は確かに先例がないようです。

                         *     *

                      ではいったい、この作品は何を言いたかったのでしょうか。これは何も感性に訴えるものではないようです。50句の俳句の最低限の要素を列挙したということなのです。問題は、例えば4文字で出来ている1章にあと13文字加えれば俳句となるのかどうかということです。おそらく、どんなに文字を加えても、月並み以上の俳句が生まれることはあるまいと思います。


                      鴨 南北(こゑする)
                      小火と蛾
                      比喩、花か

                      これらの句は、一見未完成のように見えます。しかし何を付け加えれば、完成した俳句となるというのでしょう。これ以上の俳句が生まれようがあるのでしょうか。花尻が読者に出しているのは、鑑賞などではなく、そうした再構成をやれるものならやってみよという挑発であり、禅宗の師家の公案のようなものなのだとえいえるでしょう。もちろん回答は難解難透でも構いません。回答に意味があるわけではないからです。

                      これを逆転させてみましょう。芭蕉の有名な句を種田山頭火は1節づつ削って行ってみました。そして結局何も残らないことに気づきます。俳句の本質は沈黙にある、と言っているように見えます。


                      古池や蛙とびこむ水の音
                         ・・・蛙とびこむ水の音
                         ・・・・・・・・水の音
                         ・・・・・・・・・・音

                       これを花尻は逆転させてみたのです。「音」から出発させて、「古池や蛙とびこむ水の音」へたどりつく道筋を花尻は示してみよ、と言っているのです。他の詩や短歌では決してできない構造分析を繰り返す、こんなことを考えつくのは、こんな設問を出した出題者と回答者花尻でなければできない技でしょう。




                      詩客 俳句自由詩合同企画
                      鬼  花尻万博 (2015/01/31掲載)


                      【2015こもろ・日盛俳句祭】   シンポジウム・レポート「字余り・字足らず」  /仲栄司



                      今回のシンポジウムのテーマは、昨年に続き、「字余り・字足らず」でした。司会の筑紫磐井氏から、昨年のシンポジウムの様子が冒頭で伝えられました。昨年はやや抽象的、論理的な内容が多かったようですが、今年はより実作者の視点から論じてもらいたいとの発言があり、実作者として俳壇で活躍中の伊藤伊那男氏、西山睦氏、中西夕紀氏、仲寒蝉氏の四名をパネリストとして迎えて、シンポジウムは始まりました。





                       まず伊藤伊那男氏からいきなり、俳句は有季定型なのだからそのかたちで俳句は作ればいい、との明快な宣言。人間の体でいえば、「字余り」は太り過ぎ、「字足らず」は夏痩せのようなもの。だから、意図的に健康体を損ねるようなことはしない方がいい、とのこと。「五・七・五」で詠めるならそれをわざわざ崩す必要はない、という明快な主張、いわば原理主義的な主張でした。

                       これに対し、司会の筑紫磐井氏から、他の三人のパネリストの言をひととおり聞いた上で、伊藤氏の主張に変わりないか聞いてみましょう、との発言があり、いったん伊藤氏のパートは終了。




                       次に西山睦氏。伊藤氏が原理原則で論じられたのに対し、西山氏は具体的な句を提示して、字余り、字足らずの効用を論じられました。字余りの場合は、上五の場合は一句導入への強調、中七の場合はクローズアップ、下五の場合は余韻をたっぷり残したり、念押しする、といった効果が期待できるとの説明。字足らずの場合は隠された一音がある、といったポイントが説明されました。定型を崩すことが俳句の豊かさにも繋がるということでした。

                       中西夕紀氏からも、西山氏の主張をさらに推し進めるかのように、具体的な俳句を提示しながら、字余り、字足らずの効果を論じられました。その際、氏がとりあげた例句を定型で作ってみせ、それと比較して論じられました。比較をすることで、定型を崩した方の句が作品として明らかに力があることを示され、あえて定型を崩すことも必要、俳句の可能性を広げると結論づけられました。

                       最後のパネリストである仲寒蝉氏からは、最初に氏の主張の立場を表明。俳句の可能性、豊饒性を考えて、氏は字余り・字足らずを良しとする立場で、先のお二人(西山氏、中西氏)の主張と同じ路線でした。具体論では、高浜虚子と赤尾兜子の俳句を比較提示されましたが、圧巻は虚子と兜子の俳句を破調と句跨りの数を年代を追ってグラフ化されたことです。膨大な句数を自身で数え上げ、データ化された点に脱帽でした。また、おもしろかったのは、赤尾兜子が30~40歳の頃が一番破調の数が多く、晩年は定型に収斂していったのに対し、高浜虚子は初期と晩年に破調の句が多くなっていることでした。筑紫磐井氏から、このあたりのポイントは作家論の中で見ていくのもおもしろいテーマではないかとの指摘がありました。

                       ひととおり四人のパネリストの主張が終わったところで、ほとんど時間がなくなり、最後にもう一度伊藤伊那男氏に三人の主張を聞いた結果としてどう思うかとの質問がありました。それに対し、伊藤伊那男氏は、有季定型と言ったのはあくまで原則論で言ったまでで、字余り・字足らずを全否定しているわけではない。ただ、字余りや字足らずをあえて無理に作って、リスクを背負う必要はないという立場である、とのコメント。



                       今回のテーマについては、けっきょく、俳句は一句一句の作品で見ていくしかないと感じました。ただ、冒頭で筑紫磐井氏が今回のテーマは「実作者として」という観点から論じてもらいたい、とのことでしたので、その点からすれば、伊藤氏が主張されたように、無理に定型を崩す必要はないのかもしれません。 

                       一方で、仲氏が言った、五・七・五の俳句ばかりが並んだ作品を見せられるとたしかに味気なく感じることもあります。、俳句の場合、一句一句で読むだけでなく、句集や賞の作品のようにまとまったかたちで読む場合もあるので、そういうときに句跨りの句に出合うとなかなか魅力的に感じてしまいます。

                       さらに実作者として俳句の可能性を広げていく、ということを考えた場合、定型を崩すことで俳句表現の可能性が広がるように思います。

                       今回の四人のパネリストのみなさんの字余り・字足らずに対する考え方は、そう大きく違っていないように感じました。もちろん、許容の程度にそれぞれ幅はありますが、定型を崩した俳句にも魅力的であるという思いは伝わってきました。いずれにせよ、強引に字余りや字足らずを狙って作ることはほぼ失敗するだろうということだけははっきりしていたと思います。しかし、そうだとすればなおのこと、自分自身はもっともっと俳句を作り、勉強し、励んでいく中で、自然にそういう俳句が作れるようになりたいと思います。なぜなら、定型を崩した俳句で成功している句は、まちがいなく句の力が大きいと感じるからです。


