2013年4月12日金曜日

上田五千石の句【テーマ:少】/しなだしん

峽空の一角濡るる土佐みづき

第二句集『森林』所収。昭和五十二年作。
この句の自註には「春の山路の愉しさ、土佐みずみのちらちら簪にも手触れて」とある。

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土佐みずきは、その名からミズキ科と思われがちだが、実はマンサク科の落葉低木。葉がミズキに似ていて、土佐で見つかったことからこの名がある。

自生しているのは高知県近辺の蛇紋岩地や石灰岩地のみだが、今では全国で植栽されている。
春、この花のうす緑がちらちら咲いていると、辺りがぱっと明るくなって、春を実感する。個人的に好きな花のひとつ。

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春の山路を歩いていて、土佐みずきを見とめる。五千石はそれを自註で「ちらちら簪」と例えている。ちらちらと揺れる「かんざし」だ、というのだ。簪に見えそうな花は他にも、花きぶしや榛の花など色々あるだろうが、「ちらちら」という例えは土佐みずきの零れるような咲きようがやはり近いだろう。

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掲出句は、今歩いている山だけでなく、あたりの峽の空も含めた山河全体の一角、つまりひとところが濡れていると、土佐みずきを詠う。大きな空間の一部を詠うのは俳句の常套ではあるが、「濡るる」に春の息吹が凝縮されている。土佐みずみのそのちらちら簪に触れ、山路の疲れを癒した作者だろう。

なお、この年五千石四十四歳。昭和四十八年から始まった「畦」が順調に進んでいた頃。だが一方でこの年五千石は、最愛の二人を失う。母けさ、師秋元不死男である。


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