2013年11月29日金曜日

第47号 2013年11月29日発行

【俳句作品】

  • 平成二十五年冬興帖 第五
    ……音羽紅子,佐川盟子,後藤貴子,
                        林雅樹,茅根知子,関根誠子,上田信治,
                                    津髙里永子,小澤麻結,柴田千晶     》読む


  • 現代風狂帖
  
<小津夜景作品 No.3>
        冬の朝、そのよごれた窓を   小津夜景  ≫読む


      【戦後俳句を読む】

      • 「俳句空間」№ 15 (1990.12 発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(続・2)
      ……大井恒行   ≫読む

        • 文体の変化【テーマ:昭和20年代を読む21~住その他①~】
        ……筑紫磐井   ≫読む

        • 三橋敏雄『眞神』を誤読する 91.
        ……北川美美   ≫読む


        【現代俳句を読む】

        • 【俳句時評】マストを畳んだその後で―澤好摩句集『光源』― 

                            ……外山一機   ≫読む


        • 第2回攝津幸彦記念賞――3つから 
                            …… 筑紫磐井  》読む


        【編集後記】

              あとがき   ≫読む 
          
         

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        • 第二回 攝津幸彦記念賞各賞発表  》読む
        • 祝!恩田侑布子さん
        Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞!恩田侑布子……筑紫磐井 ≫読む

        第23回ドゥマゴ文学賞授賞式の様子 ≫「俳句界ブログ大井顧問)











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        第47 号 (2013.11.29 .) あとがき

        北川美美

        冬興帖第五になりました。小津夜景作品シリーズ、外山一機さんの時評と秋の夜長にじっくり閲覧ください。感想、鑑賞などが追いついていませんが、新たな書き手が現われることを祈念しています。

        ・変わって、ちょっとプライベートな事柄を。

        新宿の歌手・渚ようこのコンサートを観てきた。<11月26日(火)・紀伊国屋ホール>
        渚は年齢不詳と言われているが1960-70年代の動向に詳しくまたその頃活躍の方々との交流が盛んである。新宿を本拠地とする彼女ならではのコンサートだった。コンサートで、どうしても実現したいとのことで城之内元晴監督『新宿ステイション』が上映された。「ステーションステーション」と叫び声の中で陶酔、錯乱してゆくカメラ目線がエンディングまで続き、ちょっと『イージーライダー』風。『イージーライダー』は暴漢に射殺されてしまうが、『新宿ステーション』ではエンドレスな陶酔のまま終わっていく。彼女はオンタイムで当時の新宿文化を知るよしもないが、あの頃の激しさや哲学的なものに動かされている雰囲気はある。当時の一部の人々は今も陶酔の中にいるのかもしれない。安保闘争がなにか最前線だったのである。

        そういえば、最新『面』116号 高橋龍後記に「今も自分は後衛であると思っている。」とあった。部隊でいうならば、前衛に守られ先導されるのが「後衛」ということになる。なるほどわかる気もする。確かに先導される人々に守られながら進むのが「後衛」である。


        歌謡路線とは異なっていった感があるが、横山剣と渚ようこの「かっこいいブーガルー」をそのリサイタルで久々に聴いた。歌詞中「かっこいい世界は探せばきっとある、間違いないだろう」というところが印象に残った。歌ができてから10年経過したが、「きっとある、間違いないだろう」という部分が今も生きているように思った。現状は「もしかしたらそういう世界は無いかも、少なくとも今は無い。」という事を含んでいることを思いながら聴いた。先の10年後はどう聴くのだろうか。

        ・前週のJFK忌に引き続きアメリカの取材番組を見た。番組ではオズワルド単独犯も可能であるという実証がなされたのだが、アメリカ公文書館には司法解剖時の鮮明な写真や映像が残されていることを知った。しかし75年間の国家機密というのだから相当な事件であったことを物語っている。ジャックルビー、オズワルド、バブーシュカ・レディー、まだまだ謎は解明されないまま、機密公開まであと25年を待たなければならない。

        コールド・ケース “JFK”~暗殺の真相に迫る~
        Lone Wolf Media / WGBH (アメリカ 2013年)
        http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/131121.html



        筑紫磐井

        ○8日に島倉千代子がなくなった。美空ひばりと島倉千代子がしばしば比較されているが、昭和25年生まれの私には美空ひばりはあまりピンとこない。このころ生まれた東京山の手育ちは、美空ひばりは嫌いだったし、ビートルズもばかにしていたように思う。

        では、島倉千代子はといえば、美空のような拒絶感はなく、空気のように周囲にあふれていた歌という印象が強い。「この世の花」はものごころついた時には年中ラジオから流れていたし、「からたち日記」は子守唄のように耳元で歌われていた。

        島倉の人生の大半は、野球選手との結婚・離婚・堕胎とか、他人の借金の保証で膨れ上がった巨額の借金の返済、それも何回もの負債で運の悪い人という評価を与えた。聞けば、ファンのテープで失明の危機に陥った時救った眼科医のためにした保証で巨額の借金が発生したというが、その眼科医は島倉の愛人だったと言うし、あるいは、知人の債務の保証で借金が発声したというが直接の債務そのものより、実は後見人(後日著名な占い師となる)がすっかり食い物にしていた、などの記事が溢れかえっている。

        こんな生涯は必ずしも珍しいものではないかもしれないが、ここから「島倉千代子は不幸だったか」という命題を検証してみたい。多くのブログには島倉が死によって苦労から解放されたように書かれているが、それはどうだろう。歌手にとっての幸福は、いい歌とめぐり合い、それがファンに受容され(余り賞とは関係ないことだ)、なくなる最後まで歌い続けられると言うことに尽きるような気がする。借金のためにどさまわりで歌わねばならないと人は同情するが、確かに報酬から見たら過酷だったかもしれないし、御殿も持てなかったし、受賞の数の少なかったことは残念かも知れないが、島倉自身にとってファンの前で好きな歌を歌えたわけであり、なくなる3日前にレコーディングできたことは充分幸福であったように思われる。追悼記事を見ながら、あの歌声同様、幸せな人だったと思えてならない。もちろん、島倉を追い込んだ人は地獄に落ちるべきだが。

            *     *

        話題を転じて、「俳人は幸せか」を考えてみたい。様々な賞を取り、大きな結社の主宰となり、多くの句集を刊行し、名誉を重ねてゆくのを、人は俳人の幸せと思っているがそれはどうであろうか。歌手の、「いい歌とめぐり合い、それがファンに受容され、なくなる最後まで歌い続けられる」という幸せの条件を俳人に当てはめれば、「いい俳句を詠み、それが読者に受容され、なくなる最後まで詠み続ける」ということになるだろうか。

        このBLOGで広告を出している「俳句四季」の1月号で座談会を一緒した中嶋鬼谷氏と原雅子さん。中嶋氏は、『峡に忍ぶ』という今年一番の素晴らしい本を書いた人で、この本のモデルは馬酔木の閨秀作家馬場移公子であった。

        ほとんど、俳壇、マスコミに登場することもなく、2冊の句集をまとめただけで逝ってしまったが未だに多くの人に愛されている。私はその最晩年の作品を馬酔木で鑑賞させていただいた(たぶん最後の鑑賞)ことがあるという不思議な縁を持っており、中嶋さんの本に少し登場する。原さんは私と一緒に『佐久の星 相馬遷子』を書いた。同じく馬酔木の医師俳人で、多くの先輩同僚から愛されていた。決して著名ではないにかかわらず、二人は俳人協会賞を受賞している。地味ではあるが、俳人協会にしかできないいい仕事であったと思っている。馬酔木にはまだまだこうして発掘されるべき作家を何人か持っているはずである。

        いずれも、「いい俳句を詠み、それが読者に受容され、なくなる最後まで詠み続け」ただけで終わってしまった、幸せな俳人たちであった。多くの若い作家たちにもぜひ幸せな俳人になってもらいたいと思う。


        ちなみに私の最も好きな島倉の歌は「星空に両手を」で、守屋浩(島倉はいいおじさんをつかまえて「守屋くん」といっているのが楽しい)とのデュエットであった。


         