                      (撮影:青木百舌鳥)


                      【筆者紹介】


                      • 仲栄司(なか・えいじ)
                      「田」同人、俳人協会会員


                                                

                      【資料】
                      ※シンポジウム資料 仲寒蟬
                      (当日資料から一部訂正。)






                       【時壇】 登頂回望その七十六・七十七・七十八・七十九 / 網野 月を

                      その七十六(朝日俳壇平成27年7月20日から)
                                               
                      ◆月鉾に大きな夜の降りて来る (松原市)西田鏡子

                      大串章の選である。評には「第一句。夜になると月鉾が明るくかがやく。「大きな夜」が祇園会の歴史を感じさせる。」と記されている。月鉾は三十余の山鉾の中でも最大のものであり、「大きな夜」が肯けるところである。神話世界には伊弉諾尊が左目を洗って天照大神を、右目を洗って月読尊を生んだとされていて、夜を支配する月読尊を祀ることから「月鉾」と称される。将に月鉾には「夜の降りて来る」訳だ。上五から中七、座五とその句意は誰もが納得のいくものであり、否定のしようが無い。それだけに幾分、叙事的な散文の気味があるのだが、「夜の」の「の」が掲句を俳句にしている。

                      ◆昼寝覚たたみの上に帰還せり (大阪府島本町)池田壽夫

                      大串章の選である。評には「第二句。戦地の夢を見ていたのか。「たたみの上に帰還」が安堵感を示す。」と記されている。評のように帰還したところが「たたみの上」である事柄が俳なのであるが、シリアスな事を茶化すよりも、逆に安らかな事をシリアスに見直す方が難しいだろう。特に戦争の句は。著名な句に三橋敏雄の「戦争と疊の上の團扇かな」があり、どうしても比べてしまう。

                      ◆夏草や兵士一人の小さき墓 (町田市)佐藤隆市

                      大串章の選である。兵士=戦争と墓、夏草の取合せは古より普遍のものであるらしい。盆に墓参へ行くと今でも兵位将位の肩書が刻まれた墓石を見付けることがある。毎年のように夏草に覆われながら、朽ちるまで墓石はそうして何時までもあるのだ。その「小さき墓」が「兵士一人の」であることは、墓石に刻まれた文字からわかるのだが、掲句の場合作者自身がその兵士の誰であるかを知る人であるように思える。

                      ◆カタカナの軍事郵便虫干す (堺市)吉田敦子

                      稲畑汀子選である。出征兵士の死亡通知であろう。七十年余の歳月を経て大事に保管されているのである。



                      その七十七(朝日俳壇平成27年7月27日から)
                                             
                      ◆膝小僧象の頭に似て涼し (京都市)奥田まゆみ

                      長谷川櫂の選である。「膝小僧」と「象の頭」を相互に比喩しているのである。掲句は「に」の働きから「膝小僧」を形容しているような叙法がとられているが、相互にベクトルが働いているようである。視覚的な見た目の様子が「似て」いるだけではなくて、座五の「涼し」が共通項として決めつけられている。大気にさらされているような体の部位であるだけに、「涼し」は妙な共通性を表現している。両者は「似て」いるから「涼し」いのか?「涼し」くしていることが「似て」いる点なのだろうか。

                      ◆天道虫地球離るる決意せり (岐阜県笠松町)日比野和美

                      長谷川櫂の選である。出来るものならば地球を離脱してみたい、と考えているのは作者ばかりではないだろう。上五にはその代表者として「天道虫」が提示されている。掲句の場合、「天道虫」の漢字による表記も効果があるようだ。

                      ◆稲津や押入れ中に母が居る (河内長野市)西森正治

                      大串章の選である。評には「第三句。母は押入れの隅々まできちんと整理し、色色な物を大事に仕舞っていた。」と記されている。一瞬の稲妻の明るさの中に「押入れ中に母が居る」のを発見したのだろう。フラッシュ的な眼前の事実に詩的というよりも事件性を醸し出しているようだ。稲妻ゆえに押入れに隠れようとしたのか?稲妻とは何ら関係なく押入れの中を片づけていたのか?判然としないが、押入れに体半分を入れているお母様の後姿を想像した。


                      その七十八(朝日俳壇平成27年8月3日から)
                                               
                      ◆福島に梅雨の雨除染の如く (長岡京市)寺嶋三郎

                      金子兜太の選である。「朝日俳壇」だけではなく、選者は東日本大震災関係の作品と福島原発事故関係の作品を積極的に後押ししているように思う。原発事故の後、「福島」という地名が本来意味している理想の将来像を思う時に、筆者には何とも皮肉に響いてしまうのだ。「除染の如く」ではなくて、除染になってくれればと思う。

                      中七の「梅雨の雨」は季題「梅雨」を時期を示す表現としてるわけだが、雨そのものを表現することもあるのでその場合は重複表現の様にも考えられる。

                      ◆海の日や洋上にある子を思ふ (三木市)酒井霞甫

                      大串章の選である。八月の第三月曜日は祝日「海の日」である。今年は二十日であった。掲句は、作者が子を思う意になっている。乗組員として洋上にあるのか?船客としてであろうか?「海の日」であり「洋上に」であり親が子を思う心であり、実に巧い取合せの様で関係があるようにも思うのだが、そこには必然は無いだろう。それだけに作者の実際の心の在り様を的確に表現している。
                      他に「海の日」の季題で、長谷川櫂選の「海の日や灯台守の在りし日々」(敦賀市/村中聖火)がある。こちらの場合は若干、「海の日」と「灯台守の在りし日々」を思う作者の心の取合せに関係性を感じてしまう。

                      ◆自恃の目の蝿虎でありにけり (大阪市)大川隆夫

                      稲畑汀子の選である。評には「二句目。蝿虎に狙われ、忽ち捕らえられる小さな獲物。自恃の目を持つとは妙。」と記されている。「蝿虎」への一種のエールのように読める。掲句の主人公と副主人公は、クモであり蝿である。両者ともネガティブなイメージを有する小動物だ。それだけに「自恃の目」というのは、評で言う「妙」以上の思い入れがあるだろう。


                        登頂回望その七十九(朝日俳壇平成27年8月10日から)
                                             
