2014年8月29日金曜日

第84号 2014年08月29

作品
第6回 こもろ・日盛俳句祭 スタッフ俳人による特選句 記録(2)
……》読む

平成二十六年 夏興帖 第一 
……近恵・杉山久子・仙田洋子・曾根毅・福永法弘・堀田季何   》読む

<現代風狂帖>

No.36  庭を横切る影  ……小津夜景  》読む




●鑑賞・書評・評論・エッセイ 

【戦後俳句を読む】
  • 「俳句空間」№ 15 (1990.12 発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ
(続・13、鈴木鷹夫「人日やふところの手が腹を掻く」)……大井恒行  》読む
  • 中村苑子の句【水妖詞館ーあの世とこの世の近代女性精神詩】33.34.35.36
……吉村毬子   》読む

  • 攝津幸彦を読む(1)】  攝津幸彦の暗黒  
……竹岡一郎   》読む


【現代俳句を読む】

  • <俳句時評>帰ろう、それから、手を繋ごう。―佐藤文香の現在地について
……外山一機   》読む
  • <エッセイ・評論>大井恒行の日日彼是       ≫読む
読んでなるほど!詩歌・芸術のよもやま話大井恒行ブログ更新中!!

  • <こもろ日盛俳句祭特集>シンポジウム・レポート 「字余り・字足らず」
……瀬越悠矢   》読む






(前号より継続掲載)


  • <書評> 吉村毬子句集『手毬唄』を読んで……大久保春乃(歌人)  》読む
  • <朝日俳壇鑑賞> 時壇 ~登頂回望 その二十八、二十九~……網野月を  ≫読む
  • <俳句時評> 俳句を世に出す ……堀下翔   》読む
  • <俳句時評> 吉村昭の放哉  ……外山一機  ≫読む
  • <俳句時評>たまたま俳句を与えられた……堀下翔  ≫読む
  • <こもろ特集>日盛り俳句祭レポート −稜線のような旅路−……黒岩徳将  》読む
(詩客より)
  • <俳句評>村松友次(紅花)先生のことなど。 ……江田浩司   ≫読む
  • <俳句評>「澤」七月号とか、めくってみた ……高塚謙太郎   ≫読む
  • <俳句評> 気になる夕暮れ ……カニエ・ナハ   ≫読む




【現代短歌・自由詩を読む】

(詩客より)
  • 〈自由詩〉私の好きな詩人第127回 
ひたむきに走るものたち -阿部岩夫- ……柴田千晶   》読む
  • 〈短歌評世界のシステムに抗する歌・木下龍也論……竹岡一郎   ≫読む
  • 〈自由詩評〉 映りこむもの……依光陽子   ≫読む





● あとがき  ≫読む
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            • 俳壇7月号 誌上句集『摂津幸彦』(筑紫磐井選による100句)

            第84号 (2014.08.29 .) あとがき

            北川美美

            8月最終週! すでに秋です。

            8月の最後を飾る84号、それぞれの夏の思い出をひきさげて夏興帖が開始。 小津さんも最後に夏の句でしめくくりたいとのことでご寄稿いただきました。 (今号より作品の縦書きを掲載しないことで作業をすすめています。ご了承ください。)

            前号にひきつづき「こもろ・日盛り俳句祭」の特集として第二日目の特選全句、そしてシンポジウムについて瀬越悠矢さんにご執筆いただきました。大学院にてフランス文学専攻中とのこと。フレンチマニアというと、なかにし礼、安井かずみ(zuzu)などを想像してしまいますが、・・・どんなことを学ばれているのか興味津々で小諸でお話しさせていただきました。 


            また外山一機さんより週刊俳句での佐藤文香さんの作品について書かれています。佐藤さんは俳句甲子園で最優秀賞をとられ、神野沙希さんなどとともに「若手」のスター的存在というイメージがあります。新撰21で外山一機さんとともに収録されてから今年で5年経過になりますが、その後の新撰21を読んでいるような気になりました。人生でいえばさまざまな岐路にも立つことになる年代ですが、外山さんも佐藤さんも共に俳句と離れずにいる、ということだけは事実なのだと思います。

            当ブログの媒体誌 「俳句新空間」第二号が発行となりました。

            今回は個人作品が充実、そして俳句帖を中心とした内容となっています。

            表紙が鮮やかなオレンジ色(筑紫相談役の配色)。オレンジ色の憎いヤツ・・・、エルメスカラーといったところでしょうか。8月29日現在、若干の在庫があるにはある状態ですが、今回もほとんど在庫がショートしています。  




            筑紫磐井

            ○夏興帖が開始。こもろ日盛り俳句祭の記録と合わせて夏の最後をお楽しみいただきたい。

            ○私は、岩手県花巻に行ってくる。面白い出会いがあればうれしい。


            俳句新空間 No.2 広告

            オレンジ色の広告で少し目がちかちか・・・。しますよね。。。実際の表紙はもっと鮮やかなオレンジです。



            「俳句空間」№ 15 (1990.12 発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(続・13、鈴木鷹夫「人日やふところの手が腹を掻く」)。 大井恒行 

            鈴木鷹夫「人日やふところの手が腹を掻く」

            鈴木鷹夫(1928〈昭3〉9.13~2013 〈平25〉4.10)の自信作5句は以下通り。

            こころの火落して眠る初昔         「俳句」平成元年3月号 
            一斉に鴨帰る日の鴉かな          「門」   〃 6月号  
            露の世と言ひし男のすぐに酔ふ       「門」平成2年1月号  
            人日やふところの手が腹を掻く       「俳句」 〃  3月号 
            また一つ日傘が消ゆる裏千家        「朝日新聞」平成2年7月13日

            一句鑑賞者は脇祥一。その一文には「掲句の状況としては色々考えられるであろう。七草粥を食べ終わったあとの、所在なさに、ふところの手が思わず腹をポリポリと掻いていたというのかも知れない。あるいは戸外に散歩に出たところを見てもいい。正月のめでたさも松の内だけで、明ければ実際人は生業にもどらなければならない。その分かれ目の日が七日というところでろうか。七草粥を食べ、無病息災を願うというめでたい日においては、やや行儀の悪い、ものうい、この所作が、うまく『人日』と反映し合って、ある味わいを出しているところに、俳諧の妙味があるのであろう。『人日』という季語を得て、腹を引っ掻くという当り前の所作が当り前でなくなったのである。『七日はや』と『人日』と比べてみるがいい。この『人日や』は動かないであろうし、絶妙とも思われるのである」とある。

            鈴木鷹夫は最晩年、諧謔味の横溢した句集『カチカチ山』を上梓したのち、しばらくして身罷ったのだが、「門」創刊時にはさすがにその気力をまっすぐに詠み、〈「門」創刊を祝す〉と前書きして「白刃の中ゆく涼気一誌持つ」の句を残している。加藤郁乎も其角が好きだったが、鈴木鷹夫もそうだった。小説に『風騒の人―若き日の宝井其角』がある。

            鷹夫が亡くなる前年「門」は25周年を迎え、その折は、〈無季〉と前書きしてまで「『門』二十五周年草臥れて幸せで」と詠んでいるほどだから、自足の一生というべきであろう。その「門」は現在、夫人の鈴木節子が継承して新道を歩みつつある。



            【攝津幸彦の句 (1) 】  攝津幸彦の暗黒 竹岡一郎

             攝津幸彦の初期の句に「暗黒」の連作がある。
            暗黒や根元に朝の火ゆきわたり 
            暗黒の先へさきへと転ぶ白桃 
            暗黒の黒まじるなり蜆汁 
            暗黒の強き黒らは産卵せり 
            これよりは暗黒、海に枇杷繁り 
            暗黒を濯ぎて花嫁渇くなり
            行き過ぎて戻る暗黒・菫に酢
            暗黒と鶏をあひ挽く真昼かな 
            春巻きを揚げぬ暗黒冬を越え
            第一句集「姉にアネモネ」所収、後に第二句集「鳥子」に一部変えて収録された。これがまた実に奇妙な句で、何をイメージして良いのか、全く分からないのだが、妙に心に残る。解読したくなる強さがある。先に挙げたのは、「鳥子」版の暗黒である。(ここでは「鳥子」版の暗黒について考察する。「姉にアネモネ」版との違いは随時言及する。)

            では、一句づつ見てゆこう。

            暗黒や根元に朝の火ゆきわたり
            この「根元」とは、何の根元であるか。句中の言葉だけで見るならば、「暗黒」の根元であろう。暗黒には根元がある。暗黒とは木とか草のようなものなのか。或いは碑とか墓とか塔とかにも「根元」はありそうである。暗黒とは、地面から生えている、ある一定の高さをもったものか。

            暗黒の先へさきへと転ぶ白桃
            暗黒という、死をもイメージする言葉と「転ぶ白桃」から、黄泉平坂を思う。掲句の場面は生と死の境の坂か。「先へさきへ」という絶えず動いてゆく形容は桃に関するのであるが、同時に、暗黒もまた桃を追って移動可能なもの、という印象を与える。「先へさきへ」というリフレインは果たして本当に繰り返しなのか。色々考えてみる。先へ崎へ、先へ岬へ、先へ幸へ、先へ咲へ、先へ左記へ、先へ裂きへ、先へ割きへ、先へサキという名の女へ? 少なくとも、暗黒は白桃でもサキでもないもの、であろう。

            暗黒の黒まじるなり蜆汁
            蜆汁にまじっている、と取るならば、暗黒は食べる事が可能か、又はうっかり食べてもわからないものか。この場合、蜆汁にまじっているものは「暗黒の黒」、暗黒から派生した黒である。

            上五中七と下五は切れていて、二物衝撃の景だとすれば、「暗黒の黒まじるなり」という景は「暗黒に黒混じる」、つまり、暗黒と黒は別物だということになる。そして、黒混じる暗黒は、蜆汁の見かけ、又は味に或る種通じるものがある筈だ。

            暗黒の強き黒らは産卵せり
            暗黒からは「黒」が派生し、その中でも特に強い「黒」は産卵する事が可能だということになる。暗黒とは「黒」なる生物を派生させ、更に「黒」は増殖が可能だという事だ。

