2014年6月27日金曜日

第76号 (2014.06.27 .) あとがき

北川美美

今号無事更新。あとがきはお休み・・・。


筑紫磐井

○家の隣は長いこと植木畑であったが、3年ほど前に地主がなくなって売りに出され、建売り住宅がたくさんできた。これに伴い新しい私道が設けられて、私の家の前の突き当たりの私道とつながった。このため、通り抜けが可能となり、歩行者の動線が大幅に変わったのである。今までは私道の奥に住んでいる人しか使わなかった道路だが、通り抜けが多く通うようになった。

最も顕著なのが、小学生だ。家の近くの車の通う区道は視界が悪く危険なので、そこから逸れるこの私道を10人ぐらいの小学生が通学路として常時利用するようになった。朝飯を食べながら眺めていると、たぶん始業の1時間ぐらい前から出かける真面目な生徒もいれば、8時半の始業にぎりぎり間に合うようにあたふたと駆けて行く生徒もいる。踏切にひっかからなければ、何とか教室に滑り込める時間なのだ。ただ、朝の踏切は混雑しているから、この生徒は2回に1回は教室で立たされていたのではなかろうか。

面白いのは、この生徒の姿が突然見えなくなったことである。たぶん、この生徒は6年生で、今年の3月に卒業し、今頃は中学に通うために別の通学路をあたふたと駆けて行っているのだろう。

なぜこんなことに関心があるかというと、俳壇によく似ていると思えたからだ。相変わらず、たくさんの通行人(俳人)はいるが、亡くなったり、別の趣味に移ったりして、通っているのは、すべてが昔の人々ではない。同じ通行人(俳人)のつもりで話をしても、実際は随分と違った人々の構成となっているかもしれない。俳句の指導者が何度でも同じ話をしているのを聞くと少し面倒くさくなるが、案外聞いている人達は次々に入れ替わり、新しい話として聞こえるのかもしれない。

以上は皮肉である。それに反して、このBLOG俳句空間は、アーカイブ機能を持っているからいつでも古い話を書庫から引きずりだせる。だからこそ、常に新鮮な話題を提供したいと思っている。



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