2014年2月28日金曜日

第59号 2014年02月28日発行

【俳句作品】
  • 現代風狂帖 

<竹岡一郎作品 No.7>
    無期の虹・月の特区  竹岡一郎    ≫読む

<小津夜景作品 No.14>
     ごとくのやうに   小津夜景   ≫読む
    

【戦後俳句を読む】
  • 「正木ゆう子と私――戦後俳句の私的風景」⑦
……筑紫磐井   ≫読む



【現代俳句を読む】

  • 特集<西村麒麟第一句集『鶉』を読む> 4
    • 西村麒麟句集『鶉』評    ……矢野玲奈   ≫読む
    • へうたんの国は、ありません      ……久留島元  ≫読む

  • 【俳句時評】 形式の「記憶」を記憶すること―三・一一以後の俳句にむけて― 
  • ……外山一機   ≫読む

 【俳句時評】  
大井恒行の日日彼是       ≫読む
  (-blog俳句空間-戦後俳句を読むAnnex) 詩歌・芸術のリポート満載。どんどん更新!!


【編集後記】
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    • 当ブログの冊子が完成!(・・・すでに在庫なし)
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    • 【告知】 3月11日 第4回芝不器男俳句新人賞公開選考会(手伝い募集) 

      》読む ※関悦史さんのブログへジャンプします。








    • 仲寒蝉 第二句集   『巨石文明』  刊行!!

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    • 西村麒麟 第一句集 『鶉』 刊行!!
      (「鶉」西村家版発行数配布終了致しました。2014.02.15.)
      • 第二回 攝津幸彦記念賞各賞発表  》読む
      • 祝!恩田侑布子さん
      Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞!恩田侑布子……筑紫磐井 ≫読む


      第23回ドゥマゴ文学賞授賞式の様子 ≫「俳句界ブログ大井顧問)



                            ≫受賞式記録映像  Youtube 画像







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      第59 号 (2014.02.28 .) あとがき

      北川美美

      2月末日。59号をお届けします。

      竹岡一郎さん作品、今回15句掲載です。竹岡さんについて再度「詩客」での記事検索をしたところ、冨田拓也さんの「七曜詩歌ラビリンス 3」に竹岡さんの第一句集についての記事があり、「俺シリーズ」という句を発見しました。

      蜂の巣の俺人生はマシンガン   竹岡一郎

      わからないでもない。この連弾作品。 一筋通っている何かがますます強くなってきたことを感じる連載作品です。

      小津夜景さんは先週今週とご自身のレイアウトによる画像を掲載しております。一行に納めていない句の見せ方は意図ありと思いますが、俳句と思わずにみる俳句・・・。「書きつつ見る行為」・・・かの名言(評論のタイトルですが。)を思い出します。作品に対する賛否両論が出て来ることを期待しています。


      筑紫氏の正木ゆう子論中での正木・筑紫の「沖」時代の初期作品必見です!
      そしておだやか続く麒麟「鶉」特集、三月には斬る論評が出てくるのか!?

      梅の花がほころび始めました。ようやく春のきざしがみえてきたこの頃です。次週三月の号より春興帖がはじまります。どうぞ今後ともご愛読のほど宜しくお願いいたします。


      筑紫磐井

      ○日曜日に「俳句新空間no.1」の発送を終った(雪のために宅急便の届かない地域は除く)。読後の感想がちらほら届いているが、「壮観!」という返事は、参加して頂いた方々全員に申しあげるべきであろう。前回編集長が書いていたが、「ku+」に負けないようにと言う気持ちで頑張ったら少し早めに出たようである、まだ「ku+」を見ていない。既に、26年度「歳旦帖」が始まり前に匹敵する投稿が集まり、次は「春興帖」もぼつぼつ届いている。次回からは、「春興帖」が始まる予定。「俳句新空間no.2」が出せれば喜ばしい。

      ○<西村麒麟第1句集『鶉』を読む>特集はずるずると続いている。既に手元にあった余部は全部売り切れたらしく、喜びに堪えない。また、どこの結社の支援も受けない句集という心意気に感じて、激励の言葉が続々と集まっているのは我が子のことのようにうれしい。ただ、もうちょっと批判や悪口がないと、世の中はこんなものだと甘く見てしまうことになりかねないので、これからは是非、批判・悪口を寄せていただければありがたい。獅子が千仭の谷に(手足を縛って)子を落とし、剩え岩石・土砂・携帯電話を落としまくるのに似ていよう。悪口を言い忘れていたと言う人が追加で悪口雑言を寄せていただくのでもよいかもしれない。


      【西村麒麟『鶉』を読む8】 へうたんの国は、ありません / 久留島元


      西村麒麟句集、『鶉』(発行:西村家、2013年12月)を拝読。

      巻頭、

      へうたんの中より手紙届きけり 
      へうたんの中に見事な山河あり 
      へうたんの中へ再び帰らんと


      の三句が並び、読者を「へうたんの国」へ招きます。

      中国の鉄拐李は瓢箪のなかに千年の妙薬を匿し、張果老という方は瓢箪のなかにロバを入れて、道中必要なときに自在に出し入れしたと伝わります。

      また「壺中天」という言葉のとおり、神通広大なる仙人たちならば、酔余の一興にふくべのなかに別天地を造り、魂を遊ばせることも、容易いことでしょう。

      しかし、ここで麒麟ファンの皆さんに残念なお知らせをしなければなりません。

      この「へうたんの国」は、ありません。

      実在の場所、団体、国家とは無関係のフィクションなのです。

      蓬莱の神仙ならぬ21世紀の一青年であってみれば、テレビも観るしコンビニも行く。

      確かな筋に確かめたところでは、作者は毎日満員電車に揺られて通勤し、きちんと接客も配達も行っているという。世塵を避けて隠遁生活を営んでいるわけではないのです。

      なんだ、そんなこと当たり前だろう、とおっしゃる方。

      あなたは、実は「俳句」界では少数派かもしれません。なにしろ「俳句は現実を写生するもの」「俳句は日常を詠う詩」と信じている方のほうが、多い(らしい)ですから。

      閑話休題。

      ともかく麒麟氏の作品は、あくまで作者によって仮構された桃源郷であるところに眼目がある。野暮を承知で私見を申しあげれば、俳句という小さな詩型によって擬制される世界の虚構性に自覚的であるという点で、麒麟氏は当代屈指の存在です。

      鈴虫の籠に入つて遊ぶもの 
      貝の上に蟹の世界のいくさかな 

      この視点の伸縮自在ぶりは、まさに仙人気取り。

      とびつきり静かな朝や小鳥来る

      百千鳥の群れ騒ぐ喧噪の朝を「とびつきり静か」と言い止めるこの作者には、

      江ノ電にきれいな梅雨のありにけり

      すべての天然気象が美しく麗しく、

      虫売となつて休んでゐるばかり 
      嫁がゐて四月で全く言ふ事なし 

      食も労働も、満ち足りて欠けるところがない。

      そのうえ登場人物は、どういうわけかみな鋭さに欠け、

      父は我がTシャツを着て寝正月

      情けない。(タハッ)


      お雑煮のお餅ぬーんと伸ばし喰ふ
      とはいえ麒麟世界は、幸福と笑いだけに満ちているのではないのです。

      かぶと虫死なせてしまひ終る夏 
      いつまでも死なぬ金魚と思ひしが 

      この「終る夏」の寂寥感はただ事でない。失うものがあるから、愛おしまずにいられない。

      鶯笛に先生の死を言ひ聞かす 
      夕べからぽろぽろ鳴くよ鶯笛 

      辛い現実があるから、夢を見ずにいられない。

      秋蟬や死ぬかも知れぬ二日酔ひ

      作者は確かに生きづらい現実を生きていて、その意味でこの作者は「私小説」的。ただ俳句という古く小さな詩型を通すことで、まったく愛すべき別天地を作りあげている。


      そのくせ、作者があんまり必死に作っているので、読者は思わず笑ってしまうのです。

      闇汁に闇が育つてしまいけり 
      ひさごからこぼるる鶴や井月忌 
      飛び跳ねて鹿の国へと帰りけり

      西村麒麟著『鶉』。愛すべき「へうたんの国」から届けられた、ささやかで美しい句集です。







      【西村麒麟『鶉』を読む7】 西村麒麟句集『鶉』評 / 矢野玲奈


      ①句集について

      我が家に届いた『鶉』の番号は25。さて、誰が何番なのだろう。発行元の西村家に問い合わせたところ 1番:妻のA子 2番:長谷川櫂 3番:大谷弘至 4番と5番は西村夫婦それぞれの実家。6番~9番は結社外の親しい友人や御世話になっている方々で、200番が麒麟本人という。また、受け取ったら喜んでもらえそうな番号を選んで、64番:御中虫 77番:中山奈々 99番:堀田季何 (敬称略)に贈ったと聞くと句集出版を楽しんでいることが伺える。もう残り僅かだそうだ。

