2013年12月27日金曜日

第51号 2013年12月27日発行

【俳句作品】

  • 平成二十五年冬興帖 第八
    ……夏木 久,山本敏倖,山田耕司
                   北川美美,高山れおな  》読む

【戦後俳句を読む】

    • 文体の変化【テーマ:昭和20年代を読む25~社会性俳句総括③~最終回】
    ……筑紫磐井   ≫読む

    • 「俳句空間」№ 15 (1990.12 発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(続・3)
    ……大井恒行   ≫読む


    【現代俳句を読む】
    • 【俳句時評】  禅寺洞から遠く離れて 
                            ……外山一機   ≫読む


     【俳句時評】  大井恒行の日日彼是       ≫読む
      (-blog俳句空間-戦後俳句を読むAnnex) 詩歌・芸術のリポート満載。どんどん更新!!



    【編集後記】

          あとがき   ≫読む  



    PR】 広告・告知

    • 2014年1月3日(金)休刊致します。
    • 新年は1月10日(金)更新予定。 よいお年をお迎えください。


    • 第二回 攝津幸彦記念賞各賞発表  》読む
    • 祝!恩田侑布子さん
    Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞!恩田侑布子……筑紫磐井 ≫読む

    第23回ドゥマゴ文学賞授賞式の様子 ≫「俳句界ブログ大井顧問)









    -俳句空間ー豈 第55号』2013年10月25日発売!!
    邑書林のサイトから購入可能です。
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    第51 号 (2013.12.27 .) あとがき

    北川美美

    2013年最終号をお届けします。

    滑り込みで「冬興帖第八」。1年を通し、句帖(歳旦帖、花鳥篇、春興帖、夏興帖、秋興帖、冬興帖)そして二十四節気題詠と季題について学ばせていただきました。シリーズとしてまとめて読んでみると実に面白いものです。

    時評では外山一機さん、戦後俳句を読むでは、筑紫相談役、大井顧問に入稿いただきました。

    バックナンバーを見てみると、

    第6号(2月8日)にて「攝津幸彦記念賞」の告知を行い、第42号(10月25日)にて各受賞者の発表掲載し多いに盛り上がったように思います。

    準賞受賞された、小津夜景さんの作品シリーズが展開され…と、賞とは何か起爆剤的効果があることを実感しました。 (今号、小津さんは冬休みとして掲載お休みです。)

    来年1月には「芝不器男俳句新人賞」の発表があるようです。こちらからも不出の新人が大爆発するかもしれません。


    慌ただしい1年でした。読者の皆様、御執筆者の皆様に感謝いたします。来年もご愛読いただけるようコンテンツを充実させてゆきたく思っております。皆様よいお年をお迎えくださいませ。

    尚、来週2014年1月3日(金)は休刊とさせていただきます。 新年は2014年1月10日(金)に更新予定です。(更新時間未定)


    筑紫磐井

    ○「BLOG俳句空間」も年内最後の配信となった。よく1年間続いたと驚いている。先ずは雑用を含めて奮闘して頂いた北川編集長に感謝申し上げる。2年は続けたいね、が最初の合言葉であった。

    「豈」同人というのは不思議なもので、会ったこともなければどんな生活を送っているのかも全く知らない人がゾロゾロいる。北川編集長も、それまではほとんど知るところがなかったが、毎号編集後記を並んで書いているうちに、実に多趣味の人であることが判った。興味が多方面に向いていると言うことは、編集にはうってつけの才能である。真面目な発行ぶりは、まさしくその才能が開花した成果であろう。

    ○もちろん、「俳句帖」「俳句時評」「戦後俳句を読む」を始め執筆頂いた方々にも深く感謝申し上げる。来年もよろしくお願い申し上げます。

    ○なお今回をもって私の「戦後俳句を読む」の第2クールを終えることとした。次回からは、ぐっと時代を下って戦後生まれ俳人を取り上げることとしようと思う。戦後の物故俳人を取り上げるとしてスタートした「戦後俳句を読む」であるが、連載が痩せて来たために少し話題を拡大したいと思ったのである。ハードルを下げて参加者を広く求めることとしたい。長谷川櫂とか中原道夫とか、中西夕紀とか、櫂未知子とか勝手に論じてみたい人は声をかけていただきたい。本人には予告なく連載作家論を開始することとする。私個人としては、「文体の変化」の延長線上にはあるのであるが、内容はずいぶん違うものとなるはずである。もちろん、「戦後俳句を読む」の従来から執筆者は今までどおりの特定物故作家の執筆を続けることとなる。

    ○実に多事多難な一年だった。この編集後記執筆中にも猪瀬知事が辞表を提出した。史上最大の得票を得て知事に就任し、オリンピック招致に成功しながらの退任である。まことに一寸先は闇である。ということは一尺先はめちゃくちゃに明るい時代かもしれない。俳人は闇を見ず、明かりを見る人種だから、何があってもめげないだろう。よいお年をお迎えいただきたい。


    文体の変化【テーマ:昭和20年代を読む25~社会性俳句総括③~最終回】/筑紫磐井

    社会性俳句は、機会詠であることが多い。まさに前々回で掲げた句は、人が死んだり事件があったりしたことによって生まれた機会詠だ。機会詠として今もって記憶され残っている作品は昭和36年10月に日本社会党の浅沼稲次郎委員長が刺殺された時の作品、

    十代の愛国とは何銀杏散る 長野 松井冬彦

    ではないか。刺殺犯は山口二矢(おとや)、当時17歳(高校中退)で、今もってつかわれる浅沼刺殺の衝撃的な写真では、犯人が学生服を着ている。だからこそ「十代の愛国とは何」の言葉がよく共感を持って伝えられたのではないか。

    この作品は、朝日俳壇の中村草田男選に選ばれたものであるが、この句が記録ではなく伝承によって伝えられていったがために、多くの本がこの句を中村草田男自身の句であると記述している、しかしそうではなく無名俳人の句なのである。機会詠は無名俳人にこそふさわしい。当時の朝日俳壇を眺めてみると、機会詠を選んでいるのは上の句をはじめとしてすべて中村草田男選ばかりである。「十代の愛国」ほどの句はほかにあったかどうかは別にしても、機会詠の問題は作者の問題である以上に、選者の問題であるような気がする。選者が積極的にこれを取る意欲がないところに機会詠は生まれない。

    草田男は新聞での選評にあたり、「テーマそのものには恒常性があるが、ケースを通しての訴えであるだけに時間的に感銘がある程度薄まって行く可能性がある」と述べたが、草田男の予想に反して、どの機会詠よりもこの句は普遍性を保ち得たように思う。また、だからこそ草田男は現在の新聞俳壇では信じられないほどの長文の評言をこの句に寄せている。伝説が出来て当然の扱いであったのである。

    それにしても「十代の愛国とは何」というフレーズは、当時の時代の憤る様な気持をよく表している言葉であると思われる、社会性俳句らしい言葉である。容易に類想が生まれそうではあるが、作者としては1回限りの思いをもっていたことは間違いない。そうした思いと表現の乖離、――むしろそこにこそ時代を語る文体があるのだと言うことである。

        *      *

    以上述べて来たことで、「文体の変化」が述べられたとは思わないが、少なくとも、俳句は姿勢や態度であり、その故にそれが文体を作りだすと言うことを述べたいと思ったのである。これに形容詞をつければ多少分かりやすくなるかもしれない。社会的姿勢や態度を持つがゆえに社会的文体を作りだす、裏返せば古典的姿勢や態度を持つがゆえに古典的文体を作りだす、ということなのだ。現代の俳句が、停滞し、沈滞し、類想にあふれているとしたら、それは作者の姿勢や態度が問われるべきであろう。

    例えば簡単なことがある。類想が現代俳句の最大の問題であれば、絶対類想だけは排除すると言う意志を持って俳句を詠み始めれば、それは不可能ではない。しかし、そうした動機は、作者の俳句詠出の態度に、そして文体に影響を与えずにはおかない。ことによると、文芸的には痩せてしまった、彩のない、事実報告のような俳句になるかもしれない。多分そうなるであろうと予想されるのである。そしてそれは、作者が何を大事と考えたかによるのである。俳句が姿勢や態度であると言う所以である。