            これよりは暗黒、海に枇杷繁り
            連作中で最も強い句であろう。「これよりは」という措辞が、芝居の見栄のように張り出す。「海に枇杷繁り」というフレーズは暗黒そのものではないが、暗黒を包み支えることにより、暗黒のある一面を示しているようにも見える。枇杷の暗い緑が繁っているのか、その中に枇杷の実も混じっているのかは定かではないが、枇杷の木特有の旺盛な生命力と翳りは海と良く調和していると思う。

            暗黒を濯ぎて花嫁渇くなり
            「夜濯ぎ」という季語と見るも可能であるが、ここはやはり暗黒という具象そのものを濯いでいると見たい。これまでの句が、暗黒の様々な具象化を試みているからである。暗黒を濯ぐ事により水に接していながら、花嫁は、何に渇くのだろう。花嫁ならば、愛か幸福を求めているのだろうから、やはり愛やら幸福やらに渇いているのだろうか。では、暗黒は愛やら幸福やらに何らかの化学的変化を起こす作用があると考えてもよさそうである。暗黒は愛や幸福を吸いとるのだろうか、それとも変質させるのだろうか、或いは花嫁をして、より愛や幸福に対して渇かせるのだろうか。ここでは暗黒が、或る魔術的変化を人の心に起こさせるとわかる。

            行き過ぎて戻る暗黒・菫に酢
            「姉にアネモネ」では句中の「・」が「、」になっていた。「・」にしたことにより、「行き過ぎて戻る暗黒」と「菫に酢」が、拮抗し合う又は調和し合う彫刻であるかのような印象を受ける、と言ってしまって良いかどうか。そう名付けられた彫刻があっても良いような気はする。「行き過ぎて戻る暗黒」は、或る躊躇の果に試みるやり直し、と云った観の彫刻で、「菫に酢」は嗜虐性を孕んだ哀れな彫刻であろうか、「酢」という言葉から少し腐食しているような感じも受ける。行き過ぎてから、暗黒に戻ってゆく、と取るのは、これまでの句を読んできた上では、もはや無理があるような気がする。やはり暗黒という具象が行き過ぎて戻るのではなかろうか。

            「・」によって、「暗黒そして菫」という読みも出来る。酢は暗黒と菫の両方に掛けられる。酢の特質として防腐性がある事を考えると、通常の場合と同じく、暗黒は不浄に親しむ性質も含むのだろうか。そうであるなら菫に、不浄になりやすい側面としての、暗黒との共通点が存するらしいと窺える。

            暗黒と鶏をあひ挽く真昼かな
            この句、「姉にアネモネ」では「真昼」が「昼餉」になっていた。「昼餉」では、暗黒が鶏の挽肉に混ぜる物であり食品であると疑いなく読めてしまうので、そこまでの断定を避ける意で「真昼」にしたかと思う。「真昼」と置けば、高い陽の下で暗黒はより際立つという気もする。ここで示される暗黒の特性は、鶏と共に挽くも可であるという事である。

            春巻きを揚げぬ暗黒冬を越え
            春巻きを揚げる主体は誰かというのが焦点であろうが、ここはやはり作者ではなく暗黒であろう。作者だとすると、あまりに下らない。暗黒の冬を越えて春、春巻きを揚げる攝津幸彦、というイメージはつまらなすぎる。この一句だけをいきなり読めば、どうしてもそういうイメージしか浮かばない処、これまで暗黒の句群を読んできた上で掲句を読めば、暗黒が冬を越えて春巻きを揚げる、と取れる。ここに至って暗黒は、動物同様、越冬もし、人間同様、春巻きも揚げるのである。

            「姉にアネモネ」では掲句の後に、「暗黒といへども茶碗の影冷ゆる」が置かれているが、「鳥子」でこの句が省かれた理由は、せっかく積み上げてきた暗黒の具象化が「といへども茶碗の影冷ゆる」によって、単なる暖かい闇、というイメージに還元されてしまう事を怖れたか。

            さて、「鳥子」における暗黒の特性をまとめると次のようになる。

            暗黒とは、草か木か碑か墓か塔のように一定の高さを持ち、根元がある。移動可能であり、白桃でもサキでもない。黒を派生することがあり、その黒は産卵可能である。暗黒は黒と混じると、蜆汁に通ずる何かになる。芝居の見栄の如く張り出すことがあり、その様は海に枇杷が繁る様と良く調和する。花嫁に濯がれて、花嫁の、恐らくは心を渇かせる。行き過ぎて戻る事がある。その躊躇する様は、「菫に酢」という嗜虐的な哀れなイメージと良く調和する。或いは菫と共に酢を掛けられる。鶏肉と合挽きされることがある。越冬し、春巻きを揚げることも出来る。

            「二十の扉」ではないが、さて、暗黒とは何でしょう。

            「それは私です!」と、攝津幸彦が手を挙げたら、どうしよう。

            その場合、私は連作中の白眉である

              これよりは暗黒、海に枇杷繁り
            の暗黒に、(奔放に見えて実は慎ましい攝津に怒られるのを承知で)ルビを振りたくなるのだ。これよりは暗黒(せっつゆきひこ)、と。これよりの句業は、まことに「海に枇杷繁」るがごとき、怒濤にして鬱蒼たる勢いではなかったか。

            「姉にアネモネ」は昭和四十八年刊、「鳥子」は昭和五十一年刊である。この頃の「暗黒」というと、土方巽の「暗黒舞踏」を思い出す。となると、この連作に一気に暗黒舞踏が重なり出す。加藤郁乎が土方巽と共に暗黒舞踏の舞台に上がったという逸話も思い出す。

            私事だが、阪神大震災の後、いきなり姫路に連れて行かれた事がある。永田耕衣を囲む何かの会にいきなり押し込まれて、その時、大野一雄の舞踏を見た。板張のホールで、舞台はなく、耕衣も我々も大野一雄も同じ平面にいた。大野一雄はその時九十は超えていたと思うが、少女を踊った。私の目にも、何かに憧れる少女に見えた。私の真向いで、耕衣は車椅子に座って、眼前の舞踏を見上げていた。実際、大野一雄が伸び上がると、塔の聳えるように見えたのだ。

            「鳥子」では、暗黒連作最後の「春巻き」の句の後に、

            白髪に蜜光りける夢の秋
            が置かれている。

            夢の世に葱を作りて寂しさよ   永田耕衣
            を思い出し、個人的には、大野一雄の舞踏を見上げていた耕衣の姿が重なってしまう。
            暗黒連作を読んできた勢いで、この句を読めば、春巻きまで揚げる暗黒は、そうか、白髪であったか、その髪には蜜が光っていたか、もしかしたら暗黒は夢の秋の擬人化であったか、という妄想まで起こる。

            これ以降、攝津の句に「暗黒」は絶えて出て来ない。「闇」や「黒」の句は時々出て来ても、暗黒の行方は杳として知れない。







            【執筆者紹介】

            • 竹岡一郎(たけおか・いちろう)

            昭和38年8月生れ。平成4年、俳句結社「鷹」入会。平成5年、鷹エッセイ賞。平成7年、鷹新人賞。同年、鷹同人。平成19年、鷹俳句賞。
            平成21年、鷹月光集同人。著書 句集「蜂の巣マシンガン」(平成23年9月、ふらんす堂)。



            こもろ・日盛り俳句祭 シンポジウム・レポート「字余り・字足らず」 / 瀬越 悠矢 


            今年で第6回を数える「こもろ・日盛俳句祭」。2日目にあたる8月2日に催されたシンポジウム「字余り・字足らず」について、ここではその概要を記したい。

            登壇は筑紫磐井を司会に、井上泰至、櫂美知子、岸本尚毅、島田牙城の五氏。まずパネリスト四氏が自身のレジュメをもとにそれぞれの意見を述べ、次いで筑紫氏が主張の相違を論点ごとに各氏に問い、最後に会場からの質問に登壇者が応じるという構成である。


            登壇者:井上泰至、櫂未知子、岸本尚毅、島田牙城
            司会:筑紫磐井


            なおこのような進行の形式上、司会である筑紫氏の見解が壇上において述べ尽くされたとは言い難いが、これについては2014年6月27日の記事に詳しいので、合わせて参照されたい。それでは以下、当日の発言順にパネリスト各氏の主張を見ることにする。

            島田氏はまず韻文と律文を区別し、律文としての俳句を重視する(ここで「韻」とは〈類似する音の反復〉、「律」とは〈生起する音のリズム〉と解されよう)。そしてこの前提に立った上で、「五七五」が定型、「六八六」が字余り、「四六四」が字足らずといった概念自体が疑問に付される。たとえば、

            招かざる薄に帰り来る人ぞ  夏目漱石
            という句を披講する際に、〈招かざる/薄に帰り/来る人ぞ〉と「五七五」を意識したのでは句意が不明瞭となるため、これはむしろ〈招かざる/薄に帰り来る/人ぞ〉と読むべきであるという。〈一月の川一月の谷の中〉(飯田龍太)など、同種の例は枚挙にいとまがない。

            脱いで丸めて捨てて行くなり更衣  夏目漱石
            あるいはこの句の場合、「七七五」を〈脱ぎ丸め捨てて行くなり更衣〉と「五七五」に改作(改悪)することはたやすいが、「脱いで丸めて」の七音を五音分の時間に短縮することで生じる、「捨てて行く」という慌ただしい動作のより鮮明な印象を優先すべきである。

            俳句の律文としての性格が「字余り・字足らず」に先立つ(ただし、これは俳句の韻文としての性格を否定することを意味しない)という主張から、島田氏の議論はさらに俳句の朗読にいたる。「句調はずんば舌頭に千轉/千囀せよ」(『去来抄』)という記述を「千轉」よりはむしろ「千囀」、すなわち〈千回まろばせる〉よりはむしろ〈千回さえずる〉という意に解する可能性に言及した上で、俳句を声に出すことの重要性を説く。俳句の朗読会「朗読火山俳」を主催した氏の卓見と言えるだろう。

              日は永し三十三間堂長し  夏目漱石
            この句にも実際には一音分の字余りが生じているが、朗読するとさほど気にはならないという氏の言にも頷ける。「舌三寸のさえづりを以て、現世は安穏にして後生善所に到り候ふもみな舌頭のわざなり」(『伊曾保物語』)や、波多野爽波が弟子に「舌に載せて口ずさんで読む」ことを説いた例などを紹介しつつ、「字余り・字足らず」に不可避的に関わる朗読という問題を提起した。