      夫婦で一通り楽しんだ我が家の『鶉』は、リビングに置いてある。

      授乳中に片手でパラパラ読むのに、サイズも分量も気軽さも丁度良いのである。

      へうたんで遊び、酒に遊び、鶯笛で遊ぶ麒麟。現実であり夢でもある独特な世界で麒麟は自在に遊ぶ。私も、育児に追われ会話のない昼間に、麒麟の世界で遊ぶ。


      ②一句鑑賞


      陶枕や無くした傘の夢を見て
      傘を無くすのは日常よくあること。雨があがった時や酔っぱらった時など誰でも経験があるだろう。だが、無くした傘の夢を見るのは珍しい。よほど傘への思い入れが強かったのか。いや、そうではなく、そんな夢をみたことに驚いた。そしてどこか物悲しさを感じたのではなかったか。陶枕のひんやりした感触が無意識の世界のようなものを呼び起こす。夢と現実を行き来するような、虚構で遊ぶ麒麟ならではの作品である。









      ※編集注:句集についての感想や一句鑑賞をお願いしたいと依頼したので、律儀に「句集について」と「一句鑑賞」を送って頂いたものである。

      「正木ゆう子と私――戦後俳句の私的風景」 ⑦ / 筑紫磐井

      ⑦ 心象俳句

      現在連載の続いている俳句時評「大井恒行の日日彼是」は20~30年前の我々の当面していた俳句環境をビビッドに描いてくれているが、ここでは今では死語に近くなっている、「前衛俳句」「伝統俳句」が重要なキーワードになっていたことがよく分かる(2014年2月18日火曜日「過激でなければ俳句じゃない・・・」)。

      さて、こうした「前衛俳句」「伝統俳句」が今どうなっているかをこのシリーズで論じてもしょうがないので、別の指摘をしておきたい。それは、俳句の世界が、55年体制のように綺麗に「前衛俳句」「伝統俳句」のみで分かれていたのかどうかと言うことである。前々回の連載に戻って、「沖」には吉田利徳という心象派がいたことを述べたが、「前衛俳句」「伝統俳句」の間には「心象俳句」があったと思っている人もいたことを指摘しておきたい。「心象俳句」なんて「伝統俳句」の一種だと割り切って考える人もいたが、若い作家の一部にはやはり独自の理念としてそれに注目している人達もいたのだ。

      さて、昭和51年5月号は恒例の「特集・沖の二十代」が載った。正木ゆう子も私も15句と文章を掲載している。ふたりともに、少しこうした心象俳句の影響を見せ始めた時期ではなかったかと思う。先ず作品を眺めておく。

         蟹の海   正木ゆう子 
      蟹の海われに母性の翳なくて 
      本売りて小さき鉢のパセリ買ふ 
      いとはしき夜桜の下ゆめ膨らむ 
      指先に辞書置きひとり花の夜も 
      曖昧に手をおよがせてさくら切る 
      苺買ふするどく袖を折りかへし 
      術なくて芯まで濡れし椿かな 
      盗み見し手紙暖炉に水落ちぬ 
      啓蟄をみどりの鳥と匂ひゐる 
      弥生の鳥の足の熱さよ夢日記 
      辛夷咲き籠の小鳥はもう眠い 
      血の色のスカーフをして街に出む 
      目を閉ぢてをれば銀河へゆくごとし 
      紅梅を噛みて逃るること想ふ 
      炎帝の西瓜の中は明るからむ 
      昭和二十七年六月二十二日生
      せめて反射光に 
      時計のベルは楔のように夢にくい込み、やむを得ず地下鉄に乗る朝。カップの底に玉葱とピーマン沈んだスープと珈琲のランチ・タイム。花の闇へカーテンを引けば一日はたやすく終わってしまう。 
      季節さえ追い越しかねない勢いで毎日は過ぎてゆく。自らの光など発するすべもない二十三歳。せめてさしてくる陽射しを正確に、水底からきらりきらりとはね返したい。反射光。俳句がそうであればいいけれど。

      正木ゆう子の小文は、前回のつづきのように20代前半の女性の都会での生活を心象的に描いている。次は私である。

         若狭物語   筑紫磐井 
      冬鷗日本の海はさびしいか 
      牛飼ひが雪の山河を生きてをり 
      雪国のうからとなりて深庇 
      煮こごりが母の暗さの味となる 
      貧しさは命のあかし瞳に雪ふる 
      夕星や蓬の萌ゆる野をかへり 
      さくら濃く杉の蒼める日暮れ里 
      桜満開くもり硝子の視野かぎり 
      禁漁区新樹は密に湖へだて 
      新緑に木椅子の濡るる湖上駅 
      散ることをしばし忘るる黐の花 
      耳の底かゆき花藻の私語が湧き 
      泉底に光と影の協奏曲(コンツェルト) 
      青田べり夏の力の水を張る 
      少女輝き不逞のごとく街は夏 
      昭和二十五年一月十四日生

         詩について思ふ事など 
      アンドロメダの
      渦まいている
      遠い
      遠い
      きさらぎの
      火の速さ

      小文は当時私の最後の短歌作品である、これを多行にしてみた、きざな書き方であるが、まあ具象ではないと言うことだけは言えると思う。当時、十時海彦(のち文化庁長官)と言う秀才や、正木ゆう子の兄の正木浩一(49歳で夭折)も多少とも心象的な作品に傾いているから、「前衛俳句」「伝統俳句」だけではない世界があったと思っていた、と言えるだろう。そして実は、我々が見た限り、飯田龍太にしても能村登四郎にしても、草間時彦にしてもこうした世界で新しい俳句を作ろうとしているように見えたのである。

      その是非はさておき、この年の句評は45歳の山上樹実雄(馬酔木・南風)である。<万緑のどこに置きてもさびしき手>等の作品からもうかがえるように、今にしてみれば心象俳句に共感の深い作家であったと思われる。山上は、「未知のひかり――「特集・沖の二十代」を読んで」の題で次のように述べている。

      「特集・沖の二十代」と銘打った「沖」五月号を手にしながら、伝統俳句の基調の上に俳句の青春性をとり戻そうと懸命の姿勢を貫いてこられた能村登四郎氏の執念のような滲みが、私に感じられてしまった。・・・今日の俳壇で、これだけの特集号を持てる結社はそうざらにはあるまい。その燃えるような願をもった登四郎氏だが、最近ある文章の中で「若い人の詩歌に対する渇望をいやすような俳句は既に失われていった」と悲観的に洩らされたその感懐を思うにつけても、この「特集・沖の二十代」にかける氏の執念の程が量り知れよう。・・・

      曖昧に手をおよがせてさくら切る  正木ゆう子 
      手をおよがせて」は生け花のさくらを切るときの風姿が偲ばれよう。「さくら」なればこその手のおよぎと解したい。ただ「曖昧に」が如何にも曖昧だ。 
      <蟹の海われに母性の翳なくて>・<術なくて芯まで濡れし椿かな>共にもう少し煮つめて欲しい内容だ。<血の色のスカーフをして街に出む>・<目を閉ぢてをれば銀河へゆくごとし>、女性らしい自愛、陶酔が表立っている。 
      雪国のうからとなりて深庇     筑紫磐井 
      煮こごりが母の暗さの味となる 
      「雪国」の句、省略の効いた表現だが、内蔵する世界のひろがりを「深庇」に託した句。雪国に嫁いだ人にかむさる「深庇」、「うから」の言葉も生きてこよう。「煮こごり」の母は明治の「日本の母」の持つ忍びの暗さを示しているようだ。 
      冬鷗日本の海はさびしいか 
      貧しさは命のあかし瞳に雪ふる 
      成功作とは言い難いが、詩を愛するものの疼きがひそんでいる。