                      ◆ふるさとの闇が育てし踊りかな (小田原市)丸山典雄

                      長谷川櫂の選である。評には「二席。夜の闇あってこその盆踊り。闇に根が生えているような。」と記されている。世界宗教的な理による論理化の無い原始的な宗教観が盆踊りには存在しているかのようである。多神教的な、且つデュオニソス的な祭祀は掲句の云う通り「闇が育て」たのである。其処には人間の生の感情が横たわっている。

                      ◆虫干やいつまで匂ふガリ版誌 (大阪市)今井文雄

                      長谷川櫂の選である。わら半紙とガリ版のインクの匂い(臭い)が懐かしい。虫干しの度に、鉄筆で切った蝋紙で印刷製作した同人誌の匂いがその頃の作者自身を取り戻す契機になっている。虫干ししながらいつまでも大切にして欲しい。

                      ◆パチンコは吾が青春の積乱雲 (松戸市)大谷昌弘

                      大串章の選である。評には「第二句。飛び散るパチンコ玉。正に積乱雲である。パチンコに夢中だった頃が懐かしい。」と記されている。どうやら八月は人生を回顧するチャンスを与えてくれる月であるらしい。「積乱雲」が「パチンコ」を思い出させるのか?「パチンコ」が「積乱雲」を髣髴とさせるのか?

                      評の中で言う懐かしいのは、作者のことを思ってのことか?評者の回顧であるのか?

                      ◆何もかもこの汗引いてからのこと (新潟市)岩田桂

                      稲畑汀子選である。実感であろう。読者も共感している。連体詞「この」があればこそ、時間と場所が特定されていることがよく解る句になっている。

                      ◇俳壇の隣には西村麒麟著のコラム七十年目の夏」がある。八田木枯の句作を取り上げている。中の「戦友にばつたりとあふ蝉の穴」「生者より死者暑がりぬ原爆忌」などを拝読すると、木枯の文体が戦争を表現するために構成せれていることに気付く。人間的な了解事項が無効である時に言葉もその遠近法を失ってしまうのかも知れない。

                      2015年8月7日金曜日

                      第23号




                    • 8月の更新第23号8月7日第248月21日




                    • 平成二十七年 俳句帖毎金00:00更新予定) 》読む

                      ※8月14日・夏興帖はお休みいたします。

                      (8/8更新)夏興帖、第五


                      関根誠子・小林苑を・網野月を
                      堀田季何・浅沼璞・水岩瞳

                      (7/31更新)夏興帖、第四
                      下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・早瀬恵子・夏木 久
                      (7/24更新)夏興帖、第三
                      …林雅樹・堀本 吟・小林かんな・小野裕三
                      (7/17更新)夏興帖、第二
                      …仲寒蟬・花尻万博・木村オサム・望月士郎・佐藤りえ
                      (7/10更新)夏興帖、第一
                      …曾根 毅・杉山久子・福永法弘・池田澄子・ふけとしこ・陽 美保子・内村恭子



                      【好評連載】


                      「評論・批評・時評とは何か? 
                      その9 …堀下翔 (再開)   》読む


                      ・今までの掲載
                      (筑紫×堀下書簡)


                        ブログではない紙媒体誌俳句新空間を読む… 》読む
                          およそ日刊「俳句空間」  》読む
                            …(主な執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱 … 
                            (8月の執筆者: 依光陽子、佐藤りえ…and more  )

                             大井恒行の日々彼是(俳句にまつわる日々のこと)  》読む 



                            【鑑賞・時評・エッセイ】 
                             【短歌と漫画】ボクらの身体、または平坦な身体の戦場で-岡野大嗣・市川春子・浅野いにお-
                            …柳本々々  》読む
                            ■ 朝日俳壇鑑賞 ~登頂回望~ 七十五 
                            網野月を  》読む 

                             短歌評 歌と句の間に
                            … 依光陽子 》読む

                            ■ 松尾あつゆき『原爆句抄』に関して
                            … 堀下翔   》読む

                            リンク de 詩客 短歌時評   》読む
                            ・リンク de 詩客 俳句時評   》読む
                            ・リンク de 詩客 自由詩時評   》読む 





                                【アーカイブコーナー】

                                赤い新撰御中虫と西村麒麟

                                》読む


                                週刊俳句『新撰21』『超新撰21』『俳コレ』総括座談会を再読する
                                 
                                》読む




                                    あとがき  読む

                                    ●俳句の林間学校 「第7回 こもろ・日盛俳句祭」
                                     終了いたしました。 》小諸市のサイト  


                                    攝津幸彦祈念賞募集 詳細
                                    締切2015年10月末日!

                                    豈57号刊行!
                                    豈57号のご購入は邑書林まで

                                    薄紫にて俳句新空間No.3…!第4号発刊間もなく!
                                    購入ご希望の方はこちら ≫読む

                                        筑紫磐井著!-戦後俳句の探求
                                        <辞の詩学と詞の詩学>
                                        川名大が子供騙しの詐術と激怒した真実・真正の戦後俳句史! 

                                        特集:「突撃する<ナニコレ俳句>の旗手」
                                        執筆:岸本尚毅、奥坂まや、筑紫磐井、大井恒行、坊城俊樹、宮崎斗士


                                        特集:筑紫磐井著-戦後俳句の探求-<辞の詩学と詞の詩学>」を読んで」
                                        執筆:関悦史、田中亜美、井上康明、仁平勝、高柳克弘

                                        筑紫磐井連載「俳壇観測」執筆






                                        第23号 あとがき

                                        (8月8日更新)

                                        北川美美記

                                        記録的な連日の猛暑にうんざりする毎日です。しかしながら本日8月8日は2015の立秋にあたり、この日より徐々に温度も下がるということですが…、週末の気温はどうなるでしょうか。皆様くれぐれもご自愛ください。

                                        今号は堀下翔さんから二本入稿! 柳本々々さんからも快調な短歌についての評を寄せていただきました。 

                                        さて、7月31日、8月1日、2日と行われた、小諸・日盛俳句祭に行ってきました。日中は相当厳しい日射しが痛く感じられ機嫌も悪くなる状態ですが、朝・夕は流石に標高600メートル(参考まで:東京駅の標高 6.95 m)の高原の朝靄、夕霧が心地よいところでした。

                                        詳細は追ってレポートいたしますが、詩客からの「戦後俳句を読む」の執筆メンバーでもある飯田冬眞さん、土肥あき子さん、そして毎度ご協力をいただいております中西夕紀さん、仲寒蟬さんなどとお顔合わせができ、さながらオフ会的な感じがしないでもなく、楽しくやってきました。