        【俳句時評】マストを畳んだその後で―澤好摩句集『光源』―   外山一機


        澤好摩が第四句集『光源』(書肆麒麟)を上梓した。澤の師である高柳重信の三〇回忌の年に出されたこの句集を通読してふと思い出したのは、高柳と、高柳の友人であった本島高弓のことだった。本島の第二句集であり高柳重信の句集『蕗子』の姉妹句集でもあった『幸矢』の跋文には、本島の次のような言葉がある。

        重信にとって蕗子は遂に一度もめぐりあふことのなかつた恋人であり、こころ妻であり、また娘のやうなものである。それに較べてこの幸矢は現に僕の長男である。昭和二十二年十二月の末、彼が生まれて以来の二年間の俳句をまとめて、これに「幸矢」と名付けたことには、僕なりにある種の感慨がある。薄明の中をよろめき、つまづきながら歩み続けてゐる僕にとつて、それは唯一の杖であり、ともしびのやうなものでもある。

        こうした言葉とともに『幸矢』に収められた作品を読むとき、そこには本島高弓がまぎれもなく「本島高弓」であろうとするときの矜恃のありようが思われるのである。

        山巓へ手をふればわが手の赤さ 
        焼原や虹にもつれる無数の手 
        消える虹わたしはすべもなく残る

        高柳には「身をそらす虹の/絶巓/処刑台」の句があるが、深い自虐と逆説の表情をもって自己と他者への愛憎のドラマを提示した高柳に対して、本島のたたずまいはどこまでも慎ましい。いわば高柳が天上を仰いでいるうちに自らも天上へと駆け上っていこうとしたのにたいし、天上をふり仰ぎながらも、地上にとどまることを選んだのが本島であったのではなかったか。高柳は書くことで「「月光」旅館」に行くこともできたし、リラダン伯爵の名の書きつけられた「月下の宿帳」を見ることもできたのであって、いわば『蕗子』とは、そうした場所にいた高柳なればこそ、書きとめることのできたなにものかであったにちがいない。むろんそれは、遂に出会えないはずのそれらに対する諦念をはらんだ営みを伴うものであって、それはまた、その諦念と含羞とをもって、それでも書いていくときに、初めて出会えるというような、多分に逆説的な営みでもあったと思う。一方で、山巓へ手をふる側にとどまった本島とは、虹をふり仰ぎながらも焼原を書きとめずにはいられない者の謂なのである。

        そのまなざしはどこまでも地上にある。「消える虹」の後に「すべもなく残る」「わたし」を描いたのも、その感傷的なポーズに本島の志があるのではなく、「すべもなく残る」と書くことで、そのまま、「すべもなく残る」「わたし」のその後を引き受けていくことにこそ、本島の作家としての矜持があったように思うのである。高柳に「船焼き捨てし/船長は//泳ぐかな」があるとすれば、本島には「トロを押し トロを押しゆく とほい海」がある。高柳は書くことによって海に出会うことができるが、本島はまさに書くことによって海にたどり着けない自らを引き受けていったのである。

        『光源』を読みながらこうしたことを思ったのは、師である高柳の没年齢も、あるいは高柳が言うところの、老残の醜をさらすのをかばいつつ後進が自らの進路を清掃するための知恵としての「還暦」もすでに超えた澤が古希を前にして上梓したこの句集に次の句を見たからである。

        遥々と凧揚げてそを忘じたり

        澤にはかつて「空高く殺しわすれし春の鳥」があった。このときの澤に見えていたのは自らが殺すはずの春の鳥であり、その鳥を高い空とともに仰ぎ見るほかないという、どうしようもない自らのありようが描かれていたのが、たとえば『最後の走者』であり『印象』であったように思う。

        旅立ちのマスト こんなに風鳴るとは 
        また会おう菜の花色の灯の下で 
        さらば!左舷に雨脚は濃くなつてゐる

        『光源』以前に書かれたこれらの句には、なにものかへの強い憧憬と、同時に、その憧憬の手に負えなさを手に負えなさとして、あるいは戸惑いを戸惑いとしてそのまま披瀝できるだけの羞恥心がある。「また会おう」という大見得も、「さらば!」の大見得も、こうした羞恥心の裏返しであって、そうであればこそ、多分に饒舌の感さえあるこれらの句を前にするとき、僕は、このように書かずにはいられない自らのひ弱さを提示する者の強さを思い、あるいは、富澤赤黄男が『蕗子』の序文で高柳重信を評して言うところの「真の精神の強靭さとは、たとへばハンマーを振りかむるポーズの中などには決してあるものではない」という言葉が、また違った趣きをもつものとして見えてきたりもしたのであった。そして、そのような澤であればこそ、「遥々と凧揚げてそを忘じたり」の句に僕は不思議な印象を抱いたのだった。僕は、遥か彼方にある憧れに届かないことをもって澤好摩であると思っていたし、ましてや、遥々と揚げた凧を忘却するというような傲慢さは想像もできなかったのである。

        夏の雲畳まれし帆はただ重し

        かつて旅立ちのマストをいささかの戸惑いとともにひろげてみせた澤だが、いまその帆は畳まれている。その帆の重さは何であったか。『光源』にはまた次の句を見ることができる。

        降る雪の湯船・馬槽・水漬く船

        降りしきる雪の日の湯船の向こうに想起される馬槽とはキリストの揺りかごとしてのそれであろうか。しかしそれはすぐに水漬く船へと転位してしまう。夏石番矢であるならば降る雪に昇天するごとき自画像を詠んでみせたところであろうが、そのような青年らしいナルシシズムは、むろんここにはない。揺りかごがそのまま棺へと変貌するのを澤はじっと見つめているだけである。

        撃たれ疲れし軍艦が泛く春の海

        この句はむろん、山川蝉夫としての高柳が詠んだ「軍艦が軍艦を撃つ春の海」を下敷きにしたものであろう。『日本海軍』と題する一書をもつ高柳が山川蝉夫に身をやつしたときに生まれたこの句は軍艦への遠い憧れの表明でもあるが、澤はそのような山川蝉夫にも高柳重信にも寄り添いながら、その死後を生きてきたのである。かつて山川蝉夫が表出せしめた軍艦とは何であったか―澤はその軍艦を思いながら、しかしその軍艦の操舵室に乗り込むことはない。撃たれ疲れるまでのさまをじっと見つめているのみである。それは、しかし臆病者や卑怯者の仕儀ではない。「敏雄忌のけふの畳を掃きにけり」と詠み、あるいは「藁塚の芯乾かざる六林男の忌」と詠まざるをえない澤はあまりに多くの死に出会ってきたし、その死に対して、たとえば三橋敏雄が「戦争と畳の上の団扇かな」と詠んだその畳を掃き清めることがすなわち三橋を悼む志の表明でありうることを知っているのが澤なのではなかったか。

        翻って、先の「遥々と」の句についていま一度考えてみるならば、こうした死への近しさが、かつて手の届かない場所にあったものへの近しさを呼び寄せたのかもしれない。そういえば『光源』には「みな空に帰する途中や竹の秋」の一句もある。

        想ふとき故人はありぬ遠白波 
        棺とせる独木舟あり信天翁 

        いま澤に親しく見えているものは旅立ちの船ではなく死へと誘う独木舟なのであろうか。そしてそれを漕ぎ出だす海とは故人とともに想起される海なのであろうか。しかし、澤は遠白波に紛れこもうとはしないし、「棺とせる独木舟あり」というだけで、そこに乗り込むわけでもない。その節度をもって他者の死を引き受けるのが澤なのであろう。

        僕は先に、高柳重信に「船焼き捨てし/船長は//泳ぐかな」があるとすれば本島高弓には「トロを押し トロを押しゆく とほい海」がある、と書いた。ならば、澤にもかつて「われは泳がぬ太平洋の晩夏かな」があったのである。そして、かつて憧憬や羞恥とともに泳がないことを選んだ澤は、いま、泳がないでい続けることで、その営みがそのまま誠実なそれへと転位するような場所にいる。