      見えていないものを見る。「内蔵する世界のひろがり」「風姿が偲ばれ」の表言はまさに心象世界を語らんとするものであろう。最後は二十代世代全員を讃仰してこう結んでいる。まことに二十代世代に対する温かい評者たちにあふれた時代であったのである。

      かつて<鰯雲未知がひかりの二十代>と詠った私だが、今なお未知の世界にひかりを求めている。ただ、二十代の諸氏には、そのひかりはやがては自己のものになろうという自負がある。その自負のこころがまたまぶしいのだ。




      【小津夜景作品 No.14 】 ごとくのやうに 小津夜景

      ※画像をクリックすると大きくなります。
      (デザイン/レイアウト:小津夜景)




           ごとくのやうに 小津夜景



      フムフムランドの桂冠詩人に

      すんなりと如くのやうに此処にゐて

      在らぬさへ見明かしあはれ見しことの

      ゆふぐれをさぐりさゆらぐシガレエテ

      青き夜へまつしろなむらぎもをかな

      まなぶたはうつぶせる字をもてあそぶ

      人ごみを見下ろすごとにゆまれるよ

      パロル吸ひテロルを吐くや水鏡

      没薬と黙せざる舌のくづれかな

      どしやぶりをながめせしまに色を抜く

      抜け果てし辺に不時着のハトロン紙





      【略歴】
      • 小津夜景(おづ・やけい)

           1973生れ。無所属。


      【竹岡一郎作品 No.7】 無期の虹・月の特区 竹岡一郎

      ※画像をクリックすると大きくなります。




         無期の虹・月の特区    竹岡一郎


      虹の根を食べれば人でなくなるよ

      墓原や虹刈るやうに首狩られ

      落人の朝な朝なに虹が立つ

      国葬や虹まとへるは咎送(とがおくり)

      虹吐いて白骨となる幼な君

      議事堂へなだるる虹を舐め取らむ

      虹の根に孕まれて待つ怒りの日(ディエス・イレ)

      海溝に虹の根張れば直ぐ開戦

      この稼業虹舐め殺す口伝あり

      虹純白にして私の手が漆黒

      月輪(ぐわちりん)や獄卒われへ虹微塵

      牛頭(ごづ)なれば月球の獄韻かせむ

      月光捌く店舗いづれも地下二階

      渇くらし月蝕祭の恋人ら

      満月の化身のけもの毛づくろひ





      【作者紹介】

      • 竹岡一郎(たけおか・いちろう)

      昭和38年8月生れ。平成4年、俳句結社「鷹」入会。平成5年、鷹エッセイ賞。平成7年、鷹新人賞。同年、鷹同人。平成19年、鷹俳句賞。
      平成21年、鷹月光集同人。著書 句集「蜂の巣マシンガン」(平成23年9月、ふらんす堂)。

      【俳句時評】 形式の「記憶」を記憶すること ―三・一一以後の俳句にむけて―  / 外山一機


      東日本大震災の翌年に刊行された『詩歌と戦争』(中野敏男著、NHK出版、二〇一二)の後書きに、次のような言葉がある。

      本書では、震災から戦争へという時代の見通しをもって、主に一九二〇年代の大正期から三〇年代の総力戦体制期に到る文化史の連続について考えてきました。これは、満州事変に始まるアジア・太平洋戦争の時期を特に「一五年戦争」と区画し、この「戦時」とそれ以降の「戦後」とを〝戦争〟と〝平和〟という二項に色分けして対照させる、これまでの日本の常識となってきた現代史理解に、意識的に異を唱えるものとなっています。特にアジア・太平洋戦争の時期については、繰り返し集中した議論もなされ特集や講座の類も作られてきていますが、この時期をそこだけ「戦時」と特殊化して主題としたり記憶したりするというのでは、歴史認識にかえって多くの欠落や歪みを生むことになるだろうという考えです。

      「関東大震災とそれを前後する一九二〇年代のこと」を「戦争に向って進んだ民衆の同時代経験として」とらえた本書は、奇しくも震災直後の上梓となったが、その指摘するところは三・一一後の今日においていよいよ重みを増しつつあるかのように思われる。そのようななか、先頃品田悦一の『斎藤茂吉 異形の短歌』(新潮社、二〇一四)が刊行された。品田には近代国民国家形成の過程で「万葉集」がいかにしてナショナル・アイデンティティーの根拠とされるに至ったかを論じた『万葉集の発明―国民国家と文化装置としての古典』(新曜社、二〇〇一)、斎藤茂吉を扱ったその名も『斎藤茂吉―あかあかと一本の道とほりたり』(ミネルヴァ書房、二〇一〇)などの著作があるが、本書ではさらに、万葉の古語を駆使した茂吉の歌の本質に迫るとともに、生前没後の茂吉評価の推移、とりわけ「死にたまふ母」がいかにして教科書の定番教材と化したかを論じている。

      『万葉集』に対する茂吉の愛着は、古語の使用が奇異な感覚を喚起することと表裏一体のものであり、万葉の「伝統」などとは本来無関係だった。ただ、世間は茂吉を伝統の体現者として扱い、あろうことか本人までがその役を引き受け、全力で演じた。その結果、定評はますますまことしやかなものとなってしまいました。世が世なら『万葉集』と全く接点のない生涯を送ったはずの「みちのくの農の子」が、歴史の流れのなかで紛れもない近代人となったこと―茂吉と『万葉集』との根深い因縁は、煎じ詰めればこの一点に帰着します。それは前近代には絶対に成立し得ない事態でした。

      戦後、いわゆる第二芸術論をはじめとする短歌批判のなかで批判の対象となった茂吉だが、品田の茂吉論はこうした批判が茂吉の戦時下における活動を駆動させていたものの根深さを必ずしもとらえきれていないものであったことを示唆している。たとえば、八月一五日の降伏をうたった歌と一二月八日の宣戦をうたったそれとが「そっくり同一」であることを指摘しつつ「短歌形式が今日の複雑な現実に立ち向かう時、この表現的無力は決定的である」と述べたかの有名な臼井吉見の「短歌への訣別」にしても、臼井が以下のような万葉集理解に立つ限りにおいては、事態の本質をとらえそこなっているように思われる。

      万葉人が無意識的になし得た調和的世界の獲得が、複雑極まりない矛盾を包含する現代社会に於て、それを志すアララギ人に異常な苦悩を強いたことは、もとより当然のことであろう。

      僕たちはいまや、ここでいう「万葉人が無意識的になし得た調和的世界の獲得」なる前提の来し方こそが実は問題であったのだということを知っている。のみならず、一九二〇年代以降の茂吉の活動―すなわち、一九二一年から三年間にわたる滞欧から帰国した茂吉が折しも関東大震災からの復興で好況を呈していた出版界に迎えられて執筆に勤しんだこと、一九二六年の島木赤彦の死にともない「アララギ」の中心人物となったこと、さらには日中戦争勃発とともに戦争詠に手を染めながら昭和初期の万葉ブームの渦中にあって大著『柿本人麿』の執筆を開始したこと―を茂吉の一続きのものとしてとらえる視点を持つことも重要である。だがそれ以上に肝要なことは、このような茂吉の活動の周囲には、それをまさに同時代の経験として共有していた人々がいたということを知っておくことであろう。たとえば芳賀徹は茂吉の戦争詠について次のように述べている。

       聖戦を礼讃せねば歌人ではなかった。戦争礼讃の歌を発表したから戦犯だなどというのは後から言うことであって、茂吉にとって汚点ではない。我々が「海ゆかば」を歌って涙を流していたようなものです。(芳賀徹・藤岡武雄・三枝昂之「鼎談―茂吉という不思議を考える」『国文学 解釈と鑑賞』至文堂、二〇〇五・九)