    【俳句作品】 平成二十五年 冬興帖 第八

    ※画像をクリックすると大きくなります。




         夏木 久(「豈」「連衆」)
    またけふも寒月磨く砂漠かな
    出汁香るまでの万葉集に雪
    試着室より軍隊の出づ聖夜

         山本敏倖(「豈」「山河」)
    記紀の色ついに冬至の水はあらすか
    あんもないとのきしせいしんはかんほくと
    寒夜明け分水嶺のあくびかな
    みちのくの鬼火の見える一里塚

         山田耕司
    寒月の釘抜きであり釘であり
    梟に人語を教へに行つたきり
    松だよとだまされてをる小春かな

         北川美美
    青空やクリスマスにも午の刻
    冬の空顔の真ん中鼻がある
    冬枯をゆく傷だらけの天使かな

         高山れおな
    美しき惑ひの年が暮れるなり



    「俳句空間」№ 15 (1990.12 発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(続・3/飯島晴子「初夢のなかをどんなに走つたやら」)/大井恒行

    飯島晴子「初夢のなかをどんなに走つたやら」
                                         
    飯島晴子(1923〈大10〉1.9~2000〈平12〉.6.6)の自信作5句は以下通り。

    寒晴やあはれ舞妓の背の高き   句集『寒晴』1990(平成2)年6月 
    漲りて一塵を待つ冬泉        〃 
    男らの汚れるまへの祭足袋      〃 
    初夢のなかをどんなに走つたやら   「俳句」1990(平成2)年1月号 
    今度こそ筒鳥を聞きとめし貌     「俳句」  〃    7月号

    一句鑑賞者は、妹尾健。その一文には「この句の場合、『初夢』ということばはむしろ、初夢の中までも走っている、と解した方がおもしろいかもしれない。ひたすら走っているわが身を、どこか醒めた眼で作者がみつめている、と読みとれば、そこからさまざまなことを私らはみてとることができるはずだ。飯島晴子氏はこれまでの句業の中で意識的に口語をもちいてこられた。それは現代的な感覚をもちこんだとみられがちであるが、そんな皮相なものであるとは思えない。氏のこころみの中には、口語をもちこむことによって、さらに多様な意識の幅をもりこむことができるしくみがあるはずである。このこころみを軽く考えてはならない」とある。

    その飯島晴子研究誌とでも言うべき冊子が出されている。誌名は「目入(Mail)」、発行者は竹中俊一郎。かつて晴子と同じ「鷹」に所属していたメンバーばかりだ。鳥海むねき、荻田恭三、しょうり大、武井英次こと竹中俊一郎らである。飯島晴子の作品の鑑賞のみならず、当然ながら飯島晴子の年譜や著作についての言及もある。筆者にとって、もっとも懐かしく思われるのはしょうり大で、筆を折ったとばかりおもっていたら、「目入」で復活しただけではなく、某結社に別の俳号で俳句を発表していることが分かった。「目入」は、「飯島さんのまわりにいた交流詩という性格付けの」ものらしいが、かつての「鷹」の青春時代を飯島晴子とともに生きた人たちの証言が毎回掲載されている実に貴重な冊子なのである。その「目入」に、晴子が関東の低山をよく吟行していて、とくに上野原で詠んだ句のひとつとして「男らの汚れるまへの祭足袋」が記されている。

    上野原には佐々木碩夫が住んでいて、上野原作品にはたびたび佐々木碩夫が登場するらしい。句は「恋ともちがふ紅葉の岸をともにして」「蛍の夜老い放題に老いんとす」「容赦なきここにも日本武の道」とある。


    【俳句時評】 禅寺洞から遠く離れて/外山一機

     岸本マチ子が『吉岡禅寺洞の軌跡』(文学の森)を上梓した。吉岡禅寺洞と、禅寺洞の主宰した「天の川」に関わった俳人たちの仕事を検証した一書である。「天の川」は、それが新興俳句運動において果たした役割のみならず、芝不器男、杉田久女、竹下しづの女ら、九州で活動していた作家たちのプラットホームとしての役割もまた看過できるものではあるまい。後者についていえば、本書で初期の「天の川」の投句者であった「首里儀保町の士族の長男で明治十九年に生まれた末吉安恭こと麦門冬」が紹介されているように、「天の川」と九州・沖縄という場所との関わりを考えるときに篠原鳳作の仕事を想起するにとどまってしまうような想像力では、「天の川」の切り拓こうとしていた言語空間を見誤ってしまうのである。

    岸本は本書序文で「新興俳句は口語俳句はどう変わってきたか、あるいは変わらなかったか、検証してみるのも二十一世紀への一つのステップかも知れない」としているが、戦後、口語俳句協会の会長を務めた禅寺洞は「口語俳句」の推進者でもあった。俳句における口語・文語使用については、個々の作家においていまだ重要な問題であり、その意味では、禅寺洞の提唱した「口語俳句」の検証もまた重要であろう。だがその一方で、禅寺洞とはほとんど関係のない場所にも口語による多くの優れた俳句を見ることができるということも無視できない。というよりも、「口語俳句」と称する禅寺洞やその後続作家の仕事を見るにつけ、「口語俳句」作家たちが奇妙な場所に自らを追い込んでいるような気がしてならないのである。

    たとえば、昨年二月に『俳句界』が「口語俳句にチャレンジ!」なる特集を組んだことがあったが、口語俳句協会幹事長を務める田中陽は次のように書いていた。

    今こそ口語俳句を!――編集部の与えてくれた題の「今こそ」に注目する。今、現在とはどういう時空の中の「今」なのか。 
     二〇一一年三月十一日、東北地方に大震災・津波が発生、それによって原子力発電所の爆発までが起き(中略)トラブルの完全収拾には数十年の時間を要すると分かりながら、なお原発推進を企む政治勢力も存在するという日本の現実、つまり「今」がある。
     俳句のみならず、あらゆる文学、芸術は、こういった反人間的、反社会的な行為・傾向に抗う精神の営みをいう。(「態度の問題」)

    田中はまた、今年五月に第三句集『ある叙事詩』(文学の森)を上梓しているが、そのあとがきでも先の震災について触れていた。

     〈3.11以後の俳句〉を戦後俳句の延長線上にテーマ化している僕自身、(中略)このテーマは、被災句を書くとか、書かないといったこと以上に俳句革新の根源の問題を孕んでいるのです。僕は昭和一桁後期の生まれ(平成天皇と全く同じ)、いわゆる疎開学童世代に属します。敗戦と今回の「3.11」は体験を超えて"思考〟として受け止め、この"二つ〟を重大なるものとして、俳句という自己表現の底に埋めておきたいと考えています。

     いったい、田中のいう「俳句革新」なるものほど閉鎖的な言葉はあるまい。三・一一以後の俳句表現の困難を「敗戦」と接続する「思考」のよしあしはともかく、それを「俳句革新の根源の問題」とするとき、田中の「俳句革新」が決して「革新」ではなく、むしろ田中の言葉通り、「戦後俳句の延長線上」を歩き続けるのだという自らの意志をいま一度確認する行為の謂であることがうかがえる。だから、この種の「革新」はともすれば懐古趣味に陥ることさえありうる。

    朝市のもの並び替えては少年寡黙 
    鼠追い込み軍国少年のことば出てくる 
    妻を更けさせつくつく法師聴いている 
    増水の川見てきて自分までおそろし 
    かなしい楽器だな 妻に吹く法螺は

     『ある叙事詩』に収録されたこうした句について栗林浩は「句集名にあるように叙事的ではあるが、時代背景を背負った、叙情句も多い。とにかく私には懐かしく、十分に愉しませていただいた」と書いているが(http://ht-kuri.at.webry.info/201306/article_2.html)、このような何気ない感想こそ、田中のいう「革新」がどれほどの射程距離をもっているのかを皮肉にも明らかにしてしまっているように思われる。いわば、田中の「口語俳句」はノスタルジーを手繰り寄せることはできるけれども、それが「今」を撃つための方法へと転じてはいかないところに限界がある。もちろん、そのこと自体は批判すべきことではないけれども、しかしながら、そうした自らのありように無自覚であることはおそろしいことだ。
    実際、「みんな加害者八月の蝉がシャッと去る」「だれが死んでもおどろかない おれが死んでも」といった句によって田中はいまさら何が書けたといいたいのだろう。僕はむしろ、「みんな加害者」とか「だれが死んでも」というふうにその個々の生死のありようを汎用的なそれへとすりかえていく田中の手つきに、『震災句集』で「幾万の声なき声や雲の峰」と詠って恥じない長谷川櫂と同じ無神経さを感じる。いったい、「幾万の」「声なき声」などというものがあるのだろうか。それらはあくまでも一人一人の声であったはずなのである。その「声」のひとつひとつを聞きとれなかったというのなら、僕らはその、ついに聞きとれなかった、ということに正直でなければなるまい。田中の「口語俳句」がこの程度の認識を示すことしかできなかったというところに、「戦後俳句」、あるいはその「延長線上」を歩きつつ「口語俳句」に執着する田中がはからずも抱え込んでしまった困難が端的に現れているように思う。