                                        小諸・日盛俳句祭は、記録的な暑さとともに参加人数も過去最高の300人を突破されたということで誠に嬉しい限りです。 一重に、小諸市、小諸高浜虚子記念館館長、本井英氏のご尽力と熱意の賜物と思ったイベントでした。今回は若手と思われる参加が少なかったように思いましたが、やはりSNS、フェイスブックなどで情報を共有できる環境にないと若手集客はなかなか難しいように感じました。(昨年は島田牙城氏がFBで情報を流してくださっていた。)宿泊や交通費などの経費を考えれば、首都圏以外での地方イベントは、おおかた社会人主流になるのかもしれません。しかし、毎年同じ参加者、同じスタッフの先生方とお顔を合わせることができるのも小諸・日盛祭ならでは、のアットホームさがあり、それがまた楽しいという感じもわかってきました。小諸・日盛俳句祭はスタッフも参加者もリピート率が異常に高いイベントなのです。

                                        最後三日目の句会で飯田冬眞さんと同じ部屋(会場名:えぼし句会)になりましたが、飯田さんが連発ヒットを飛ばし、なんというのかもしやこれは小諸甲子園!?と思うほどの絶好調で羨望の眼差しで飯田さんを遠望したのでした。 

                                        隠密の裔と古城の瑠璃蜥蜴   飯田冬眞
                                        空蝉や生まれ変はるに良き樹なり  〃

                                        なんとなく、飯田といえば蛇笏・龍太ですが、飯田といえば冬眞の貫録ありと思ったのでした。 (ちなみに高柳といえば重信…いえ、克弘さんもスタッフ参加されていました。)

                                        上記二句は今回の講演者でいらっしゃる鍵和田秞子先生との懐古園散策の折に作句したものだそうです。(後日、あとがきではなく、文章で記録を残します。ひとまずあとがきの箇所でごめんなさい。) 追ってレポートと夏興帖・小諸篇をお楽しみに。

                                        筑紫相談役からは事前に「100句苦行頑張りましょう!」と言われておりドギマギしておりましたが、最終日のクーラーの効いた虚子記念館にて俳句新空間第4号の入稿打ち合わせに終わりました。 中西さん仲さんからは「どう?100句できた!?」と興味津々で質問され…期待を裏切ってしまいましたが、千本ノックは帰ってからが勝負、机上でひとり格闘いたします…。

                                        ともあれ、俳句新空間第4号は無事印刷に入り、今月中には発行予定です。



                                        小諸・日盛俳句祭 二日目(8月1日)のスタッフの皆様




                                        ※8月14日の俳句帖(夏興帖)更新をお休みさせていただきます。




                                        【俳句時評】  松尾あつゆき『原爆句抄』に関して / 堀下翔



                                        松尾あつゆき『原爆句抄 魂からしみ出る涙』(2015/書肆侃侃房)が刊行された。松尾は「層雲」に拠った自由律俳人で1945年の長崎原爆に遭遇している。1972年以来いくたびか版を変えて刊行されてきた『原爆句抄』であるが、松尾の孫にあたる平田周が尽力した今回の版が決定版になるという(平田「復刊に寄せて」)。

                                        彼の句のうちもっとも人口に膾炙したものとなればこの句であろう。

                                        なにもかもなくした手に四まいの爆死証明  松尾あつゆき

                                        荻原井泉水の句集序文によるとこの句は1945年の「層雲」に「原子ばくだんの跡」(井泉水は「原子爆弾の跡」と表記しているが著者あとがきに従う)として発表された10句中の1句であるという。原爆投下から間もない時期の句である。「爆死証明」という耳慣れない言葉、ことに「爆死」という直截的な表現が一句の最後に置かれる。「なにもかもなくした手に四まいの」までが情報量も少なく、うすく平坦な文体であるがために、「爆死証明」が置かれることでバランスを失し、一句が異様に迫ってくる。

                                        戦後しばらく経ってから建立された「原爆句碑」の一句目にも取り上げられている(長崎市HP)のであるが、〈なにもかもなくした手に四枚の爆死証明〉とじゃっかん表記が違う。この点について平田周が「一部「四枚」と漢字表記されているものもあるが、あつゆき自身は「四まい」とかな表記で発表していることをつけ加えておきたい」と指摘しているが、実際この平仮名表記は松尾の文体を決定的に特徴づけているものの一つである。掲句、〈四まい〉だけではなく〈なにもかもなくした〉もまた平仮名に展かれている。他の句に関しても、

                                        かぜ、子らに火をつけてたばこ一本
                                        ほのお、兄をなかによりそうて火になる
                                        葉をおとした空が、夏からねている
                                        蕎麦の花ポツリと建てて生きのこっている
                                        (以上1945年の句)

                                        と掲句同様に平仮名表記が目に付く。日常から断絶した事態に茫然自失とする意識のありようが、漢字となるべきところが漢字にならないという形であらわれているのかと思ったが、読み進めていくうち、これが句集前半に集中するものでもなく、

                                        涙かくさなくともよい暗さにして泣く(1970年)
                                        きけば石になっている石にあいにゆく(1973年以降)

                                        と、集中を一貫する文体であるということに気づく。自由律独特の一見してあいまいな切れと相まって、どこかに和文脈が感ぜられ、論理では割り切れない情感がまとわる。1970年代になって書かれた〈きけば石になっている石にあいにゆく〉の「石」は、1969年の句に〈石になってとんぼうとまらせている〉(前書に「子の墓」)というのがあり、また〈きけば〉の次の句が〈つくつくぼうし吾子はいつも此の墓にいる〉なので、子の墓のことと思われるが、その「石」の存在は松尾自身がだれよりも知っている筈なのにも関わらず「きけば石になっている」と、さも初めての墓参であるかのように書きつけられる。夏の記憶を夏ごとにはじめから辿りなおしている感じがある。「きけば」とあるが誰に聞いたとは明示されない。独言がいつしか問うあてのない問いになったのである。自分の無意識、直感がその問いに対して「石になっている」と答えた。「あいにゆく」の「ゆく」には「これからあいにゆく」の未来形のニュアンスがあろうが、こころはすでに墓へ向かってしまっているような、現在形のニュアンスも感ぜられる。「きけば石になっている」と「石にあいにゆく」との間には意味上の切れがあるが、「いる」は終止形か連体形か判別がつかないために、初読でここに一呼吸を置くことができない。だからここには「石になっている」と聞いて「あいにゆく」と決めるまでの、絶え間のない意識の流れが再現されている。