       ここで芳賀が披瀝している、茂吉の戦争詠と「海ゆかば」の歌唱という二つの行為を同一線上に見るような感覚は看過すべきものではないだろう。両者は同時代の経験であって、のみならず、茂吉の戦争詠が批判の対象となったように、こうした経験は戦時下のそれとして特化して思考されることがあった。先の『詩歌と戦争』で示されているのはこうした思考への危機意識であったろう。戦時下の経験を特化するのではなく、それ以前・以後の経験と一続きのものとしてとらえなおすこと。こうした視点から見えてくるものは確かにあるように思われる。

      けれども、こと俳句においては、やや事情が込み入っている。というのも、たとえば、高浜虚子が俳句は戦争に何の影響も受けなかったと発言したように、俳句においてはむしろ句作という営みについて、戦時下のそれと、それ以前・以後の営みとが一続きであることこそが強調されてきた面があるからである。しかしながら、戦争と俳句との関係を考えるときに、先の虚子の発言を受けて、戦争に影響を受けたか否かということを焦点化してしまうならば、その思考はどこか歪さを伴うものになりかねない。僕たちは、その正否について議論する前に、影響を受けなかったと喝破するその発言そのものに向き合うとともに、そのように喝破する者の戦時下のありようついてもっと知ることがあってもいいと思う。

      折しも、樽見博『戦争俳句と俳人たち』(トランスビュー、二〇一四)が刊行されたが、これは誓子、草城、草田男、楸邨らの戦時下における活動を論じるとともに、戦前・戦中の俳句入門書について論じた一書である。とりわけ、戦前・戦中の俳句入門書を扱った本書後半の内容は、この分野の先行研究がそれほど多くないだけに貴重なものだと思う。


      本書において樽見は日本文学報告会の幹事長を務めていた富安風生の文章を引いている(「俳句も起つ」『俳句研究』一九四二・二)。樽見が引いているのは「国家が生死の巌頭に立つとき、その現前の事態に超然とした世界に立て籠つてなどゐられないといふのが、われわれの気持だと思ふ」としつつ「自分の芸に生きること、自分自身を生きとほす気持に真実偽りがないのならば、それが目の前のこの大きな現実と遊離するはずがないのである」「自分のほんとの俳句が、すぐこんにちと取組んだ、こんにちの時代に役立つやうなものになつてをるはずなのだと思ふ」と述べている部分である。樽見はこれを「風生が伝えたかった」内容であるとしながら、次のように述べている。


      これでは結局、従来と何も変わらない。変わらないのはある意味けっこうだが、気持ちと掛け声だけは非常時を叫んでも、作る俳句に死に直結する戦時の真剣さ、切実さはほとんどない。もちろん自分の立場や生き方を疑うような観念もない。もっともそれは風生だけでなく、徐々に戦況が悪化し、全国の都市への空襲が日常化し、自らの死が現前のものとなるまでは、一般人共通の感覚だったように思う。

      ここに見られる風生の言葉は、戦時下にあっても、いや、だからこそ花鳥諷詠を維持することの正当性を主張するものであり、ともすればこれはそのまま、戦争は俳句に影響を与えなかったとする虚子の発言に接続するものであるように思われる。これを樽見が「一般人共通の感覚だった」といい、一方で、「徐々に戦況が悪化し、全国の都市への空襲が日常化し、自らの死が現前のものとなるまでは」と限定しているのはもっともなことだろう。だがもう一歩踏み込んで考えてみると、この「一般人共通の感覚」なるものを信用するならば、先の虚子の発言は常軌を逸しているともいえる。さらにいえば、反ホトトギス的立場の作家たちのほうが常識的な方法に基づく成果を見せていたのであって、花鳥諷詠は異端であるというような、従来の俳句史観からするといささか逆転した風景さえ見えてくるのである。実際、虚子が自身のこの発言に対して「他の文芸は皆大いなる影響を受けた、と答へる中に、又、私以外の俳人は大概、大きな影響を受けた、と答へる中に、一人何の影響も受けなかったと答へるのは、痴呆の如く見えたであらう」(『虚子俳話』東都書房、一九五八)と述べているのは、この逆転した風景がよく見えていたことの証左ではないのか。そして、戦時下においては句作という営為が状況に影響されるのが当然であるとするならば、第二芸術論の読みかたも変わってくる。つまり、桑原武夫の指摘を待つまでもなく、自らのおかれた状況に根ざした切実な句作はいわば当然のことであったのであって、にもかかわらず桑原があのように言わざるをえなかったのは、そうした社会状況のなかで詠んでいくという至極当然の方法がさまざまな風圧のなかで閑却されていったのと同時に、戦時下においては、むしろ状況に影響を受けないという異端の方法が相対的に頭をもたげていたためではなかったか。

      翻って、虚子のこの発言について改めて考えてみると、これを周到に計算されたものであるとか、本当に影響を与えなかったのだとかいうのは違うだろう。ここで再び、臼井の言葉を引いてみたい。「野ざらし紀行」に収められた「猿を聞く人捨子に秋の風いかに」前後のくだりについて、桑原武夫が「芭蕉について」において加藤楸邨の説を批判しつつ「ここに人生などありはしない。一個の美文があるのみである」と述べたことに対して、次のように書いている。

       桑原氏が、ここに人生などありはしない、あるのは美文だけだというのも、言いすぎであろう。なるほど一種の美文にはちがいない。しかし、人生がないなどといえるはずがない。芭蕉なりの人生が吐露されているのだ。それ以上でもなければ、それ以下でもない。(略)こういう一種の美文によってしか、彼は自分の人生を表現するすべを知らなかったのである。(「歌人芭蕉の問題」『文学』一九四六・一二)

      ここで臼井は、芭蕉は美文によって自らの人生を表現したのだと述べているが、そのような実践はまた、そのように表現された人生を引き受けるということ不即不離のものであったろう。そのように考えたとき、虚子が戦争の影響を受けなかったという発言そのものは信頼できても、虚子が戦争の影響を受けなかったということは容易に信頼できることではない。いうまでもなく、虚子は、俳句形式は戦争の影響を受けないものであるとする発言と一続きの思考を引き受けることで、やはり虚子なりの戦争を生きていたのである。その実践についての批判はいかにも容易であって、容易であるだけに虚子も動じることがなかったのではないか。

      しかし僕は、だから虚子をもっと評価すべきなのだとか、新興俳句などを評価すべきなのだといいたいのではない。そうではなくて、俳句形式が、形式の記憶として「高浜虚子」を持っているということを僕たちが知っておくことが重要だと思う。換言すれば、俳句形式においては、かつてある作家が他ならぬ戦時下を生きるために、戦時下において影響を受けないというありかたを自覚的に選びとることがあったのだということを、まずは一切の批判をぬきにして僕たちは記憶しておくべきだと思うのである。僕たちが俳句形式で書くということは、この記憶とともにあり続けるということである。このことは今日においてますます重要になってきているように思う。



      2014年2月21日金曜日

      第58号 2014年02月21日発行

      【俳句作品】
      • 現代風狂帖 
      筋肉      曾根 毅     ≫読む

      <竹岡一郎作品 No.6>
          狐わらし 3   竹岡一郎    ≫読む

      <小津夜景作品 No.13>
            ヘヴン&ナーバス   小津夜景   ≫読む
          

      【戦後俳句を読む】
      • 「正木ゆう子と私――戦後俳句の私的風景」⑥
      ……筑紫磐井   ≫読む



      【現代俳句を読む】

      • 特集<西村麒麟第一句集『鶉』を読む> 3
        • 肯うこと     ……澤田和弥   ≫読む
        • (一句鑑賞) 鶴と亀      ……田中亜美  ≫読む

      • 【俳句時評】  時壇 ~登頂回望 その三~
      • ……網野月を  ≫読む

      • 【俳句評】 短歌の穴からのぞいてみれば 「詩客」より  
      ……稲泉真紀  ≫読む
      • 【俳句評】 或る日の現代俳句   「詩客」より
      ……高塚謙太郎  ≫読む
      • 【俳句時評】 俳句の「後ろめたさ」について
      ……外山一機   ≫読む

       【俳句時評】  
      大井恒行の日日彼是       ≫読む
        (-blog俳句空間-戦後俳句を読むAnnex) 詩歌・芸術のリポート満載。どんどん更新!!