    逆に、同じ口語による俳句ならば、僕は御中虫の『関揺れる』(邑書林、二〇一二)こそ、三・一一以後に俳句表現はいかにすれば可能であるのかということを鋭く問うているように思われる。

    揺れながら物食ひ寝ながら揺れる関 
    関曰く揺れない方が変なのだ 
    関揺れる揺れてない場所さがしつつ 
    注意しろ関が余計に揺れだした 
    三度目の揺れはおそらく関のせい 
    本日はお日柄もよく関揺れる 
    『関揺れる』のあとがきのなかで、御中虫は自らを被災者ではないと言い、「虫は我が身のこととして 東日本大震災を ひきうけられはしない人格の持ち主である」としたうえで、次のように述べる。

    ただし関悦史さんという被災者がゐた。
    関さんとはたった二度ではあるけれどもリアルにお会いして、またふだんツイッターでの彼の知性とユーモアと機転、人柄などなどにはとっても魅力を感じてゐるし、虫がつらいときにツイッターでとおくからやさしいこえをかけてくださることもしばしばあり。個人的には親しみを感じてゐるのね、先方はどうだかわかんないけどww

    そんな 関さんが被災者であるということは虫にとっては大事件であり、しかもいまだに関さんのゐる地方がしばしば(けふも)揺れてゐる、ということ、関さんの「揺れた」といふわづか三文字のツイートにもこころが動揺すること、これは、紛れもない事実なのです。

    云わば虫は関悦史の「揺れツイート」を通じてのみ、この震災に向き合ってゐる。それ以外は、ない。
    僕には「関悦史の「揺れツイート」を通じてのみ、この震災に向き合ってゐる」と書くことのできる御中虫こそ信頼すべき書き手であると思う。むろん、このような御中虫の書きかたが田中のそれと大きく異なることは言うまでもない。おそらく御中虫に「口語俳句」は必要ないし、その意味では「吉岡禅寺洞」もまた必要ない。しかしそうであればこそ、逆に、「口語俳句」の側に与する者が成し遂げたかったはずのものを成し遂げているようにも思われるのである。たとえば「口語俳句」の先導者のひとりであった市川一男は自らの主宰する『口語俳句』の創刊にあたって「くらしのなかの/よろこびとなげきを/やさしいことばで思いをこめて!」と書いたが、この言葉をもっとも尖鋭的に実践しているのはむしろ御中虫のほうであろう。

    こうした食い違いは御中虫に限ったことではない。たとえば、かつて藤田哲史は現在の若手俳人に見られる正木ゆう子との方法上の類似性について「神野紗希と越智友亮の作品に正木に似通った文体、構成、内容があらわれる」と指摘したことがあったが(「拡散してゆくわたし」『週刊俳句』二〇一〇・六・二六)、「寂しいと言い私を蔦にせよ」(神野紗希)、「冬の金魚家は安全だと思う」(越智友亮)などの句において口語が必要であったとすれば、次のような理由からであったと考える方がよほど自然であろう。

    正木は「わたくし」に加え、超季的なモチーフのために、季語を運用したわけだが、ここで最も重要なのは、そこに季語を、季節感を信用しすぎていない何かが、正木にはあるということだ。季語以外の主題のために季語を運用する。その残像をあるいは、私は「俳句甲子園組」に見たのだろうか。とすれば、彼らもまた「わたくし」という主題に取り組むのは、よく納得できる。(前出「拡散してゆくわたし」)

    また、彼らと同世代の書き手の口語表現を考えるうえで、現在の口語短歌の種々の実践からの影響も見逃すことはできないだろう。でも僕には、彼らがまた、口語でなければ「今」なるものを書くことができないなどと考えているとも思えない。彼らの口語表現は絶対的な方法ではなく、数多くの選択肢の一つにすぎない。だから、岸本が吉岡禅寺洞について「晩年の禅寺洞は持病の眼疾と喘息に悩まされながら、口語俳句との血みどろのたたかいを始めたのである」と書くとき、僕は禅寺洞への畏敬よりも、むしろ戸惑いの念をますます強くするのである。



    2013年12月20日金曜日

    第50号 2013年12月20日発行

    【俳句作品】
    • 現代風狂帖
    <第二回攝津幸彦記念賞・佳作受賞作50句>

      アラッバプー族の場合 …山田露結   ≫読む

    <小津夜景作品 No.6>
        寄梅想流離(梅に寄せて流離を想ふ)
                         …小津夜景(詩 斉己)    ≫読む


        【戦後俳句を読む】
          • 文体の変化【テーマ:昭和20年代を読む24~社会性俳句総括②~】 
          ……筑紫磐井   ≫読む


          【現代俳句を読む】

           ブログ開設! 大井恒行の日日彼是       ≫読む
            (-blog俳句空間-戦後俳句を読むAnnex) 詩歌・芸術のリポート満載。どんどん更新!!

          • 【俳句時評】マストを畳んだその後で―澤好摩句集『光源』― 
                              ……外山一機   ≫読む
          • 第2回攝津幸彦記念賞――3つから 
                              …… 筑紫磐井  》読む


          【編集後記】

                あとがき   ≫読む  
            
           

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          • 2014年1月3日(金)休刊致します。新年は1月10日(金)更新予定。
          • 第二回 攝津幸彦記念賞各賞発表  》読む
          • 祝!恩田侑布子さん
          Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞!恩田侑布子……筑紫磐井 ≫読む

          第23回ドゥマゴ文学賞授賞式の様子 ≫「俳句界ブログ大井顧問)









          -俳句空間ー豈 第55号』2013年10月25日発売!!
          邑書林のサイトから購入可能です。
          関悦史第一句集『六十億本の回転する曲がった棒』、『相馬遷子ー佐久の星』、などなど話題の書籍がぞくぞく!




          第50 号 (2013.12.20 .) あとがき

          北川美美

          年明け前に見やすさを考慮し色替えをしてみました。(地味な配色ですが。)

          大井恒行氏のブログ(「大井恒行の日日彼是」)が予想外に早くスタート致しました。当ブログは金曜更新(金曜日中)ですが、大井さんのブログは随時更新しています、順調に投稿されています。どうぞ、お気に入りに入れていただければと思います。俳句を中心に詩歌全般の情報、時評的内容となると思います。写真も満載され実際に足で確かめた生レポートが魅力です。


          年内あと一回更新を残すのみとなりました。現在アクセス70285.


          現在も読み物として閲覧価値ある「豈Weekly」は現在164058.(2010年終刊後もアクセス更新中)。1年で豈Weeklyの半数には及びませんが、そこそこの閲覧数となっています。


          以下記事のアクセスランキング(2013.12.19.現在)

          1位:平成二十五年歳旦帖 第一  466

          2位:募集!! 第2回 攝津幸彦記念賞 463

          3位:平成二十五年 春興帖 第三 389

          4位:【俳句作品】 ジャポニカ学習帳 / 中山奈々 322

          5位:平成二十五年 花鳥篇 第二 309

          意外や作品アクセスが多いのですが、寄稿者のネットコミュニケーション力が数字に表れているように思えます。「俳句など誰も読まない」と私自身思っていましたし、1位2位を除いて寄稿者の縁故者ばかりが閲覧している可能性は大ですが、「歳旦帖」をはじめとする多数参加の集団俳句作品群のページアクセスがあったことは発見でした。

          時評に絞ると以下のアクセスランキングです。

          1位:【俳句時評】 紙の時代 / 筑紫磐井  498

          2位:【俳句時評】僕たちの断罪-大沼正明句集『異執』 /外山一機 384

          3位:俳句時評 第87回 ~テーマパークで夢を見る~ / 外山一機 392

          4位:俳句時評 第88回 ~酸素の薄さ―現代川柳の言葉~ / 湊圭史 331


          (1位の「紙の時代 / 筑紫磐井」が498アクセスであれば、これが記事ランキング1位のはずですが、Bloggerの統計が変?)

