2014年7月18日金曜日

【小津夜景作品No.32】




オンフルールの海の歌   小津夜景

『空想家』とはとてもきちんとした良い人たちのこと。 
さう言つたのはわたしの大好きな人。海鳥の伯父さんをもつ音楽家だ。 
先日わたしはひさしぶりにその人の家に行き、グランドピアノよりも巨きい梨のかたちをした堕天使と話した(この堕天使は梨のくせに人語を解するのである)。 
音楽家は留守なのです、とすまなさうにする梨の堕天使にわたしはポワレではなくカルヴァドスを勧め(梨は共食ひをしないらしい)一緒に窓から海を眺めた。 
自由。自由。自由。自由。自由。 
それ以外何の思ふことがあるだらう? 
まだ頭の黒いカモメの子供たちが、空を泳いでゐるかと思ふと、たちまち波間に落ちる。パラグライダーの真似をして遊んでゐるのだ。 
突然、梨の堕天使が、阿呆らしくなるほど感情を込めて語り出した。 
タコは隠れ家にゐる。
タコはカニと戯れる。
タコはカニを追ひかける。
タコはカニを変なところに呑み込んでしまふ。
取り乱して足をもつらせる。
調子を戻さうと、タコは塩水を一杯飲む。
この飲み物はとてもいいんだ、飲むと気分も変はるから。 
……ださうです。わたしは笑つてまた窓の外を見る。さうして出来た海の歌。


まほろばのくらげや気まま離れ島

なつぎぬのたましひ帆にも空回る

びいどろよひとがさかなとよぶものは

みなみかぜして埋葬はまたたくま

いかさま師さまざまの海思ひ出にき

木霊なりあらゆる意味でうみねこが

まひまひを食らうて待ちわびて睡魔

雨だれがまもなく(今)と言ふだらう

サビシカルマンバウ夕立トロピカル

真夜中の島さかさまに浮いてこい





【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。





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