      【編集後記】
      •       あとがき  ≫読む 
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        • 当ブログの冊子が完成!(・・・すでに在庫なし)
        ※画像をクリックすると大きくはっきりします。


        • 【告知】 3月11日 第4回芝不器男俳句新人賞公開選考会(手伝い募集) 

          》読む ※関悦史さんのブログへジャンプします。








        • 仲寒蝉 第二句集   『巨石文明』  刊行!!

          ※画像をクリックするとAmaozonサイトへ飛びます。
        • 西村麒麟 第一句集 『鶉』 刊行!!
          (「鶉」西村家版発行数配布終了致しました。2014.02.15.)
          • 第二回 攝津幸彦記念賞各賞発表  》読む
          • 祝!恩田侑布子さん
          Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞!恩田侑布子……筑紫磐井 ≫読む


          第23回ドゥマゴ文学賞授賞式の様子 ≫「俳句界ブログ大井顧問)



                                ≫受賞式記録映像  Youtube 画像







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          邑書林のサイトから購入可能です。
          関悦史第一句集『六十億本の回転する曲がった棒』、『相馬遷子ー佐久の星』、などなど話題の書籍がぞくぞく!





          第58 号 (2014.02.21 .) あとがき

          北川美美

          すいません、あとがき掲載が遅くなりました。

          今号、【俳句作品】現代風狂帖では久々、Lotusの曾根毅さんより作品をご寄稿頂きました。

          曾根さんは、昨年、

          「傘の骨」

          「飼育室」

          の二作品に加え、

          二十四節気題詠句 その一

          二十四節気すべてを詠み込んだ作品24句をいちはやくご寄稿頂き、精力的に作品を当ブログに掲載されてきました。いわば当ブログの作品連載さきがけの作者です。

          思い起こすと「詩客」では、男波弘志さんが作品連載に精力的に取り組まれ、毎回届く力強い作品を思い出します・・・。

          風狂帖今後の作品掲載の展開、どうぞ御期待ください。

          さて、当ブログの冊子が完成しました!

          諸々下記の筑紫氏のコメント記載の通りですが、事のはじまりは・・・

          筑紫氏とのやりとりで、句誌の発行苦労などの話に及んだ折りに、2012年の年頭に「詩客」での<戦後俳句を読む>の膨大なアーカイブ整理に時間を費やした経緯があり、あの努力はどこにいっちゃうの!?と嘆いていたものですから、「原稿ならデータベース的にたんまりありんす。」と江戸の会話劇のように返信したことがありました。

          そこに来て、「高山れおなが雑誌を出すらしい」という情報で拍車がかかり、「句誌をしてみむとてするなり」、先に出しちゃおッ!という流れになったわけです。

          「Ku+」に対抗して「B+」なんていうのもパロディタイトルをひとり考えたりしてみましたが、なんと申しましょうか、ビートルズのポールが自宅地下録音室でしこしことソロアルバム作りを行っていた経緯と重った気分になりましたが・・・結果80名の参加者の掲載同意を得て、にぎにぎしくも「ブログ俳句空間の紙媒体」が仕上がった訳です。クリアする課題も多くありますので次号に持越しというところでしょう。

          よい意味で俳句紙媒体における競合のブルースになればよいのですが・・・。

          ※トップページからの竹岡一郎さんの作品が前号作品にリンクされていました。今号の作品「狐わらし3」に正しくリンクし、お詫びいたします。2月25日 北川美美


          筑紫磐井

          ○風邪のせいで2回ほど編集後記を飛ばしてしまった。実は、「BLOG俳句空間」の冊子化のための作業が連続して発生していたこともある。おかげさまで印刷・製本が進みつつあり、この原稿がアップされる頃には発行者の手元に大量の本が届いているはずである。ただ残念なことに発行人の見込み違いで、400部強刷ったが、参加者・関係者に配付する分だけで目いっぱいとなり、一般読者に頒布することは不可能となった。参加者の中には10部ほど購入された方もいるので、もしご関心がある方は、それら参加者に相談してみて欲しい。両発行人の手元には1部もない。

          【広告】
          俳句新空間 No.1―BLOG俳句空間媒体誌― 
          現代の新しい俳句雑誌のあり方を問う!平成二十六年二月刊!
          定価 五〇〇円(すでに在庫なし)/攝津幸彦・表紙絵 
          ●平成二十五年癸巳俳句帖 1000句
          歳旦帖・春興帖・花鳥篇・夏興帖(含日盛俳句)・秋興帖・冬興帖            
          ●二十四節気題詠句・(追加)二十四節気見直し問題の経緯
          曾根毅・中村猛虎・杉山久子・筑紫磐井・池田澄子・小林千史・本井英・依光陽子・網野月を・関悦史・小野裕三・小早川忠義・仲寒蝉・北川美美
          ●平成二十六年新春帖  280句
          仲寒蝉・小林千史・網野月を・もてきまり・小澤麻結・中西夕紀・堀本吟・岬光世・前北かおる・堀田季何・太田うさぎ・北川美美・夏木久・福田葉子・羽村美和子・筑紫磐井



          【朝日俳壇鑑賞】時壇 ~登頂回望 その三~ / 網野月を



          朝日俳壇(2014年2月17日朝日新聞)から
          雪だるま黒き涙を流しをり (洲本市)高田菲路

          大串章選である。洲本市は淡路島に位置している。淡路島は瀬戸内に在って気候は温暖なところと聞いている。であるから普段は雪だるまとは余り縁のない土地柄であろう。テレビか何かでご覧になったのか?それとも今年は二月になって二度の大雪があり、その際に身近に雪だるまをご覧になったのか?後者の様な気がする。雪だるまの目、鼻、口は木炭を嵌め込んで形作られるのがオーソドックスなものである。その木炭から黒い液が滲み出して「黒き涙」になったのである。一読して直ぐに解かる句意である。雪だるまの景を詠んだものの中に、作ったばかりの雪だるまの眼鼻立ちの凛々しさや、翌日の陽光に融けかかった無残な姿を詠んだ句にはよくお目にかかる。類想が多いのだ。が涙を流す雪だるまにはなかなか出遭わない。

          句末を動詞「をる」の連用形「をり」にして雪だるまの状態を述べているのが、客観的な叙法となっている。例えば「けり」にした場合、「涙」の見立てと共鳴しているようであるが饒舌になって、あからさまな感情表現になってしまうだろう。

          同作者の句は他に

          雪をんな無人の筈の給油所に

          がある。金子兜太選である。どちらも雪をテーマにしていて久しぶりに降った雪に興奮している作者が思い浮かぶ。





          【執筆者紹介】

          • 網野月を(あみの・つきを)
          1960年与野市生まれ。

          1983年学習院俳句会入会・同年「水明」入会・1997年「水明」同人・1998年現代俳句協会会員(現在研修部会委員)。

          成瀬正俊、京極高忠、山本紫黄各氏に師事。

          2009年季音賞(所属結社「水明」の賞)受賞。

          現在「水明」「面」「鳥羽谷」所属。「Haiquology」代表。




          (「朝日俳壇」の記事閲覧は有料コンテンツとなります。)

          「正木ゆう子と私――戦後俳句の私的風景」⑥/筑紫磐井


          ⑥ ライバルとの競争

          「沖」の二十代作家は恵まれていたと述べた。その一例として、毎年の沖の二十代・青年作家特集を掲げた。これからこの特集のその後の展開を眺めてみたいと思うのだが、その前に一言、こうして取り上げられた作家たちの相互の関係を眺めておきたい。

          若い作家たちも相互に競いあった上で、結社の様々な評価を受けてゆく。一つの指標が「同人」となることで、キャリアを積んだ若手は結社の運営や作品の中心となる場としてこうした一種の企業の職場での昇格のような仕組みで上部へ組みあげられてゆく。沖創刊後の二十代作家の同人昇格をあげてみよう。