            岸本氏は、高浜虚子の句から「改作後に字余りになった例」および「改作で字余りが解消した(字余りの程度が減じた)例」を取り出し、仔細な分析を加えた。前者の例としては、

            ○雨にうたれて落る火もある螢かな
             雨にうたれ落る火もある螢かな 
            ○秋の何のといふことなしに東向く
             秋などといふこともなく東向く 
            ○古家のキヽキヽと鳴るにや籐椅子鳴るにや
             古家のぎゝと鳴るかや籐椅子かな

            などがある(いずれも○を付した方が改作後と考えられる)。第一句では動詞のやや性急な連続が「うたれて落る」と一呼吸置くことで解消し、第二句では「秋の何の」とあえて音数を増すことでくつろいだ気分が生じている。第三句は大胆な字余りによって、一句が大きな説得力を獲得していることが明白であろう。一方、後者の例については、

             ○これよりは恋や事業や水温む
              これより後恋や事業や水温む 
            ○まつしぐら爐にとび込みし如くなり
             まつしぐらに爐に飛込みし如くなり 
            ○梅を持ち破魔矢を持ちて往来かな
             梅を持ちて破魔矢を持ちて往来かな

            などが挙げられる(同じく○を付した方が改作後)。第一句における「後」の字は確かに余計であり、ほぼ異論のない推敲と言えよう。また第二句は、「まつしぐら」とした方が動作の勢いを表現するのに適している。これらに対して第三句は、「持ちて」という響きの連続も捨てがたく、句のリズムに配慮するならば、あるいは改作前の方が優れていると言えるかも知れない。

            一連の指摘から、岸本氏は次の二点について注意を促す。一つは、律文が必ずしも「五七五」の音数とは限らず、むしろ俳句のリズムとは(とりわけ声に出して)読むことにおいて知覚されるものではないかということ。もう一つは、「字余り•字足らず」はあくまでも関連する問題系の一部であり、季題や切れなど他の要素も考慮した上で最適の字数を判断すべきゆえ、「字余り•字足らず」を単独で考察することには限界があるのではないかということである。いずれも正鵠を射たものであり、とりわけ後者は今回のシンポジウムの主題にかかわることからも看過することはできない。

            櫂氏は主に自作の句を題材に、「字余り・字足らず」の可否を論じる。氏の基本的な立場は、上五および下五における音数の変化には(それがやむを得ない場合には)比較的寛容である一方で、中七においては相当の根拠がない限り認められないというものである。

            水鉄砲をゆづりたくない夜もあり 
            鯛焼のまんまんなかをください 
            推敲の過程において、「五七五」を優先した助詞の省略は常套手段と言えるが、音数に固執するよりは助詞を維持する方が賢明な場合もあり、第一句はその一例である。初句末の「を」は不可欠であろう。また六音の「水鉄砲」は、それ自体が初句では字余りをもたらすものであり、字余りの問題が季題の扱いにも関連していることが確認される。一方、第二句は今回のシンポジウムにおいて数少ない字足らずである。仮に終助詞を加えて「くださいな」などと調整すれば、句の魅力は半減するだろう。

            このように、状況に応じた判断が求められることをひとまず認めた上で、より自由度が低いとされる中七についてはどうだろうか。櫂氏によれば、中七における字余りが許容されるのは、それを違和感なく読むことができる場合であるという。

            麦秋の中なるが悲し聖廃虚  水原秋櫻子 
            春ひとり槍投げて槍に歩み寄る  能村登四朗

            第一句では巧みに用いられた中八が、荘重な景を生みだす効果を生んでいる。第二句では「槍投げて」の「て」は必要であり、この一音が動作の締まりのなさ、和やかさを描出している。違和感のない中八については次に示す氏の句も同様であろう。上五および中七の字余りも不自然でなく、特徴的なリズムを獲得している。

            春は曙そろそろ帰つてくれないか

            さらに氏は句またがりについても言及し、意味上のまとまりを強く意識する披講は、ややもすると定型という俳句のアイデンティティを逸し得、また句またがりの効果はむしろ違和感を創出する点に存することから、「五七五」の切れ目が一定程度認識できるように読むべきではないかと問うた。

            井上氏は、別宮貞徳『日本語のリズム 四拍子文化論』(ちくま学芸文庫, 2005)をもとに、「五七五」の「八音四拍子」性を指摘する。一音につき八分音符一つ(○)を割り当て、二音で四分の四拍子の一拍と数えた場合、たとえば、〈ナツ・クサ・ヤ/ツハ・モノ・ドモ・ガ/ユメ・ノ・アト〉は〈○○・○○・○●・●●/○○・○○・○○・○●/○○・○●・○○●●〉と表される。七五調が四拍子であることを認めるならば、八音までの字余りは破格ではないと言えるのではないか(なお、字足らずは拍数の大幅な不足ゆえ破格である)。

            上記〈ナツ・クサ・ヤ〉において、上五と下五で八分休符(●)の位置が異なるように、ここには「音数のリズム」と「意味のリズム」の二種類が共在している。同じ六音の字余りでも、〈ナニ・シ・オハ・バ〉は〈○○・○●・○○・○●〉の四拍でやや圧迫感があるのに対し、〈ワガ・オオ・キミ〉は〈○○・○○・○○・●●〉で実質的に三拍(五音の場合と同じ)なので、押し込められた感はいくぶん緩和されるといった具合である。

            「八音四拍子」性に加えて氏のもう一つの興味深い指摘は、和歌や漢詩の引用が上五で字余りを生じ、緊張感のある下五がそれを受けつつ締めるという形が散見されるというものである。その一例として、〈月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして〉(在原業平)に通じる次の句が挙げられる。

              春や昔十五万石の城下哉  正岡子規
            一連の議論を整理しつつ、氏は以下に列挙するようないくつかの仮説を提示する。①拍数の多い上五の字余りには、切迫した情が溢れる(〈君を送りて思ふことあり蚊帳に泣く〉(正岡子規))、②四拍の下五の字余りには、情の余韻がにじみ出る(〈茄子汁主人好めば今日も今日も〉(高浜虚子))、③中七の字余りは、上五の字余りを受けたり、下五の字余りを予告したりする(〈春や昔十五万石の城下哉〉)、④字余りは拍や切れを微妙にずらす効果がある、⑤字余りが引用に由来する場合がある。

            以上のように、それぞれに説得力のある主張が展開されるなか、聴衆も自然と「字余り・字足らず」の孕む問題に引き込まれていったように思われる。シンポジウム全体を通じて繰り返された論点を挙げれば、俳句を声に出して読むことの必要性、感知されるリズムにおける違和感の有無、(とくに句またがりが生じている場合に)「五七五」の切れ目を意識するか否か、上五・中七・下五のどの位置にどの程度までの字余りを許容するかなどであろう。「字」が「余る」あるいは「足りない」という事態は、単に「字」の次元で解決するわけではなく、少なくとも律文あるいはリズムという要素を考慮に入れる必要があるのである(なお、字余りについてはその認識や表現効果などが盛んに論じられたのに対して、字足らずについては井上氏がその認識の妥当性を述べ、櫂氏が例句を挙げた他は、あまり言及されていない印象を受けた。またシンポジウムにおいては話が及ばなかったが、冒頭に紹介した筑紫氏の記事に述べられている、字余りにおける文語と口語という問題も重要な論点であるに相違ない)。

            壇上の刺激的な議論に触発され、会場から積極的にあがったいくつかの質問とそれに対する応答についても触れておきたい。まず律文あるいはリズムに関するものとしては、〈茄子汁主人好めば今日も今日も〉の上五が〈○○・○●・○○・●●〉とされているが、「茄子」と「汁」の間に八分休符を置くには無理があるのではないか、という指摘がある(同種の疑問は『日本語のリズム 四拍子文化論』の「文庫版あとがき」で安西徹雄によっても呈されている)。これに対する応答は、八分音符・八分休符による図を絶対的な基準と見做すのではなく、あくまでも実作において字余りが生じ得る場合にこれを一つの指針とすべきではないか、というものであった。もとより韻律論の困難はその立証の困難に由来する側面があり、〈ナス・ビジ・ル〉も〈ナス・ビ・ジル〉も事実上不可能ではないだろう。であるとすれば、リズムなるものはそれを感知する各人に一定程度依存するのだろうか。


            会場 ほぼ満席です。

            会場からの質問

            また〈浮浪児昼寝す「なんでもいいやい知らねえやい」〉などの句を残す中村草田男が積極的に論じられることを期待していたという声もあった。確かに壇上においてほとんど言及されなかったことは事実である。これに対しては、草田男における字余りの価値が他の俳人のそれと同等であるのかという応答が印象的であった。たとえば、高浜虚子は〈怒涛岩を噛む我を神かと朧の夜〉や〈凡そ天下に去来程の小さき墓に参りけり〉など破格の句を残してはいるが、虚子における字余りの句の割合と、草田男におけるそれとは大きく異なる。草田男の場合は、表現されるべき世界がすでに「五七五」を上回っている可能性もあり、岸本氏の表現を借りるならば、虚子の「瞬間最大風速」を草田男の「平均風速」と比較することには慎重であるべきだろう。

            このほか、句集においては字余りの句の連続を避けるべきではないかとの意見や、虚子に〈怒涛岩を噛む〉のような句があることを踏まえるならば、むしろ「五七五」に対してより保守的なのは現代の我々の方ではないかという主張、あるいは正岡子規が「試みに字余りと云ふ文字の代りに三十二字の和歌三十三字の和歌十八字の俳句十九字の俳句と云ふが如き文字を用ゐなば字余りは是れ字余りにあらずして一種新調の韻文なる事を知るに足らん」(『字余りの和歌俳句』)と、字余りを定型の概念との関わりで論じているものをどう捉えるかなど、会場との対話は後に予定されている懇親会まで尽きなかった。客席からシンポジウムを締めくくった本井英氏による、語群を形成するためのやむを得ない字余り(〈鴨の中の一つの鴨を見てゐたり〉(高浜虚子))という視点も示唆に富む。今後さらなる議論が俟たれるところである。