                                        本書成立までの経緯を整理しておく。

                                        1904年:松尾、長崎県北松浦郡に生れる。
                                        1928年頃:「層雲」入会。
                                        1942年:「層雲賞」受賞。
                                        1945年:8月9日、長崎原爆に遭遇。妻と三児を失う。長女生存。同年11月、佐世保市外に転居。俳句の推敲に熱中。この時期に「長崎文学」に句稿を送るが返送される。同年12月、句稿の一部が「層雲」冬季号に「原子ばくだんの跡」として初めて掲載される。
                                        1948年:再婚。娘も結婚。被爆地を離れることを考え、長野県の高校に赴任。
                                        1950年:「俳句往来」に手記「爆死証明書」を執筆。
                                        1955年:アンソロジー「句集長崎」刊行。松尾の句が一般に知られる。同書序文を読み、終戦直後の「長崎文学」掲載不可の理由がGHQによる検閲であったことを知る。
                                        1956年:「中央公論」8月号に「爆死証明書」の加筆版が掲載される。
                                        1961年:定年退職。長崎へ戻る。
                                        1970年:長崎放送が松尾を取り上げたラジオドキュメンタリー「子のゆきし日の暑さ」(芸術祭参加作品)を製作、優秀賞を受ける。
                                        1972年:教え子の支援で『原爆句抄』(私家版)刊行。
                                        1975年:『原爆句抄』、文化評論出版から出版される。
                                        1983年:松尾逝去。
                                        2008年:句文集『花びらのような命 自由律俳人松尾あつゆき全俳句と長崎被爆体験』(竹村あつお編/龍鳳書房)刊行。
                                        2012年:『松尾あつゆき日記 原爆俳句、彷徨う魂の軌跡』(平田周編/長崎新聞社)刊行。
                                        2015年:『原爆句抄 魂からしみ出る涙』(書肆侃侃房)刊行。また木版画家小崎侃が松尾の句を作品化した『慟哭―松尾あつゆき「原爆句抄」木版画集』(長崎文献社)刊行。

                                        このような経緯を見ると松尾の作品が俳句における原爆文学として長い間断続的に注目を受けてきたものであることが分かる。筆者も高校生のときに長崎市を訪ね、郷土文学の展示で松尾が大きく取り上げられているのを見て彼の名前を覚えたものだった。

                                        『原爆句抄』が再刊行の運びとなった理由は本年が原爆投下70年の年であるということに尽きよう。すでに松尾が没して久しいことを挙げるまでもなく戦時の証言者は年々世を去っていく。その中で残されるのは文字であって、われわれはその非肉声的なものをできるだけ肉声的に読んでいく必要がある。平成生まれの筆者にあってすら、たとえば少年期には「定年ニッポン」といったフレーズを頻繁に耳にしていたものであり、戦後がすでに70年に長じているとなると正直に言って気が遠くなりもする。どんな作品が残っているか以上にそれを受け手がどれだけ読んでいくことができるのかという点が問題となりつつある。

                                        もっとも、その受け手の想像力は時代の隔たりが要請したものとは限らないかもしれない。最後にやや話が外れるが「詩客」「戦後俳句を読む」「俳句新空間」と掲載場所の変遷を経つつ四年にわたった外山一機の俳句時評の連載が先日終了した。「スピカ」で並行連載されていた「百叢一句」も完結。毎週毎月絶えず発表される膨大な批評に圧倒され、かつ影響を受けた読者としては一抹のさびしさを感じるものであるが、それはひとまずおくとして、ここでは外山がそれらの中で繰り返し用いた用語に「切実」があるということを指摘しておきたい。いささか感情的なこの用語を批評には馴染まないと考えた読者もいただろう。がしかし筆者にはある一句に対して切実さを感じざるを得ないその種の想像力が現代においてあらゆる局面で要請されているような気がしてならないのである。たとえば東日本大震災をめぐる状況はその最たるものであるように思われるし(一例を外山の文章から引くとすれば「俳句新空間」2015.3.17掲載の「「復興」する日本で『小熊座』を読む」がいい)、それに限らず、ゆれうごくリアルとバーチャル、世論と乖離していくかのように見える政治状況、その他多くの「断絶」が目に付くのが昨今ではないか。その断絶に立ち会うという行為がすなわち個人がもちうる想像力であって、それはたとえば他者の一句の表現に緻密に取り組むような営みから始まる筈である。



                                        【再開】「評論・批評・時評とは何か?――堀下、筑紫そして・・・」その9  /  堀下翔 

                                        24.堀下翔から筑紫磐井へ(筑紫磐井←堀下翔)
                                        the Letter from Kakeru Horishita to Bansei Tsukushi 


                                        ご無沙汰しております。堀下です。

                                        唐突に福田さんにバトンタッチした形になりましたが、今回から復帰ということでよろしくお願いします。千本ノック式に話題を変えているうちに出たのがバルトの話題でしたが、その後福田さんが私信で前々回の内容をご教示くださり、無責任を知りつつ転載をお願いしたのがご登場の経緯です。

                                        その後私信の転載にとどまらず、磐井さんとの数回のやり取りがあったわけですが、実はそんなことになっているとは知りませんでしたので驚きました。

                                        と、以上は読んでくださっている方向けの挨拶ですが――。

                                        本編の内容を番外編で分析する形でお二人が話し尽くされたところですから加えるべきところは思いつきません。「むしろ創作に当たっての理論は一種の「気合い」であると思っています」と磐井さんがお書きになっていたのはなるほどその通りかもしれないなと思います。

                                        前回の最後を引き受けると『新撰21』周辺の世代論になりますか。『新撰』入集メンバーでは北大路翼、村上鞆彦、矢野玲奈が第1句集、鴇田智哉、佐藤文香が第2句集を出したところでたしかに『新撰』以後の展開をまとめて論ずることが可能な時期かもしれません。「第1世代の神野紗希・佐藤文香世代から第2世代の西村麒麟・堀下翔世代」とのことで、神野紗希と西村麒麟は同い年ですから年代の区切りではなく入集したかどうかですね。入らなかった同世代の落胆は想像に難くありません。いっぽうで僕はといえば、俳句を始めたのは2012年の春ですから、『新撰21』(2009)はおろか『俳コレ』(2011)にも間に合っていません。そう、『超俳コレ』でもあれば絶対に入ってやるぞ、といったところです。