          【20代作家たちの同人昇格】[]は現状
          51年 大関靖博(28歳)[轍主宰]、能村研三(27歳)[沖主宰]
          53年 柳川大亀(31歳)
          54年 鎌倉佐弓(26歳)[吟遊編集人]
          55年 小澤克己(31歳)[遠嶺主宰→平成22年没・終刊]
          56年 田中耕一郎(34歳)、筑紫磐井(31歳)[豈発行人]、正木ゆう子(29歳)[紫薇同人]
          57年 森岡正作(33歳)[出航主宰]
          59年 中原道夫(33歳)[銀化主宰]
          60年 猪村直樹(32歳)、渡辺鮎太(32歳)

          []の現状が掲げられていない人たちの中にはもうすっかり俳句から撤退した人たちもいる。さてこうして同人となったなかでは、大関、能村、鎌倉が若くなり、それ以外の多くは30歳前後まで同人昇格を待つこととなったようである。「沖」という雑誌からはこの3人が格段に期待されていたと言うことだろうか。

          もう一つは結社の顕彰として様々な賞がもうけられているが、二十代・青年作家を対象とした賞としては、「沖」では新人賞・同人賞が設けられていた。その受賞状況を掲げてみよう。

          [20代作家たちの新人賞・同人賞]
          能村研三=59年同人賞
          鎌倉佐弓=60年同人賞
          田中耕一郎=56年新人賞
          中原道夫=59年新人賞・2年同人賞

          これも同人となる順番と併せて、期待度を表しているものだろう。中原道夫がそろそろ頭角を現してきている。

          さらに、昭和53年5月「特集沖の20代・10代」では、作品特集と併せて青年による座談会「俳句の未来を考える」が開かれており、各自の俳句を語っているが、二十代では、大関靖博、能村研三、鎌倉佐弓が出席している。上の同人となった順番や顕彰とよく合致している。また、同じく号の俳句作品の選評で鎌倉佐弓が五席で取り上げられている。それはこれでよいのだが、能村登四郎の選評が、「もうすっかり沖句会のアイドルになってしまった佐弓ちゃん。先ごろお父様を亡くされたが、それにもめげず句会で勉強されている。二十代のうちにうちに何かせい一ぱいかけようとするけなげな気持ちは尊い。それだけ情熱があるから、句はやはり抜群にうまい。」という、鼻白む選評であった。

          若手が優遇されていると言われる「沖」にいた正木ゆう子にしても、私にしても、短い期間とはいえ中断の時期があるのだが、こうした妙な優等生的雰囲気に嫌気がささないわけではなかったのである。私だけでなく、正木ゆう子も鬱屈した時代を送っていたのではないかと思う。

          では、それらの若手たちがその後、結社以外でどうなったかの途中経過を参考までに書いておこう。

          [20代作家たちの協会賞等]

          能村研三=平成4年俳人協会新人賞
          鎌倉佐弓=平成13年現代俳句協会賞受賞
          筑紫磐井=平成6年俳人協会評論新人賞・平成16年正岡子規国際俳句賞特別賞・平成24年俳人協会評論賞
          正木ゆう子=平成11年俳人協会評論賞・平成14年芸術選奨文部科学大臣賞
          中原道夫=平成元年俳人協会新人賞・平成5年俳人協会賞

          優等生となるばかりが道ではないだろうとはそのころから思っていたことである。

               *

          個人的な感想を述べさせてもらえれば、文学結社は会社ではあるまいし、同人ー結社賞ー協会賞などというヒエラルキーで忠勤を励んでみてもしょうがないだろうと感じた。そこで、以後、一切俳句作品はあきらめた。しかし、当時「沖」は評論活動に熱心であったこともあり、せっせと評論は送りまくったものだ。数年にわたる長編連載評論を何回も書かせてもらった(というより、勝手に編集長に送るとそのまま掲載されるのである)。初めは、不定期に送稿していたが、やがて懸賞論文にも応じるようになった(沖は評論コンクールが盛んであったのだ)。それも初めは評論だけだったが、文章であれば何でもよいと随筆にまで応募している。その結果が次の通りであった。その意味で私にとってはまことにありがたい雑誌であった。

          【筑紫磐井受賞】

          5周年記念作品 論文入選1位「俳句と近代について」
          100号記念作品 論文入選2位(このとき1位なし)「女流俳句論」
          10周年記念作品 論文入選1位「雅びの系譜」
          15周年記念作品 論文入選なし、随筆入選2位「パンの実のごとやさし」
          200号記念作品 論文入選1位「「第二芸術」四十年」、随筆入選1位「桑名」(15周年落選論文を随筆に書き換えて応募)
          20周年記念作品 論文入選1位「虚子の系譜と子規の系譜」、随筆入選2位「黄金の茶室」

          25周年・300号記念では論文賞選者になっていたから、応募できず、代わりに模範となる選者論文「風景新論」を発表させてもらっている。しかし、言っておくが結社賞からは全く無縁であった。優等生の戦略ではないのである。

          こうした邪道を取らなかったのが正木ゆう子である。様々なコンクールに応募することもなく、角川俳句賞などにも応募することなく、営々と同人欄に作品発表することによって後世に注目される作品を作り出していった(もちろん句会だけはせっせとやっていたが)。内側に向う力こそが正木ゆう子の力であったと思っている。

          このようなことを書いているのも、理由は二つある。一つは若い作家たちに、自分たちの道は自分たちで切り開いて行くものであるということに目をひらいて欲しいからである。大人たちの示す道にろくなものはない、少なくとも自分たちの作り上げた道を進むことで失敗したとしても後悔は少ないであろう。

          二つ目は、俳句は俳句作品ばかりが目的ではない、評論は重要な分野であるということだ。昨年の俳人協会賞(句集)は252編の対象句集で受賞は1編、当選率0.4%、俳人協会評論賞は8編の対象句集で受賞は2編、当選率25.0%。60倍の確率である。青年はよろしく評論を書くべきである(もちろん俳人協会賞など目じゃないという青年作家もいるであろう、そういう青年には深く敬意を表するが、最近眺めてみると我々の時代以上にやたらと賞をほしがる青年達が多いのも実態であるように思う)。



          【西村麒麟『鶉』を読む6】 (一句鑑賞) 鶴と亀  / 田中亜美

           華やかな鶴と優しき大きな亀


           麒麟さんの句には、麒麟の名前のごとく、動物やその周辺を題材にしたものが多い。<秋蝉や死ぬかも知れぬ二日酔ひ><虫籠に胡瓜が入るほどの穴><黄金の寒鯉がまたやる気なし> <働かぬ蟻のおろおろ来たりけり>などである。何だか書き写しながら、たしかに動物は動物だけど、犬や猫や馬や狼など、いかにも詩の題材となる生きものではない、ニッチというか微妙な存在感の生きものが多いなと思う。それにそもそも、当の「麒麟」の登場することが、全くない。あの首が長くて、眼が優しそうで微妙に曇っていて、高い梢の木の葉をもぐもぐしているようで、されど、目の前に肉があったらそれはそれでむぐむぐしそうな生きものを、直接登場させることはないのだ。

           だけど、先にあげた<秋蝉>や<虫籠(に居る虫)>、<寒鯉><蟻>には、濃淡の差こそあれ、いずれも「麒麟」が隠れている、言い換えれば、麒麟さんの自画像が投影されているような気がする。しょっちゅう二日酔いで、日本酒のお供に胡瓜は欠かせなくて、俳句とお酒以外はまあ、そんな感じ。
           だんだん、悪口みたいになってきましたが、スピカの「きりんの部屋」で、私の酒癖をバラすのは、止めて下さい(笑)。

           掲句は、そうした私小説風の「麒麟調」とは一風変わって、「鶴」と「亀」という生きものだけが、ぽんと置かれた感じが斬新な気がする。「鶴」と「亀」は言うまでもなく、千年万年という長いスパンの時間軸を貫くめでたさを象徴するもの。それを、紅白の水引であるとか、金銀の派手な装飾といった具体的なイメージに仮託させることなく 、「華やかな」「優しき」「大きな」という形容詞三つで、すらりとやわらかく言いとめた。