            虚子記念館前ののぼり


            虚子旧居(虚子庵)


            【執筆者紹介】



            • 瀬越 悠矢(せごし・ゆうや)

            1988年兵庫県生まれ。関西俳句会「ふらここ」所属。現在、大学院にてフランス文学を専攻。







            【俳句時評】 帰ろう、それから、手を繋ごう。―佐藤文香の現在地について― / 外山一機

            たとえば季語と呼ばれるものについて、僕たちはどのように考えているだろうか。「桜」といえば「春の季語」である、という程度の知識ならたぶん僕たちは共有しているはずだ。じっさい、その知識の共有を前提に書くことがあるし読むことがある。また、たとえそれを前提とせずに書こうとも、読み手は季語として受け取ることもある。僕はここで、そのような事態を招くような書き手や読み手の力不足を糾弾したいのではない。どのような句でもこうした可能性を秘めているし、だからこそ、僕はこのことに無自覚な有季俳句肯定論や無季俳句肯定論は退屈だと思うのである。僕たちはきっとこうした現状を変えることなどできない(そもそも変えたからといって何になるのだろう)。たとえば無季の俳句や無季俳句の作家の志に敬意を払うということは、いたずらに季語不要論を叫ぶことではあるまい。そうした姿勢はむしろ、多くの先達の志をあまりに低く見積もっているものである気がしてならない。彼らは自らの作家的必然に即してその時を生き、詠ったまでだろう。

            ならば、有季/無季という安易な対立構造を超えたところで詠うことが俳句表現史の現在に立つということではなかったか。さらにいえば、俳句表現の現在にまつわる一切を甘受しながら、それでも―あるいは、だからこそ―書いていくことを選ぶということが、僕たちにとっての俳句を書くということではなかったか。先ごろ「週刊俳句」に発表された佐藤文香の「淋しくなく描く」はそんなことを考えさせる作品だった(第三八二号、二〇一四・八・一七。)。角川俳句賞に出すはずだったこの五〇句からは佐藤の現在地が垣間見える。

            なんらかの鳥や椿の木のなかに
            この句は「なんらかの鳥」という認識のありように注目してしまいそうだが、この認識の危うさを句として成立させているのは椿のくきやかな佇まいであろう。もう少し言えば、「椿」という言葉が立ち上がらせる「椿」のイメージの明確さであろう。佐藤は、いわば季語と手を組むことでできるだけ遠い場所へと身を投じようとしているかのように見える。

            「淋しくなく描く」には季語に抱かれつつ一方で自らの認識をそのまま投げ出したかのような句がほかにもある。

            商店街だんだんただの道の夏 
            はやい虫おそい虫ゐて豆の花 
            しめつぽい月の出てゐる花火かな 
            あきあかね太めの川が映す山 
            風花や観覧車のまるい室内

            たとえばこれらの句から「夏」「豆の花」「花火」「あきあかね」「風花」を除いたら、他愛もない言葉だけが残るだろう。だがその残った言葉たちは佐藤の認識の剥き出しであって、写生だとか造型だとかいう一切の方法をゆるやかに拒否しつつ、ほかならぬ佐藤の言葉として立とうとしている。いや、もう少し正確に言えば、この言葉だけで立つことが不安ででもあるかのように季語を呼び寄せているように見える。言い換えるなら、これらの句において季語は佐藤の言葉を必要としていないのに、佐藤が季語を必要としているように見えるのである。だがこの歪さこそ、佐藤の切実な表現行為の結果ではなかったか。「淋しくなく描く」を読んでいるうちに、僕には伊藤比呂美が次のように書いていたことがふと思い出された。

            はじめたとき(伊藤が英会話の勉強を始めたとき―外山注)、姉娘のカノコはまだ四、五か月のアカンボでした。わたしが勉強を再開して一年たったころ、彼女はカノコ語(日本語ではない。しいて言えばピジン・日本語です)がかなり達者に話せるようになりました。といってもカノコ語をしゃべるのはわが家でカノコひとりですから「会話」はまだなりたちません。そして、その後、カノコ語はどんどん、日本語に変化、移行していきます。
            (略)とにかくわたしたちは、なんとかこの言語を習得したくなって、熱心に観察して勉強しました。ところが、わたしたちがやっとカノコ語を使えるようになったときには、もうカノコのコトバははるかかなたにいってしまって、そして、わたしたちが覚えたコトバだけが残る。古い死んだコトバ。(略)
             
            思い出そうとしても思い出せません。ついこのあいだまで、カノコはそれを使っていて、ついこのあいだ、それを使ったわたしたちが、もうこのコトバは使われていないと、使いながら気がついたばかりだというのに、死んだコトバは、カノコにもわたしたちにも、みるみる忘れられていきます。(「英語 日本語 カノコ語」『現代詩文庫94・伊藤比呂美詩集』思潮社、一九八八)
            僕たちはひどく鈍感だから、「日本語」で語るようになったとき・語られるようになったときに起こっていたはずのこうした事態など気づきもしない。けれど、本当は、僕やあなたは「日本語」の「僕」や「あなた」ではなかったはずではないのか。でも僕たちは、いつのまにかずいぶん「日本語」が達者になってしまっていて、もっと悪いことに、「日本語」で詠うことさえ覚えてしまった。

            かつて富澤赤黄男は「蝶はまさに〈蝶〉であるが、〈その蝶〉ではない」といった。けれど、もしも〈蝶〉を蝶と呼ぶことに堪えられなくなってしまったとしたら―。佐藤は「日本語」で俳句を書くということをどうしようもなく愛しながら、「日本語」で俳句を書くということにどこか苛立っているように見える。佐藤の句は「日本語」でありながら、実際、佐藤はこれまで季語や定型を達者に使いこなしてきていながら、一方でいまは「日本語」のうたであることにどこか抵抗しているように見える。だからその句は不用意で不恰好だ―というよりも、不恰好であることを志向しているように見えるのである。

            宙を抱けばこんなにわかる滝のまへ 
            一月や雉さへゐない白い部屋 
            雪に日差し電車がいつも越える細い川

            「こんなにわかる」というが、いったい「こんなにわかる」とはどういうことなのか。あるいは「さへゐない」とは。「いつも越える」とは。だがこの種の質問はこれらの句の本質とは関係のないものだろう。

            たとえば「こんなにわかる」という言葉の「日本語」としての内実を突き詰めたいと思うなら、きっと僕たちは実に見事に解釈してしまうにちがいない。でもそれでよかったのだろうか。そういうことのために僕たちは俳句を書いていたのだろうか。

             白鳥の池を淋しくなく描く 
             また美術館行かうまた蝶と蝶

            「淋しくなく描く」とはどういうことなのだろう。僕たちには佐藤のいう「淋し」さの実態すらおぼつかないのに、佐藤は僕たちを置いて「淋しくなく」というふうに、「描く」という営みをねじくれさせながら詠おうとする。だから僕たちは、なにか置き去りにされたような、あるいは靄のかかった風景の中に立ちつくすような淋しい感覚を覚える。だが本当に淋しいのは僕たちではない。本当に淋しいのは、このように僕たちを置き去りにしかねないやりかたで詠うことを選んだ佐藤のほうではなかったか。これを佐藤のひとりよがりだというのなら、その前に、そもそもひとりよがりを志向することの強さを思うべきである。誰とも繋がれないかもしれないことを書くときの、その書き手の指先の強さを思うべきである。その指先の強さはそのまま「白鳥の池」を「描く」指先の強さでもある。

            それにしても、「白鳥の」の句にせよ「また美術館行かう」の句にせよ、これらの句のうつろな印象は何だろう。これらの句において、対象はいわば中抜きにして描かれている。「白鳥の池」といいながら白鳥の池はこの句にはひとつも描かれておらず、「美術館」といっても美術館は描かれずに「行かう」という意思が提示されているだけだ。いわば、対象に対峙するときの自らのありようを詠っているのであって、その意味ではどこまでも「わたし」のうたなのである。

            だから、「また美術館行かうまた蝶と蝶」という句が、僕にはとてもつらいものに感じられる。「また美術館行かう」というのは「わたし」の言葉である。にもかかわらずこれは「わたしたち」の言葉になることを願っている。「蝶」もまた、どこまでも「わたし」の謂でありながら、「蝶と蝶」で―「わたしたち」で―あろうとする。そのことがつらいのである。もっとも、こんなことを言うのは佐藤にとってはある種の侮辱であろう。というのも、こうしたつらさや淋しさをわかったうえで、それでもそれらを超えていくためにこそ、これらの句が書かれたような気もするからだ。



            【執筆者紹介】


            • 外山一機(とやま・かずき)

            昭和五八年一〇月群馬県生まれ。
            平成一二年から二年間、上毛新聞の「ジュニア俳壇」(鈴木伸一、林桂共選)に投句。平成一六年から同人誌『鬣TATEGAMI』同人。
            共著に『新撰21』(邑書林)。


            第6回 こもろ・日盛俳句祭 スタッフ俳人による特選句 記録/第2日目(2014年8月2日)兼題「土用」

            特選全句第二日目  》読む
            (PDF作成:島田牙城)