                                        せっかくなので間に合わなかった世代を挙げておきましょう。自分の名前しか出ていないのはちょっとこっぱずかしいですから。『新撰21』の最年少が越智友亮(1991年生)、『俳コレ』の最年少は小野あらた(1993年生)です。小野さんは今年から社会人なので、その下、ちょうどいま大学にいる世代がそれに当たります。活動時期としては入集可能だった世代とは違って、こちらは時期的に入りようがなかった世代ですから、リストアップは簡単です。

                                        安里琉太(1994生)
                                        今泉礼奈(1994生)

                                        あたりはすでに念願の総合誌デビューを果たしています。安里は「銀化」「群青」、今泉は長らく無所属でしたがついに今年度になって「南風」に入りました。

                                        関西の大学生はだいたい「ふらここ」に入っています。学生を中心に若いのが集まっている俳句集団です。かなりの人間がいるようですが、作品集がないのでいったい誰がいるのかよく分かりません。僕はことあるごとにふらここ関係者に「どんな人がどんなものを書いているのか知りたいから作品集を出してくれ」と言っていますが出る気配はありません。もちろんこれはふらここに限らずどのサークルにも言えるのですが、ふらここの場合は作品集を出せば関西の学生をかなり見渡せるので、みんな喜ぶと思います。現状、メンツを把握できるのは1年前に「週刊俳句」がふらここプロデュース号をやったときの執筆者一覧(http://weekly-haiku.blogspot.jp/2014/04/366.html)ですが、参加していない人間もいるらしく、不完全です。

                                        間に合わなかった世代の名前を挙げます。結社・同人誌に所属している学生も何人かいます。

                                        二人して打ち上げ花火見てた写真 川嶋ぱんだ(1993年生・「船団」)「俳句新空間」(平成二十六年夏興帖・第五)2014.9.26
                                        山笑ふせーのであける恋みくじ 山下舞子(1994年生)「週刊俳句」2014.4.27
                                        小憩に外す軍手や鳥帰る 森直樹(1994年生・「鷹」「鷹」2014.5
                                        恋という仮説どんぐり転がりぬ 安岡麻佑1995年生)「週刊俳句」2014.4.27
                                        手繋げば手の甲寒し藍の花 小鳥遊栄樹(1995年生・「若太陽」「里」「群青」)『海を捨つる』(私家版句集)2015
                                        思うほど眼球軟らかく春雷 沙汰柳蛮辞郎(1995年生)「俳句新空間」(平成二十六年花鳥篇・第七)2014.7.11
                                        ふらここや後ろが冬で前が春 大池莉奈(1995年生)「石田波郷俳句大会第6回作品集」2014
                                        みづうみの底に日当たる涼しさよ 浅津大雅(1996年生)「俳句新空間」(平成二十六年夏興帖・第七)2014.10.10
                                        かたづけて舞台小さし花のなか 辻本鷹之(1996年生・「銀化」)「銀化」2015.5
                                        釣り上げし鱸は銃の重さかな 下楠絵里(1997年生)「WHAT Vol.3」2015

                                        ふらここの面々はこのブログによく出ていますね。ブログで読めてありがたいです。ちなみに大学卒業組では中山奈々、ローストビーフ、山本たくや、木田智美、野住朋可、黒岩徳将、仮屋賢一などがいます。立ち上げたのは黒岩徳将で、いまは仮屋賢一が代表をしています。

                                        関東の方に目を移します。関東はあちこちの大学に学生俳句会があります。だいたいインカレサークルになっていますから、どこへ行っても似たような顔ぶれの観はあります。実動しているか微妙な大学も含んでいますが、東大、早稲田、慶応、立教、ICU、明治、筑波あたりが学生句会を開いています。早稲田の俳句研究会はここ何年か定期的に作品集を出していますが、他のところは特に出していないようです。もちろん、大学俳句会ではないところに通っている人、句会に出ていない人もいます。またパラパラと名前を挙げてみたいと思います。

                                        綿虫や何人もゐて寝しづまる 今泉礼奈(1994年生・「南風」)「俳句」2015.1
                                        最果てに風売る店や昼寝の国 平井湊(1994年生・「群青」)「群青」2014.9
                                        花ぐもり鯉やはらかく衝突す 高瀬早紀(1994年生)「週刊俳句」2014.12.7
                                        冬厨明かりが灯るまでの二秒 副島亜樹(1994年生・「群青」)「群青」2014.3
                                        復活祭家族写真は残すべし 大藤聖菜(1994生)「星果てる光Ⅱ」2014
                                        冬うららどこにでもある諏訪神社 青木ともじ(1994年生・「群青」)「群青」2015.3
                                        紫陽花や指紋を遺す触りかた 島津雅子(1994年生)twitter
                                        泣き声が白梅よりもずっと先 葛城蓮士(1994年生)「俳句ポスト365」2015.1.22
                                        名月や銀の波立つ山の湖 赤石昇太郎(1994年生)「早大俳研第十集」2014
                                        夕映となるぎりぎりをスキー跳ぶ 東影喜子(1995年生・「群青」)「早大俳研第十集」2014
                                        柚子風呂の君には柚子の集まりぬ 玉城涼(1995年生・「群青」)「群青」2015.3
                                        大陸へ向かふ飛行機夏兆す 兼信沙也加(1995年生)「週刊俳句」2014.12.7
                                        紙風船しわを増やさぬやう受くる 林楓(1995年生)「早大俳研第十集」2014
                                        柄のみで決むるパンツや春隣 魔王(1995年生・「いつき組」)ブログ「烏と魔王の夏休み」2015.8.2
                                        エンドロールのはやさで降つてゐる雪よ 大塚凱1995年生「群青」)「群青」2015.3
                                        誰もゐない楽しき家や冬の鵙 杉山葵(1995年生)「俳句ポスト365」2014.11.6
                                        名を知らぬ名曲にふれ風薫る 谷村康太(1995年生)「早大俳研第十集」2014
                                        五円では叶わぬ願い秋の暮 町田佳奈子(1996年生)「早大俳研第十集」2014
                                        声透明桜吹雪の向かうから 永山智郎(1997年生・「群青」)「俳句」2015.1
                                        風船に父の息ありもてあそび 坂入菜月(1996年生)twitter
                                        量子力学袋の中に玉虫ゐ 青本瑞季(1996年生・「里」「群青」)「里」2015.6
                                        雨の学祭花をつけない木ばかり太い 青本柚紀(1996年生・「里」「群青」)「週刊俳句」2015.7.26
                                        うららかやかがみこむ足の折れているところなど 宮崎玲奈(1996年生・「円錐」「群青」「蝶」)「群青」2015.6

