2013年3月22日金曜日

二十四節気論争(8)――日本気象協会と俳人の論争――/筑紫磐井編

(2)24節気と日本の気象に関する論文


 24節気については歴史学者の藪内清により、節気の季節は洛陽など黄河中流域の季節で日本とは違う、という説が唱えられこれが一般的な通説となっているようである。しかし、気象に関する専門家(気象研究所や大学の気象学者)は24節気についてあまり研究を発表していないようである。これに関する論文としては、いささか古いが倉嶋厚氏のもの、それを批判する3角幸夫氏、さらにそれを批判する石原幸司氏に代表的な論文があり、24節気問題を考えるに当たって必須な論文と考える(気象協会のずれているから24節気を見直すという主張や俳人の季節のずれこそ文化であるとする説の前提が正しいかどうかを検証する意味で)。因みに、倉嶋氏、石原氏は24節気を肯定し、三角氏は否定している。

○倉嶋厚氏(元気象庁主任予報官、鹿児島地方気象台長)の『日本の気候』(1966年刊古今書院)

後述の三角幸夫によれば、24節気と日本の季節についての議論は、倉嶋氏のこの論文しかないと紹介している。倉嶋氏は、東洋の四季は光の季節、西洋の四季は気温の季節と考え、古い中国の太陰太陽暦は、その緻密な校正、鋭い自然観測などの点で、東洋文明の高さを示すものであり、季節学の上でも、ただたんに古いといって捨て去ってはならぬ文化遺産であるとのべている。
 因みに戦後の代表的な百科事典の24節気に関する記載は倉嶋氏が記述しているものが多い。

○三角幸夫氏(元気象研究所予報部予報課、現松江地方気象台長)の「「今日は暦の上では立秋です」とは?24節気と日本の季節」(「天気」【注1】2004年4月)

倉嶋論文を引用批判し、2002~2003年の各国の月平均気温データを比較しつつ、24節気は黄河中流域の季節進行に準拠して作られたが、黄河中流域を含む中国北西部は、北半球中高緯度で太陽高度の季節変化と気温の季節変化との差が最も少ない地域に当り、一方日本はこの差が最も大きい地域に含まれる、結果として日本の気温季節変化は黄河中流域に比べ1ヶ月近く遅れているとする。

特に倉嶋氏の意見の科学性は認めつつも、倉嶋氏の指摘はあくまで中国での話で、季節進行が違う日本で守り続けるべきものではなく、特に中国北西部の体感季節からから名付けられた大寒・大暑・大雪等が周知されることは、いたずらに日本の季節進行に対する誤解を生じさせている。中国の季節区分に固執することなく、日本に合致した新しい季節区分を導入すべきであるとする。
 以上を踏まえて24節気しか季節の指標がなかった昔は別として、太陽暦を導入した現在、気象学的にも体感的にも日本の季節進行と大きくずれている24節気が気象関係者によって使われ続けている現状を1度見直すべきではないかと提言する【注2】。立秋を夏の最も暑い時期と理解して使い続ければよいというような意見は、言葉の意味を無視した用法と考えると厳しく批判する。

【注1】「天気」は日本気象学会の機関誌。
【注2】倉嶋氏が指摘するヨーロッパの季節区分が、春分ー夏至ー秋分ー冬至で行われていることを月平均気温データーで確認し、日本の場合もほぼ正確にこの区分で気温季節に分割されると指摘している。つまり3月21日から春、9月23日から秋とすべきと見るのである。

○石原幸司氏(現気象庁気象研究所気候研究部)の「24節気は本当に日本の季節変化とずれている?」(「天気」2008年11月)

従来の24節気を論じた論文の問題として、節気を①節気入りの日(「立春」であれば2月4日)、②節気から次の節気入りの前日までの期間(「立春」であれば2月4日~18日)、のいずれと解するかで答が違うという。専門家の間でも、和達清夫監修『気象の事典』(1993年)は本来は②であるが通常は①、日本気象学会編『気象科学事典』(1998年)は②、と微妙に解説が分かれているという。石原氏によれば、黄道の等分点を通過する日付として決まっている冬至・春分・夏至・秋分は時間(何時何分何秒)まで決まっているから①以外あり得ないが、大寒や大暑は②と解する方が合理的であるとする。

実際この期間の考え方によって、再解析データJRA―25の1979~2004年の日別平均気温データを使った各節気の期間平均気温の平均値を計算し、中国黄河流域4地点と日本の代表的3地点の最も寒い日と最も暑い日の期間平均気温を比較してみると、最も暑い日は黄河流域では小暑~大暑、日本では大暑となり、最も寒い日は黄河流域では小寒~大寒、日本では大寒となる。黄河流域に比べ日本は季節変化の遅れが見られるが、しかし24節気と日本の季節変化はほぼ合致していることが確かめられたという。

石原氏は、体感させてくれる気象要素が日平均気温ではなく、日最低気温や日最高気温などの諸要素の検証も必要であると慎重な態度を取っているが、「24節気は日本の季節変化とずれている」というNHK放送文化研究所編『NHK気象・災害ハンドブック』や3角論文(2004年)に対する疑問を提示している。石原氏の提案は、「今日は暦の上では・・・です」ではなく「今日から暦の上では・・・です」という使い方が適していると結論づけている。

以上のように論文は、大暑と大寒(最も寒い日と最も暑い日)についての議論が中心だが、石原氏は「今回の調査が、24節気を「日本の季節進行とはずれがある中国の古い暦」としてではなく、「すでに日本で広く親しまれている暦」という現状を活かした用い方へと見直すきっかけになれば幸である。」と結んでいる。

(アカデミックな論文なので編者の引用間違いもあるかも知れないが、要旨は押さえたつもりである。)

【総評】

倉嶋氏が東洋の四季は光の季節、西洋の四季は気温の季節と指摘していることに対して、三角氏はこの説明は東洋にあって中国の四季の説明とはなるが、日本の四季の説明とはなっていないと批判し、月平均気温では中国と日本では1ヶ月の季節の差があると指摘する。これに対し石原氏は、24節気を①節気入りの日と②節気から次の節気入りの前日までの期間に分けて考えるべきことを指摘し、三角氏が「月平均気温」で比較している中国と日本の比較を「各節気の期間平均気温」で比較することにより、確かに(三角氏のいうように)黄河流域に比べ日本は季節変化の遅れが見られるが、しかし、24節気自身(特に大寒と大暑)との比較では日本の気候と合致していることを示した。

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