          上記の数字から年明けの「Ku+」刊行時には話題集中というところでしょう。湊圭史さんが多忙につき執筆が中断状態となっていますが、また再開して頂けることを切望しています。

          時評という緊張を強いられる場で書き続けることは、体力消耗することと思いますが継続いただいている外山一機さんに感謝いたします。年明けから時評欄にまた新たな書き手が登場するかもしれません。乞うご期待。

          戦後俳句では、下記。

          1位:文体の変化【テーマ:リアリズムの発祥②】/筑紫磐井 234

          2位:戦後俳句とは いかなる時空だったのか?/堀本 吟 209

          3位:中村苑子の句【テーマ:紹介など】/吉村毬子 205

          4位:細見綾子の句【テーマ:細見綾子 武蔵野歳時記の世界】/栗山 心 183

          5位:稲垣きくの【テーマ:流転】渋谷区千駄ヶ谷・宮廷マンション時代(2)/土肥あき子 157


          詩客からの継続で、土肥あき子さんが「稲垣きくの論」を完結(多分、完結)させたことはひとつの成果が生まれたと思います。また別の媒体で土肥さんの論考が一挙公開されることもあるかと思いますので今から楽しみにしております。

          詩客の執筆開始から3年が経過することになります。私自身、「書く」という行為に場を踏ませて頂きました。アクセスの低い「戦後作家論・戦後俳句鑑賞」ではありますが、これは自己との戦いの場でもある気がしています。書き続ける執筆者を見守っていただければと思います。

          詩客がスタートする前、2011年の統一地方選挙のサポートを行いました。広報演説カーでマイクを握り締めたことがあります(即席選挙カーだったので同時にスピーカーも握りしめた。)。人の全く歩いていない村落で立候補者の名前などを連呼しましたが、きっと誰かが聞いていると思い、誰がいるかもわからない、鶯の声が木霊する村落地区ほど力が入った記憶があります。戦後俳句の執筆もなんとなくそれに似たような気分となってきました。(立候補者は当選しました。)

          私自身、三橋敏雄句を鑑賞執筆するにあたって、相当の緊張をしていたのですが、池田澄子さんより「私の文章など誰も見ていない、と思って書いたらいいわよ。」とアドバイスを頂きました。確かに、現在、読者を意識して書いてはいないような気がします。いかに読んでいただくかよりも三橋敏雄句の理解を深める、俳句の理解を深めるという気持ちの方が強いのは確かな気がします。自己満足といえばそれまでですが、作句とはちょっと違う行為なのかというのが、現在の感想です。


          ***

          さて、個人的には、毎週ひとりでの更新も慣れたような、まだ慣れないような。パソコンの不具合があり、代用パソコンにてGW頃の作業が長時間となり途方に暮れる状態でしたが。詩客時よりも作業量は増えましたが、どうにか1年クリアしました。

          またこの編集後記の位置(北川が上で筑紫相談役がつづくというレイアウト)が気になっていますが、あと1回の更新で考えて、来年はどうするのか検討中です。筑紫氏の気遣いで北川が上になっていますが、どうもすわり心地が悪く・・・。ともあれ年内あと1回更新です。

          2014年1月3日(金)は休刊といたします。


          筑紫磐井

          ○今年は、認識論にかかわる不思議な事件が多くあった年であった。
          まず山口県周南市で7月に連続殺人・放火事件が起こり、容疑者保見光成が自宅の窓に貼りつけていたとされる「つけびして/煙り喜ぶ/田舎者」という書きつけが、575の形式を保っているため俳句に見えるが俳句であるのかどうかという議論が起こった。本ブログでは、外山一機が「俳句時評」で「保見光成の「俳句」を信用する」という文章をいち早く掲載している。筑紫・北川は批判的だ。 (現代詩?時評 最近のある事件について/筑紫磐井・北川美美

          次は8月ごろの報道。スペインアラゴン州のミセリコルディア教会にある、100年以上前にエリアス・ガルシア・マルティネスという画家が描いた壁画(キリストの肖像画)、「Ecce Homo」(この人物を見よ)が最近老朽化していたため、絵画修復の素人である80歳の女性、セシリア・ヒメネスによって修復が試みられ、全く違ったと思われる壁画に書き換えられた事件である。一斉に、「世界最悪の修復」と報道されたのだが、意に反して、この絵を見るため多くの観光客が訪れ、絵画を修復しようとした市にたいして修復しないようにせよという要望が集まり、いまやその観光収入をめぐって紛争が起こっていると言う。

          最後は12月10日にヨハネスブルクで行われたマンデラ大統領の葬儀で、オバマ大統領はじめ要人の手話通訳を勤めたタマサンカ・ジャンティがでたらめな通訳であったと報じられた事件で、彼が通訳した内容はロバ、エビ、稲妻・・・等であったが当人は、「私は手話のチャンピオンだ。大きなイベントで何度も通訳をしてきた。」と開き直っているという。と思うと、追悼式典会場で首脳のそばに立つと、「スタジアムに天使がやって来るのが見えた」という。おまけにこの通訳は過去に殺人、殺人未遂、誘拐などの罪で起訴されたことまでが明かされている。

          書付は俳句であったのか、修復は傑作であったのか、通訳は手話の名手であったのか、あったと言えば言えるしなかったと言えばなかったと言える。世の中には、私とあなたがいる限りこうした認識の違いは不可避だ。


          さてここで俳句への教訓を引きずりだそう。世の中には「俳句」と「俳句のようなもの」があるそうだが、どのように見分ければよいのだろう。



          文体の変化【テーマ:昭和20年代を読む24~社会性俳句総括②~】/筑紫磐井

          社会性俳句はその後の前衛俳句(兜太の造型俳句)と連続しているように思われがちだが、決定的に違うのは「難解」でないことだ。社会性俳句に難解俳句はない。難解であれば、一般大衆の共感を得られないからである。社会性俳句がとかく通俗的になりがちなのはこのような本質を持っているからである。

          社会性俳句を詠んでいる作者の内面は鬱屈し、複雑な様相を帯びているかもしれないが、表現そのものは分かりやすくなければならない。複雑な思想に慣れていない作者が新しい表現を模索しているがゆえに難解のように見えるが、難解と分かりやすさのどちらを選ぶとすれば分かりやすさに決まっている。

          私は俳句史が始まって以来最も分かりやすい俳句は社会性俳句であったと思っている。難解には二つの次元があると思う。①表現が難解である事例、これが今論議している難解であると知れば、②何でこんな俳句を詠んだのか分からないと言う難解がある、より根源的な難解性である。花鳥諷詠俳句とは、実はこの第2番目の難解性を持っているのである。貴重な時間を使って、17文字の表現を使って、なぜこのようなくだらない俳句を残さねばならないか、俳句を始めた人が一度は抱く疑問である。「古池や蛙とび込む水の音」「流れゆく大根の葉のはやさかな」「一月の川一月の谷の中」「冬の波冬の波止場に来て返す」等々。そうした疑問の是非はさておいて、社会性俳句は①の難解さも、②の難解さも残さない俳句なのであった。

          だから社会性俳句における文体問題とは、分かりやすい文体問題に集約する。気取った、持って回った表現を排除し、より直截に作者の思想や感情をあらわす。そのためには古い伝統を排除することもいとわないのである。

              *     *

          ここから社会性俳句をスタートさせると、俳句の本質が見えて来る。分かりやすい自由な文体を目指した社会性俳句が、なぜ多く「季語」を使っているのか。

          おそらくだれもが戦後の社会性俳句の代表であり頂点と信じてやまない作品がこれである。

          白蓮白シャツ彼我ひるがえり内灘へ 古沢太穂  

          「白蓮」「白シャツ」という季語がなければこの句の魅力は生まれない。なぜ社会性俳句の理論に反するような季語が不可欠なのであろうか。それは、俳句の伝統からかけ離れた作者の思想や感情が激昂して、季語を要求したからである。

          我々が俳句を作る時に季語を入れるのは約束であるからである。約束であるから、そこの季語は死にかかった季語である。死臭の漂う季語だ。しかし、この句では作者は季語など不要と思っていたにもかかわらず、自分の思想や感情を表現する際に季語を発見したのである、創造したと言ってよいかもしれない。どんな伝統派の俳句作家より、季語が恩寵としており立ったのがこの句であり、この作家であったのである。

          こうした季語であればだれも文句は言うまい。真の季語は、社会性俳句作家によって発見されるのである。

          もちろん、そうした季語を詠んだ社会性俳句ばかりではないことは当然である。しかし、明治以来の近代・現代俳句において、俳人が体験した初めての季語体験がここにあったと言うことは忘れてはなるまい。高浜虚子はうすうすそのことに気づいており、この作者(古沢太穂)には常に敬意を持って臨んでいたようである。山口誓子や高柳重信より太穂を余程気に入っていたのである。


          【小津夜景作品 No.6】 寄梅想流離(梅に寄せて流離を想ふ) 小津夜景(詩 斉己)


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               寄梅想流離(梅に寄せて流離を想ふ)     小津夜景(詩 斉己)


                    序句  漂白記あり正統の無季として

          萬木凍欲折  望郷を秘すれば轟く万の枝

          孤根暖獨回  デラシネだどんなたましひでも抱いた

          前村深雪裏  朝戸出に光の虚室かがよふなり

          昨夜一枝開  夜酔解く 披(ひら)かるる手の内のごと

          風遞幽香出  幽香発つらむ幽人を此処に残し

          禽窺素艷來  素足の巣より毀れ出づ(いづらへと?)