        澤好摩句集『光源』

        三橋敏雄『真神』を誤読する 91. 面変りせし蛾よ花よ灰皿よ / 北川美美


        91.面変りせし蛾よ花よ灰皿よ


        絵札を引くように登場してくる「蛾」「花」「灰皿」。閉塞的空間に並列されたドラマがある。そこにいるのは、蛾と花と灰皿と、そして作者。「面変わりせし」と時間経過をみつめている作者が知り得る物語を読者は想像するのである。

        私には、上掲句の舞台(場面)が船上の一室のある時間経過の物語に思える。


        船室に飾られた花(切花)は朽ち果てて枯れて死花となってゆく、物思いに耽る度に煙草に火をつけ吸うでもない煙草が灰皿を埋めてゆく、昼の間、鳥達の活動から身を静めていた蛾が夜の船室の光の中で羽ばたき始める。そして朽ち果てた花にとまりやがて花が涸れてゆくと同時に蛾自身も朽ち果ててゆく。それを作者は観察しているのである。

        蛾も花も灰皿も密室の中で風貌が変わってゆく。面変わりしないものなどはない。生生流転、常に時は流れてゆき生まれたものは死に、そして見慣れた風景は変ってゆく。波だけを見て過ごす船の上の自分も陸に辿りつくころには乗船した時とはどこかが変わっているのである。船上生活の永い敏雄が陸上のことを少し気に留めているようにも思える。

        この敏雄の一作品と同じような設定の短編小説に遭遇した。安部公房初期作品の『白い蛾』である。語り手であえる船長室に招かれた客に白い蛾の話を語る船長が、更にもう一つの話を語る、それも船長の考えた、白い蛾についての虚構の話を語る二重構造となる公房らしい複雑な構成をとっている。

        ***

        (前略) 
         星が空一面に輝き出し、燈台の灯も見えなくなってから、一等航海手と交代した私は空腹を抱えながら部屋に帰って参りました。そして驚いたのです。何んと、さっき逃がしてやった筈の例の蛾が、ちゃんと、何時の間にか舞い戻って来て、而も前の通りにあの白バラの花弁に止っているじゃありませんか。私は何故か胸がどきっとしました。こんなつまらぬ、ささいな事に、それ程思いつめたものを感じたと言うのも、何かしらその行為に、私に対しての訴えるものがあったからだろうと思います。 
         (中略) 
         やがて或る港についた時、或る事を想像して、バラを捨てずに部屋の反対側の片隅に置いておいたのです。それからその蛾をそっと新しい花の上に置いてやりました。すると……まあその日半分位はその儘じっとして居りましたが、案の定何時の間にか枯れかけた白バラの方に飛び移っているのです。仕方無いので、どうせ早晩枯れ落ちるとは分かって居りましたが、コップに水を入れてその白バラを活けてやりました。 

         一日一日とそのバラの花弁は散って行きました。それにつれて蛾も見る見るやせおとろえて行く様でした。可愛そうに思いましたが何うする訳にも行かず放って置く内、何日位経ったでしょうか、或る朝の事です。到々花弁が最後の一枚になって終いました。 
        (中略) 
        無理も無い事です。そこに在ったのはよれよれになった花弁と、それにしがみついている蛾の死がいだったのですから。

        (後略)
        『白い蛾』安部公房初期短編集『題未定』(霊媒の話より) 

        ***

        安部公房のこの作品と重ねあわせて敏雄の上掲句を読み解くに、「蝶や、蜂や小鳥等の、昼の光に包まれた華やかな情景」の世界に住むのではなく、闇の中に生きる「裡面に小さく閉じ込められた」蛾を花を観察する。虫の世界で居場所を見つけられなかった蛾が閉じ込められた世界のひとつの花を棲家とする。役目を終えるように腐って朽ち果ててゆく花とともに蛾も命を終えてゆく。閉じ込められた一室で煙草の煙とともにその風景を見ている作者の生き様にも重ねてみえてくるのである。


        安部公房は、この物語の冒頭で語り部である船室の客に次の台詞を語らせる。

        普通つまらないとか大人気ないとか言われている事が、案外目に見えない所で人生の大きな役割を占め、時には主題にさえなっているものです。目に見えているものは、その奥に在る大きな塊りの様々な性質を、ばらばらに示している仮の宿で、影の様なものだと言うのが私の意見です。


        安部公房の初期作品は発表するつもりのないものであったため敏雄が目にしたということは考えられない。しかし、作家の眼として偶然性があるように思える。


        「蛾」も「花」も「灰皿」も敏雄の心情を映す仮の宿で、バラバラに映る存在が敏雄の中でひとつの塊になり主題にさえもなる。シニフィアンとシニフィエとの対のことを「シーニュ」(signe)というが、私の中の上掲句の「シーニュ」(signe)=記号が安部公房の『白い蛾』と偶然に一致し、並列された。

        これらが差し示すものは、何か昼の世界では生きられない閉塞的な空間、空気を感じることができる。その閉じ込められた空気感、虚無感と思える風景とともに過ごすこと、物の裏側について考えること、それを主題としていると思えるのである。 どれも不思議なシーニュである。


        何か哲学的な暗喩とも思えるこの句に、物語がある。敏雄の句に登場する「蛾」自体がすべて物語の一シーンを考えさせるのである。


        ちなみに敏雄は『眞神』に「蛾」の以下の三句収録している。


        きなくさき蛾を野霞へ追い落す 
        面変りせし蛾よ花よ灰皿よ 
        色白の蛾もこゑがはりしをふせり



        【俳句作品】 平成二十五年 冬興帖 第五


        ※画像をクリックすると大きくなります。







             音羽紅子(「童子」会員)
        炉の開きて煎餅みかん持ち来るよ
        落葉掃くまだ金色でみづみづし
        初雪のけはひますます強くなり


             佐川盟子
        予約席は空席のままクリスマス
        荒星や指の知りたる鼻の位置
        脱ぎすてたブーツ戦死のごとくあり


             後藤貴子(「鬣(TATEGAMI)」)
        玉霰ボーカロイドが叫ぶ愛
        頬被りして笑い皺深うせり
        グラウンドで踏みし朽葉のものもらい


             林雅樹(「澤」・共著『俳コレ』)
        我を指す人差指や師走の街
        鉄道の柵は枕木大根干す
        雑誌自販機トタン囲みや冬の暮

         
            茅根知子
        鉛筆の文字の太りて冬に入る
        日の中にもう少しゐる毛糸編む
        吐く息の流れてゆきし枯野原


             関根誠子(「寒雷」「炎環」「つうの会」同人誌「や」所属)
        しづかな日差して時雨のこころざし
        小春日や地球とび出す円周率
        何の種だつたか生えて冬紅葉

         
            上田信治
        あのあたり青から白へ冬空は
        犬ほどの暖房器あり足許に
        ながあしにゆく竹馬よ山は霧
        見えてゐる夜のほんの一部の雪
        冬の鳥食器がひとつふたつかな


             津髙里永子
        わが樹海桂落葉の香に満つる
        恋するか死ぬか炬燵の脚ぐらぐら
        雪捨て場雪の重さに馴れてきし
        灯ともして雪積む筒のごとき橋
        藪柑子遺骨拾ひにゆく話


             小澤麻結(「知音」同人)
        火も既に三和土の火鉢客待てり
        棒を挿すのみの戸締り炭跳ねる
        屋敷神いや白々と冬来る
        かぶりつくカヂキバーガー冬うらら
        アンパンマン今どの辺り小春空


             柴田千晶(「街」)
        テーブルも椅子も人間冬館
        夫役の男むじなに似てゐたる
        石膏の乳房割れをる冬の庭




        文体の変化【テーマ:昭和20年代を読む21~住その他①~】/筑紫磐井


        「住」環境に近いものとして、幾つかの題を掲げておこう。

        先ず【闇屋】【闇米】【闇値】などがすでに紹介されたが、そうした闇行為を行う場所として、焼け跡などに開設される闇市がある。別に仮設である必要はないが、いかにもそれらしい詠まれ方をしている。物々交換は闇市の一首であるかよく分からないのでいっしょに紹介しておく。戦後とはこうした脱法すれすれ、法律の解釈の隙間を縫った行為がふえてくる。