           普通、一句の中で、形容詞が重なることは、句をごてごてと重くしがちだが、この句の場合は、形容詞が足し算ではなく引き算として、すなわち、句をどんどん軽くしていく方向に機能させている気がする。ほっそりとたたずむ鶴と、その鶴を、どっしりと受け止める亀。「華やかな」「優しき」「大きな」という三つの形容詞の先にある、第四の形容詞は、いったい何だろう。たぶん、それは、とても幸せな、あたたかな何かだ。この句は、最終的に、その「何か」を言おうとしているのかもしれない。
           いささか飛躍した読みであることを承知で、私はこの句に祝婚歌というか、たとえば麒麟さんの奥さんと麒麟さんの姿を重ね合わせてしまう。ただし、この句の持つスケール感は、私小説にとどまるのではなく、もっと大きな、人類に向けた叙事詩のような何かだ。

           …人類というか、まあ、鶴と亀だけど。

           句集刊行おめでとうございます。著者・西村麒麟、発行者・西村A子、発行所・西村家。「きりんの部屋」の更新スピードにはかなわないながらも、いろいろと句集を読んでいるつもりですが、著者略歴に入籍日が記されたものは、初めて見ました。

           昨春の結婚のお祝いには伺えず、失礼しました。

           結婚2年目ですね。

           遅くなりましたが、末永くお幸せに。





          【西村麒麟『鶉』を読む5】  肯うこと ―西村麒麟第一句集『鶉』読後評― / 澤田和弥


          まずは西村麒麟氏の第一句集『鶉』ご上梓にお祝いを申し上げたい。

          鶉は小さい鳥である。幼い頃、その卵がとても気になっていた。
          鶏卵はよく目にするし、口にもする。
          駝鳥の卵を初めて見たときも、さほど衝撃はなかった。
          しかしスーパーに10個1パックで並ぶ
          鶉の卵が気になって、仕方がなかった。
          わが家では鶉の卵は購入しない。
          あの小さな可憐な卵が欲しくて欲しくて仕方なかった。
          或る日、外食の折にとろろに鶉の卵が乗っていた。
          それはあまりもかわいらしく、ずっと愛でていたいような黄身だった。
          私は鶉の卵がさらに欲しくなった。
          後日、母のお伴でよく行くスーパーに、
          焼鳥屋の屋台が出ていた。
          なんと、そこには鶉が売られていた。
          あのかわいらしい鳥が無残にも半分に裂かれ、
          香ばしく焼き上げられていた。
          強い衝撃だった。
          我々は生命を喰らって生き延びているということを、
          幼いながら改めて認識した瞬間だった。

          句集『鶉』が焼鳥になって、売られることはない。
          しかし、この句集には幼いときに私がいだいていた
          「鶉」への思いを甦らせるものがあった。
          この句集を読むことは、
          そのまま嬉しいという感情につながる。
          気持ちがよいのである。
          それはなぜか。
          西村氏の俳句は、存在する事物事象を
          あるがままに前向きに受け入れ、
          全てを肯定するからである。
          これは簡単にできることではない。
          私は西村氏の半生を知っている訳ではないが、
          かなりつらいことを乗り越えてきたのだろうと想像する。
          何の経験もなく、全てを肯定する者は単なる馬鹿である。
          否定的局面をいくつも乗り越えたうえでの全肯定は聖性を有す。
          私は『鶉』に聖性を見るのである。
          この句集を前にすると、
          自分はなんてちっぽけなことで悩み、
          ささいなことで人と争っているのかと、
          赤面してしまう。
          俳句というこの小さな詩型を前に、
          これほどまでに怯えている自分に気付く。
          誰もが受け入れてもらいたい。
          肯定してもらいたい。
          否定されたくない。
          一人の個人として、人間として、受容してもらいたい。
          西村氏の俳句はその根源的願望を叶えてくれる。
          『鶉』は広く、明るく、素直である。

          父なる太陽、母なる月光とまでは言わない。
          それにしては「鶉」はあまりにも小さく、ひ弱である。
          一句一句については、まだ充分にのびしろがあると思う。
          もう少しことばと格闘してほしいと思う句も散見した。
          しかし、だからどうした?という話である。
          この句集は西村麒麟氏という稀有なる光から生まれた、
          なんともかわいらしく、そして底抜けに明るい、
          神々の祝福のもとにある一冊である。
          素晴らしい句集であることを私は心から祝福したい。
          肯うことの力強さと幸福感を改めて感じさせていただいた次第である。






          【俳句作品】  筋肉   曾根 毅

          ※画像をクリックすると大きくなります。



               筋肉   曾根 毅


          歳晩や水の行方を確かめぬ

          花八手そこは強固に塗り固め

          顔洗う弔いの日は白みつつ

          基督の釘深からん初明り

          梅に種あれば舟歌恋しけれ

          冬めくや肉の匂いの紙袋

          筋肉のまだ残りたる鰯雲

          大根を転がしている指の腹

          草餅や馴染みの猫を通り過ぎ

          どの豚の前も後も豚の尻




          【作者略歴】

          • 曾根 毅(そね つよし)

          1974年香川県生まれ。「LOTUS」同人。現代俳句協会会員。



          【竹岡一郎作品 No.6】 狐わらし 3   竹岡一郎


          ※画像をクリックすると大きくなります。


             狐わらし 3   竹岡一郎

          美(うま)し野へ我を置き去る狐の母

          人に還り狐の言葉もうわからぬ

          廃校に狐を抱いて眠りたい

          狐火が瞠る眼を磨きけり

          狐呼ぶには徒(あだ)しの館堅過ぎる

          狐とほく知命如何と問ふらしき

          可惜(あたら)夜(よ)を狐に焦がれ明かしけり

          狐火にこの人身を焼かんかな

          狐見て影の煩ひ発しけり

          わが心狐に逢ひに跳んだきり








          【作者紹介】

          • 竹岡一郎(たけおか・いちろう)

          昭和38年8月生れ。平成4年、俳句結社「鷹」入会。平成5年、鷹エッセイ賞。平成7年、鷹新人賞。同年、鷹同人。平成19年、鷹俳句賞。
          平成21年、鷹月光集同人。著書 句集「蜂の巣マシンガン」(平成23年9月、ふらんす堂)。

          【小津夜景作品 No.13 】 ヘヴン&ナーバス  小津夜景


          ※画像をクリックすると大きくなります。
          (デザイン/レイアウト:小津夜景)





               ヘヴン&ナーバス  小津夜景

          春の川浮くものなくば我抛る

          ギロチンに風船のある祭なり

          こなごなの拳ばるーん春の壺

          つちふるや臍の乾いてしやうがない

          つばさなきアブラクサスが春ばさら

          虹の尾を握ればハレはケと化けて

          天の扉だあぶらかたぶらひばり啼き

          渋顔の我をとぶらふうぶ毛かな

          引きはがす東風とこころのいうれいを

          うつしよの写すなかれと冴え返る




          【略歴】
          • 小津夜景(おづ・やけい)

               1973生れ。無所属。


          2014年2月14日金曜日

          第57号 2014年02月14日発行

          【俳句作品】
          • 現代風狂帖 
          <小鳥遊栄樹作品 No.1>
          それぞれに空   小鳥遊栄樹   ≫読む

          <竹岡一郎作品 No.4>
              狐わらし 2   竹岡一郎    ≫読む

          <小津夜景作品 No.12>
                固有名のある風景   小津夜景   ≫読む
              

          【戦後俳句を読む】
          • 「正木ゆう子と私――戦後俳句の私的風景」⑤
          ……筑紫磐井   ≫読む

          • 「俳句空間」№ 15 (1990.12 発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(続・5)
          ……大井恒行   ≫読む


          【現代俳句を読む】

          • 特集<西村麒麟第一句集『鶉』を読む> 2
            • 心地よい句集    ……樋口由紀子   ≫読む
            • 印影の青き麒麟     ……五十嵐義知  ≫読む

          • 【俳句時評】  時壇 ~登頂回望 その二~
          • ……網野月を  ≫読む

          • 【俳句評】 短歌の穴からのぞいてみれば 「詩客」より  
          ……稲泉真紀  ≫読む
          • 【俳句評】 或る日の現代俳句   「詩客」より
          ……高塚謙太郎  ≫読む
          • 【俳句時評】 俳句の「後ろめたさ」について
          ……外山一機   ≫読む

           【俳句時評】  
          大井恒行の日日彼是       ≫読む
            (-blog俳句空間-戦後俳句を読むAnnex) 詩歌・芸術のリポート満載。どんどん更新!!