          明年如應律  《もし》のない朝(あした)は在らず 冬の鷹

          先發望春台  落紅(おちばな)と香箔(わたばな)のみぞ果て無しに

                   結句  しづかなり

                               ホワイト・ノイズ

                               こぞりあひ




          【略歴】
          • 小津夜景(おづ・やけい)

               1973生れ。無所属。

          【第二回攝津幸彦記念賞・佳作】 アラッバプー族の場合 山田露結

          ※画像をクリックすると大きくなります。







          第二回攝津幸彦記念賞・佳作受賞作五十句

             アラッバプー族の場合 山田露結

          彼は詩の虜リコーのどが渇いている
          ケリーは仏身何らかの手段で世界に水を汲む
          未知の苦や無口の卵ダイエット
          クリムゾンベビーシッターが嘆く思想の巷
          ラム彗星猿の日に干す新しい希望
          パトリオットとサスペンスに満ちた愛のピンク電話
          仮の世の仮の姿の美処女カナ
          システムにぶら下がって美しいアヒルの高揚感
          カッパ帝国体罰はカッパサウンド
          皇帝ボブピアン今年の秋を鎮め
          美しい血脈アラッバプー族の場合
          バックチドリ類その悲しみの首に正体
          姉アゲハ超電導体の極端な孤独に達し
          サルが買うサル飼うサルのヒエラルキー
          輪廻転生とその可能性を示すアンダーショーツ
          赤い蛾は速度を見つけられるのか
          大豆または黄色人種を乾燥させたり
          神がもたらした楕円や波の理由
          揉み洗うと亜細亜のにおいのする女
          また覇王母の鉄道網と夏
          昼間の愛人のような液体
          門渡りに無駄仏アラムあらわれて
          ベシ湖から寂しい馬に乗ってゆく
          父一人戻ってひとりチチバンド
          全盲ナリーのためのベスト性欲
          肉林の肉のひとつはかつて母
          白象の白を剥がして姉が狂う
          万歳前夜に花火帝国のオリエンテーション
          偽太陽をぶら下げ人妻アーリの咆哮
          まら燃せばまらまら燃えるでかまらも
          発毛や女子高生のワビサビ煮
          昭和ガラスに結露はじまる
          マンサニヨバラミル国の外厠
          はじめてそんな空気の薄い氷の上を歩いた
          猫の木に猫の花咲くメケリ寺
          さくらさくら日本は嫁を表示せず
          汁飛ばし鈍父に続く世界の人々
          青い鳥の青い陰茎よ
          穴あればモガナの民の流れ着く
          全国防火週間あなたの母は炎のまま?
          衛生委員古い未来を積み残す
          昼食は鶏のオヅウンルルパトダ
          うつし世の全米販の「お米券」
          女の家に入る小鳥のうしろに月の最期の日
          頸動脈無効の首で仰ぐ宇宙神
          IRU星は強い電波を放っている
          仏身ケリー身を灰にしてケリーは偽名
          月硬化の光の異常なにおいがある
          ハウタガイトウルカグァ王、秋の精神で倒れ
          亡国へ光フルフル錯乱母


          【作者略歴】

          • 山田露結(やまだ・ろけつ)

          昭和四十二年生まれ。愛知県在住。「銀化」同人。句集『ホームスウィートホーム』。共著『俳コレ』、『再読 波多野爽波』


          2013年12月13日金曜日

          第49号 2013年12月13日発行

          【俳句作品】

          • 平成二十五年冬興帖 第七
              ……吉村毬子,小津夜景,堀本裕樹,
                        堀田季何,外山一機,望月士郎,
                                  田代夏緒,仲寒蝉,筑紫磐井     》読む 


          • 現代風狂帖
          <第二回攝津幸彦記念賞・佳作受賞作50句>

            一瞬記   山本敏倖  ≫読む


             脳裏に抽斗を落とすこと、など       夏木 久  ≫読む


          <小津夜景作品 No.5>
              残      小津夜景     ≫読む


              【戦後俳句を読む】


                • 文体の変化【テーマ:昭和20年代を読む23~社会性俳句総括①~】 new!!
                ……筑紫磐井   ≫読む

                • 三橋敏雄『眞神』を誤読する 92.
                ……北川美美   ≫読む


                【現代俳句を読む】

                • 【俳句時評】マストを畳んだその後で―澤好摩句集『光源』― 

                                    ……外山一機   ≫読む


                • 第2回攝津幸彦記念賞――3つから 
                                    …… 筑紫磐井  》読む


                【編集後記】

                      あとがき   ≫読む
                  
                 

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                • 第二回 攝津幸彦記念賞各賞発表  》読む
                • 祝!恩田侑布子さん
                Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞!恩田侑布子……筑紫磐井 ≫読む

                第23回ドゥマゴ文学賞授賞式の様子 ≫「俳句界ブログ大井顧問)











                -俳句空間ー豈 第55号』2013年10月25日発売!!
                邑書林のサイトから購入可能です。
                関悦史第一句集『六十億本の回転する曲がった棒』、『相馬遷子ー佐久の星』、などなど話題の書籍がぞくぞく!




                第49 号 (2013.12.13 .) あとがき

                北川美美

                師走真っ只中です。49号、今号も華やかに更新することができました。

                「豈」編集長であり、現代俳句協会新人賞審査員でもある大井恒行氏が新たに当ブログに参加してくださることに。今までの俳句界のブログ『今日の編集部』での大井顧問のページを独立させたようなブログを構想中。当ブログの中で別ブログを作成中です。スタートは新春を予定。大井さんは現在Blogger管理画面と格闘中です。乞うご期待。

                繁忙の合間をぬって群馬県立館林美術館にて開催中の『山口晃展 「画業ほぼ総覧-お絵描きから現在まで」』に行ってきました。

                山口晃氏(1969年生。画家)とは同郷同学区ですがご本人とは年令、環境が被らず幼少・少年時は存じ上げません。展覧会は大回顧展ということで絵画作品に加え、幼少の頃の絵、高校時代の貴重な資料も展示されています。一番感心したのは、桐生高校文芸部「洋燈」に寄稿した山口氏の文章(当時の冊子がガラスケースに展示され、それを凝視して拝読。)確か「春夏秋冬、そしてxxxx」(xxxx失念)というタイトル随筆で、自転車に乗りながら氏がみた風景が綴ってありましたが、雲の流れや草のそよぎなど、微細な描写は、相当落ち着いた大人視線、俳人の眼であることに驚きました。十代の代名詞のような興奮とか挫折とか苛立ち、不安、などなど、そういうものが全く感じられない達観した成熟者であったことに感心しきり。御本人のトークショーでその頃の話になりましたが、「茫然と表現者になりたいと思っていた。」ということをおっしゃっていました。経歴を拝見すると山口氏は同桐生高校同文芸部にて山田耕司さんの2年下の学年だったようです。


                • 山口晃展 「画業ほぼ総覧-お絵描きから現在まで」

                2013年10月12日(土)-2014年1月13日(月・祝)
                群馬県立館林美術館





                筑紫磐井

                ○12月に入り本年も残すところあと僅かとなった。この1年、ブログを立ち上げ、幾つかの新企画も始めることが出来た、順調に進んだことに読者・執筆参加者にお礼を申し上げる。それから北川編集長の努力にも謝辞。