        【闇市――マーケット】

        闇市の狂躁天に夏燕 太陽系 21・9 三保鴻磁 
        闇市の隅のどくだみ街暑し 風 22・11 竹村幸三 
        はつらつと秋日の中の闇市場 太陽系 22・1 指宿沙丘 
        雪を来てマーケットに手玩具買ふ 石楠 22・8 古屋柿陽 
        何もあり彼もあり寒き闇市に  旦暮 日野草城


        【物々交換】

        杣下る油と替へる炭負ふて ホトトギス 21・3 有本銘仙 
        鳥雲に砂糖と換へし米提げて 曲水 25・7 西山一郎 

        住宅が仮設であれ確保出来れば、次は職場への交通の確保が不可欠となる。交通難とはラッシュ(現在のラッシュよりもっと激しかったろう、【殺人列車】と言う物騒な名前がついている)、切符確保の行列、社内だけでなくデッキの立ち乗りまであったようである。


        【交通難】

        春泥や徒歩通勤者ふえて来ぬ 浜 21・7 鈴木香雪 
        七月の白きラッシュの渦に入る 石楠 23・11 石田古石 
        息白く切符買ふ列にわれも入る 石楠 25・6 坂本碧水 
        デッキに野分勤めの人の髪を吹く 歩行者 25・10 松崎鉄之介 
        雪に発つバスは魚商の荷にて満つ 石楠 26・5/6 松下津城 
        春の霜見しが車内に揉まれをり 石楠 28・3 原田種茅

        【殺人列車】

        骨押し合ふ社内に捻ぢれ極左の書 太陽系 21・12 船戸藪々 
        混む電車で蜜柑の香り嗅いでゐる 太陽系 21・12 市川繁策 
        胃が痛む殺人電車に吐き出され 太陽系 22・3 水谷砕壺 
        亡国の夜汽車に捻られ人ら師走 太陽系 22・3 船戸藪々

        こうした町々で見かけられる終戦特有の風景は、貴重品(当時にあっては)を拾って歩く行為である。

        【煙草ひろひ】

        北風走る足下の莨拾はれぬ 明日 富永寒四郎

        【金物ひろひ】

        けふも金屑探しの来てる栗の花 ホトトギス 24・3 金沢青陽


        「俳句空間」№ 15 (1990.12 発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(続・2/小川双々子「麦埃浮きかたまるや殘る民」)/大井恒行


        小川双々子「麦埃浮きかたまるや殘る民」
                                          
        小川双々子(1922〈大11〉9.13~2006〈平18〉.1.17)の自信作5句は以下通り。

        麦埃浮きかたまるや殘る民   「地表」1989(平成元)年6月 
        炭俵照らしてくらきところなる   〃 ‘90(平成2)年1月 
        冬の個人やライターの火を点し    〃    〃 
        亡郷やてのひらを突く麦の禾     〃       2月 
        麦飯やここに空気が一つありて    〃       4月


        一句鑑賞者は、谷口慎也。その一文には「定型に対する非定型も、体制に対する反体制も、時間と共に定型化し、体制化する。この句を私が何処か古臭く思うのもその辺にあるのだろう。/換言すれば、双々子の「殘る民」に対する詩的思惟性がすでに概略化し古びているとも云えようか。作品におけるエネルギーは、作者の詩的思惟性が絶えず流動していくときにしか生まれないのであろう。書き続けることの困難さでもあるのだろう。多分、俳句の『場』においてさえ、座布団は用意されていないと考えた方が正しいのだ」。23年前の鑑賞文であり、若々しい谷口慎也の俳句の先輩に対する礼儀ある手厳しい評である(もちろん、現在も谷口慎也は鋭利だが・・)。冒頭には、双々子の魅力について「双々子と云えば句集『くろはらいそ』。その悪意に満ちた光りこそ我々を魅了してやまぬものであった。悪意の闇の深さが、一貫した彼の詩質であろう。闇の深さとは生のエネルギーの強さのことに他ならない」と述べている。それが、最終段の「作品のエネルギー」以下の評価に連動しているのだ。数ヶ月前のことだと思うが、山崎百花が「麻」(主宰・嶋田麻紀)にクリスチャンだった小川双々子の作品の一部始終を聖書の言葉を引用して、解読、鑑賞している実に緻密な長文の論考を読んだが、その折、双々子は幸せな俳人だ、と少し羨ましくも思った。ともあれ、双々子没後の全句集が出るという噂を聞いたものの、いまだに出版されていないのは実にさびしい。

         冒頭に掲出されたわずか5句をみるかぎりでも、その特異な作風と、詩的思惟は現在でもなお古びることないものである。

          わが生ひ立ちのくらきところに寒卵       『幹幹の聲』

        の序文で山口誓子は、上記の句を秀作として上げ、「曽て同じ道を歩いた小川双々子の今後を私は他のどの作家よりも注視しているのである」と述べた。

        思えば双々子生前、平成2年に刊行された『小川双々子全句集』出版記念会には、攝津幸彦ともども、名古屋で開かれた祝賀会に招かれたことがよみがえる。あれから、もう20年以上が経つのだ。
        その全句集の附記に双々子は次のように記している。

         「ふと手にした井泉水句集(新潮文庫)の『ひぐらし鳴くかまくらをかまくらに移り』の一句を記憶した少年時代から、いま手許にある書きかけの未完の一句に到るまで一切が途中である。しかし、これより一事を為すの自負などあろう筈もない。〈全句集〉の企画にも心重く、いたずらに月日が過ぎた。(中略)/折りしも〈昭和〉が終った。かえりみて、われわれの世代の心身に濃く沁み込んだ時間でもある。たどたどしいわが俳句作品はわが昭和でもある。それをどうする」。


        【小津夜景作品 No.3】 冬の朝、そのよごれた窓を   小津夜景

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                  冬の朝、そのよごれた窓を      小津夜景


        人は眠りながら己を律することができない。だからこそ人は必ず眠りから覚め、現実の世界でいそいそと夢を見る。 
        冬ミルク生まれてみれば灰だった


        しかし今、私がこんなにも早く目覚めているのは夢を見るためではなく、単純にこの部屋が寒すぎたからにすぎない。 
        冬部屋の触れざる声を忘れゆく


        私はいつも通り、部屋に忍び込んでいた闇を掃くようにしてカーテンの裾を荒々しく払い、潮風によごれた東方の窓を押しひらいた。 
        嘔吐もしわれゴミでない何かなら


        すると夜のなごりの凍てついた湿気や、それを端からほどく心なしかの温気が、風の乱れるにまかせてかわるがわる部屋を満たしにくる。 
        ほおひげの風疼くたび添い響く


        窓から身を乗り出して冬の海を眺めてみれば、かもめが大きな翼を広げ、あるものは舞い、あるものは稜線の頂きに止まったまま浪もろとも崩れ、海間のそこかしこに散りつつ浮かんでいるのがぼんやりと見てとれた。 
        そこかしこシーニュかじかむほどシーニュ


        風の隙間になだれこみ、まためくれあがる鳥たちの聲は、両の耳を聾し、また揺すり起こし、連なるはずの海の印象を断片に変え、つぎつぎと私の目へ放り出す。 
        マフラーとぶそれ自体なる死を知らず


        こんな時、いつも私は次の一聲でそれが完璧に崩れ去ることを強く欲しながら、その断片を記憶に積み重ねて遊ぶのだ。そっと息を止めて。 
        酸欠や煮こごりほどの記憶ある


        そこからの長い長いつかのま。そのうちに疲れを覚えはじめた私は、自然よりも近しい何かを求める仕草で、今度は窓のまわりへ視線を返してゆく。 
        かがやきは塩のごとしよ冬の他者


        そこでは落ちそこねた枯葉をごっそりまとう水楢の幼な木や齢をかさねた白樺の、氷の粒のつらなる枝を知らない野鳥がつまぐっている。 
        ずぶぬれの枯葉のなかの微熱かな