                                        それ以外の地方で書いている人を挙げたいと思います。

                                        芹の根を離れぬみづの昏さかな 安里琉太(1994年生・「銀化」「群青」・沖縄)「銀化」2015.1
                                        天才の生まれる朝へ田水張る 工藤玲音(1994年生・「樹氷」・宮城)「学生俳句チャンピオン決定戦2015」NHK(しこく8)2015.6.5放送
                                        つばくらの影落ちにけり母子手帳 樫本由貴(1994年生・広島)広島大学俳句サークル・H2Oブログ2015.7.6
                                        夏シャツや天守見上げて風の吹く 崇徳(1994年生・広島)広島大学俳句サークルH2Oブログ2015.5.19
                                        滝に触るるやうにフライパン洗ふ 宗政みつき(1994年生・愛媛)「星果てる光Ⅱ」2014
                                        黄昏や菜の花の波堆し 田中枢(1995年生・「itak」・北海道)「現代俳句」2014.10
                                        空へ宇宙へ「ひまわり」は飛ぶ雲の峰 羽倉紫羽(1995年生・愛媛)「俳句王国がゆく」NHKEテレ2015.6.21放送
                                        はつ夏のみづを怖るる子猿かな 小川朱棕(1996年生・愛媛)愛大俳句研究会twitter
                                        少年の声の実れる踊りかな 福岡日向子(1996年生・愛媛)「俳句王国がゆく」NHKEテレ2015.6.21放送
                                        鳥はみづになる春の月のめざめ 脇々(1996年生・愛媛)「WHAT Vol.3」2015
                                        風薫る写生の画用紙のましろ 初号機(1996年生・愛媛)愛大俳句研究会twitter

                                        以上40人強をざーっと並べてみました。だいたいが俳句甲子園出身者です。高校を卒業したあとも句会に出ている人は他にもいますが、引用できる句が見つからない場合は外しています。それに僕の知らないところで書いている人は大勢いるでしょう。漏れた人はごめんなさい。

                                        それにしても大学1~4年でこれだけ書き手がいるのは自分の世代ながら安心します。全員が全員作家意識を持っているわけではないのは百も承知です。僕は「学生俳人」という言い方が好きなのでよく使いますが、自分は俳人ではないからその呼び方はイヤ、という人もいます(たんに俳句を書く人をそう表現しただけですが……)。それでも身近にこんなに同じことをしている人がいるのは心強いです。とくにいまはSNSが発達していて遠方の書き手ともすぐ連絡が取れますから。

                                        そういうわけで、こんな人たちが新撰以後世代の最年少に当る、という話です。僕は同世代の俳句がとても好きですから、思わずこういうリストを作ってしまいました。面白い句がたくさんあるので、機会があればもっと紹介したいくらいです。オッ、スゴイゾッと思わされる同世代の新作が、いつか決定的な俳句史の一句になることすら夢想しないでもないのです(もっともこの場合の「同世代」にはもう少し年齢の幅もあるのですが)。〈ひるがほのほとりによべの渚あり〉を波郷が詠んだのもまた十代であったことを思うとき、それはあながち大げさすぎる思いではないでしょう。

                                        さて、間に合わなかった世代を見てみたところで、今度は入れなかった世代を見ていきたいところです。どういう形にすればいいのか迷っていますが、すこし作家論のように話していければ面白いのかなと考えています。磐井さんは西村麒麟の名前を出していましたね。僕は他に、生駒大祐あたりの名前も気になります。

                                        あ、それから、本稿は「新撰」以後の話でありながら、勝手にそれを「俳コレ」以後と同一視して書いてしまいました。前回、〈残念ながら同じ趣旨の『新撰21 パート3』は出ませんでしたが(世代を限定し、自選する、ギラギラとした選集というコンセプトのシリーズは後続しなかったということです)〉(磐井)という発言が出ていたので、それを無視する形になってしまってすみません。もちろん、自選・他選の違いは作家にとって切実なものでしょうが、今回は「アンソロジーに入れなかった」の視点で考えてみました。他薦なら入るもんか、という作家もいるでしょうが、それでもいい、入りたいという作家(そして入れなかった作家)も多いでしょう。特に最年少層にはどうしても俳句甲子園出身という共通点がありますから。その熱意は上記引用の「ギラギラ」と同質だと思います。この「新撰」「俳コレ」の区別についても、お話ししたいです。

                                         【時壇】 登頂回望その七十五/ 網野 月を


                                        (朝日俳壇平成27年7月12日から)

                                        ◆広島忌その二日後も爆撃す (福山市)高橋波瑠美

                                        長谷川櫂の選である。評には「一席。福山は八日の空襲で焼かれた。八月は一日一日が墓標。」と記されている。戦況が決定づけられた後にまで爆撃は繰り返された。地方都市が標的にされて、一般市民が巻き込まれた。その中で長崎への原爆の投下が繰り返されたものと考えられる。ポツダム宣言を受諾するということの返事の督促として執拗なまでに繰り返されたのである。

                                        戦勝国の指導者は、一般市民を犠牲にしてもその是非を問われない。戦争責任は敗戦国側だけに科せられるものである。ヨーロッパ中世のような騎士道の世界では、決闘における勝者は神の加護を得たのだとする考え方があるだろう。がしかし、近代戦において、一般市民を巻き添えにした仕方には戦勝国と言えども責任の所在ははっきりさせたい。せめて一般市民を犠牲にしたことへの反省と改悟が敗者と勝者の両者に必要である。

                                        ◆夏至の夜の待ちくたびれし星一つ (札幌市)岩本京子

                                        大串章と稲畑汀子の共選である。稲畑汀子の評には「一句目。ようやく一番星が輝いた。なかなか暮れない夏至を星に語らせた。」と記されている。切れが無くて読めば、評のように一番星がやっと輝く時刻になったということである。中七座五の間で切って読めば、もちろん一番星の景はかわらないのだろうが、作者が「待ちくたびれ」たことにならないだろうか?一番星を待つのは擬人法の星でなくて、作者の方がいいのではないかと考える。

                                        ◆妻ふつと見えなくなりぬ蛍狩 (稲沢市)杉山一三

                                        金子兜太の選である。ご両人で蛍狩の最中に奥様を見失ったということだろう。蛍を追って小径に紛れ込んだのかも知れない。「ふつと」であるので、蛍の流れるような帯光の影になって見失ったものだろうか。