                今年の残す事業としては、歳旦帖などの俳句帖の冊子化で、1月頃にはお目にかけることが出来るだろう。BLOG(WEB)と雑誌の共存に新しい時代が生まれるかも知れない。

                年内のブログは27日で最後。新年は、1月3日(金)は休刊日としようかと編集長と話し合っている。従って、本誌は10日から開店する予定。ご了解いただきたい。

                【俳句作品】平成二十五年 冬興帖 第七

                ※画像をクリックすると大きくなります。





                     吉村毬子
                空を棄て虹を啄む冬の鳥
                白鳥の空を見ずして海を見る
                冬舟を漕ぐ母の唄の隙間へ

                     小津夜景
                遊仙の香をほのぼのし鴨を食う
                花むろやくさぐさの飢えかぐわしく
                雪に残香 拭えざる血を知らず

                     堀本裕樹
                短日や「殉情詩集」捲りつつ
                凍蝶の翅にうつすら夜汽車の灯
                上京の訛りまだ濃しおでん酒

                     堀田季何(「澤」「吟遊」「中部短歌」)
                冬虹の足に透けてや白樺(しらかんば)
                しろたへのスノーカクテル冬燈
                魂魄も冬至生れの堀田季何
                寒卵割らねば〈我〉が割れてしまふ
                闇汁や牛(ぎう)豚羊鶏駝鳥

                     外山一機(『鬣』TATEGAMI)
                干し柿をしばらく撫づる別れかな
                手にとりて鈴のごとくに冬の鮨
                万両や洗ひあげたる父の膝

                     望月士郎
                「皹」と書いたら憲兵さんが来た
                手袋のそれは小指の入る穴
                姉さんと見ている鮪解体ショー

                     田代夏緒
                鼈甲の眼鏡の奥の冬ざるる
                釦掛け違ふはるかな枯野より
                湯豆腐のなかの闇には誰も触れず

                     仲寒蝉
                別々の芋焼いてゐる夫婦かな
                冬空をすべる南京玉すだれ
                北海の筋金入りといふ海鼠

                     筑紫磐井
                小春鎌倉昼の憩の曲流る
                核心の一点に降る巴里時雨
                刻々と雪に変はつて政変来

                【小津夜景作品 No.5】  残   小津夜景

                ※画像をクリックすると大きくなります。


                          残    小津夜景

                あまたたびまぶしく非人称の冬

                まず水の涸れともすれば鳥の啼く

                すれちがうゴドーは冬の気息もて

                五線譜のほつれのごとき冬蚊かな

                牡蠣殻はつわものら響むうつわだ

                うどんばけものじみてくる鍋なのか

                あやとりのいくつか穴は見てもいる

                篝火にあらがうごみの散華かな

                むきかけのふと障子にもわが鼓膜

                ふゆぞらが「全部入ってしまうよ」と




                【略歴】
                • 小津夜景(おづ・やけい)

                     1973生れ。無所属。

                文体の変化【テーマ:昭和20年代を読む23~社会性俳句総括①~】/筑紫磐井

                「揺れる日本」を読んで、社会性俳句と社会性俳句以前の戦後俳句を通覧することができた。ごく当たり前のことなのであるが、戦後有名無名の多くの俳人(ホトトギスも含めて)は花鳥諷詠以外の社会的事件を丹念に俳句に詠んでいた。社会的事件を、小説家が小説に書くように、詩人が詩に書くように、歌人が短歌に読むように、俳人も俳句に詠んでいた。そこには何のタブーもなかった。
                特に俳句の場合、それ自身一種の日記のような役割を果たしているのだから、日記に書いていけないことなどはないのである(その意味で、虚子の「俳日記」は厳密な「俳句による日記」ではない。「句会(ほとんど題詠)における自詠作品の記録」である)。

                例えば、もっとも典型的な例が、何年何月何日にどのような事件があったと言うことが判明する俳句がそうであろう。

                現代でも多くの俳人が自分の身内や知り合いの事件(多くは逝去。時に祝賀なども)を前書きにつけて俳句を詠むが、我々読者はそんな個人的な事情にほとんど関心がない。この時代は、その前書きに相当する事件を社会的な事件にまで拡大し、かつ、前書きをつけないで詠んでいたと言うことになる。それだけ、俳人たちにとって共感性のあるものであった。

                【木犀号遭難】
                木星号遭難す鯖焼きをれば 青玄 27・6 日野晏子
                ※「木星号」は「木犀号」の誤り。

                【太宰治死す】
                妻と粥啜りあげつらふ太宰の死 暖流 23・8 島津次郎
                【横光利一死】
                死面描けるわづかの線の寒かりき 惜命 石田波郷
                【久米正雄死す】
                久米氏逝くと妻に告げたるあと咳こむ 青玄 27・5 日野草城
                【茂吉死す】
                啓蟄の蒼天のこる茂吉は亡し 寒雷 28・4 加藤楸邨
                【ガンジー死す】
                冬の星高さは距離かガンジー死す 寒雷23・5 秋山牧車
                【近衛氏自殺】
                近衛家へ悔み使僧や門時雨 ホトトギス 21・3 下村快雨
                【スターリン死】
                友ら護岸の岸組む午前スターリン死す 俳句研究 28・5 佐藤鬼房
                【女王戴冠】
                女王戴冠蛙の国のことでなし 俳句28・8 島田洋一
                【松川事件】
                滾る銀河よ真実獄へ想ひ馳す 俳句 29・4 佐藤鬼房
                【燃ゆるバス】
                火だるまのバスに鵙鳴き猛りけり 曲水 27・2 大塚鶯谷楼
                それがさらに日常的な題に拡張してもそうした共感が寄りそう。社会性にあって、日常の事実は決して本質が変わることはなかった。

                【新薬】
                飛機が撒くD・D・Tカンカン帽を手に 鼎 青池秀二 
                D・D・T乳色の空やや冷ゆる 寒雷 23・3 吉利正風 
                D・D・Tの広告塔や灯取虫 ホトトギス 25・1 上田南峯 
                ストマイどんどん打つてやりたいじつとり盗汗 道標 27・2/3 岩沢道子 
                ペニシリンに妻よ肺炎の吾子託せ 浜 27・6 川島彷徨子 
                結核に新薬土用芽吹きけり 浜 27・10 森遊亭 
                ツベルクリンの反応赤く秋始じまる 氷原帯 27・11 藤島孤葉 
                パスをのむ声がかすれて秋の風 雲母 28・1 山岸墨綿子 
                勤めより戻りてはパスを飲みて冬 浜 28・1 森田豆子 
                新薬を飲む指冷えの夕焼か 浜 28・3 沖原比沙子 
                ストマイに額縮まるや雪に雨 氷原帯 27・3 関根花右門 
                寒雷に飲む真白きヒドラジッド 風 29・5  細見幸子 
                マイシンを射たる一叢の風ひかる 麦 29・6 山崎誠之助

                だからこれらを麗々しく「社会性俳句」と呼ぶ必要もなかった。しいて彼らの共通認識に当たるものを言えば、「俳句は現代を詠むものである」ということであり、その主張に、石田波郷も、中村草田男も、加藤楸邨も、金子兜太も、能村登四郎も、飯田龍太も、草間時彦も何ら異論はなかったところである(私はこれらを、桑原武夫の「第2芸術」論に対する反応であったと考えている。実に昭和20年代は「現代俳句」の時代だったのである。石田波郷編集の戦後最初の総合誌「現代俳句」の創刊、現代俳句協会の発足、山本健吉の名著『現代俳句』の刊行等々)。戦前には「現代俳句」は使われてはいたものの余り一般的ではなかった。また、昭和40年代以降の、龍太の時代・伝統俳句の時代には「現代俳句」はくすんでいったのである)。

                では、戦後の現代俳句と異なる「社会性俳句」とは何であったか。「社会性俳句」とは「花鳥諷詠俳句」に対抗するプロパガンダであった。ホトトギスなどの古い勢力を駆逐し、人間探究派や新興俳句を巻き込んだ国民共同戦線として意識されたのが「社会性俳句」であった。「社会性俳句」は極めて政治的な主張であったのである。