        そしてその白樺に寄せられた幌つきの軽トラックの陰にはたいていその人がいる。アノラックで着膨れしたその人は物置前の雪を掻きけずったり、車のエンジンを吹かしながらフロントガラスの氷をはがしたり(この時点で私は、心なしかの温気が人工の熱だったことをいつもようやく理解する)、凍った漬物樽の中を確認していたり、幌に漁の道具を積んでいたりと、常に何かしらの仕事に勤しんでいるのだ。
        「お早いですね」
        上方の窓に私を見つけると、その人は決まってそう挨拶する。 
        「おはようございます。また漁ですか」
        「漁? おおげさね。あなたも行きますか」
        そう誘われて、私は服を着込む。もっとも誘われなければそれまでであり、むしろそういった朝の方がずっと多かった。せっかく毎朝、こうして目覚めているのだが。 
        ゆくえしれずのこのわたがうつくしい




        【略歴】
        • 小津夜景(おづ・やけい)

             1973生れ。無所属。

        2013年11月22日金曜日

        第46号 2013年11月22日発行

        【俳句作品】

        • 平成二十五年冬興帖 第三
            ……堀本吟,長嶺千晶,小林かんな,羽村美和子,網野月を,
        ふけとしこ,仙田洋子,小野裕三,福田葉子,
        小久保佳世子,岡村知昭     》読む


        • 現代風狂帖
          
           サウンド・オブ・サーフ   山田露結   ≫読む

        <小津夜景作品 No.2>
              梅本教会会衆派   小津夜景  ≫読む

            【戦後俳句を読む】
            • 【戦後アンケート(テレビ・レコード・文庫本)】はじめに 
                                  ……筑紫磐井   ≫読む

            • 【戦後アンケート(テレビ・レコード・文庫本)】その3
                                  …… 吉村毬子  ≫読む

            • 上田五千石の句【テーマ:子】
            ……しなだしん   ≫読む
            • 赤尾兜子の句【テーマ:場末、ならびに海辺】 
            ……仲寒蝉   ≫読む

            • 細見綾子の句【テーマ:細見綾子 武蔵野歳時記の世界】
            ……栗山 心   ≫読む


            【現代俳句を読む】
            • 第2回攝津幸彦記念賞――3つから 
                                …… 筑紫磐井  》読む
            • 新・攝津幸彦特集について(豈55号より巻頭言を転載)
            ……発行人 筑紫磐井  》読む
            • 【俳句時評】 ささやかな読む行為 ―青木亮人『その眼、俳人につき』― 
            ……外山一機   ≫読む


            【編集後記】

                  あとがき   ≫読む  
             

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            • 第二回 攝津幸彦記念賞各賞発表  》読む
            • 祝!恩田侑布子さん
            Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞!恩田侑布子……筑紫磐井 ≫読む



            第23回ドゥマゴ文学賞授賞式の様子 ≫「俳句界ブログ大井顧問)











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            第46 号 (2013.11.22 .) あとがき

            北川美美

            「戦後俳句を読む」の戦後作家鑑賞欄に三編の入稿あり。作品欄も冬興帖に加え、山田露結さん、小津夜景さんに新作をご寄稿いただき華やかな号になりました。

            本日11月22日はジョンFケネディ忌。50年忌になります。
            (キャロラインケネディ氏を久々にテレビで観た感想は、笑うと目元がジャッキーにそっくり・・・。ホワイトハウスでの幼女時代に「キャロリン日記」が日本の少女漫画雑誌にも連載されたらしいのですが、その頃の読者が馬車送迎の沿道に詰めよせたのでは。映像では意外に年配者が多かったと感想。)

            ケネディ大統領暗殺の機密文書の公開は2038年といわれ(映画『JFK』で知った。)、あと25年を要します。時代を共にした人々が生きているあいだに情報公開されることがあるのか…。JFK機密公開までの年数がわが余命とだぶるようで、毎年計算するのを控えていましたが、久しぶりにキリのよい25という数字になりました。(また2038年は2000年時同様、コンピューター誤作動が予測される年でもあるようです。)

            そして明日は二十四節気の小雪。 皆様どうぞ暖かくお過ごしください。




            筑紫磐井

            ○池田澄子さんより、怪談話。高槻に住んでおられる攝津幸彦氏の御母堂よし子さん(むかし角川俳句賞を受賞されている「草苑」の作家だ)のもとに「豈」が届いた由。55号であれば何の不思議もないが、43号(「特集・攝津幸彦没後十年」)だったそうである。七年前に出たこの雑誌は、豈の封筒に入っており、手紙も何も入っていないので誰が送ったか分からない。発行所、編集部が送ったわけではないので奇妙なことである。

            よし子さんからはどなたかは存じ上げないがよろしくお伝え下さいとのこと。ちなみに、池田さんによれば、よし子さんは声も大きくはっきりと話されており、元気そうだったという。今は腰の骨をうって車椅子を使われているらしいが、少し前までは歩いて句会に出られていたという。御年九十四歳、あと二年経つと、攝津幸彦の二倍を生きたことになるわけだ。

            ちなみに封筒には新聞の切り抜きが入っていたというが何の記事であったかは池田さんは聞きそびれたそうである。

            【戦後アンケート】テレビ・レコード・文庫本・6 / 吉村毬子


            Q1.私(あるいは我が家)が初めて見たテレビ番組は?
            Q2.私が初めて買ったレコード(あるいはCD)は?
            Q3.私が初めて買った文庫本(新書でも本一般でも結構です)は?





            • 吉村毬子

            A1.

            初めてのテレビは、『ひめゆりの塔』です。
            病弱だった為、(今では考えれませんが…)幼稚園へ行けず、母と昼過ぎにドラマを観るのが日課でした。他の番組は全然記憶にないのですが、このドラマだけは、鮮明に覚えています。母が、今でも時々言います。
            「毎日、二人で泣きながら見ていたね。あなたは、また、お姉ちゃんが死んじゃったね。って、エンエン泣いてたわね。」
            私は、戦争というものをこのテレビドラマで最初に識りました。
            二十歳の頃、沖縄出身者に初めて会った時、『ひめゆりの塔』の
            話をしたら、同世代の彼は嫌がらずに聞いてくれましたが、小学校六年までドル札を使っていたと笑って話すばかりでした。
            その後は、『サリーちゃん』、人形劇のNHK『新八犬伝』が大好きでした。『サリーちゃん』の「デリー?の花園」の回と、『新八犬伝』をもう一度見たい!

            A2.

            初めてのレコードは、ビートルズの2枚組のLP版だったと思います。その頃はもう解散していたけれど、ジョンの甘く枯れた声が今でも大好きです。
            英語の授業中、歌詞の意味を調べるのに夢中で叱られたことがありましたが、先生もビートルズファンでした。
            返しそびれた、滝沢君に借りた『レットイットビー』のレコードを今でも大切にしています。滝沢君、ごめんね。(余談ですが、滝沢君は、バキンというあだ名で、飯田君は、なんと、ダコツでした。)

            A3.