                                        【短歌と漫画】ボクらの身体、または平坦な身体の戦場で-岡野大嗣・市川春子・浅野いにお-  柳本々々



                                        彼女は、僕の指だった
                                          (市川春子『虫と歌』講談社、2009年、p.15)

                                        彼ら(彼女ら)は決してもう二度と出逢うことはないだろう。そして彼ら(彼女ら)はそのことを徐々に忘れてゆくだろう。切り傷やすり傷が乾き、かさぶたになり、新しい皮膚になってゆくように。そして彼らは決して忘れないだろう。皮膚の上の赤いひきつれのように。 
                                        平担な戦場で僕らが生き延びること。
                                          
                                         
                                        (岡崎京子「ノート あとがきにかえて」『リバーズ・エッジ 愛蔵版』宝島社、2008年、p.234)

                                        先日、大阪で行われたとととと展のととととライブで、歌人の岡野大嗣さん、イラストレーターの安福望さん、わたし柳本々々のさんにんで短歌と絵とマンガをめぐってクロストークをしてきました。

                                        そのなかで、岡野さんの歌集『サイレンと犀』(書肆侃侃房、2014年)における身体とマンガにおける身体の〈親近性〉の話にふれました。

                                        まず岡野さんの歌集にみられる身体性とは、どういうものか。

                                        これはわたしが思っていることなんですが、岡野さんの短歌における身体のありかたとして、身体性が抹消したり、外部におかれてしまったりする、〈外への身体〉というのがあるんじゃないかと思うんですね。

                                        たとえば岡野さんにこんな歌があります。

                                        友達の遺品のメガネに付いていた指紋を癖で拭いてしまった  岡野大嗣

                                        この歌のひとつのポイントは、ふだんの身体の癖で、唯一そのメガネに残っていた死んだ友達の身体性=指紋がかき消されてしまうところにあるんじゃないかと思
                                        うんです。つまりある意味でこの歌は、〈身体性の抹消〉をめぐる歌なんです。友達の身体は語り手の過失によりレンズ内の痕跡としての〈内〉側から〈外〉へ
                                        と消えてしまった。

                                        で、こういう〈外〉へ向かう身体は、たとえばマンガにおける身体とも呼応しているのではないかとも思うんです。

                                        市川春子さんの『虫と歌』(講談社、2009年)というマンガがあります。市川マンガの大きな特徴は、身体が微分化=分解されるように、ばらばらにほどけていくその瞬間が、大きく描写されることです。

                                        市川マンガでは身体はシステムの一環であり、指が生えたり、挿し木にしたりもできます。また指そのものが少女になったりもするというのも特徴的です。

                                        市川マンガにおける身体は〈この・わたしのもの〉という内へのベクトルをもつものではなく、つねに〈わたし以外〉の〈外〉へと同期し、きっかけさえあれば、微分化=分解され、崩れていってしまうような、そういう〈外への身体〉なのです。

                                        あらかじめそのシステムに孕まれた僕の右手が抜く整理券  岡野大嗣

                                        電線の束を目で追うこの街の頸動脈の位置をさがして  〃

                                        「そのシステムに孕まれた僕の右手」や「この街の頸動脈」というシステムに組み込まれ同期される身体。それが岡野短歌や市川マンガにおける身体なのではないか、と。

                                        では、こういう身体を相対化する身体は、〈どこ〉にあるのか。

                                        たとえばそれは、浅野いにおさんの『素晴らしい世界』(小学館、2010年)にみられるんじゃないかとおもいます。

                                        いにおマンガの特徴に、青空にダイヴするシーンがあります。いにおマンガの人物たちは、投身というより、先のみえない、快楽原則にもとづいたダイヴをするように、青空高く身を投げていく。「ぎゃはは」と。

                                        しかし、そのあとにやってくるみじめな現実原則をきちんと描くのもいにおマンガの特徴です。ダイヴした後のコマにみられるのは、松葉杖とギプスのみじめな身体の泥臭い痛みです。つまりこれらはシステムや世界にいくら身を投げようとしても決してその思いのままには同期しえない、このわたしがかかえもつしかない〈内への身体〉ともいえるのではないかとおもいます。

                                        いにおマンガの身体は、市川マンガの身体のように誰かのものでもないし、分解もされない。岡野短歌のように、システムのなかにあるものでもない。このみじめなわたしがどこまでも傷つきながらひきずりながら引き受けていくものでしかない。

                                        これはどちらがいいという身体の価値観の問題ではなくて、どこに身体性の焦点をあてるのかという〈身体の所在〉の問題だとおもっています。改札を通るだけで、もしくはコンビニで防犯カメラから視線を向けられることでわかることですが、わたしたちの身体はシステムのなかにたしかにあります。そしてその一方で本を読もうとして手を切ったり、回転ドアで右往左往するような、泥臭いみじめな身体も抱えています。

                                        これは〈身体の所在〉の問題であり、〈身体地図〉の問題だとおもいます。

                                        とりあえず、岡野短歌の〈ひと〉の身体は、市川マンガの身体のようにどこかでシステムと同期している。これがひとつの岡野短歌の身体です。

                                        わたしはあえて〈ひと〉といったのですが、もしかすると岡野短歌のなかでいちばん身体性を有していたのは、〈ひと〉ではなくて、〈犀〉だったんじゃないかとさえ、おもうんです。

                                        この歌集のタイトルは『サイレンと犀』ですが、特徴的なのはこのタイトルにつけられた〈犀〉が徹底して〈不在〉として描かれているということです。〈犀〉はほとんどこの歌集に表面的にあらわれてこない。〈不在の犀(ふざいのさい)〉としてサイはあらわれる。

                                        この歌集のたった一首のなかにだけ、犀はあらわれます。そのたった一首のなかにだけ存在する〈犀〉は、「生まれつき」の「耳鳴り」という固有のこの身体にしかない〈音楽〉という身体性をひきうけながら、この身体でしかない引き出せない、もうひとつの声にならない音楽としての「ため息=sigh」をつく。たった一回の、どこにも回収されえない音楽を。

                                        それは同期しえない、システムにも回収できない〈表情〉としての〈音楽〉として、もしかするとこの歌集では犀だけが〈内なる身体〉をもつかもしれないのです。平坦な身体の戦場でそれでも固有の身体を問いかけるようにして。

                                        生まれつき耳鳴りのある犀の吐く一夜にいちどきりのため息  岡野大嗣