            櫂未知子選
            落葉松のあはひに夏を惜しみけり 山下桐子

            山田真砂年選
            巡礼の途中よ切の落葉松は 窪田英治

            小林貴子選
            噴水の昼を押しとどめてゐたり 仲寒蝉

            仲寒蝉選
            万緑や地層の隙間にも地層 大藤聖菜

            奥坂まや選
            切株の椅子の一列秋近し 八木峰子

            西村睦選
            蕎麦の花山のむかうの在所見え 山内節子

            本井英選
            水かぶるやうにサンドレスをかぶる 西山ゆりこ

            井上泰至選
            土用東風小諸むかしは問屋街 本井英

            中西夕紀選
            葭簀立て田に囲まるる住まひかな  近藤作子

            伊藤伊那男選
            虚子庵の座卓に涼しみすず飴  都築華

            土肥あき子選
            荷台より西瓜大きく抱きとりぬ  川上登

            筑紫磐井選
            じわじわと近づく土用鴉かな  中田尚子

            高柳克弘選
            土用東風少女喪服をきちんと着る 中田尚子

            島田牙城選
            靴下のゴム食い込む土用かな 市川葉

            小川軽舟選
            火の山の麓のトマトにかぶりつく 町田良

            山西雅子選
            夕立や些細なること皆流せ  西村弘子






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            清水昶随想集『天皇陛下の銀時計』
            阿波野青畝 甲子園
            阿部完市 にもつは絵馬
            茨木和生 木の國
            永方裕子 麗日
            加藤三七子 戀歌
            加藤楸邨 野哭
            皆川盤水 寒靄
            金子兜太句集
            後藤比奈夫 祇園守
            斎藤玄 狩眼
            三橋敏雄 真神・鷓鴣
            山田みづえ 手甲
            小川双々子 囁囁記
            森田峠 逆瀬川
            水原秋櫻子 霜林
            青柳志解樹 杉山
            石原八束 黒凍みの道
            大野林火 海門
            沢木欣一 沖縄吟遊集
            殿村莵絲子 繪硝子
            能村登四郎 定本枯野の沖
            福永耕二 踏歌
            平畑静塔 月下の俘虜
            野澤節子 鳳蝶
            矢島渚男編著 精選季題別蕪村秀句
            鷲谷七菜子 銃身
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            平成二十六年夏興帖, 第一 (近恵・杉山久子・仙田洋子・曾根毅・福永法弘・堀田季何)



               近恵(1964年生まれ。青森県出身。2007年2月俳句始めました。「炎環」同人「豆の木」メンバー。 2013年第31回現代俳句新人賞受賞。 合同句集「きざし」。)
            異界より声あじさいのくらがりに 
            ひきがえる大気のひずみ膨らませ 
            ほうたるがひとつ潜ってゆく裂け目

               杉山久子(藍生、いつき組、ku+)
            泣かされし記憶水着に紅き花 
            光追ふ飛魚の背につかまつて 
            舟虫の失せれば滅ぶ都かな 

               仙田洋子
            着陸の翼かがやく巴里祭 
            海の日の海にふれたりはなれたり 
            その先に真夏の海や滑走路 
            空港で髪切つてゐる夏休 
            離陸機の爆音原爆忌の爆音 
            日盛や我に喰はるる豚あはれ 
            蟻地獄蟻を引つぱりこむところ


               曾根毅(「LOTUS」同人)
            酒場より緑夜に移る火照りかな 
            安心(あんじん)や五山の大を見て帰り 
            蝙蝠に見つめられたる木目かな


               福永法弘(天為同人、石童庵庵主、俳人協会理事)
            窓小さく道民暮しマイマイ蛾 
            蛾一枚エレベーターに挟まるる 
            マイマイ蛾札幌ドームに被されり


               堀田季何(「澤」「吟遊」)
            うねりながら巖這ふ瀧やうなりをり 
            一条の滝一枚になりにけり 
            表より裏迅く滝落ちにけり 
            星河より滝こぼれおちゐたりけり 
            文字盤を磨けば銀河遠ざかる


            【小津夜景作品】 No.36




            庭を横切る影  小津夜景


            けふ還り逢ふとも知らで黴の家 
            うつせみの手に阻まれた椅子がある 
            あぢさゐのない明るさをひきのばす 
            ただあるがままなる貌の日陰かな 
            夏はあるかつてあつたといふごとく 
            くらげらのこゑを光は書きしるす 
            風の死をゆだねられたる腕となる 
            消えさうな虹に指紋を凝らしけり 
            いつぽんの水母が白き帆を上ぐる 
            残虹をまたぐ或る記憶のなかで







            【作者略歴】
            • 小津夜景(おづ・やけい)

                 1973生れ。無所属。





             中村苑子の句  【『水妖詞館』―― あの世とこの世の近代女性精神詩】33.34.35.36/吉村毬子


            33 翔びすぎて墳墓の森を見失ふ

            苑子の眠る冨士霊園に二つの墓碑が並んでいる。

                わが尽忠は 俳句かな       (重信) 
                わが墓を止り木とせよ春の鳥    (苑子)

             この墓の購入手続きをしたのは『水妖詞館』が刊行された昭和50年の後の昭和56年頃であるから、冨士霊園のことを踏まえた句ではないだろう。

             墳墓は先祖代々の墓、またはその土地に当たるが、苑子の生まれ育った伊豆から望む天城山や箱根連山などの森を思い浮かべることもできるし、父方は、蝦夷地の出身らしいので、その遠い北の森を詠んでいるとも解釈することができるだろう。

             いずれにしても「翔びすぎて」「見失ふ」のだ。大空を飛翔する姿があり、「森を見失ふ」くらいな飛翔の高さが描かれ、鳥瞰図的な視点から一句を仕立てている。青く拡がる大空と緑の森の色彩感の美しさに心を奪われるけれども、天空から見降ろすかけがえのない遠祖の魂の息衝く故郷を「見失ふ」。より高く、より速く翔ぶ自身の加速は止められなくなってしまったのだ。

             苑子が故郷伊豆へは、ほとんど帰らずに俳句の世界に骨を埋める覚悟で切磋琢磨していた頃の作品であろう。俳句というよりも、肺病、戦争、夫の戦死、二人の子を持つ寡婦としての戦後、俳句評論発行所の運営、作句行為と、駈け足で生き抜いた人生に、ある日ふと過(よぎ)った思いとも考えられる。

             しかし、「墳墓の森」、それは俳句そのものを指しているようでもある。

             『水妖詞館』に収められた生と死を往来する、詩的飛躍を昇りつめていくことは、その当時の苑子の希いではある筈だけれども、ふと静謐な抒情を求めていた頃を思い出したりすることもあったのではないか――。

             最後の句集『花隠れ』の前半に初期編を入れ、後半は来し方や余命への落ち着いた句が並べられていること。そして、生前のある日、「俳句は文芸です。文学ではありません。」と静かに語った一言を、私は思い出したりすることがある。

             
            34 鈴が鳴るいつも日暮れの水の中

            もう20年も前になるだろうか。英文の小冊子を苑子が取り出して、掲句が英訳されて載っているのだが、句意と合っているか見て欲しいと言った。私は、英語が不得手であったが、私にも理解できそうであったため、「だいたい合っています。」と答えたのだが……。

            掲句は、人口に膾炙した句であり、苑子も気に入っていたようだ。英訳されたことが嬉しそうであった。

            この句について、「十句自註」の中で書いている文章がある。(『現代女流俳句全集第4卷』昭和56年、講談社)

            ある初秋の日、印旛沼で舟遊びをしていた。舟べりから冷たい水の中に掌を入れて心を澄ましていると、沼の水と自分の胎内の水とが呼応するのか、指先がりんりんと鳴って痺れるような感じがした。なおもその儘にしていると、あたかも水底に沈んでいる鈴のひびきが、何ごとかを指先から私に伝えているのではないかと思った。身を乗り出して深い沼の中を覗いてみると、秋の真昼なのに、水の中は日暮れのような昏ら((ママ))さにしんしんと静もっており、私はこのまま水の中に吸われてもいいような気持ちになった。(昭和四十八年作)

             この文章によると「いつも」は〈日暮れになるといつも〉ではなく、〈真昼なのに、水の中は日暮れのような昏さ〉なので、何時(なんどき)でもの「いつも」の表記ということが解る。要するに、〈水の中は、いつも日暮れのようである〉という自解である。この文章を読むまでは〈日暮れになるといつも水の中で鈴が鳴る〉と理解していたので例の英訳が、本当に良い訳であったのか、申し訳ない気持がする。
             
             面妖な句ではあるが、しんとした透明感が一句を包むのは、水の中の夜の暗闇ではない「日暮れ」という哀愁が持つ色とイメージによるものであろう。また、鈴の奏でる純粋な高音が水中に揺れ震えているためでもある。こういった、誰にでも聴こえるものでは無い音(ある者は、夜明け前に聴く物の怪の遠吠えであるし、またある者には深夜の葉擦れの隙間に聴く声)が、苑子には聴こえるのである。

             自註によれば、「初秋の」「秋の真昼」ではあるが、その後、日暮れになると「印旛沼」の水中で感じたあの鈴の音を聴いているように思われる。前句「翔びすぎて墳墓の森を見失ふ」の自嘲にも似た呟きが、さらに心の深奧にひたひたと水を張り、今日という一日が暮れゆく時、原始の水が本当の自分を呼び覚まし、彼女を包容していたのではないか。

             苑子は、ただ、鈴の音を淡々と聴いているだけであるが、水底に棲むもの達との交感の儀式のようでもある。自註文にも書かれているように、いつしか、自身も静かに水中へ溶け入ってしまいそうになる予兆を感じさせる、生死の境界が揺曳する句である。

            35 一ト日より二タ日に継ぐは白眼ばかり

             『水妖詞館』全139句の中で此の句が一番難解な句であるかも知れない。初見では、訳の解らぬ怖さに怯えるだけであった。(倉阪鬼一郎氏の著書『怖い俳句』には揚げられていなかったが……)下五の「白眼ばかり」の表記から、上五中七へと円環されるほど、「白眼」のことのみを詠っているような妖気を感じるばかりであり、白眼がクローズアップされる絵画や映像が浮かんでくるのであった。

             しかし、ある日、〈白眼で見る〉という言葉に思い至ったのである。冷たい眼で見る、という軽蔑が表われている意味であるが、広辞苑を引くと、晋の国の阮(げん)籍(せき)と云う人が気に入らない人を見る時は上目使いをして、白眼を見せたことから、この語ができたらしく、〈白眼〉は〈にらみ〉とも読む。隠語大辞典には〈月影=月の姿〉という意味もあるが、軽蔑を含む冷たい眼で見られるという句意だとしたら、絵画や映像の怖さどころではない。「一ト日」終日から「二タ日」次の日へと続く冷たい眼ばかりに囲まれて毎日を過ごすということである。