            初めて自分で買った文庫本は、『智恵子抄』だったと思います。
            中学生の頃、国語の授業で習い、智恵子の半生と、二人の愛の物語に感激し、随分読んで友達と暗唱したりしました。

            細見綾子の句【テーマ:細見綾子 武蔵野歳時記の世界】/栗山 心


            【夫の薔薇】

             細見綾子の庭には、数株の薔薇があった。富山の人より送られ、寒風の時期に苗を埋めたものが、5月に咲き、その後は、様々な色合いのものが秋も冬も咲き誇っていたという。
            深き息せむ夜の粗ら壁に薔薇さして 

            夜雨はげし薔薇近づけて食事する (昭和32年 『和語』)
            最初の夫と死別した綾子が再婚したのは、昭和22年、40歳の時である。夫は俳人の沢木欣一。

            「戦争から帰って来てから一年あまり、北国の金沢市へこもつたまゝ黙つてしまつた彼が、突然身を起すやうに求めて来たものに、私は、ひかれて行つたのだった」「私は彼と結婚することにしました。(略)私は限りなく揺れて行かうと思ひます」 (『私の歳時記』所収「雪嶺」)

            十ニ歳年下の沢木は、復員後の昭和21年、同人誌「風」を創刊し、俳壇の注目を集めていた、才気活発な若者だった。綾子は悩み抜きながら、結婚を決意。その後、俳句に「社会性」を打ち出した「風」は、「社会性俳句運動」の中心となる。綾子は、「風」の指導者として一翼を担いながらも、自らの俳句を生涯貫き通している。

            そんな沢木の日常は、同業であり、主宰であることからか、綾子の随筆に描かれることはあまり多くはない。その中で、印象に残るエピソードは、薔薇の世話をする夫の姿である。

            男が挿す冬薔薇一本づつ離れ (昭和37年 『和語』)
            「夫も薔薇の世話だけはよくしてくれた。鋏を持ち出して花をきるのは、いつも夫である。伊賀焼の花瓶に花をさす。長さ短さを考えず、ただ切って来て、すぽっとさしただけの花が、この伊賀焼によく似合った。私がさした花よりも夫がたださした花のほうがおもしろかった」(『武蔵野歳時記』所収「薔薇」)
            「『これは嫉妬かもしれない。』とも思った。そう思えるほど、夫の挿した薔薇は、どのようにも、新鮮味を持っていた」(『随筆集 花の色』所収「薔薇」)
            綾子の第二句集『冬薔薇』は、昭和27年、長男が誕生した金沢の地で編まれた。同句集で第二回茅舎賞を受賞。第一句集『桃は八重』刊行後の昭和17年から、結婚前年の昭和21年の句までが収録されている。

            凛とした気高さ美しさを持つ冬薔薇を、夫婦でありながら、独立した存在であった二人は、愛して止まなかったのではないだろか。

            冬薔薇の日の金色を分かちくるゝ (昭和21年『冬薔薇』)


            赤尾兜子の句【テーマ:場末、ならびに海辺】/仲寒蝉


            廃市(はいし)となる橋下おそろしく細い空     『虚像』

            廃市とは文字通りさびれ、すたれた町のことで、その意味では「場末」をキーワードに兜子の俳句を読み解くというこの試みにはぴったりの言葉である。ただ「廃市」という言葉は特殊でありどうしても福永武彦の小説を思い浮かべざるを得ない。またこの小説を原作とした大林宣彦監督の映画の方を思う人の方が多いかもしれない。福永の小説は運河のある町というだけでどこという指定はないのだが、映画の方は柳川をロケ地にしている。昭和58年(1983年)公開であるからこの俳句の作られた昭和36年にはもちろんまだ存在しない。ただ原作の方は昭和35年(1960年)に新潮社から刊行されているので兜子が読んでいた可能性はある。兜子より7歳年上の福永は戦時中に中村真一郎、加藤周一らと文学同人「マチネ・ポエティク」を結成し、戦後になって、日本語によるソネットなどの定型押韻詩を試みたが、昭和22年に肋膜炎で療養してからは小説家に転じ、昭和29年(1954年)の『草の花』でその地位を確立したとされる。

            この俳句にも橋が登場するので、運河のある町(柳川?)ということになり福永の小説との関連はあるのかもしれない。ただ風景としては水の都と呼ばれた大阪にもこの句のモデルとなるような場所ならいくらもあった。もっと言えば兜子の生まれ育った揖保郡網干町にも揖保川下流の運河があり(兜子の実家の裏がすぐに運河であった)、廃市というならこちらの方がモデルとして相応しいかもしれない。

            空が怖ろしく細いのは運河に浮かぶ船から見上げたからである。船は時に橋の下をくぐる。そのような瞬間、岸に挟まれた空はさらに細く細くなる。この町はすでに廃市なのではなく、「廃市となる」、つまり今廃市になってゆく途中ということだ。だから空が細くなると言うのは実景でもあり、心理的描写でもある。滅びに向かって行く町、未来はない、空もない。


            上田五千石の句【テーマ:子】/しなだしん


            楪や一男旅に一女嫁し   五千石

            第三句集『琥珀』所収。平成四年作。
            『琥珀』の巻末句。

                    ◆

            「楪」は、葉柄の赤い新しい葉が生えたあと、古い葉が落ちることから「譲り葉」ともいわれ、恙なく代を譲ることができる祝木、つまり成長した子にあとを譲る、という例えで、めでたい木とされる。松や竹と同様、正月の飾りに用れ、新年の季語。

                    ◆

            この句の「一男」は長男光生氏、「一女」は日差子氏を指す。
            昭和三十六年九月、長女日差子氏が誕生。長男光生氏は昭和四十年三月生。ちなみに二人とも秋元不死男の命名であり、光生という名は、春の季語「風光る」「水草生ふ」を組み合わせて付けられた。日差子氏誕生時には〈忽焉と父になりけり曼珠沙華 五千石〉を詠んでいる。
            日差子氏は平成三年十二月に結婚。長男光生氏についてはあまり語られていないため分からないが、この句の年には光生氏は二十四歳。「旅」、つまり家を出て一人で暮らしている状況かもしれない。

                    ◆

            子を詠んだ句として「楪」はつき過ぎと言っていいが、こういう境涯俳句は、つき過ぎくらいがいいのだろう。二人の子が成長した安堵と、言い知れないさびしさが滲んでいる。

            子を詠んだ句は他にも

              みどり子に光あつまる蝶の昼     『田園』 
              よだれかけ乳くさければ春蚊出づ  〃
            などがある。

            【俳句作品】平成二十五年 冬興帖 第四

            ※画像をクリックすると大きくなります。





                  堀本 吟(「豈」「風来」「北の句会」)

            右の目の衰へてをり月に雪

            雲を抜け出て順はず月に雪

            花もとぞ誘ふ声あり月に雪


                  長嶺千晶

            赤松のうろこ乾びて流行風邪

            人間をやめて寝袋冴ゆるかな

            絵双六またふりだしへもどりたる


                  小林かんな

            窓際は雑誌売場や小六月

            今生のおでんのつゆを同じうす

            置去りのレシートすでに枯葉めく


                  羽村 美和子(「豈」「WA」「連衆」同人 近著『堕天使の羽』)

            冬のバラ第六感を研ぎ澄ます

            霧氷林鏡の国の扉が開き

            原子炉を兄とも思う狐火


                  網野月を(「水明」同人)

            角瓶の刻みを撫でて優し冬

            瓶中のカティーサークよ冬嵐

            冬日中八重歯を隠す母若し

            碧き目の嬰は碧きまま冬を越し

            春と夏愛と生涯冬至る


                  ふけとしこ

            種を採る母在りし日のやうに採る

            雨脚の見えてもきたるみそさざい

            冬天やまばたきもせぬ眼鏡猿

                  
                  仙田洋子

                 アウシュビッツ回想

            ガス室の壁爪立ててみる寒さ

            ガス室へ送られし日も寒かりしか

            鉄条網アウシュビッツの永遠の冬


                  小野裕三(「海程」「豆の木」所属)

            冬空に鈍きものあり叩きけり

            橋の冬音符のごとく人通う

            冬の人美しきもの吐き出せり

                  
                  福田葉子

            わが余命思えば雫る竜の玉

            反魂の怒涛に生れし波の花

            枯岬冥府の鳥翳濃かりける


                  小久保佳世子(「街」同人)

            寒月に狙はれてゐるかもしれず

            くちびるに冷たし牛乳瓶の口

            さやうならそれぞれの手に冬の薔薇


                  岡村知昭

            言い間違い恥ずかしがらず雪達磨

            本山の目鼻なき雪達磨かな

            雪達磨行き方知れず総本山



            【小津夜景作品 No.2 】 梅本教会会衆派   小津夜景



                        梅本教会会衆派   小津夜景


            教会へゆく前にまずウォッカ飲む

            着ぶくれて梅本教会会衆派

            恋人と磷刑を見る聖夜なり

            寒さえも細部にやどる匠かな

            ひとくれの光のごとき冬のパン

            ヴォーリスに茶を賜えかし暖鳥

            カトレアは〈西の梅花〉の乙女らか

            ふるき世のみずにも触るるミトンあれ

            しろたえの風花、天降(あも)りつく天使

            反句

            梅さぐる明き盲(じい)〈神〉にうつつなく



            【略歴】
            • 小津夜景(おづ・やけい)

