2013年4月19日金曜日

文体の変化【テーマ:「揺れる日本」より⑥~労働関係~】/筑紫磐井

【メーデー】

俗吏とし老いメーデーの列にあり 俳句研究 21・12 岸風三楼 
メーデーに逆行き人にへつらへり 石楠 24・7/8 油布五線 
明日メーデーナイフ舐めれば鉄の味 明日 富永寒四郎 
メーデー明日さぐりて固し児の拳 曲水 25・6 三枝生志 
心たかぶりメーデーの夜の水を飲む 麦 27・4 中島斌雄 
メーデーの女工らうたひつつ走る 俳句 27・6 大野ゆき 
メーデーがはらみ来るもの広場に待つ 俳句 28・10 榎本冬一郎 
メーデーの幾万の脚マンホール 浜 28・9 安福春水 
メーデーの歩幅もて子をぶら下げ来る 氷原帯 27・7 奥村比余呂 
メーデーに子と来ておろかにも汗す 浜 29・8 片岡慶三郎 
メーデー終わる盛り上りビールの泡 石楠 29・7 鳥越日夜草 
ねむき子を負ひメーデーの後尾ゆく 風 29・8 佐藤鬼房
【労働祭】

焼け跡に垂込み居りし労働祭 雨覆 石田波郷
【メーデー歌】

子を守るや雨のあなたのメーデー歌 現代俳句 21・9 石橋秀野 
メーデー歌乙女の列となつて来し ホトトギス 23・9 田辺紅城 
メーデー歌妻が唄えばふとかなし 氷原帯 27・6 岡田尚穂 
メーデー歌こだます吾が声も谺す 氷原帯 27・7 笹村卯星 
メーデー歌うたい来し声妻に浴びす 氷原帯 28・7 笹村佳都夫 
メーデー歌風と去りゆき電車乗る 曲水 28・7 岡■江 
すかんぽ吸いしかの崖も亡しメーデー歌 道標 28・7 赤城さかえ 
メーデー歌遠し臥たままリンゴ剥く 石楠 29・6 相ケ瀬葵

【労働歌】

労働歌唄ひつつ来る妹かなし ホトトギス 23・8 高林炉生 
ユダの徒もまた復活す労働祭 野哭 加藤楸邨 
労働歌ひびける霧がわが家包む 道標 28・11 笹村佳都夫

【革命歌】

まひるまの牡丹ゆれをり革命歌 野哭 加藤楸邨 
革命歌月せりあぐる風の芽木 明日 富永寒四郎
【メーデー旗】

雨降らば降れメーデーの旗滲む 径 原田種茅 
メーデー旗うつうつとゆき雲動かず 石楠 26・9 弓削水桜 
風強き日のメーデーの旗たてて ホトトギス 岡田蘆村 
メーデーの旗のなびくは同じ向き 道標 28・1 早坂紅風 
花舗の前メーデーの旗鮮烈に 浜 29・7 齋藤青火

【赤旗】

赤旗へ雲よりふりし燕 野哭 加藤楸邨
【アカハタ】

桜はだかとなるを急げり「アカハタ」待つ 浜 23・2 細見三郎
【デモ―示威】

デモ崩れ行人の手に蝉が鳴く 暖流 24・4 高橋星河 
寒き靄が議事堂見せずデモの列 道標 28・1 松岡白舎 
デモ隊の後尾唄なき師走の街 寒雷 石井淳也 
議事堂遠くデモに疲れし汗拭ふ 石楠 28・9 石坂春水 
法案へ二た群れのデモ余寒の坂 俳句 29・5 榎本冬一郎 
【団交】

交渉終りし霜夜誰かうがひする 浜 25・2 薄葉克衛
【ストライキ―争議】

ストの街運河ぎらぎらぎらぎらす 太陽系 21・12 神生彩史 
侘びしむやゼネストの闇壁の炉火 現代俳句 22・1 中村金鈴 
ハンストの一人が新樹背に眠る 石楠 24・7/8 宮越竹の春 
スト幾日春光に掌の無為怖る 氷原帯 25・6 田岡扇子 
炎天の月みがかれてスト無期へ 曲水 26・8 椎名麦銭 
ストライキ鉱夫博多へ河豚食ひに ホトトギス 27・3 成瀬正とし 
スト破りして彼も労務者冬迎ふ 石楠 27・12 青野恵人 
スト続くかなしさ雪を呼ぶ鷗 氷原帯 28・1 本谷冬人 
百姓にストなし冬田馬を駆る 氷原帯 28・3 熊谷次郎 
埒あかぬストの不満を麦踏に 俳句 28・4 柿本米次 
蟻地獄静まりストの発せられ 氷原帯 28・8 遠藤峡川 
スト敗る蜻蛉育たぬ卵産み 道標 28・11 小松実 
【闘争】

けふ汗に疲れ果てにき闘争とは 浜 25・10 目迫のりを 
ひたに闘いまた薔薇の季相逢うも 道標 27・12 古沢太穂 
青い菜や人間闘争の旗を捲かず 石楠 29・2/3 
汗つくしそくばくの賃上げを得たり 浜 29・9 宮津昭彦