             生きるという事、俳句を書くという事、その継続のためには、それらの冷ややかな視線から逃がれられないということか……。

             33「墳墓の森を見失ふ」まで懸命に歳月を重ねる蔭には、あらゆる困難に毅然とした態度でいなければならないのだが、痩身が悪風に吹き飛ばされ、身を晒されることもあるだろう。かつて台所俳句と呼ばれた社会的、俳壇的に煙たがられない女流句を脱いで、杉田久女や、橋本多佳子、三橋鷹女らが、男性陣の中で鍛錬し、新しい女流俳句を書き続けてきたことは、現在の俳句界からは考えられない苦難があったであろう。苑子が三橋鷹女を師と仰いだのは周知であるが、久女を尊敬し、長野県松本市に分骨された墓へも参っている。(私は、久女も勉強しなさいと言われていた。)

             女流俳句が近代まで創造的進化を遂げてきたことは、先達の女流俳人達の努力であることを語っていた苑子もまた、現代の女流俳句を形作った俳人の一人であることを、此の句を読む度に痛感せざるを得ないのである。

            36 つひに碑となる田舎紳士と野菊佇ち

             碑とは句碑であろうか。徳富蘇峰の奨励したイギリスの地方郷神である「田舎紳士」などを思い浮かべ、その「田舎紳士」なる俳人の句碑が建立され、傍らに野菊が咲いている、という解釈にも成り得るのだが……。

             前句の難解さとは逆に、解りやすい表記で書かれているだけに、表面的に言葉を理解して納得するには物足りなさを感じる句である。まして1頁に前句〈一ト日より二タ日に継ぐは白眼ばかり〉と並べられている意味を思考すれば、そのような解釈に結論付けるのはあまりに短絡的すぎる。

             25年間の句業を書きまとめた句集の編集、構成には苑子なりの思惑がある筈である。

             「つひに」は、〈とうとう、しまいには、結局〉の一般的な意味だけではなく〈ツユヒ=衰える、潰れる〉と同源の意の一説もある。そうすると「碑となる」は、長逝してしまったことのようにも思えるし、「碑」が死後も故郷に錦を飾るひとつの証であるとすれば、「田舎紳士」が華やかに名を馳せた都会を離れて、隠遁したかの如く故郷に帰ったともとれる。

             没したのか、戻ったのか、どちらにしても「田舎紳士」の里へ行ってしまったきりもう逢うこともなくなったのだと推察される。

             「野菊佇ち」から「野菊」も花ではなく、伊藤左千夫の『野菊の墓』のような、素朴で可憐な「田舎紳士」とよくお似合いの女人と思われる。

             やはり冒頭の解釈から発展のない主旨に落ち着いてしまうのだが、試みにロマン的イロニーの効いた句だと鑑賞しながら、「田舎紳士」が前句の「白眼ばかり」の一人だとしたら此の句もまた怖い句と言えるかも知れない。




            【執筆者紹介】

            • 吉村毬子(よしむら・まりこ)

            1962年生まれ。神奈川県出身。
            1990年、中村苑子に師事。(2001年没まで)
            1999年、「未定」同人
            2004年、「LOTUS」創刊同人
            2009年、「未定」辞退
            2014年、第一句集『手毬唄』上梓
            現代俳句協会会員
            (発行元:文學の森

            2014年8月22日金曜日

            第83号 2014年08月22日発行


            作品
            <こもろ日盛俳句祭特集>


            第6回 こもろ・日盛俳句祭 スタッフ俳人による特選句 記録(1)
            ……》読む




            ●鑑賞・書評・評論・エッセイ 

            【戦後俳句を読む】

            • 中村苑子の句【テーマ:水妖詞館ーあの世とこの世の近代女性精神詩】
            ……吉村毬子   》読む

            • 小川軽舟の十句 (1)  
            ……竹岡一郎   》読む


            【現代俳句を読む】

            • <書評> 吉村毬子句集『手毬唄』を読んで
            ……大久保春乃(歌人)  》読む
            • <朝日俳壇鑑賞> 時壇 ~登頂回望 その二十八、二十九~


            • <エッセイ・評論>大井恒行の日日彼是       ≫読む
            読んでなるほど!詩歌・芸術のよもやま話大井恒行ブログ更新中!!

            • <こもろ日盛俳句祭特集>日盛り俳句祭レポート −稜線のような旅路−
            ……黒岩徳将  》読む
            • <こもろ日盛俳句祭特集>付録・詩歌を巡る長野の旅1.(日盛俳句祭参加録編)
            ……北川美美  》読む


            (前号より継続掲載)
            • <俳句時評> 俳句を世に出す ……堀下翔   》読む
            • <俳句時評> 吉村昭の放哉  ……外山一機  ≫読む
            • <俳句時評>たまたま俳句を与えられた……堀下翔  ≫読む
            • <俳句時評>川名大の殉じかた……外山一機   ≫読む
            (詩客より)
            • <俳句評>村松友次(紅花)先生のことなど。 ……江田浩司   ≫読む
            • <俳句評>「澤」七月号とか、めくってみた ……高塚謙太郎   ≫読む
            • <俳句評> 気になる夕暮れ ……カニエ・ナハ   ≫読む




            【現代短歌・自由詩を読む】
            • 〈自由詩〉私の好きな詩人 第127回 ひたむきに走るものたち -阿部岩夫- 
            ……柴田千晶   》読む
            • 〈短歌評(6月28日詩客転載)世界のシステムに抗する歌・木下龍也論
            ……竹岡一郎   ≫読む
            • 〈自由詩評〉(6月2日詩客転載) 映りこむもの
            ……依光陽子   ≫読む





            ● あとがき  ≫読む
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                      • 吉村毬子 第一句集 『手毬唄』 文學の森)






                      • 俳壇7月号 誌上句集『摂津幸彦』(筑紫磐井選による100句)

                      第83号 (2014.08.22 .) あとがき

                      北川美美

                      中国地方では局地的大雨の影響で多大な被害が出ています。
                      そして関東近県は厳しい残暑が続いております。ともにお見舞い申し上げます。

                      先週はお休みを頂き主に、冊子『俳句新空間No.2』の作業に充てさせていただきました。

                      そして個人的は、8月16日(山本紫黄の命日)に御献体された師の眠る駒込・吉祥寺に墓参し、根津・千駄木を歩きました。 夏目漱石旧居跡にもやっとたどり着き、猫の銅像を拝んできました。




                      今号から三週に渡り<こもろ・日盛俳句祭 特集>です。島田牙城さん作成の特選全句を掲載させていただきます。また参加の若手よりレポートをご寄稿いただきました。まずは黒岩徳将さんです。黒岩さんは現在活動が目覚ましい関西・ふらここの創設者である行動的な方です。

                      ・第一句集を上梓された吉村毬子さんの句集評が届きました。

                      ・当ブログにも投句していただいております岡田由季さんが第一句集『犬の眉』(現代俳句協会新鋭シリーズ)を上梓。おめでとうございます。

                      ・さらに! 詩客の時代は「日めくり詩歌・俳句」をご寄稿、そして当ブログでは句帖に参加していただいております 内田麻衣子さんが第32回現代俳句新人賞 佳作を受賞されました。おめでとうございます。


                      筑紫磐井

                      ○このごろわが家では名探偵コナンごっこが流行っている。

                        *    *

                      夫婦揃って老化してきたために物忘れがひどい。物がなくなっただけでなく、約束を忘れる、今やろうとしていたことを忘れる、予定表に書いてある事項の意味が分らない、会うと書いてあるのだが誰と会うのだろうか、など日常茶飯事である。

                      この恐怖心から、夫婦でルールを決めて、物忘れしたらお互い罵り合おうということにした。いかに愛していても、このことに関してだけは相手を許しては駄目である。とことん非難して相手に深い疵を負わせるぐらいでなくては老人は反省しない。反省すればまだ改善の余地がある。
                      しかし傍目から見ると危険な夫婦に見えてくるらしい。そこで方法を改善することにしたのが、金田一少年名探偵コナンである。

                      物忘れを「犯罪」としよう。と言うことは現にここで犯罪が行われていることになる。犯人は誰か?間違いなく私である。犯人は分っていて犯罪が分らないという推理小説は、倒叙型と言ってよくあるミステリーのパターンである。最後にちょっと異なるのは、探偵も私ということだ。倒叙型の中には時折こうした趣向のものがある。主人公が酒を飲んでいて、目を覚ますと目の前に死体が転がっている。どう考えても自分が殺した状況なのだが、主人公は限られた時間内で(警察がやってくる前までに)、愛する妻や恋人の協力を得てなぜこの被害者が死んでいるのかを探求しなければならないというものである。新たな犯人を探すとなると月並みなミステリーとなってしまうので、よそで致命傷を負った被害者が主人公の家までやってきてこと切れたとか、持病の難病が発症したとか、主人公のてんかんを利用して自分を殴り殺させたとか、実は数十年前に死んでいた死体が現れたとかおよそ荒唐無稽なストーリーが用意されている。中身はくだらないが、役立つのはこうした「推理」ということだ。

                      物忘れであるとしたら、どこかにものはあるはずでそれをどうやって発見するか。犯罪はどこかに証拠を残しているはずだし、発見した後で考えると腑に落ちるプロセスであることが多い。とりわけこうした犯罪捜査の奥義は、迷宮入りを許さないということだ。1時間、2時間でなく、何日でも何年でもしつこく犯罪を探る。これは結構老化防止には役立つ。そしてもし、犯罪が見つかれば、名探偵コナンの「犯人はお前だ!」の決めぜりふが使える。

                      こうした犯罪捜査をしていて気がついたことが二つある。一つは、整理は必要であるが、整頓は敵であると言うことだ。必要なものが出てくるのが整理、形が綺麗に整っているのが整頓。見た目は整頓は快適だが(家内はすぐ整頓したがる)、私は整理を主義とする(従って実に部屋が汚い)。整頓すればするほど必要なものが出てこない、必要なものが出てくる部屋は汚い。その代わり外出して急に資料を確認する必要が生じた時、家人に電話して、東側の棚の上から何番目の抽斗の中にある三番目のファイルの中を見て欲しいというとだいたい見つかることが多い。見たか整頓魔め!
                      もう一つは、これが高じるとあらゆる資料は紙袋に詰めて机の上に積んでおくことになる。私の職場は正にそれだ。必要な時に引きずり出して使ってから積む。これを繰り返すうちに、常時使われる資料は上に上に集まり、滅多に使わない資料は沈殿して行く。日がよく当たるオフィスだと下の資料は段々変色して漬物のようになって行く。そうなると捨てごろということになるのだ。これがよく人のいう「整理学」である。ただ不思議なことに捨てた途端にその資料が必要になることがしばしばである。そこで私はそれらを捨てない。これが「私の整理学」である。保存用のロッカーに移していつでも引き出せるようにする。するとこれまた不思議なことに、先ほどと違って、滅多にその資料を必要としないようになる。こうして、10年、20年の歳月が経過し、資料はいつしか歴史的文献となる。実に何十年ぶりかで資料に日が入り、読み直してみるとそれはもう立派な歴史になっている。そうしてそろそろ歴史的価値のないことが分ってきた段階で初めて資料は捨ててもよいことになるのである。