                 1973生れ。無所属。

            【俳句作品】  サウンド・オブ・サーフ  山田露結




                        サウンド・オブ・サーフ  山田露結

            歩行者ケムー催涙天国のラッシュアワーにひとり

            退化した目にうつる梵天マジキの終焉

            分厚い扉のむこう「密都311」

            冬のストロベリーペースト自家受精の猫と

            暗い日の子供のために焼かれる都市の亜鉛メッキ

            要塞化された区域、ビーチ21の冬波

            兵役を逃れサウンド・オブ・サーフ

            石と都市熱、廃棄された工場の人々

            怒り穏やかに典型的な無実の神シムル

            蛇行のボートピープル廊下の奥へ


            【作者略歴】

            • 山田露結(やまだ・ろけつ)

            昭和四十二年生まれ。愛知県在住。「銀化」同人。句集『ホームスウィートホーム』。共著『俳コレ』、『再読 波多野爽波』


            2013年11月15日金曜日

            第45号 2013年11月15日発行

            【俳句作品】

            • 平成二十五年冬興帖 第三
            ……早瀬恵子, 前北かおる, 内村恭子,
              もてきまり, 岡田由季, 下坂速穂,
                 岬光世, 依光正樹, 依光陽子  》読む


            • 現代風狂帖
            <小津夜景作品 No.1>
               遠近法と灰猫    小津夜景   ≫読む

              【戦後俳句を読む】
              • 【戦後アンケート(テレビ・レコード・文庫本)】はじめに 
                               ……筑紫磐井   ≫読む

              • 【戦後アンケート(テレビ・レコード・文庫本)】その3
                               …… 矢野玲奈, 西村麒麟, 小林かんな  ≫読む

              • 「俳句空間」№ 15(1990.12 発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(続・1)
              ……大井恒行  》読む
              • 文体の変化【テーマ:昭和20年代を読む20~住③~】
                                     ……筑紫磐井   ≫読む


              【現代俳句を読む】
              • 第2回攝津幸彦記念賞――3つから 
                                  …… 筑紫磐井  》読む
              • 新・攝津幸彦特集について(豈55号より巻頭言を転載)
              ……発行人 筑紫磐井  》読む
              • 【俳句時評】 ささやかな読む行為 ―青木亮人『その眼、俳人につき』― 
              ……外山一機   ≫読む


              【編集後記】

                    あとがき   ≫読む   
               

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              • 第二回 攝津幸彦記念賞各賞発表  》読む
              • 祝!恩田侑布子さん
              Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞!恩田侑布子……筑紫磐井 ≫読む



              第23回ドゥマゴ文学賞授賞式の様子 ≫「俳句界ブログ大井顧問)










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              第45 号 (2013.11.15 .) あとがき

              北川美美

              全国的に11月としては寒い日が続いています。すでに真冬日となったところも。

              今号は冬興帖第三、戦後アンケート(恐らく最終回)。そして攝津幸彦記念賞準賞を受賞された小津夜景さんの新作作品集がはじまります。すでに数編の作品が入稿されています。どうぞ小津夜景の世界をご覧ください。

              詩の賞の話ですが、「第21回萩原朔太郎賞」(前橋市など主催)は詩人で美術評論家の建畠晢(たてはたあきら)さん(66)の詩集『死語のレッスン』(思潮社)が受賞となり、氏の記念講演、贈呈式の模様をテレビで拝見しました。表題や作品中の「死語」について、「“ナウい”のような死語ではない。時代の中から突然消えてしまった、言葉。」と説明され、「死語」と「詩語」のアナロジーを解析。興味深い話でした。

              小津さんの作品にもその試みはみられ、俳句と詩を越境するレッスンのように思えてきました。

              多くの方の眼に触れ、さまざまな感想を持たれることを期待しています。





                筑紫磐井

              ○11月8日、恩田侑布子著『余白の祭』(深夜叢書社刊)のドゥマゴ文学賞の授賞式に行ってきた。俳句関係者が授賞したのも初めてであろうが、この賞に俳句関係者がこれほど集まったのも初めてであろう。現代俳句協会系の人が多いのは当然として、その他にも、仙田洋子、中西夕紀、藺草慶子、対馬康子などおなじみの方も多いのは著者の親交の広さか。賞金は100万円、フランス本国のドゥマゴ賞授賞式の旅費、時計、ワインが贈られ豪勢な祝賀会であった。圧巻は恩田氏の自作を朗読するパフォーマンス。これを巴里でもご披露して欲しい。まことにおめでたいことである。

              懇親会のあと大井恒行、星野高士、中西夕紀、瀧澤和治、行方克己氏らと喫茶店にゆく。戦後俳句の秘話をいろいろ語り合う、高柳重信以前の俳句研究の編集の話などはあまり聞くことの出来ない貴重なものであった。席上、星野氏から、来年の1000号の記念号をもって「玉藻」の主宰を承継することになったと語られ祝杯(コーヒーで)。先々週の「ホトトギス」といい「玉藻」といい、虚子にゆかりのある雑誌の世代交代が一斉に進んでいる(すでに「花鳥」は坊城俊樹氏が主宰となっている)。授賞式とは関係ないが、今夜また時代が作られたと言うべきか。

              ○攝津幸彦記念賞の受賞者たちがいろいろな活動に参加してくれそうなご返事を頂いている。多くの賞は受賞1年で記憶から薄れることが多いが、この賞の受賞者に関しては出来る限り応援をしていきたいと思っている。そういえば昭和20年代には俳句の賞はたった一つしかなく(現代俳句協会賞)、その受賞者は、佐藤鬼房、野沢節子、金子兜太、能村登四郎、鈴木六林男、飯田龍太と間違いなく時代を作り上げていった。賞とは授賞するだけでなく、新しい時代を作り上げる動機となるものであったのである。




              • Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞!恩田侑布子……筑紫磐井 ≫読む

              【戦後アンケート】テレビ・レコード・文庫本・5 /矢野玲奈、西村麒麟、小林かんな


              Q1.私(あるいは我が家)が初めて見たテレビ番組は?
              Q2.私が初めて買ったレコード(あるいはCD)は?
              Q3.私が初めて買った文庫本(新書でも本一般でも結構です)は?




              • 矢野玲奈

              A1.

              あまり印象がありませんが、ピンクレディーを踊っていたらしいので歌番組を見ていたのかもしれません。

              A2.

              おにゃん子クラブ のカセットテープ 「真赤な自転車」

              A3.

              「霧のむこうのふしぎな町」 講談社青い鳥文庫




              • 西村麒麟

              ちなみに僕は昭和58(1983)生れです。

              A1.
              記憶にあるのは「一休さん」のような気がします。

              A2.

              ヴェルディ川崎の応援歌
              当時尾道に住んでいましたが、カズ、ラモス達の影響でみんなヴェルディ川崎ファンでした。

              A3.

              多分、池波正太郎の「真田太平記」だと思います。全巻持ってました。




              • 小林かんな

              A1.

              世代的なテレビアニメはひととおり見たようです。具体的には「ガッチャマン」「アタックナンバーワン」などに熱中していました。

              A2.

              ベートーベンピアノソナタ「春」、シェリング×ルービンシュタインのレコードです。

              A3.