          【編集後記】
          •       あとがき   ≫読む 
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          • 【告知】 3月11日 第4回芝不器男俳句新人賞公開選考会(手伝い募集) 

            》読む ※関悦史さんのブログにジャンプします。









          • 仲寒蝉 第二句集   『巨石文明』  刊行!!

              ※画像をクリックするとAmaozonサイトへ飛びます。
            • 西村麒麟 第一句集 『鶉』 刊行!!
            (「鶉」西村家版発行数配布終了致しました。2014.02.15.)
            • 第二回 攝津幸彦記念賞各賞発表  》読む
            • 祝!恩田侑布子さん
            Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞!恩田侑布子……筑紫磐井 ≫読む


            第23回ドゥマゴ文学賞授賞式の様子 ≫「俳句界ブログ大井顧問)



                                  ≫受賞式記録映像  Youtube 画像







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            第57 号 (2014.02.14 .) あとがき

            北川美美

            バレンタインデーの金曜日です。

            今号、【現代風狂帖】作品連載として小鳥遊栄樹(たかなし・えいき)さんが加わりました。略歴に生年が記されておりませんが、19歳と伺っております。沖縄・浦添高校時に俳句甲子園を経験されているということですが、略歴にはそれについては触れていらっしゃらないので、俳句甲子園ということには触れたくないのか、とも想像したりしています。今後の作品掲載をどうぞお楽しみに!

            小津夜景さんは横書きレイアウトにて掲載です。もともと小津さんのwordは日本仕様ではないようで、いただく原稿はいつも横書きで届きます。今回のレイアウトはレストランで渡されるメニューのようにも見えますが、思えば、レストランのメニュー構成というのは、あるストーリーになっています。アラカルトで何を選ぶかは客の自由というところでしょうか。そう考えていたら『美味礼賛』(ブリア・サヴァラン)なんかを引っ張り出したくなりました。それはそうと小津さんの連載まるまる3か月が経過したことになります。恐るべし。

            竹岡一郎さんと合せ三者競合という作品欄になりました。

            <西村麒麟『鶉』句集を読む>特集も第二回となっています。西村麒麟が生まれる前、オールナイトニッポン生歌コーナー「きりんさんのコーナー」のリスナーでした(検索すると山本雄二というパーソナリティだった模様)。友人協作の録音テープが採用に。レトロな話題ですが。

            本日全国的に降雪の地域が多い予報となっています。本日すでに雪掻きに精を出しております。
            皆様どうぞあたたかくお過ごしください。


            ※2月15日追記: 西村麒麟『鶉』西村家発行配布数終了という連絡を受けました。


            筑紫磐井
            (風邪のため本日も閉店) 










            (「鶉」西村家版発行配布数終了致しました。)

            【朝日俳壇鑑賞】 時壇 ~登頂回望 その二~ / 網野月を

            朝日俳壇(2014年2月10日朝日新聞)から
            ◆一瀑は鼓動の如し山眠る (苫小牧市)齊藤まさし

            金子兜太は一席で選している。「飛瀑といわず「一瀑」。幽邃の極み。」と評している。他の兜太の選は、「自分」を意識したものが多いがこの句は叙景に徹している。(作者の視座の明確なものや「私」が入っているものが多い。)兜太の言う通り「一瀑」と叙述したところが作者の意図を反映しているようだ。兜太はこの「一瀑」にその規模の大きさと共に静穏を感じ取っている。芭蕉の山寺での句「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」に似通った表現だと評したいのだろう。轟々と落ちる「一瀑」に静穏を感じ取るのは俳人ならではの感覚である。冬になっても水量の衰えない、全山眠る中での「一瀑」は、就寝中の心臓の動きそのものである。「山」と「如」に筆者は孫子を思い浮かべるが、直喩表現の簡潔さは、句全体の清冽さのイメージにぴったりと合っている。座五に「山眠る」を配することで、山への慈しみの心情が伝わってくるようだ。


            ◆鶴自由ひとは心を放ちけり (堺市)辻田あづき

            選者は稲畑汀子である。若さの漲る句である。作者の年齢は明らかにされていないが、たぶん若い人の作であろうか?と考えたりする。「鶴自由」と大胆に上五を置く辺りは手慣れているとも言えるのであるが。作者の年齢の詮索は休むに似たりかもしれない。上五で僅かに切れを作って、中七下五の本題に入っている。鶴は自由である。人は心を放つ(人は心を自由にする)ことができる。という句意であろうと想像する。「ひとは」には当然自分自身も含まれる訳であり、ポジティヴな意思を表出している。鶴の自由は、反面大自然の厳しさに抗う力を備えていることを条件とする。そしてその力を備えたものだけが大自然の懐に抱かれる資格を有する。「ひとは」果たして如何?!大自然の代わりに社会の中に在る「ひとは」社会との心の桎梏を振り解くことで自由を得るのかもしれない。





            【執筆者紹介】

            • 網野月を(あみの・つきを)
            1960年与野市生まれ。

            1983年学習院俳句会入会・同年「水明」入会・1997年「水明」同人・1998年現代俳句協会会員(現在研修部会委員)。

            成瀬正俊、京極高忠、山本紫黄各氏に師事。

            2009年季音賞(所属結社「水明」の賞)受賞。

            現在「水明」「面」「鳥羽谷」所属。「Haiquology」代表。




            (「朝日俳壇」の記事閲覧は有料コンテンツとなります。)

            【小津夜景作品 No.12 】 固有名のある風景 小津夜景


            ※画像をクリックすると大きくなります。
            (デザイン/レイアウト:小津夜景)









               固有名のある風景      小津夜景


              蓬餅を捏ねてゐたら、なんといふか。
            黙しあひ揉みあひ春のもすらかな


              踏み入つたときの、あののぼせる感じがたまらなく良い。
            春林のロールシャッハを放浪す


              西暦、と聞くと磔刑を連想してしまふ自分(でも時が楔なのは本当)。
            ミモザふる千年人間(ミレナリアン)のなきがらへ


              どうみてもカンフー。なのにその人は「踊つてるだけ」とごまかすの。
            九龍城(カオルン)はうららか死体役求む


              子供の頃に思つてゐたより、夜はずつと単純。
            春の夜の地球(テラ)に三人の囲ひ妻


              本は読まない。いつも外遊びばかり。
            荷風忌やなまくら趣味で天狗狂


              たつた今、夫に「俺、黒田硫黄と同じ誕生日だよ」と自慢された。
            ポン・ヌフに凶徒かぎろふニューロンが


              京都を旅してゐて、虚無僧にタカられたことがある。
            佐保姫を身ぐるみはぎし護摩ならむ


              つまり、ディスネス。
            柳絮とぶひとつぶのこの歴史へと 


              名こそしらねどゆびきりをせむ。
            カナンなりさて羊の毛でも刈るか




            【略歴】
            • 小津夜景(おづ・やけい)

                 1973生れ。無所属。


            【小鳥遊栄樹作品 No.1】 それぞれに空 / 小鳥遊栄樹


             ※画像をクリックすると大きくなります。


               

               それぞれに空   小鳥遊栄樹


            泡盛を故郷の海と思え

            佐保姫や雑草踏まれ目覚めをり

            釣竿のしなれば魚春浅し

            山笑う猫はポストを飛び降りて

            珈琲を注げばマグカップ温し

            ギター弾く指一瞬の冷たさよ

            山眠る飼い犬の首輪は黄色

            冬深しキャラメルの包みを剥がす

            海岸のシーグラス拾う雪女郎

            冬ざれや星はそれぞれ空を持ち



            【作者略歴】

            • 小鳥遊 栄樹 (たかなし・えいき)

            沖縄俳句会「若太陽」所属、関西俳句会「ふらここ」所属、俳句誌「里」同人、俳句誌「群青」同人、メール句会「立体交差」参加、インターネット句会「週活句会」参加