                      これが、私が歴史好きとなった理由である。そして今、「戦後俳句を読む」で続けているのは、こうした私の内部で歴史となってしまった資料や事実を記述しているものなのである。



                      こもろ・日盛り俳句祭レポート −稜線のような旅路−  /黒岩徳将

                      こもろ・日盛り俳句祭は、虚子がかつて開いた一ヶ月ぶっ通しの俳句会「日盛会」をモデルにした、俳句の祭りである。


                       去年はスピカの2011年のレポートを見て、行くことを決意した。全国から誰かしらは来るだろうと思い、意気揚々と参加したものの、20代は自分一人。プログラムには大満足だったのだが、激しい年齢差を感じて寂しくなった。そこで、SNSなどを使い、知り合いに片っ端から声をかけ、一緒に来てくれる人を探した。すると、7人のアンダー25歳が集まってくれた。

                       若手俳人をとりまく環境に、注目が集まっている。先月、俳句誌「澤」では、五十代以下の俳人特集が組まれていた。二十代の俳人で紹介されていたのは35名程度。また、2012年に「東大俳句」第一号が発表されたことも記憶に新しい。私は7年前に俳句甲子園に出場し、現在も句作を続けている先輩、同輩、後輩との交流を絶やさずにいる。結社に所属しておらず、雑誌などに発表する機会がない人も多い。そういった人々に、結社に所属して俳句を続けている人と接点を作り出すことに意味を感じている。日盛り俳句祭は、そういった「ディープな俳句世界の見学の場」として非常に有益な場所の一つではないか。

                       日盛り俳句祭は三日間開催され、参加者は好きな日数だけ申し込むことができる仕組みになっている。基本的なスケジュールは午前に吟行→午後に2時間の句会→夕方に講演会orシンポジウム→夜は懇親会 という流れになっている。まさに俳句漬けの一日だ。一日を終えると、エネルギーを費やしてとても疲れてしまうが、それは心地よい疲れである。同じように俳句を楽しみ、時には愛する人々と共に実りのある時間を過ごせるからであろう。

                       午前の吟行場所は全部で10のコースがある。吟行のスタイルは大きく分けて二つある。一つ目は定員が決められている「高峰高原」・「山城館」といった、申し込み者全員で同じところを吟行するスタイル。もう一つは、巡回バスや徒歩などで小諸の名所を動き回り、本拠地に戻り会議室で行う「ベルウィン句会」である。私は2年目で2日間の参加だったので、1日目は昨年と同じく高峰高原、2日目は真楽寺という、深い緑の美しい池のある場所を選んだ。

                       このイベントの魅力は自然だけではない。句会の場において、もう一つの魅力である「スタッフ俳人」たちが登場する。総合誌で名前を見かけるような、憧れの句を生み出した全国の俳人たちと、句座をともにすることができる。しかし、あくまでスタッフ俳人は指導という立場でなく、「お手伝い」として参加する。句会の互選形式については、奥坂まやが週刊俳句に小文を掲載している。


                       日盛り俳句祭の句会について、興味深いのは、名乗りは行うが、点盛りを行わないという点である。どういうことか。参加者には、1〜○○といった番号が与えられる。よくある句会の清記用紙の番号がそのまま自分の番号になったと思えばいい。そして、各自の選句発表の際に、読み上げられた俳句について、「○○番、黒岩徳将」などといって名乗る。複数人に読み上げられたら、何度でも名乗る。これが、すごく気持ちがいい。だいたい1会場の句会の定員が18〜25人なので、人気句には、何度もその句と作者がセットで読まれる権限が与えられるのだ。「無敵の俳句生活」(2002 )の中で、岸本尚毅は俳句をポケットモンスターに例えている。ポケモンが様々な技を繰り出すように、作者が切り札としての俳句を披露するのが句会の場だと考えると、わくわくがとまらない。

                       句会には兼題が用意されているが、これについては寛容で、使用しなくてもよい。句会は13:30−15:30の二時間であるが、合評はなく、参加者は特選の句に対してのみ感想を述べるので、時間には少し余裕がある。残った時間は、「質問タイム」として、参加者がスタッフ俳人にいろいろと質問ができる。結社ごとの句会の方式の違いについて語り合うことで、新たな気づきが得られるのだ。私の出席した句会では、作者が誤字脱字を気づかずに投句してしまった際に、その句が佳句であった場合、主宰はその句を採るかどうか、という話題が非常に面白かった。一つの結社・俳句団体で活動を進めていくことを否定するつもりは全くないが、たまには「お隣さん」の庭を覗くのも面白い。本井英が「アンケートを見ていると、結局自分のところの先生が一番良かった、って思ってみんな帰っているんですよ。面白いでしょ。」と言っていたことも非常に興味深かった。

                        若者たち7人は2・3の句会に分かれて参加したのだが、少しだけ各句会の感想について話した。当然だが、普段自分たちがやっている句会と違う。面白い句よりも、上手い句が採られる傾向にあるのではないか、という話をした。私も含めてだが、結社に入らず活動している人たちが、一挙に様々な結社のカラーを浴びるということは、特別な出来事だったのではないだろうか。

                      私が特に印象的だったのは、最終日の質問に私が参加した句会において、スタッフ俳人として選をしていた西山睦が、参加者の中で唯一次の句を並選で採ったことに対して、議論を募ったことである。

                       炎から逃げて炎となる金魚 島津雅子
                      島津は東京の大学二年生で、所属は特に決めずに活動している。私も予選に残し、最後まで並選にするかどうか迷った句だった。西山はこの句について「私しか採っていませんが、どうですかこの句は。作為的ではあるかもしれないが、きっと、相当一生懸命考えたのでしょう」という趣旨のことを言っていた。同じくスタッフ俳人の本井英は、「つくりものの気がする」と一言。吟行とセットになっている日盛り俳句祭だが、見たものを写し取る以外の挑戦がどう評価されるかということは考えるに値することである。もちろん、数多の句の中から5句を選ぶという行為において、選ばれなかった句は捨てるべき句ということとイコールではないと思うのだが、清記用紙に並ぶ句は、やはり状況をいかに切り取るかということに腐心したものが多くなる。それは、参加者の多くが遠方から小諸という地に訪れたから、その感慨を句に残したいと思うのだろう。そちらの方が、観念的な句を書くことよりも自然なのかもしれない。私も、実景でない句をこの句会で投句するかどうか非常に迷い、結局のところ、やめてしまった。

                       シンポジウムの「字余り・字足らず」については、このBlogに記事を書いてくれるであろう瀬越悠矢氏に譲るが、字足らずの話はあまりなかった。

                       懇親会では様々な俳人たちと交流し、それで一日が終わると思いきや、そうではない。有志による「夜盛句会」という句会が行われる。その名の通り、小諸の居酒屋をほぼ占有して、大規模な席題句会が行われるのだ。ここでも若者7人で参加したのだが、吟行とはまた違う頭の使い方をして、くたくたになってしまった。個人的には、自分を含めて若者たちが自分たち同士で句を選び合っていたことが気になった。参加者の選を聞き、あの句を選ぶべきだった、などと三次会のラーメン屋でプチ反省会を開いた。

                       また、参加者が特選として選んだ句については、運営者の一人の島田牙城が速報として一覧を配布・FacebookにUPしている。
                       
                       日盛り俳句祭には、リピーターが多い。その理由は豊かな自然と吟行スポットの奥深い魅力、レベルの高い句会、そして俳人同士の交流だろう。全日の最後に行われるパーティ・懇親会では今年もたくさんの新しい俳人に出会えた。細々とでも、このご縁を大事にしていきたい。本井氏に「来年は今年より20人多く連れてきてください」と言われたので、全国の俳人の皆さんは、是非こもろ・日盛り俳句祭に注目いただきたい。



                      (撮影協力:千倉由穂)





                      【執筆者紹介】


                      • 黒岩 徳将(くろいわ・とくまさ)

                      1990年神戸市生まれ。第10回俳句甲子園出場。
                      俳句集団「いつき組」所属。
                      2011年、若手中心の句会「関西俳句会ふらここ」創立、2014年卒業。
                      第五回石田波 郷新人賞奨励賞。

                      小川軽舟の十句 (1)   竹岡一郎

                      七夕のふたつの村のしづかなる       「近所」

                      「しづかなる」という、一見常套の形容が生きるのは上五の「七夕」なる季語による。「七夕や」と切れるのではなく、「七夕の」と続けることにより、この二つの村が七夕に属していると暗示される。二つの村は七夕竹を掲げる地上の村であるが、天の川を挟んで牽牛、織女の姿が浮かぶゆえ、また上五と中七が「の」で繋がるゆえに、二つの村の間にも銀河が流れるように思え、二つの村は天の川の両岸に在って、各々、牽牛、織女の総べる村かとの連想が浮かぶ。されば村の灯は星々の光であるか。そこで「しづかなる」という形容が揺るがなくなる。星々の世界は真空であるがために静寂だからだ。昭和六十二年作。

                      炎天の更なる奥処あるごとし        「近所」

                      中七により、炎天の、盲いるような眩さが体感される。あまりに明る過ぎる空は却って昏い。「炎天に」ではなく、「炎天の」であることが工夫である。仮に「炎天に」と置けば、炎天は単なる平たい景である。「の」で繋ぐことにより、炎天も深みであり、その深みに更なる奥処があるという、炎天の果てない深さが表現される。下五の「ごとし」は比喩のようでいて実は比喩ではない。仮に「ありにけり」と置いても意味は同じであるが、炎天の深さがまるで違ってくる。「ありにけり」では所詮目に見える程度の深さである。「あるごとし」と置く事により、その奥処が在るか無きか、はっきりしないほどの深みであることを示唆している。昭和六十三年作。

