2013年3月15日金曜日

上田五千石の句【テーマ:多】/しなだしん

いつせいに春落葉塔はばたくか

第二句集『森林』所収。昭和四十九年作。
「東寺」との前書があり、この句の自註には「東寺の講堂を出ると、すさまじいばかりの春の落葉に会った。塔はすでに翼をおさめて立っていた」と記されている。

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新幹線で東京から大阪方面へ行くと、京都駅を過ぎるとすぐ、左の車窓に五重塔が見える。これが東寺の五重塔だ。

東寺は真言宗の根本道場で、東寺真言宗総本山。本尊は薬師如来。昭和九年、国の史跡に指定され、平成六年「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。

五重塔は国宝で、高さ54.8メートルは木造塔としては日本一の高さ。雷火や不審火で四度焼失しており、現在の塔は五代目。五重塔は東寺のシンボルであり、京都のランドマークでもある。
自註にある「講堂」は重要文化財。講堂は、東寺境内の中央の少し南にあり、金堂の北側に建つ。ちなみに五重塔は境内の東南の角に位置する。

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掲出句の塔はもちろん「五重塔」を指す。「いつせいに春落葉」で軽く切れ、「塔はばたくか」と読むべきであろう。「いつせいに春落葉」は現実の景、「塔はばたくか」は作者の感覚である。

風によって一斉舞い上がった春の落葉を、飛び立つ鳥の群れに見立て、たくさんの鳥たちの翼が塔を連れ、塔自体が羽ばたくように感じた、そんな状況だろう。

講堂を出て、舞い上がった春落葉に少したじろぎ、思わず目を瞑った作者かもしれない。春落葉が飛び去った風の行方を振り返ると、そこに五重塔が佇んでいた。自註の「塔はすでに翼をおさめて立っていた」がそれをよく物語っている。

五重塔の五つの屋根はどこか翼をイメージさせる。そのときそれを強く感じた作者だったかもしれない。

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同じ東寺の句に、五千石の代表句と云える「塔しのぐもののなければしぐれくる」(昭和五十七年作『琥珀』所収)がある。

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