                ただ私はあまりこの政治的な主張には関心がない。むしろ、延々と「揺れる日本」を読むことで確認したいと思ったのは、戦後俳句における「現代俳句」の意識である。そうした意味での社会性俳句についてここで考えてみたいと思ったのである。従って、「社会性俳句論争」はともすれば政治論争になっていたから(全部がそうだとは言わないが、現在それを峻別して論議を整理する余力も気力もないので、とりあえず社会性俳句論争は戦後の膨大な玉石混交の山の中に埋めたままにしておきたい)、ここではふれない。そうではない社会性俳句についてその特徴を考えてみたいと思うのである。



                【第二回攝津幸彦記念賞・佳作】 一瞬記   山本敏倖







                第二回攝津幸彦記念賞・佳作受賞作五十句

                          一瞬記   山本敏倖

                一瞬にやっと近づく枯蓮
                花の雲ニガリを少し足している
                その岸のひまわりまでの調味料
                深淵の零余子を付けて戻りけり
                にんげんを留守にしている日向ぼこ
                胡椒かけている凩が来ている
                おぶらーとする遠火事はみるくの匂い
                伏線はふくろうの声風葬す
                影絵に帰る冬紅葉のろじっく
                きさらぎやどう見ても托卵である
                顔のない顔がめくれて二月尽
                三月の化粧法とは馬に乗る
                初蝶の残響音はむらさき
                沸点ですかうかと芽吹いています
                たんぽぽたんぽぽでもーにっしゅでありけり
                花の冷時間どろぼうばかりいて
                半島半ですかたくりの群生
                落椿落ちてはいるが落ちてない
                リラ冷の計算式は複葉機
                逆光の稜線たぶんくちなわ
                青蜥蜴予告でありて一である
                大西日青銅の椅子用意する
                万劫の音叉を運ぶ蝸牛
                水の輪を出られぬ鯉と炎帝と
                夕焼けの立方体に深入りす
                うすぐもりやら鴫焼やら南下
                追伸の雷にまぎれて世を脱ける
                筆ペンが増えてこおろぎ鳴きやまず
                紅茸の口承性はすぱいらる
                穂芒や鳥羽絵のようにしゃべり出す
                ぷりずむからきりぎりすへのぎょうこう
                十月は複眼紐が結べない
                ひすてりっくぱろでぃかなつたもみじ
                茸飯は神経衰弱である
                晩鐘の裏を返せば鵙の贄
                野ぶどうのしずく昨日のボヘミアン
                人形になるまで花野折りたたむ
                黄落の底に目覚める淡水魚
                ひな菊は延命処置でありけり
                まんぼうのしんめとりっくふゆうかん
                柿色の深度はいまもかなづち
                伊達の薄着の一音一音なり
                寒に入る干満というしつけ糸
                近松忌遠心力を私す
                痛点は冬芽のように陽性
                えんきんやみみずくしゃらんつづらおり
                関係のかまいたちかな籠に入る
                黄道や枯野の奥の道しるべ
                息白し麒麟の角の形して
                正月を正方形にする正座


                【略歴】

                • 山本 敏倖(やまもと びんこう)

                1946年生(昭和21年)東京都出身 67歳
                昭和63年「山河」入会(山河渓流賞・平成6年度山河賞・各受賞、現在同人、編集長運営委員)
                平成 6年 「豈」同人、
                平成 7年 第一句集『からくり異聞』上木
                平成10年「吟遊」創刊同人、平成16年同退会
                平成15年第二句集『天韻』上木
                平成24年第49回現代俳句協会全国大会 大会賞受賞 「にっぽんの形に曲がる胡瓜かな」
                       現代俳句協会員、東京都区協広報部長


                【第二回攝津幸彦記念賞・佳作】 脳裏に抽斗を落とすこと、など 夏木 久







                攝津幸彦記念賞佳作受賞作五十句

                脳裏に抽斗を落とすこと、など       夏木 久

                爪切ればときどきわらふ花茨
                パラシュート脳裏に開き落椿
                ひき潮やJohnnyの脳はなみづき
                ミシン屋の路地裏を縫ひ浮かれ猫
                夕桜キャッチボールをしてをりぬ
                万国旗のやうな洗濯もの虚子忌
                レントゲン室より春が項垂れて
                溺れをり春の窓辺の浅瀬にて
                春宵を抱いて倒るる置手紙
                抽斗を落せば思ひ出す朧
                電灯の憎しみ洗ひつつ暮春
                ゆく春と墺太利へ濡れにゆく
                帽子屋は風ためてをり初節句
                屋上に薔薇のわづらふ金縛り
                抜刀し路地まがりゆく夕薄暑
                あの町の記憶に濡れし鯉のぼり
                あぢさゐにあじのむらありついこぼす
                かたつむりかたむくかたへかたたがへ
                オウンゴールマリーdeゴールドオルゴール
                まつしろのモーツァルトの昼寝かな
                転んでも金魚掬ひをしてをりぬ
                夏野かな椅子も机も放牧し
                青嵐キリン脚立のやう倒れ
                灯台の夜を夏蝶ノックせり
                夜の秋おくらと螺子の山の上
                恐竜を壊して夏の夜のマラソン
                我武者羅に空蝉あいてゐて鷺洲
                消火器と打ち明けられて曼珠沙華
                ももすももすこしいたんでゐてすてき
                駄目を出す泡立草とつゆ知らず
                月光を塗つて泣く子を消毒す
                燕帰る出口に近い席を取り
                仏壇の海に真面目な鰯雲
                縄梯子待てど暮せど鵙の贄
                マンホール銀河の匂ふ人の出で
                ぶつかつてひびきあはないのでかかし
                こはるびのこはむちやくちやをいひこはる
                湯豆腐や上着を闇に掛けしまま
                ぶら下るもの透きとほる冬木立
                とつぷりと重たいおでん屋の木曽路
                護国寺の時雨れて思ふチチカカ湖
                闇鍋のひかり煮詰むる手に触るる
                辺までチェロを引き摺る冬銀河
                吹雪きをり9番席の椅子の脚
                二三頭棚に戻せり冬の蝶
                消防士Quizに怒り冬帽子
                探偵がやをら狐火ともす頃
                にほんごのゆげもおこげもひとまろき
                遠火事の夜のふもとの観覧車
                抽斗に津波の止まぬ春隣




                2013年12月6日金曜日

                第48号 2013年12月6日発行

                【俳句作品】

                • 平成二十五年冬興帖 第六
                    ……太田うさぎ,藤田るりこ,ふけとしこ,
                              堺谷真人,花尻万博,山田露結,
                                    阪西敦子,近恵            》読む


                • 現代風狂帖
                <第二回攝津幸彦記念賞・佳作受賞作50句>

                  海市元町三‐一   望月士郎  ≫読む


                   薄明の海      しなだしん  ≫読む


                <小津夜景作品 No.4>
                      脱法バンケット   小津夜景  ≫読む


                    【戦後俳句を読む】


                      • 文体の変化【テーマ:昭和20年代を読む22~住その他②~】
                      ……筑紫磐井   ≫読む

                      • 三橋敏雄『眞神』を誤読する 92.
                      ……北川美美   ≫読む


                      【現代俳句を読む】

                      • 【俳句時評】マストを畳んだその後で―澤好摩句集『光源』― 

                                          ……外山一機   ≫読む


                      • 第2回攝津幸彦記念賞――3つから 
                                          …… 筑紫磐井  》読む


                      【編集後記】

                            あとがき   ≫読む 
                        
                       

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                      • 第二回 攝津幸彦記念賞各賞発表  》読む
                      • 祝!恩田侑布子さん
                      Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞!恩田侑布子……筑紫磐井 ≫読む

                      第23回ドゥマゴ文学賞授賞式の様子 ≫「俳句界ブログ大井顧問)











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                      三橋敏雄『真神』を誤読する 92. 水づたひ浮いて眞白き産み流し / 北川美美


                      92.水づたひ浮いて眞白き産み流し

                      「敏雄はイメージで読め」とアドバイスをされたことがある。第一印象としてのイメージということもあろうが、敏雄句から受けるインパクトを大事にするべきだという意見と思う。『眞神』の句は第一印象から想起する「イメージ」に読者各々の立ち位置から踏み込んでいくと更に『眞神』の世界を体感できる。「イメージ」というのは輪郭であり、曖昧な言葉ではあるが、『眞神』句から受ける「イメージ」と駆使されている「言葉(あるいは言語)」の関連性を考えるとき、読者は自己の迷宮に入ってゆくことになる。それが敏雄句の魅力であると言えるだろう。言語用語の「シニフィアンとシニフィエ」のそれである。