【越冬資金】

ボーナス闘争たたかひ得るは幸と云はめ 暖流 29・1 瀧春一

【夏季闘争】

夏季闘争ぱつちり黒い眼の少女 俳句 28・11 佐藤鬼房
【ピケライン―スクラム】
凍て馬糞スクラム組んで主義者たち 氷原帯 堀川牧韻
【カンパ―アジビラ】

木枯の笛資金カンパの売れ残る飴 鼎 23 田川飛旅子 
アジビラのはられし車窓みんな吹雪 氷原帯 29・2 杉野百蛇尾

【定時退庁―残業拒否】

強東風や定時退庁の足下より 風 28・5 上野林泉
【坐り込み】

梅雨濡れる赤旗をいのち坐り込み 浜 29・8 松崎鉄之介

【その他・労組・資本攻勢・職場討議・同志・月給遅配】

年の瀬や労組声つつぬけに 曲水 26・2 大島繫雄 
蕗の葉むしくひ資本攻勢はじまるか 鼎 田川飛旅子 
職場討議枯山色の鉄に囲まれ 道標 28・1 大橋登子 
夜空涯なし星薔薇同志明日を期し 道標 26・7 古沢太穂 
汗の顔サラリー遅配を防ぎ得ず 俳句27・9 戸田白揚
【工場閉鎖】

工場閉鎖にきまる揚水塔に氷柱 浜 27・5 矢部石葉子
【失業―失職】

元日の雨失職の茫と坐す 石楠 25・4 石原沙人 
職欲しと落葉に書けば破れたり 石楠 26・2 油布五線 
失職や釣堀の金魚ひらひらあがる 石楠 26・9 原田種茅 
失職の尻がうすくてふらここや 氷原帯 28・8 川端麒太 
失職の兄日毎来て無花果もぐ 石楠 28・12 門脇今次
【馘首】
花の数は蜜蜂の数馘首初まる 浜 24・8 近藤馬込子 
馘首されし夜をしんしんと子を抱く 氷原帯 28・10 中西雅詩 
ねぎ坊主明日は馘らるるかもしらず 氷原帯 28・10 山口秀生 
首切りいやで所詮坑夫は枯野へ来 氷原帯 28・12 菊池瓢馬 
秋虹の淡く馘首の脳裡占む 石楠 28・12 永野鼎衣
【求職難】
日盛りや求人広告女ばかり 浜 27・7 高橋草風 
求職ビラ消えよ落葉の学園に 浜 29・1 服部多々穂

社会性の代表は、こうした労働問題である。戦後の、解禁されたデモや争議はそれ自身が一つの社会的「表現」であったから。今回は「※印」で解説を要するような難解な言葉はなかった。現代でも十分通用する俳句ばかりである。

さて、俳句における労働問題が現れたもう一つの形態は、職場俳句であろう。角川の「俳句」でも様々な職場俳句の特集を企画しているが、現在それらを読んでも、いまひとつ大きな盛り上がりを感じられない。

今回、「揺れる日本」から抜粋した句を眺めてみると、こうした職場をテーマにした俳句については、必然的に標語的な俳句を排除したことから、余りメッセージ性が露骨に出ず、もう一つの大きなテーマ、戦争や基地に比べて境涯的な俳句に終始する傾向が強いようである。私小説化し、社会的意識そのものが薄れているのである。

このように考えると、社会的俳句と境涯的な俳句を区別する基準は難しい。リアリズムだけでは分かちがたいように思われるからである。戦争俳句や基地闘争俳句に共通する要素を捜すと、それは倫理観と言うことになろうか。戦争や基地に関しては、当時の人々は猛烈な拒絶意識を持ちそれが共感として句を読むコンテクストを形成している。しかし、労働者として資本家に対する敵意を露骨にすることはなかったようだ。これは国民性だろうか。これにくらべれば、むしろ社会悪(汚職や破壊活動防止法の制定)などの方に拒絶感が強くにじんでいる。

      *

こうした基準を立ててみると、今般の震災俳句の難しさが分かってくるであろう。俳句を超える映像が我々には提供されており、なぜ俳句で詠まなければならないかの必然性が浮かび上がらない。

一方、社会性俳句が持っている怒り(倫理観)は、事故を起こした東京電力や、はかばかしい復旧事業を進めない国や政治家に向けられるかもしれないが、詩人や歌人に比べてそうした怒りに慣れていない俳人は見劣りがするようだ。

これだけの大災害に向かうとき、俳人の立ち位置がよくわからないのである。「季題を必須とし、季題以外の事由に深い関心を持ってはならない」(虚子)と主張する人が多く存在する俳句の世界では、結局、震災は詠まないに越したことはないという判断に陥る。実際、震災後、3年目を迎えた最近編まれる句集、特に若い人たちの句集には、まったく地震を詠んでいないと思われる句集があるようである。

話はどんどん逸れるようであるが、震災俳句を詠む際に我々にとって最も身近なモデルはやはり社会性俳句なのではないかと思われる。いささか黴が生えているように思われなくはない社会性俳句をもう一度読み直してみる意味はこんなところにもあるのである。

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