              最初に自分で買ったのは、当時はやっていたショートショートブームをまともに受けて星新一著作ではないかと思います。


              【小津夜景作品 No.1 】   遠近法と灰猫   小津夜景 





                 遠近法と灰猫    小津夜景



              奥行きのある廊下など今は無く立てずに浮遊している、なにか(松木秀)
              私は二つの戦争を見てきたが、そのどちらでも戦わなかった。私は誰も殺しはしなかった。
              恐らくそれだから、誰も私を殺さなかったのだ。(ジャック・プレヴェール)



              サモワール静心なく冬戦

              ラジオ今無罪判決モヘア編む

              居留守の神を見てしまい湖を愛す

              記憶的寒波の《Les Editions de Minuit(深夜叢書)》哉

              灰ねこは泥舟崩ゆるごとく抱く

              ふゆいちご空間(ところ)と時間(とき)のふたなりに

              わが生(よ)割愛するなかれ日記購えど

              梅さぐるたび戦争が勃ってくる

              微温浴室(テピダリウム)のごときマントが祖国より

              名づけえぬもの肉叢を踏み分け雪



              【略歴】
              • 小津夜景(おづ・やけい)

                   1973生れ。無所属。

              文体の変化【テーマ:昭和20年代を読む20~住③~】/筑紫磐井


              「住」についてはすでに「⑦~戦後風景~」で【焦土】【焼跡】【瓦礫】【廃墟】を紹介しておいたが、これらは何も残らなかった状態を詠んでいる。今回紹介する項目は、似てはいるが焼け残ったもので、なお住の用に供されることもあるだろうから、微妙ではあるがその違いを紹介しておきたい。

              【焦都】

              おり立つや焦都の霧を双頬に 潮騒 21 太田鴻村 
              芽柳に焦都やはらぎそめんとす 俳句研究 21・12 阿波野青畝 
              荒都遠しここ秋雲の母郷たり 来し方行方 22 中村草田男 
              雪しまき焦都しばらく窓に消ゆ 旦暮 日野草城 
              【焼ビルーー焼工場】
              焼工場年逝く鳰をただよはす 雨覆 21 石田波郷 
              焼工場夜雲五倍す稲妻す 雨覆 21 石田波郷 
              秋の日の天に焼ビル地に破れ靴 現代俳句 21・12 藤田初己 
              焼けビルの窓の親子に春の雨 ホトトギス 24・7 浅見里都子 
              廃工場人は見ざれど蓮咲けり 霜林 24 水原秋桜子 
              廃工場かもめ啼きつつ飛雪となる 麦 25・4/5 鈴木珠鱗子 
              【焼木――焼トタン】
              焼トタン鎧ひしの家の麦芽ぐむ 石楠 21・5 川口貫之 
              焼トタン組まれゆく日々寒ゆるむ 浜 21・3 鈴木濤閑子 
              大焚火に煽られしかたちのこす 浜 21・3 大野林火 
              日向ぼこ寄りし焼木に熱こもる 歩行者 23 松崎鉄之介 
              戦争における特定目的の施設は利用の仕様もないから無人の状態のまま荒れるにまかせている。
              【旧軍事施設】
              そのかみの要塞地帯麦を踏む 石楠 22・8 大塚梵天瓜 
              不発弾掘り炎天の街となる 曲水 24・9 鈴木頑石 
              青葉なほ水漬き砲塔寒波割く 石楠 25・5 稲本契月 
              屋根に寒日旧軍港は海汚れ 道標 26・4 須貝北骨 
              海軍は亡し冬港の浪照つて 石楠 26・10 横髪乃武子 
              冬潮澄むかつて特攻艇の洞 浜 28・4 中戸川朝人 
              島晩春日本海軍倉庫遺す 浜 28・6 田中灯京 
              桐咲けり陣地跡にて毬つく子 浜 29・7 片岡慶三郎 
              鉄兜黒き汗垂れ何堰くか 俳句 27・12 中島斌雄 
              兵役のなき民となり卒業す ホトトギス 23・1 野田蘆江

              ※最後の2句は軍事施設と関係はないようである。
              やがて、古い施設は解体され、整地され、または改修され、新しい建物に変わってゆく。このあたりになると希望が見えてくる。


              【ビル建設――都市復興】
              陽炎や復興都市の屋根続き 石楠 25・7 今井◆石 
              冬果ての天へデパート塗りいそぐ 石楠 26・4 野中内海 
              ビル建設人蟻のごと動きゐて 曲水 29・7 山崎豊女 
              富士立夏ビル建つ鉄の反射音 曲水 29・8 酒井美鈴

              【ビルプール】
              ビルの足場雑然と夏天日本の様 浜 27・11 松崎鉄之介

              【俳句作品】平成二十五年 冬興帖 第三

              ※画像をクリックすると大きくなります。






                    早瀬恵子(「豈」同人 )
              大輪の愛飼いならす冬薔薇
              冬の園サロメのさらう赤と青
              賜うたる裸形の背中ぬくぬくし


                    前北かおる(「夏潮」同人)
              本閉ぢて風邪の体を横たふる
              かたはらに日だまりありぬ風邪の床
              あれこれを枕まはりに風邪の床


                    内村恭子(「天為」同人)
              たちまちに見知らぬ広野雪しきり
              外套のフェルト水夫の大きな手
              もう雪を近く呼びたる水の街


                    もてきまり(「らん」同人)
              吹雪く夜のアブサン非想非非想天
              針置けばビリー・ホリデイ大枯野
              寡黙なるは絶滅危惧種か冬虹か


                    岡田由季(「炎環」「豆の木」同人)
              雪もよひ象牙鍵盤弾きにゆく
              水鳥のこゑ軟骨のピアス穴
              眠る山兵馬俑みな顔違ふ


                    下坂速穂(「クンツァイト」「屋根」)
              芒枯れて水の方まで流れむか
              二三羽を残して空へ霜柱
              塀や垣猫にうれしき冬日かな


                    岬光世(「クンツァイト」「翡翠」)
              マフラーの模様の国の人と会ふ
              冬薔薇玻璃越しに手の休みなく
              凍空をふりきつてなほ走りけり


                    依光正樹(「クンツァイト」主宰、「屋根」会員)
              朝の霜歩けばことにしづかなり
              凍雲を響く雲とぞ見上げたる
              水鳥の離れゆくなる趣きも


                    依光陽子(「クンツァイト」「屋根」)
              寒詣木立は帰路として残り
              祖父を知る松のありたる障子かな
              荒布寄せて潮枯れてゆく鉢のもの




              2013年11月8日金曜日

              第44号 2013年11月8日発行

              【俳句作品】

              • 平成二十五年冬興帖 第二
              ……木村修,曾根 毅,小林千史,
              池田瑠那,小早川忠義,西村麒麟,
                 栗山心,中西夕紀,陽 美保子  》読む
              • 現代風狂帖
                 雨脚   ふけとしこ   ≫読む

                【戦後俳句を読む】
                • 【戦後アンケート(テレビ・レコード・文庫本)】はじめに 
                                 ……筑紫磐井   ≫読む
                • 【戦後アンケート(テレビ・レコード・文庫本)】その3
                                 …… 山田耕司,太田うさぎ,杉山久子,
                三宅やよい,上田信治,柴田千晶,
                中山奈々,筑紫磐井  ≫読む
                • 「俳句空間」№ 15(1990.12 発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(続・1)
                ……大井恒行  》読む
                • 文体の変化【テーマ:昭和20年代を読む18~住②~】 
                                       ……筑紫磐井   ≫読む


                【現代俳句を読む】
                • 第2回攝津幸彦記念賞――3つから 
                                    …… 筑紫磐井  》読む
                • 新・攝津幸彦特集について(豈55号より巻頭言を転載)
                ……発行人 筑紫磐井  》読む
                • 【俳句時評】 ささやかな読む行為 ―青木亮人『その眼、俳人につき』― 
                ……外山一機   ≫読む
                • 【俳句時評】  紙の時代(文末増補版) 
                ……筑紫磐井   ≫読む


                【編集後記】

                      あとがき   ≫読む   
                 

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                第二回 攝津幸彦記念賞各賞発表  》読む

                  •  第4回芝不器男俳句新人賞募集要項 ≫リンク 平成25年10月31日(木)17時 締切ました
                  • 祝!恩田侑布子さん
                  Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞!恩田侑布子……筑紫磐井 ≫読む



                  第23回ドゥマゴ文学賞授賞式の様子 ≫「俳句界ブログ大井顧問)









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