                      「近代言語学の父」といわれたスイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュール(Ferdinand de Saussure、1857-1913)における、シニフィアンとシニフィエ、シーニュ、ラカンとランカージュ・・・それらの言語学用語を駆使し文学上において敏雄句を解明してゆくことは俳句史において大いに意味あることだろう。

                      高橋龍がソシュールの学説論を紐解き、シニフィアン=入れ物、シニフィエ=中身と言い、更に近代詩の学術論を引用しつづけるのは一重に敏雄句(と限定させていただく)を解明したいということが動機付けではないかと思うようになった。俳句の深淵に立ち続け敏雄句に魅了されつづける人々が数多存在するのである。

                      敏雄句特に『眞神』においての敏雄句は、ソシュールの学術論を引用するには恰好のテキストとなる。言葉が読者それぞれの記号となり読者それぞれの経験上の風景と重なりあってくるのである。


                      さて、上掲句。

                      “イメージ”で紐解くならば、インドのガンジス川のような“イメージ”である。深い河、宗教的なことさえも意味するガンジスの聖なる河に身を沈め沐浴するのである。人はその水の中でこの世に生まれて来た事を思う。

                      そして産み流されれているのは、まだこの世に生まれいない未生の自分。生まれていない自分が流されてゆく。ここでも「父母未生以前」という近代の思想が関連されるだろう。

                      さらに「真白き」は男性精子なのか、それとも母乳なのか、Milky Way=天の川を示唆するようにも思える。以下はMilky Wayの所以であるギリシャ神話である。

                      ゼウスは、自分とアルクメネの子のヘラクレスを不死身にするために、女神ヘラの母乳をヘラクレスに飲ませようとしていた。しかし、嫉妬深いヘラはヘラクレスを憎んでいたため母乳を飲ませようとはしなかった。一計を案じたゼウスはヘラに眠り薬を飲ませ、ヘラが眠っているあいだにヘラクレスに母乳を飲ませた。この時、ヘラが目覚め、ヘラクレスが自分の乳を飲んでいることに驚き、払いのけた際にヘラの母乳が流れ出した。これが天のミルクの環になった。
                      生れて流れてゆく自分。魂の話かもしれない。前句の「面変りせし蛾よ花よ灰皿よ」を受けて生生流転の世の中を思う。哲学的な壮大なテーマとしても読める句である。

                      言葉の使用について考えてみる。

                      連用「水づたい」この「づたい」については、水の流れに添ってゆくことだろう。「水づたい」の後に切れがあると読む。そして中七下五でさらに上五に戻り回転する。

                      水づたい/浮いて真白き産み流し

                      続く中七下五において、恐らく「は」が省略されているようにも思える。「浮いては真白き生み流し」。水中での産卵、あるいは出産を考えてみると、息を吸って吐くときに出産するのかと想像する。なので「浮いて」は「産み流し」をする母体のことなのかと思うのだが。

                      「産み流し」という複合語であるが、好印象の事象ではないだろう。「産み流し」「垂れ流し」、やりっぱなしの“イメージ”である。となると「産みっぱなし」で生まれて放置された育児放棄の状態である。

                      人がこの世に生まれるということは、臍の緒が切れると同時に水に放流され浮遊するままに流れるのみ。

                      彼の世も水の中であるならばそれは同じことなのかもしれない。

                      彼の世もこの世もそして前世も「水づたい」で繋がっているのである。

                      第48 号 (2013.12.06 .) あとがき

                      北川美美


                      12月になりました。1月の創刊以来早1年。アクセス数が67000台となりました。5月頃からアクセス数が伸びているようです。

                      さて今号、冬興帖も最終掲載に近づいてきました。句帖シリーズも歳旦帖、花鳥篇、春興帖、夏興帖、秋興帖と私もどうにかついてゆくことができたと少しだけ安堵しています。

                      快調の小津夜景さん作品に加え、今号は、「攝津幸彦記念賞・佳作」の受賞作を掲載させていただきます。『豈55号』では佳作の副賞特典として応募作50句のうちの20句抄が誌上掲載されましたが、受賞者の方から当ブログにて50句全句掲載のご希望があり、審査員の先生方に了承を頂き今回の掲載となりました。掲載をご了承された受賞者の50句が今号よりはじまります。


                      「攝津幸彦記念賞」各賞受賞作家の作品が並ぶと、確かに壮観であり彼の『五十句競作』を彷彿する興奮がありますね。

                      2013年の最終月に相応しいラインナップをどうぞ御覧ください。

                      全号のものではありませんが、2013のトップページ写真一覧もどうぞ御寄りください。

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                      筑紫磐井

                      平成の名句集という座談会に出席し、平成の期間中に刊行された名句集を5冊推薦して、その理由を語って来た。私が推した平成の名句集は、

                      ①『六十億本の回転する曲がった棒』(関悦史)
                      ②『おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪ふぜ』(御中虫)
                      ③『夜の客人』(田中裕明)
                      ④『遅速』(飯田龍太)
                      ⑤『軽のやまめ』(阿部完市)の5冊であり、さらに補欠として
                      ⑥『自人(陸沈考)』(永田耕衣)

                      をあげておいた。他のメンバーと比べても、私のあげ方はだいぶ異色だったらしい。若い作家を取り上げすぎだと批判もされた。ただ、誰があげても、昭和の名句集(『葛飾』『凍港』『五百句』『万緑』『百戸の谿』などがあがるに決まっている)と違って、平成の名句集はばらばらになることは間違いない、その意味ではむしろなぜ選んだかという理由の方が大事である。私が列挙した理由はその雑誌で述べてあるので読んでいただきたい。

                      ○名句集というような呼び方では、あげきれないのが全句集である。最近多数の全句集が刊行されている。単一の句集ではあまり感心するものに出会うことはないが、全句集はさすがに感心するものが多い。今年出たものだけでも読みでのあるものが多い。

                      先ず今年一番に上げたいのは、『古沢太穂全集』(2013年3月31日新俳句人連盟刊/8000円)だ。太穂は平成12年に86歳でなくなっているから、没後13年たって出された全集である。この全集には太穂の句集5冊が収録されている他に、それとほぼ同じ頁数の座談・講演・評論などが載っており、さらに太穂追悼の諸家の言葉も併載されているので、まさに古沢太穂の全貌を知ることができる全集となっている。

                      ロシア映画見てきて冬のにんじん太し 
                      子も手うつ冬夜来北ぐにの魚とる歌 
                      白蓮白シャツ彼我ひるがえり内灘へ
                      巣燕仰ぐ金髪汝も日本の子 
                      怒濤まで四五枚が冬の旅 
                      もうむくろに今日ぼろぼろの雲とつばめ 

                      全句集と銘打ってはいないが中嶋鬼谷編著『峡(かい)に忍ぶ』(平成25年5月藤原書店/3800円)は馬酔木の閨秀俳人馬場移公子の全句集(『峡の音』『峡の雲』の2冊)とそれから漏れた作品を収録しているから、ちょっとした全句集といえるであろう。こんな時代があったのかと懐かしくなる句が多い。

                      うぐひすや坂また坂に息みだれ 
                      諭されし身を片影に入れいそぐ 
                      春祭あはれ白痴の粧ふも 
                      日をかけて咲く片栗の蔭の花

                      さらについ最近出た『長谷川かな女全集』(平成25年11月東京四季出版/12000円)は6句集と拾遺、5冊の随筆集を収録している。現在、女性俳人が圧倒的に多い時代であるが、その女性たちが俳句に入る始めのきっかけは、かな女がいたことによって実現したといってよいのだ。明治43年から始まり昭和44年までの、虚子に匹敵する俳歴を持つ稀有の作家である。後輩の久女と比較して穏やかな俳人と思われているらしいが、資料を見ると、夫零余子の残した雑誌「枯野」をめぐって零余子の高弟とかな女の熾烈な主導権争いがあったらしく、その結果として「水明」という雑誌が生まれたことが分かる。決して星野立子のような虚子の庇護の下にのんびりとした環境ですくすく育てた女流俳人ばかりではなかったことを知っておきたい。

                      羽子板の重きが嬉し突かで立つ 
                      牡丹みな崩るる強き日あたれり 
                      西鶴の女みな死ぬ夜の秋 
                      湯豆腐の一と間根岸は雨か雪

                      これらこそ、まぎれもなく平成に出た名句集といえるであろう。おやおや、いつの間にかまた「現代俳句を読む」のような編集後記になってしまった。