                      男にも唇ありぬ氷水            「近所」

                      掲句については、藤田湘子の鑑賞を挙げたい。「鷹」平成八年十月号の「秀句の風景」より引く。
                      「至極当然なことを、あらたまって言われてみると妙になまなましく感じることがあるが、掲句などさしあたりその最たるものであろう。不用意に読めば、男にも唇がある、当たりまえじゃないか、で済んでしまいそうだが、「氷水」が関わってくると、どっこいそうは言わせませんよ、と一句が迫ってくる。氷水を食べるときの、あの、冷たさをちょっと宥めるような口元の形がクローズアップされ、やがて、ふだんは気にもとめぬ男たちの唇が、あれこれと想われてくるのである。と言うことは、蛇足ながら、もう一方に女たちの唇のイメージが絢爛とちりばめられているのであって、そこまで連想の波紋がひろがっていくと、一見無表情なこの句が、どことなくあでやかな雰囲気を発してくるのを感じるのではあるまいか。」

                      この鑑賞に今更付け加える事もないので、個人的な思い出を一つ述べておく。平成二十三年夏の鷹中央例会で、私の「老兵が草笛捨てて歩き出す」の句が主宰特選を得、軽舟主宰から掲句の「氷水」の短冊を頂いた。今考えると、軽舟主宰は拙句の「老兵」に湘子を思ったのかもしれぬ。生涯戦う俳人であった湘子には、老練の兵の気迫があった。湘子の唇が薄かったことも懐かしく思い出される。平成八年作。

                      百合深く入り不帰(かへらず)の虻一つ         「近所」

                      虚子に「虻落ちてもがけば丁字香るなり」の句があるが、掲句の虻はもがきもせず行き行きて、遂に帰らぬ。それだけ花に魅了され花に殉じたのだ。花の奥に入り込んで帰れなくなった虻は、男なるさがの象徴であろう。百合は清純を表わし、処女の暗喩であるが、虻が帰れなくなるのだから、恐るべき処女神である。虻は帰れなくなったのではなく、帰りたくなくなったのだろうか。一匹ではなく、「一つ」とある事から、虻は百合の所有物になったのか。しかし、一つである処に百合の純情さもうかがえる。虻数多であれば、堪ったものではない。平成十二年作。

                      日盛や少女消えたる水たまり        「手帖」

                      幼女なら夕暮時に消えるところ、少女は天心炎える日盛に消えるのだ。「水たまり」を日常に隣り合う黄泉の国と取っても良いが、ギラギラと夏の光の反射する水たまりは、むしろ鏡の国と取りたい。ならば、少女はアリスである。「鏡の国のアリス」では、最後にアリスが目覚め、今までのことは夢だったと知る。更に、その夢はアリス自身が見ていたのか、それとも鏡の国の赤の女王が見ていたのか、アリスは自問するのだ。荘子の「胡蝶の夢」である。掲句においては、消えた少女が幻なのか、それとも消えた少女を見ていた作者自身が幻なのか、自問する体であろうか。
                      平成十五年作。

                      鏡面は裡(うち)から朽ちぬ蟬時雨         「呼鈴」

                      これを現代の鏡と見れば、あまり見ない景である。しかし、鏡に曇るような斑点が出来るのを、鏡業界では「シケ」といい、実際に有る事だ。高温多湿下や長年の使用により、内部の銀・銅膜が腐食して起こる。漢や唐の銅鏡なら、錆びている物を幾つも見たことがある。緑青が苔のように盛り上がっている。しかし、その場合、錆はむしろ外から内へ進むだろうから、掲句の鏡は現代の鏡と見る方が妥当であろう。廃屋の閉め切った一室、あるいは廃園となった遊園地の鏡などには良くありそうである。腐食がいよいよ進めば、何も映していない筈の鏡に、「シケ」は人影の如く浮かぶ事もあろう。中々に怪談である。蟬時雨は、絶えず静かに進んでゆく錆を音として表わしていると取れよう。平成十八年作。

                      腕立伏ではどこにも行けぬ西日かな     「呼鈴」

                      藤田湘子の「もてあそぶ独楽(こま)からは何も生れぬ」(昭和三十六年作)に通ずるものがある。掲句は、暇をもてあそんでいるわけではない。汗水垂らして鍛えているのだ。それなのにどこにも行けぬところが悲しい。湘子の独楽の句の背後に高度成長期があるなら、掲句の背後には平成不況があるのだ。掲句を、日々仕事に忙殺されるサラリーマンが、果たして自分の仕事はどこかへ向かっているのだろうかと自問する暗喩と捉えるなら切ない。これを若者の焦燥ととらえれば、西日の照りと相俟って、まだ希望は熱くあろうか。平成十九年作。

                      空蟬の終らざる終りのかたち      「呼鈴」

                      言われてみるとその通りで、幼虫としては終っているが、決して屍ではない。幼虫時と成虫時の形が酷似しているにも拘らず、脱皮の前後で地中と地上とに大きく生態圏が分かれるのは、蟬特有の成長である。空蟬という、完璧に生の形状をとどめている抜殻に、ある感慨を抱くのは、日本人、空(くう)の概念を文化として持つ民族ならではだろう。一切は縁起流転する、この身もまた然り、しかし空蟬を見て、抱く感慨。上手く言えないが、死を超える希望のようなもの、或いは生をやり直す意志の匂い。平成二十一年作。

                      虹といふ大いなるもの影もたず      「呼鈴」

                       全て存在するものは影を持つ。虹は確かに影を持たない。では、虹は非存在であるか。そうかもしれぬが、一方で虹が実存しているかどうかは、我々人間が「人間の認識の領域」に留まっている限り、窺い知ることが出来ない。我々は存在しているが、実存してはいない、というと仏教の認識論になる。「諸法無我」とは、判りやすく言うと「世界には実体がない」。「三世十方法界に常住の諸仏諸菩薩」と云う、その場合の「常住」とは即ち「実存」である。後は「言説(ごんせつ)不可(ふか)得(とく)」、論理ではなく、直感で認識するしかない。その直感の到達する範囲をどこまでも広げてゆく努力が、「精進力」というものであると思う。

                      掲句に戻ると、非存在であるからこそ、「大いなるもの」なのである。存在していれば、どんなに大きくとも、その形の枠内に留まらざるを得ない。虹が影を持たぬのは、我々から見れば悲しみかもしれぬ。虹自身から見れば、歓喜かもしれぬ。句集では掲句の前に、

                      ものにみな影戻りきて虹立ちぬ
                      なる句が置かれている。一方では虹が立ち、他方で諸々の「もの」には、存在し且つ非実存である悲哀が、影となって戻り来るのである。戻り来る前には、影の無い時間があったであろうが、それはどんな時間であるか。夜、ではつまらない。ものが「もの」として有ることを忘れている、無我の時間ではないかと取りたい。全て「もの」は有情無情に拘らず(人であろうと虫であろうと草であろうと石であろうと)、存在しようとする意志ゆえに存在するのである。どうも倶舎論になりそうなので、もうやめておく。平成二十二年作。


                      関係ないだろお前つて汗だくでまとはりつく

                      「鷹」平成二十三年八月号掲載。最初読んだとき、私は思春期の息子が父に反抗している景かと思ったのである。作者に聞いてみたところ、会社の人事の景らしかった。一見、前衛句のようでいて、実は人間関係の本質を的確に写生している。「関係ないだろ」というなら、涼しい顔をしていれば良いのに、「汗だくでまとはりつく」果てに抜き差しならぬ事に陥るのが、いつの世も変わらぬ厄介さである。これを仮に国家間の紛争に置き換えても、納得は行く。小は家族から大は国家に至るまで、掲句は意外と人間の業の動きを抉っている。




                       【執筆者紹介】

                      • 竹岡一郎(たけおか・いちろう)

                      昭和38年8月生れ。平成4年、俳句結社「鷹」入会。平成5年、鷹エッセイ賞。平成7年、鷹新人賞。同年、鷹同人。平成19年、鷹俳句賞。
                      平成21年、鷹月光集同人。平成26年、第34回現代俳句評論賞受賞。著書 句集「蜂の巣マシンガン」(平成23年9月、ふらんす堂)。

                      第6回 こもろ・日盛俳句祭 スタッフ俳人による特選句 記録/第1日目(2014年8月1日)兼題「青胡桃」

                      今年からこもろ・日盛俳句祭では各句会の特選句を島田牙城氏の協力により速報していただくことになった。ここでは、スタッフ俳人の特選句を掲げているが、全参加者の特選句については、リンクした記録をご覧いただきたい。

                      特選全句第一日目  》読む
                      (PDF作成:島田牙城)



                      橋本榮治選
                      涼しさや高原の蝶胸にくる 金原雅子

                      井越芳子選
                      黄菅野の果てまで日差す鳥の声 橋本榮治

                      片山由美子選
                      青胡桃浅間の風をふるまはれ 佐藤宣子

                      山田真砂年選
                      孑孒(ぼうふら)や宇宙船外闇広く 小泉博夫

                      山西雅子選
                      雲の峰一つが主峰らしく伸び 飯田美恵子

                      窪田英治選
                      炎天やぐいと実れるズッキーニ 山西雅子

                      岸本尚毅選
                      青胡桃烏に一打昼の鐘 中村哲明

                      中西夕紀選
                      連山を見通す空へ夏燕 中嶋夕貴

                      櫂 未知子選
                      月涼し畑駈けまはる獣どち 荒井民子

                      西山睦選
                      俳小屋の天井低し葭簾 伊庭美邦

                      永方裕子選
                      青胡桃時折浅間山に雲 清水ゆき子

                      小林貴子選
                      浅間よりはや秋風のすべりくる 宮本啓子

                      本井英選
                      畑道の尽きたるところ青胡桃 宮本啓子

                      仲寒蟬選
                      減りにけり白髪太郎も洟垂れも 市川 葉

                      奥坂まや選
                      羽脱け鳥となりてフンボルトペンギン 林 園江

                      島田牙城選
                      炎昼を動物園のそのにほひ 仲 寒蟬








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